王室会議・決着

 私的なジラッファンナ訪問が終わって、数日経過し、再び王室会議が始まる。

 メンツはアシャヴォルペはユストゥスに変わってケヴィン様が代表となり、同行者がひとり。

 リナルド様もお姉ちゃんが不参加で、同行者は僕だけだ。

 スパーダルド公爵ヴォルフ様と、ランチャレオネ公爵ゼークト様たちのメンツはそのままとなっている。


「……というわけで、私はリナルド様がエルフの集落を管轄するのがいいと思っております」


 と、ユストゥスから打って変わってケヴィン様は様々な理由を述べた後に、そう結論を語った。

 するとヴォルフ様から指摘が入る。


「ケヴィン卿。それでアシャヴォルペを支持する貴族たちは納得するのかね?」

「……しないでしょうね。ですが、だからといって強硬にエルフの権利を主張したところで意味はないと思っています。むしろ今後、我々が臍を噬むハメになりかねません」

「どういう落とし所になるせよ、フリだけでも示すためには必要だとは思うが?」

「ここで我々が直接的には何も得られないことに変わりはありません。仮にフリでも、強硬に主張したのに、得るものが得られなかったという結果だけが残ります」


 言葉だけ聞くと、ケヴィン様は弱気になっているようにも見える。

 とはいえ、すべてを諦めているわけではないようだ。


「我々が支配するよりも、多くのメリットを引き出せればいいのです。リナルド様であれば、それが可能だと確信しております」

「なるほどな。悪くない答えだ」


 ユストゥスはまだどうなるかわかっていない。

 王様の裁定次第になるが、ユストゥスを庇う貴族は相当数いるわけで、その陳情が多数来たら譲歩せざるを得なくなる。

 そこを王様は毅然とした態度で跳ね返すことを期待はおそらくできないだろう、とはリナルド様の考えだ。

 できればこれを機に、ケヴィン様がアシャヴォルペの全権を担ってほしいが……。

 ひとまずユストゥスに監視の布石は打っておいたから、何かあれば対処しよう。


「では、ジラッファンナはどうだ?」


 王様がヴァスコ様に話を向けると、ヴァスコ様は組んでいた腕を解き、


「意見は変わらん。ワシらがエルフを管轄した方がいい。リナルド王子はその歳にしては聡明とは思うが、まだ若い。エルフとの交渉でも足下を見られるかもしれん」


 と、ヴァスコ様は依然、同意見か。

 この前の訪問で、彼の人となりが少しわかった気がする。ニヤニヤとこちらを窺っている辺り、反論を楽しみにしているのかもしれないな。

 じゃあ、こっちも色々と口を出していかないとね。


「使えるのは私と姉だけになりますが、土や木を移動させる魔法や魔力の代理生成などはすでにエルフから享受されています。これもリナルド様の信用の賜物かと」


 まあ、センニが考えなしに教えてくれた可能性は高いが、センニもこちらを信用してくれたということだろう。

 少々、真実をねじ曲げているが、嘘も方便である。


「ほう。ロモロよ。それはつまり、ワシにはエルフを管轄するに値せぬと?」

「初めて会ったのがヴァスコ様なら、あるいはできたかもしれませんね。しかし、すでにリナルド様が信用を得ています。信用を得ている方を遠ざけられたら、エルフは不安に思うでしょう。私たちはエルフに不安を与えたくありません」

「クックック……心にもないことを言いおる」

「本心ですよ。ただ私は保守的なので、争いの種になりそうなことを承知したくないだけです。ヴァスコ様が有能ならエルフの中で支持を得て、派閥を形成するかもしれません。そうなればリナルド様の派閥と争うことになります。一枚岩な住民はおりません」


 ただでさえ、人間を好んでいないエルフだっている。

 実は集落に行った時、エルフの人口は少しだけ減っていた。

 話を聞くと僕らを捕まえようとした派閥は、僕らが来る前、すでに集落を出て行っているらしい。どこに行ったかも不明だ。

 そんな中でヴァスコ様を介入させることがどんな結果を生むかわからない。


「エルフがリナルド様の管轄を望んでおります。そこに火種を撒くのは得策ではありません」

「本当に小憎らしいくらい口が回りよるわ」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 さて、これで介入自体は諦めてくれるだろうか。

 そもそも、本当に得策ではないことはヴァスコ様も理解しているはずだ。ただ、何かしらの成果はほしいだろう。わざわざ王都まで来たんだし。

 なら、あとは……譲歩を引き出す一手があればいい。


「では王都まで来て、リナルド様がエルフ集落を管轄されるのを追認させられるだけということか?」

「管轄に関してはそうとしか言い様がありません。ただ、むしろエルフの人たちに何を頼むか、何を頼めるのかという協議の方が重要だと思っております」

「何を引き出せる? そもそもエルフから教わった魔法、土や木を移動させる魔法や魔力の代理生成はお主やお主の姉しかできぬ。特定の者にしか使えぬ魔法に意味はない」

「ですからひとつ、皆さんにも使える魔法を教えてもらってきています」

「……なんじゃと」


 エルフの集落に行った時、タルヤ様にこれならば構わないと教えてもらった魔法だ。

 土や木を動かす魔法の、さらに基礎のようなものだ。


「木を操る魔法です。魔法陣といった方がいいかもしれませんね」

「……どのように操るというのだ」

「自由に、です。エルフの魔法だけあって、優れていて非常に発展性がある。例えば、ヴァスコ様。あなたの身体につけて、歩くのを補助させることも可能です」

「………」

「木には魔法陣も組み込むことができ、魔力さえ入れることができれば常に動かせます。ヴァスコ様でしたら、一日中操っていても問題ないかと」

「お主、ワシの病気を治すと言っておいて、舌の根も乾かぬうちにそんな提案をするのか?」

「治るまでの補助はいるでしょう? なんなら、今この場で渡しても構いません。調整の仕方は教わってきましたし、ひとつ試しに作ってきたものがあるんです」

「なんじゃと……?」

「王様。少々会議を中断し、お時間をいただいてよろしいでしょうか?」


 王様は僕から話が振られると、驚いたようにこくりと頷いた。

 許可を得てから僕は持ち込んだ大きな袋から木を取り出す。

 親指と人差し指でちょうど掴めるくらいの太さでできた木のベルト状の輪に、その輪の端側から二本の太い幹が足のように伸びている。


「それは問題ないんじゃろうな?」

「……昨日、ロモロと私で確かめた。問題ないかと。信じられないと思うだろうが……これは革命になる可能性を秘めていると思う」


 神妙な顔をしているヴァスコ様にリナルド様が補足してくれる。

 それでもヴァスコ様は疑う視線をこちらに向けていた。


「少々、失礼致します」


 僕の視線の意味を理解してくれたのか、ヴァスコ様は同行者に命じて自分を椅子から立ち上がらせた。

 ベルト部分は木でできているが非常に柔らかくなっており、それをヴァスコ様の腰に巻き付ける。

 それから少しずつ木に魔力を入れた。


「おおっ!?」


 ベルト部分から生えている両側の幹が伸びて地面に当たると、ヴァスコ様が少しだけ浮き上がる。

 とりあえず成功かな。


「ヴァスコ様。ご自身で木の中に魔力を入れてみてください。あとは自ずと動かし方がわかるかと」

「……貴様ら、手を離せ」

「しかし……」

「いいからさっさと離せ!」


 ヴァスコ様に一喝された同行者ふたりは思わず手を離した。

 しかし、ヴァスコ様は転んだりしない。足を地面につけないよう、幹がしっかりと身体を支えていた。

 そして、ヴァスコ様が魔力を入れると足代わりとなった幹が動き出す。

 前の方へ行ったり、後ろへ行ったり、回転したりと様々な行動を行っていた。


「……ふん。なるほど……。面白い」

「すぐに魔力で扱えるとは、さすがヴァスコ様」

「よく言うわ、小僧めが。悔しいがよくできておる。どういう理屈かはわからんが」

「一応、木に描いた魔法陣で調整しています。詳しい理屈については、必要であれば語ります。それに僕もまだこの魔法について熟知しておりません。ですので人手が……」

「つまり、この魔法の応用を共同で研究しようということか」

「話が早くて助かります」


 エルフの集落に行った時、自動で落ちそうになった人を支える木を見て、これが扱えたら可能性は広がるなと思った。

 こうして人の足の代わりになるとわかれば、さらにできることは増えるだろう。


「この魔法の応用がどれだけ効くか、ヴァスコ様もおわかりでしょう?」

「ふん。今、魔法を通してわかった。これは欠損した身体の代わりにもなるじゃろうな」

「ええ。他にも自身の非力を補うことも可能です。今はヴァスコ様自身の魔力で扱ってもらっていますが、魔溜石で魔力を補えば誰であろうと使用可能です。魔溜石バージョンは制限はあって、もっと簡易的な動きになるとは思いますけど」


 異世界にはアシストスーツという代物がある。

 構造が複雑で繊細な機構になるため、現状技術力の足りないこの世界では再現できないが、この魔法と魔力を使えばそれに近いものができる。


「この魔法、すでにファム様には伝えてあります。さすがと言いますが、すぐに覚えてくれました」

「はっ。あの娘は傑物だと言ったじゃろう」


 そして、ヴァスコ様は木のアシストスーツを器用に動かし、椅子に座る。

 僕は元の席に戻った。


「お時間をいただき、ありがとうございました。僕の話は以上です」

「何が以上ですじゃ。こっちの話はまだ終わっとらんぞ」

「まだ何か?」

「いいだろう。この恩には報いてやる。正式に宣言しておこう。ワシはリナルド様のエルフ統治を認めるとな」


 リナルド様が隣でテーブルに隠れたまま拳を握る。

 僕はその拳にそっと自分の拳を合わせた。

 こちらの目的はすべて通ったのだ。


「では、正式に。影の樹海を有する領地は、我が息子リナルドの統治を継続し、エルフについても一任することを王命として申しつける」

「はっ!」


 王の宣言にリナルド様が拝命する。

 これでようやく王室会議も終わり、と思ったのだけど。


「ロモロ。これ、わしもほしいのだけど?」

「面白そうだな。そっちの魔法研究には一口噛ませろ」


 と、ヴォルフ様にゼークト様まで、そんなことを言ってきた。

 まだまだエルフ関連以外の話し合いは長引きそうだ。

 早く集落に戻って、作業の続きをしたいんだけどね。

 こうしたお互いのメリットをバランスよく調整したり、根回ししてメンツを潰さないようにするのは、それだけで疲れる。

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