勇者と???

 起きたお姉ちゃんを連れて、僕は先ほどまでヴォルフ様たちと話していた第一貴賓室へと戻った。


「ご迷惑おかけしました」


 開口一番、お姉ちゃんは頭を下げる。

 それに対してヴォルフ様たちは――。


「おお、大丈夫かね?」

「無理せず休んでてもいいのよ?」

「急ぐ話でもないからね」


 と、次々と優しい言葉をかけてきた。

 そして、お姉ちゃんは――また少し涙腺が緩んだらしい。

 また涙を零し始めた。


「ど、どうしたの? どこか痛いのかしら?」

「い、いえ……すいません。その……とても懐かしいというか、久々の感覚だったので……」


 涙を拭い、お姉ちゃんは深呼吸をする。

 もう大丈夫そうだ。


「お騒がせしました。もう大丈夫です」

「それならいいのだけど……モニカ。あなたの話はおおよそロモロから聞かせてもらいました。未来から帰ってきたって話もね」

「えっ!?」


 お姉ちゃんは慌てたように振り返って僕を見る。

 誤魔化す必要もない。僕は頷いた。


「あのっ……でも……」

「モニカ。未来で私たちは家族だったのでしょう? 先ほどの反応を見ても、それに納得もいきます」

「信じて、くれるんですか?」

「ロモロにも嘘は見られなかったもの。それに事情も察したわ」


 お姉ちゃんが暴走した理由もすでに話してある。

 未来に起こった第二王子による革命と、ユストゥスの愚挙。スパーダルドの穀倉地帯を奪い、荒廃化させたこと。

 その時の当主がヴァルカ様だったことまで。テア様が殺した話はさすがにしてないが。


「第二王子の革命に関しては、ロモロたちからの薬草の情報がなければ考えなかったところだ。無論、薬草だけではまだ証拠としては弱いが、疑う余地は充分にある。被害者もおったことだしな。もう少し情報を集めてから詰める手筈だ」

「ユストゥスの話はどう考えてますの、お父様?」

「あいつが何をしてこようとわしは驚かんよ。あいつをまともに考えたらいかん。というかヴァルカ。お前、何をみすみす領地を奪われてるんじゃ。恥を知れ」

「いや、まだ起こってない未来のことで怒られても……」

「しゃんとしなさい。うちはただでさえ妬みを買ってるんですから」

「姉上まで……それはともかく、早く確かめましょうよ。せっかく戻ってきたんですし」


 話題を逸らすようにヴァルカ様は箱を蓋を開ける。

 そこには古臭い銅鏡が入っていた。しかし、銅鏡とは思えないほど綺麗に光っている。

 鏡の縁には華麗な彫刻が施されていた。金属細工の技術が存分に発揮された複雑な模様が見られ、古代の神秘的なシンボルや文字らしきものが刻まれている。


「それ……ユースティティアの鏡ですか?」

「ほう。やはり知っておるか。ますます未来から来たと納得できる」


 テア様がちらりと僕を見るが、僕はお姉ちゃんに鏡の名前など教えていない。

 しっかりと覚えていたということだ。

 自身を勇者として証明した鏡のことを。


「では……照らします」


 ヴァルカ様が鏡を持ち、その鏡面をお姉ちゃんに向ける。

 ユースティティアの鏡が、緩やかに光り始め、その光の線がお姉ちゃんに向かい、強く照らし出した。


「おお、言い伝え通りだな。白色の光が勇者だと示しておる」


 ヴォルフ様は興奮気味に話す。

 よかった。これで鏡が光らなかったら大問題だったよ。


 ところが――光はもうひとつ伸びていた。

 僕の方へと。


「ロモロまで?」

「えっ!?」


 間違いなく鏡の光は僕も照らしている。

 お姉ちゃんのような白い光ではなく、蒼とも緑ともつかない光だけど……。

 お姉ちゃんも驚いた表情を浮かべていた。


「お姉ちゃん。念のため聞くけど、前に鏡で照らした時、僕って近くにいたの?」

「うん。いたよ……。結構すぐ近くに。でも、その時はロモロまで光ってなかった」

「近くってどれくらい?」

「手を伸ばせば届くくらい」


 なんで? どうして?

 お姉ちゃんの前時間軸と今で、僕の違いは魔法を覚えてることくらいじゃない?

 それとも、その魔法が鏡で選定される判定基準になってる?


「その鏡、壊れてたりとか……?」

「いや、まさか……」


 ヴァルカ様が恐る恐るヴォルフ様やテア様に鏡を向ける。

 だが、先ほどまでの光は鳴りを潜め、鏡は輝きを失った。

 再び僕らに向けるとまたも光り始める。言い訳できない。


「ロモロは少し勘違いをしているようだな」

「どういうことなんです、ヴォルフ様」

「選定の鏡、ユースティティアの鏡は勇者を選定する鏡ではないのだよ」

「えっ!?」


 その言葉にその場の全員が目を見開いた。


「そんなの初耳ですわよ、お父様!」

「言ってないしのう。だが、それが可能というだけで勇者以外をどう選定するのかは文献にはない。この鏡は文献上においては勇者しか選定していないだけだ」

「勇者以外も選定する力があるけど、何を選定しているのかわからないってことですの?」

「そうだ。元々これの来歴はかなり古い。ファタリタ建国よりも前――大陸を二分する一国家、デル王国があった頃に時の王が持っていたものだ。下手をするともっと古い可能性もある」

「デル王国とかいつの話だと思ってますの?」


 昔、この大陸にはデル王国とミラ王国があって、デル王国が内部分裂して北部にファタリタができたという話は歴史で聞いたことがある。

 南部はカルド王国ができたけど、その後また別の内紛が起こって、今は大小無数の都市国家群があり、それがシッタ同盟として自然発生的な都市連合として成り立っている。


「なんにせよ、ロモロも鏡に選ばれた勇者に近しい特別な人間ってことですの?」

「そういうことだ。何がどう特殊なのかは今はまだ何もわからないがな……」


 鏡が勇者を選定できるのであれば……。

 例の勇者以外の聖者、戦姫、魔将、剣英、月弓、覇王も選定できるのかもしれない。


 ただ魔将はカストって話だし、覇王は成功していたから僕ではない。

 戦姫は姫が入っているから女性だろう。剣英と月弓はそれぞれ武器の使い手っぽいから、僕は違うと思う。どちらも得意とは言い難い。

 消去法で強いて挙げるなら聖者?

 でも、僕がこの中の何かならカストは僕に教えてそうだよね。


「ひとまず、ロモロの方は秘密にしておこう。わからないことが多すぎるうちに言ってもろくなことにならないだろう。シッタ同盟の文献でも漁れば出てくるかもしれないがな。あっちはデル王国崩壊の際に宝物庫から火事場泥棒してたとあるからあるいは……」

「何にせよ、モニカが勇者ということは確定しましたわ。こちらは王にも報告するべきでしょう」

「焦るな、焦るな。そもそもモニカにまだ養子の話もしてないだろう」

「えっ!?」


 その言葉を聞いたお姉ちゃんがまたも僕を振り返る。


「色々と前倒しになるって言ったじゃん。本来は二年先だった勇者としての選定も、スパーダルドの養子になるのも、もうここからやることになる」

「は、早くない!?」

「それにちょっと違う。お姉ちゃんは勇者としてスパーダルドの養子になるんじゃなくて、カラファ家の忘れ形見で、スパーダルド家はその後見ってことになってるから」

「カラファ家? 聞いたことないんだけど!?」

「そりゃそうじゃろ。数年前に最後の当主が亡くなったし」


 僕とヴォルフ様で説明を畳みかけたせいでお姉ちゃんが混乱しているが、どっちにしろ結果は変わらない。


「難しく考えないでいいよ。前と同じでお姉ちゃんは勇者になる。そして、スパーダルド家の養子になるの同じ。ただ僕も一緒についてくるだけ。最初からの目標は達成してるよ」

「……そっか。いきなりすぎてビックリしたけど……同じなんだ」

「だから……………………お父さんやお母さんたちにも話をしなきゃいけない」

「そう、か……。そうだよね……」


 そして、お姉ちゃんは寂しそうにぽつりと呟く。


「またお父さんとお母さんと別れるんだね……」


 こればかりは仕方ない。

 いずれは来る話で、それが今来ただけのことだ。

 少なくとも二年間も平民でいるよりも、確実にいいはずだ。


「おふたりを王都に連れてくるよう使いを出しています。その間に、モニカもロモロも、色々相談なさい。できる限り要求を飲む用意はあるから……。あまり、深刻に考えないようにね」


 テア様が優しい声で囁くように言う。

 きっとお父さんやお母さんもわかってくれるはずだ……。

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