スパーダルドの選択肢
「事の起こりは……」
すべてはお姉ちゃんが未来から戻ってきた勇者だと口にしたことから始まった。
最初は当然、信じていなかったけど、昨日まで使えなかった魔法を使って、さらにあまりにも雰囲気が変わっていたこと。
そんな始まりから解説していくが、ヴォルフ様をはじめテア様もヴァルカ様も僕の説明を最後まで茶化すこともせずに聞いてくれた。
「………」
「………」
「………」
それでも反応は戸惑いだった。
たぶん僕がお姉ちゃんから話を聞いた時、こんな顔だったのだろうなと思う。
特にスパーダルドの養子になったと聞いて、どう感じたのだろうか。
……テア様がヴァルカ様を殺したとか、そういう下りはさすがに言葉に出さなかったけど。
「この話をするのは、父の友人たち以来です」
「テア。どうだった?」
「お父様も見えてたでしょう。嘘は言っていませんわよ。ヴァルカもそうでしょう?」
「ええ……。いや、しかし……俄には信じられないよ」
そういえばテア様をはじめ、スパーダルドの人たちは全員、人の殺意や欺瞞を見抜く特殊な目を持っているんだったっけ。
こちらが嘘を吐いていないことはわかってくれたとは思う。
すると、ヴォルフ様はヴァルカ様に向き直る。
「よし、ヴァルカ。今すぐエルメリンダのところへ行け」
「伯母上のところに? 何をしに行くのです」
「今の話を手っ取り早く確かめる手段がある。選定の鏡――『ユースティティアの鏡』を宝物庫から持って来させろ」
「本気です? 伯母上とてそんなすぐには……。第一、王妃なのですし、親族と言えど会うのにも手続きが……。そもそも宝物庫から持ち出すのだって……」
「グチグチ喧しいわ。お前の器量でどうにかしてこい。王には事後で説明する」
「はいはい、わかりましたよ……。まったくもう……」
ヴァルカ様が渋々といった様子で立ち上がり、「じゃ、また後でね」と言いながら部屋を出て行く。
ヴォルフ様は一度、息を吸い込んでから大きく息を吐いた。
「まさか吟遊詩人の詩のような話を聞かされるとは思ってなかったよ」
「いえ……」
「君の話が事実ならユースティティアの鏡も反応するはずだ。モニカを照らした鏡は、おそらくあの鏡だろうからな」
「お父様。見たことありますの?」
「まあな。若い時に宝物庫は何度か入ったことがあって、その時に鏡を見た。かなり奥の方にあったから、相当前に出したきりだろうよ」
ヴォルフ様はなんで宝物庫に何度も入ったのだろうか。
それにしても、ヴォルフ様たちは本当に信じてくれたのかな。
「ヴォルフ様は僕の言葉を疑わないんですか?」
「嘘は言ってないのはわかっているからの。仮に勘違いや誤解であれば鏡があれば事足りる。鏡自体は本物らしいし」
「ですが……」
「仮に何らかの術でもって君がわしらを欺いているとしよう。だとしたら、その目的は何だ? ということになる。そもそも君ほど頭の回る子なら、こちらを騙すのに勇者なんて言葉は使わん。勇者の末裔なんて詐欺の常套句じゃしな」
「でも、持ってきた鏡が光らなかったらどうするんです?」
「そりゃあ……ちょっと頭の痛い子が子供になったなぁと思うくらいじゃな」
ヴォルフ様が顎に手を当てて考え込む。
そして、僕に問うてきた。
「それで、君は勇者の伝説をどこまで知っているのかね?」
「僕は吟遊詩人の詩でしか知りません。正直エルフと同じく伝説の類かと思ってました」
「『世に悪しき存在が生まれし時、勇者は生まれ、彼の者を討つ』。詩では常に用いられる基本のフレーズだな。まあ、どうとでも取れる文だ。そう思うのも無理はない」
そう。勇者――勇気ある者などという存在は世の中にありふれている。
だから事実という触れ込みの勇者が魔王を倒す話などは、圧政に立ち上がった英雄が、悪政を敷いていた王を打倒した話を脚色した類のものだと思っていた。
だけど、どうも違うようだ。
例の勇者やら魔将やら、その称号は世界にとって特別のような気がする。
「世に出回る吟遊詩人の詩に真実はほぼないと言っていい。だが、我らスパーダルドは昔から魔族と戦ってきた。その中で勇者のような特別な存在は何度も出ているという」
するとテア様が慌てたように瞬きをし始めた。
「お父様!? いいのですか!?」
「テア。お前のその反応で事実だとバレるだろう……」
「あっ……」
「そそっかしい……。勇者云々に関わらず、どっちにしろ彼は我が家の養子になるのだ。こういう話になった以上、話すのが筋というものだろう。違うか?」
まさかスパーダルドには勇者の話が本当に伝わっているのだろうか。
もしかして、それもあって前の時間軸でもお姉ちゃんを養子に取ったとか?
「さて、続けようか。勇者は魔族に強大な存在……大魔王と呼ばれる者が生まれた時、人間の救世主として天から派遣される」
「………」
「我らスパーダルド領は対魔族の最前線だが、君がその戦争をあまり知らないというのであれば、それはわしら先祖の功績でもある。要塞を抜かせず、戦争の足音を感じさせなかったというわけだからな」
真面目な顔でヴォルフ様は続ける。
極めて真剣な話だぞ、これ。
「魔族を防ぎ続けてきた我らとて危機は何度もあったと歴代の当主の回想録に綴られている。特に大魔王が現れた時というのは、常に多大な犠牲を強いられた。そして、負けたら終わり……そんな時に決まって勇者らしき者が現れ、大魔王を倒すとある。……少々、作為的なものを感じないかね?」
「世界のシステム……いや、ルール、ということですか?」
「ただの偶然かもしれん。しかし、人間に抵抗できない存在が現れた時に、その都度、勇者が現れたというのはどうやら事実のようなのだよ。その時期に強力な武器を作った、あるいは差し出したという史料はスパーダルド以外にもある」
史料というのは如何に真実を書き記していたとしても、読み手である僕らからはそれが真実とは決め付けられない。
では、何が真実たらしめるかといえば、その史料の中の記述を裏付ける別の証拠や史料があるかないかだ。
史料に宮殿を作ったとあるならば、その遺跡や跡が存在しているかどうか。
今ヴォルフ様が言ったように、勇者がいたという記述が日記にあり、さらに別の史料に強力な武器を渡した記述があるのならば、それは真実に肉薄する。この場合、その武器が見つかれば、さらに真実味は増す。
もちろん僕らがそれを直接見たわけではない以上、百パーセントはあり得ないのだけど……。
「しかし、だとしたらその勇者の子孫がいるのでは? 功績を立てているなら叙爵されるでしょうし」
「そう。わしも疑問に思ったし、歴代当主も同じように考えた。間違いなく自分たちの血筋に残そうとするはずだと。だが、大魔王を倒すと彼らは何処かに姿を消してしまうらしい。あたかも役目を終えたかのように」
「だとすると、歴代の勇者は出自がはっきりしていないんですか?」
そう尋ねるとヴォルフ様はこくりと頷いた。
「対魔族において、いつの間にか兵士たちの中に潜り込み、魔族たちを途轍もない力で一掃する。当然、出自を尋ねるのだが、勇者は語らなかったらしい。性格もその時々で異なるらしいな」
「だとすると、お姉ちゃんとは随分と違いますね」
「そうだな。君もモニカも出自がはっきりしている」
するとテア様が厳しい視線をヴォルフ様に向ける。
「お父様。まさかここに来て、やっぱりロモロとモニカを疑っているんじゃ……?」
「我らの目とて万能ではない。勘違いや思い込みには無力だからな」
「しかし――」
「あーあー。騒ぐな、騒ぐな。さっきも言ったが、嘘とは思っていない。ふたりが魔法を使えるのも事実だし、モニカの魔法が強力なのも事実。わしはただ、ロモロが勇者についてどこまで知ってるか、探りを入れただけだ」
「………」
「あー、何じゃその目。わしを疑っているな?」
「お父様は知らず知らず権謀を巡らせてるんですもの。疑うのも当然ですわ」
「はー。娘にまで信用されないとは悲しい。ロモロとモニカには家族になったら、そういう目をしてほしくないのう」
「自分の言動を改めてくださいませ! 毎回毎回、思わせぶりなんですから……」
普段見ないテア様の姿に少し心が和む。
ヴォルフ様なりに気を遣ってくれたのだろうか。
「オホン! ってことで、家族になるんじゃ。今のうちにわがまま言ってくれていいぞい。欲しいものはあるかな?」
「お父様! 媚びるのは反則ですわよ!」
「何言ってるんじゃ。この子は間違いなくわしと同類だぞ。考え方がヴァルカやお前より遥かに近い。仲良くせんでどうする。ニコーラが気に入るのもわかるわい」
「はあああーーーーー!? お父様みたいな腹黒とロモロを一緒にしないで下さいますか! ロモロが汚れてしまうでしょう!!」
この仲のいい親子喧嘩の中に割り込むのは怖いけど、せっかくだから欲しいものは言っておこう。
「あー……。実は欲しいものというか、貸していただきたいものと、雇っていただきたい人がいまして」
「ほう。いいぞ。遠慮なく言ってみたまえ」
それからしばらくその話を詰めていると、ヴァルカ様が戻ってきた。
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