波乱の王室会議
お姉ちゃんの魔法が不発に終わり、静寂の訪れた会議室で口火を切ったのはユストゥスだった。
「ギッギッギッギッギッギッ!! 平民!! 我に向かって牙を剥いたな!! 万死に値する! 貴族に不敬を働くことがどれだけの罪になるか、たっぷり味わわせてやるわい!!」
どうする。
平民という立場上、僕に取れる選択肢は少ない。
ユストゥスを黙らせるには他の公爵たちの援護が必要だけど、それにしたってメリットがなさすぎる。動くはずがない。
……僕が、手を汚すか? とそんな言葉が脳裏を一瞬過ぎった時、動いた人がいた。
「ユストゥス卿。一度、落ち着いてもらおうか」
「ヴォルフ!? 何を落ち着けというのだ!! 平民が我に! 貴族に危害を加えようとしたのだぞ! この崇高なる王室会議で! 即刻処刑でもいいところだ! 今すぐに処刑台に送ってくれようぞ!」
「先に手を出したのは貴様だ」
「その平民が我の発言を邪魔した! 王室会議を妨害する邪魔者を攻撃して何が悪いというのだ! 我は貴族ぞ!! 平民を甚振る権利がある! たとえ、貴様の地の住人だろうとだ!! ギッギッギッギッギ……」
ヴォルフ様が止めてくれようとしているが、明らかに分が悪い。
ありがたいけど、どうするつもりなのだろうか。
「………」
ヴォルフ様は一瞬、こちらを見る。
そして、僕を見ながら片目を二回だけ瞬きさせた。
「平民平民と何度も言うな。そもそもそれが誤解だ。この程度のこと、調べれば済んだものを早まったなぁ。ユストゥス卿」
「なんだと……?」
「テア。例のものを」
ヴォルフ様がテア様に向かって手を差し出す。
テア様がその手に丸まった紙を乗せると、そのままヴァルカ様に手渡す。
その迂遠な行動を不思議に思ったが、こちらが意図を察する間もなく、ヴァルカ様は封を解いてすぐにその紙を掲げた。
「モニカもロモロも、元々スパーダルドの貴族だ。そして、先日わしの養子となり、次女、及び三男となった。これがその証だ」
掲げられた紙は契約書だ。
モニカ・デ・カラファ。
ロモロ・デ・カラファ。
この者たちをスパーダルド家の養子とし、名をレジェド・モニカ・デ・スパーダルド、レジェド・ロモロ・デ・スパーダルドと名を改める。
そう書かれている。スパーダルド家の正規の印章まで押されている正式な書類だ。
僕らが認めた記憶はない……けど、これは間違いなく天の助けだ。
「そうだろう? 我が息子、ロモロよ」
「ええ、父上。丁寧な説明、感謝いたします」
「優先度が低いと思っていたから、王室会議が終わり次第、王や卿らに報告しようと思っていたのだよ。順番は変わってしまったが、まあ仕方あるまい。まさか何も考えずにこんな軽率なことをしでかすとは思わなかったものでなぁ」
しっかりと話を合わせる。
どういうことかすべてを把握できていないが、僕らがことを収めるには今は流れに乗るしかない。
「元々貴族だと!? く、下らぬことを言いおって! どこの貴族だというのだ!?」
「わしの遠縁にカラファ子爵家がある。最近、最後の当主が亡くなったが、何の因果か、巡り合わせか、行方不明になっていた忘れ形見がこうして見つかってな。いずれはカラファ家を再興して相続させるが、まだふたりとも若いので、今はわしが後見となって見守ることを約束していたのだよ」
「馬鹿な! 証拠を見せよ!」
「ここにあるカラファ家の家系図がその証拠だ。ヴァルカ見せてやれ」
そう言ってヴァルカ様が養子についての契約書を仕舞い、今度は家系図を見せる。
知らない人の名前しか書かれていなかったが、一応覚えておいた。
「こ、こんなもの! い、いくらでも言えるではないか! 信用など……」
「わしの書類に嘘や不正が一度でもあったか? そんなものはないし、契約書、家系図、我が領の戸籍もある。すべて本物だ。貴様と違って、わしは几帳面でな。あらゆることを書面に残さないと気がすまん。この国や貴族なら誰でも知っていることだ。なぁ?」
「し、しかし……!!」
「そもそもこのふたりは魔法を使える。それが貴族だという一番の証拠ではないか。違うというのならば証明してみるがいい」
次々と僕らが貴族だったという捏造証拠が出てきて、ユストゥスが黙り込む。
そして、ヴォルフ様が不敵な笑みを浮かべた。
「さて。このふたりは貴族だ。しかも、スパーダルド公爵たるわしの養子。そのふたりに崇高なる王室会議で、貴様は魔法で危害を加えようとしたのだ。相手が平民ならば罪を問われないが、そうではないときた。さて、罪に問われるべきはどちらかなぁ?」
王室会議で魔法を放つこと自体、罪に問われるはず。
だけど、それよりも先に平民――王室会議を妨害する邪魔者という口実に対しての法が適用されて、ユストゥスは罪を逃れているという歪な優先度があった。
しかし、その平民という枷が外れれば、王室会議で会議相手に対して攻撃的な魔法を放ったという罪がのし掛かる。
「き、貴様! 我を陥れるか!? 万死に……」
「いい加減、狂った貴様との不毛なやり取りもうんざりなのでな。……さて、王よ。以上の通りです。四大公爵とて此度の愚行を見逃すことは道理が通りませぬ。貴方から爵位を得る権利を持つふたりに危害を加えようとしたのです。ひとまず拘留を」
話を振られた王様はハッとしたように扉に向かって叫ぶ。
「こ、近衛兵! マイル・ユストゥス・デ・アシャヴォルペを拘束せよ!」
すると扉から、次々と重装備の兵がガチャガチャと鎧を鳴らしながら入り込んでくる。
「馬鹿な! こんな馬鹿な!? こんなの認めんぞ!! ケヴィン! なんとかせよ!」
「……もはや不可能です、父上」
「貴様! 裏切るか! お、王よ! 我ではない! 我は何も悪くない! ケヴィン! 我の代わりになれ! 我は悪くない! 我は悪くない! 我は悪くないのだァ!」
「往生際が悪いぞ、ユストゥス。貴様は王の御前で愚行を犯したのだ。裁きを受けよ」
「ヴォルフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
近衛兵たちはユストゥスに手枷を填める。
手枷には魔法陣が描かれ、その中心には奇妙な石が填めてあり、それが魔法の使用を阻害するものだとわかった。
魔法を封じられ、無力になったユストゥスが連れて行かれる。
まるで断末魔のような声が、城の中へ長い間響き渡った。
「……ひとまず今日は閉会とし、明日また開会としよう」
王の言葉によって、波乱の王室会議はひとまず終わりを告げた。
僕らはヴォルフ様たちと共に、スパーダルドの館へとやってきていた。
スパーダルドの人たちが王都での用事がある時に使用する館であり、中では侍従の人たちが働いているらしい。
その中にはテア様の筆頭侍女、ベルタ様もいた。
「お帰りなさいませ、ヴォルフ様、テアロミーナ様、ヴァルカ様。お早いお帰りですね。あら、モニカ様にロモロ様も?」
「ベルタ。すぐにモニカが寝られる場所を準備して、モニカを看病してあげて。それとすぐに話し合いをするから第一貴賓室にお茶を。絶対に誰も近づけないように」
「畏まりました、テア様」
お姉ちゃんは魔法で攻撃するのを止めた時から、魂が抜けたように意気消沈し、肩を貸さないと動けないほどだった。
魔力を使い果たしたのかもしれないが、お姉ちゃんの魔力が尽きるなんてあるのだろうか。
あるいは、尽きるほど魔法に魔力を込めたのか……。
「ベルタ様」
「なんでしょう、ロモロ様」
「……お姉ちゃんをよろしくお願いします」
「もちろんです。お任せ下さい」
そして、僕らは第一貴賓室と呼ばれた部屋へと向かう。
中に入るとスパーダルドにしては絢爛で、絵画や彫刻などが置かれていた。床の絨毯も模様がとても派手で、お金が掛かっていることがわかる。さすがに貴賓を招くための部屋は違うな。
そして、リナルド様が奥の席に座り、ヴォルフ様とヴァルカ様が右側へ、僕とテア様は左側に座った。
「まずはロモロ。誤解しないでほしいのだが、養子に関する話はもっと後で話すつもりだったし、強制するはずでもなかった」
「いえ。そうでないと僕もお姉ちゃんも助かりませんでしたから……。初めてお目にかかったのに、助けていただき感謝いたします」
「お主がわしの意図に気付いてくれてよかった。あそこで父上と呼んでくれなければ、破綻しかねなかったからな」
やはりあの合図はそういうことだったのだ。
だけど、養子はどういうことだったんだろう……。
元々、お姉ちゃんはスパーダルド家の養子になるという話だったけど。
「元々王室会議が終わってから養子の話を切り出すつもりだった。君なら気付いていると思うが、今後、平民であるということはそれだけで不利になる。さらに言えば姉弟共々功績を積みすぎた。遠からずその歪みがその身に降りかかってくると思ってな」
「それは感じていました。しかし、印章まで押されていたのは……?」
「あれはヴァルカが紙を差し出す前に上手くやっただけだ」
するとヴォルフ様は不敵に笑い、長男のヴァルカ様は苦笑いを浮かべた。
「あの一瞬で見えないように印章を取り出して押したんだよ。だから父上が受け取ってからそのまま掲げずに僕に預けたのさ」
「ヴァルカは手癖が悪いですからね」
「器用って言ってくれないかな……」
あの一瞬ですべて整えたのか。
説明もなかっただろうに、息が合ってるな。
「騙し討ちみたいな形になってごめんなさい、ロモロ。父が言うように決して強制するつもりじゃなかったのよ。親御さんを交えて、選択肢を与えようとしていただけなの」
「いえ。先ほども言いましたが、そうしなければ助からなかったので。一番いい手段だったと思います。それ以外ではどうしようもありませんでしたから……」
実際、自分の手を汚すことまで考えた。お姉ちゃんに殺しを止めているのに……。
僕の顔を見ながら、様子を見るようにヴォルフ様は続けた。
「近いうちに親御さんを呼びたまえ。話を詰めなければならない。養子になってもらうのは確定してしまったが、親御さんの意向は十二分に留意する」
「ありがとうございます。急すぎて仰天はすると思いますけど……」
それからヴォルフ様は言いにくそうに口を開く。
おそらく、あのことだろう。
「そして、触れないわけにはいかないが……モニカの話をしなければならない」
「はい」
「彼女の言ったことはかなりおかしな言い分だった。しかし、それでも真に迫っていたのは事実。どういうことか、君は何か知っているのかね?」
『黙って見てれば、このクソジジィ! アンタみたいなのがいたから人が大勢死んだんだ!! 大勢を餓死させる前に死んで詫びなさい!! 今ここで!』
『こいつの……こいつのせいで、何千人が死んだと思ってるの!? 戦うこともできずに、ただただ餓死していく兵士たちを見ていくことしかできなかった! こいつがいなければまだ戦えてたんだ! こいつは今死んでいい! あの時は止められたけど今なら――』
前時間軸の話を、大っぴらに言ってしまった。
もう誤魔化しようがない。
「お姉ちゃんが……スパーダルド家の養子になることを知っていたって言ったら信じてもらえますか?」
養子にしてもらうのだし、もうすべてを告白するしかないだろう。
僕の独断になるけど、ごめんね。お姉ちゃん……。
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