王室会議

 王様が側近を引き連れて部屋にやって来ると同時に着席され、王室会議の開始が宣言される。

 不定期に開催される王室会議で、普段は国内の問題――食料や裁判、軍事、治安などについて話すらしいが、今回は王の宣言によって即刻本題に入った。


「では、影の樹海で見つかったエルフの件について。リナルド。これは本当なのだな?」

「はい。見つけた経緯については先に報告したとおりです」


 センニというエルフが助けを求めてきたので保護し、その案内でエルフの集落に向かった。その中でマナが枯渇していたため、エルフたちは結界を解き現世に戻るという選択をした……というのが、僕らの送った報告内容だ。

 僕らが一度入ったことについては触れていない。


「彼らは我らの自治を望んでおりません。すでに一己の国としての文化を持っています。いえ、持ち続けていたという方が正しいでしょう」

「リナルド。では、お前はどうするつもりだ」

「彼らを一己の国として認め、交流をするべきかと。その交流を、まずは我らが一手に担い、彼らと協議の上でその範囲を広げていければと思っております」


 そこでゆっくりと手が上がる。上げたのはジラッファンナ公爵、ヴァスコ様の同行者だ。腕を上げるのもキツいようで、代わりに上げさせたらしい。


「一己の国として認めるとは手緩いのぉ。力で支配すればいいじゃろうに」

「それは……ロモロ。頼む」

「はい。代わりに発言することをお許しください」

「お主に喋られる謂れはないがのう」

「ここにいる以上、発言権がなくてはおかしいです。私はリナルド様の代理として喋る以上、その権利があります」

「子供の遊び場でもないぞよ」

「私は歳こそ子供ですが、遊びで来ているつもりはありません。私たちは権利を保持してここにいます。発言を遮る権利は誰にもないはずでは?」

「……食えん童じゃな」


 ひとまずヴァスコ様が黙ったので、僕は王様を見る。

 頷いてくれたので、僕は続きを説明した。


「エルフは大いなる力を持っています。魔法、弓の技術、加工技術、知識。どれを取っても我々の上を行きます。影の樹海という領域内で彼らを力で支配することを考えるなら、国中の兵士を動員でもしなければ無理でしょう」

「おいおい、坊主。そこまで言うか!?」

「ゼークト様。彼らは森の中での行動に長けています。大地や樹木を支配された上で、魔法や弓で攻撃されればひとたまりもないでしょう」

「だが、人数はそこまで多くもないのだろう?」

「ええ。しかし、彼らひとりひとりが防衛線を築けると言ったらどうです? 突然、目の前に壁を作られて、動く木によって捕らえられ、そこを魔法や弓で撃たれればどうしようもないでしょう。あるいは一瞬で足下が沼になり地面に埋められます」

「ほう……まったく未知の戦いになるじゃねぇか」

「負けはしないかもしれませんが、勝つのに多大な犠牲を要します。割に合いません」


 エルフの魔法については教わっている旨も報告している。

 そして、僕とお姉ちゃんで使い、道を作ったという話もだ。


「そもそも彼らは排他的ではありますが、幸いなことにリナルド様に対して敵対的ではありません。広い範囲を支配しているわけでもないです。だとしたら一己の国とまで言わなくても、自治都市のように自治を認めてもいいのではないかと。彼らと信頼関係を築き、交易や協力をする方がメリットが大きいと思われます」

「敵対するのは損、と」

「はい」


 王様の言葉に僕は首肯する。

 すると、王様もうんうん頷き、納得してくれたようだった。


「ではエルフの自治を認め、リナルドの――」

「ギッギッギッギ。何を勝手に終わらせようとしてるのだ」


 不気味な沈黙を保っていたアシャヴォルペ公爵、ユストゥスがついに口を開く。

 エルフは自分の物だと公言したのもあり、会議の場が緊張に包まれる。


「さきほどリナルド王子は我にエルフを任せると言ったではないか」

「い、言ってない! そのようなこと、一言も!」

「沈黙は肯定。あの時に否定しなかったのだから、認めたということだろう!! ギッギッギッギッギッギ」


 想像以上に無茶苦茶すぎる。お姉ちゃんから聞いていたし、夢でも知っていたけど、僕は甘く見ていた。楽観的に考えていたかもしれない。

 根拠も何もなく、結論ありきで話が進んでいる。

 しかも、向こうはそれを本気で思い込んでいるような節があった。

 思い込みに対しては正論をぶつけたところで意味がないし、論理立てて説明したところで聞いてくれるとは思えない。


「…………」


 このふざけた言い分に後ろに控えているケヴィン様は複雑そうな顔で歯を食いしばっている。

 ケヴィン様も何か言いたいのだろうが、立場上何も言えないようだ。


「馬鹿言ってんじゃねぇ。ユストゥス。あんな言い分でてめぇのものになっちゃ溜まったもんじゃねぇ」

「お前の妄想には辟易しているが、王室会議にまで持ち込まないでもらおうか」

「カッカッカ。まさかそんな子供のような言い分で自分の物になるとでも?」


 他の公爵たちから当然のように指摘が入る。

 しかし、ユストゥスは欠片も動じていない。

 手緩いとでも言いたそうな、嘲笑っているかのようですらあった。


「優秀なものにこそエルフを侍らすに相応しい。我以外にいるとでも言うのか?」

「エルフの信用を得て交流しましょうと言っているんですが」


 あまりにも自分勝手な言い草に、僕が指摘すると――ユストゥスが勢いよく立ち上がる。


「ギイイィィィッ! 平民のガキが、我に意見するかッ! 身の程を弁えろッ! 嵐の百刃よ、切り刻めッ! 〈セント・ラマ・デラ・テンペスタ〉!」


 脳内にスターゲイザーの大音量の警告が鳴るが、こちらはまともに準備ができていなかった。

 ユストゥスの手が緑に光り、あっという間に無数の風の刃が生成される。

 それがまとめて僕へと飛んできた。まさかこんな場所で攻撃してくるなんて――!


「大河の隔たり。〈フルッソ・デル・フィウーメ〉!」


 だが、僕を切り刻む前に、分厚い水の壁が現れる。

 風の刃は水に当たって、すべて相殺された。

 お姉ちゃんが僕らをしっかり守ってくれたらしい。


「大丈夫!? ロモロ!」

「大丈夫」

「ごめん!」


 マナを支配できなかったことを謝りたかったんだろうか。むしろ、今のを防いだだけでも充分早い。多少なりとも予測していないとできない芸当だ。

 しかし実際、この場で攻撃してくるとは夢にも思わなかった。これも甘く見ていた報いだろうか。

 だけど、ヴォルフ様の言葉通りなら、こんなことをすれば拘留されるはず……。


 だが、どうも周囲を見渡す限り、今の行動を訝しんではいても咎める雰囲気はない。

 四大公爵という立場がそうさせるのか。

 いや、どうも違う。僕らが平民だからのようだ。ヴォルフ様の言う『何か別の事情でもない限り』の事情。

 要は貴族が平民を攻撃することは罪にならないという話だ。

 非常に気分の悪い話ではあるが、ここで僕らが抵抗しても不利になるだけだ。


 僕はそう考え、ひとまず怒りに身を任せず、心を落ち着けていく。


 しかし――。


 お姉ちゃんは違かった。


「黙って見てれば、このクソジジィ! アンタみたいなのがいたから人が大勢死んだんだ!! 大勢を餓死させる前に死んで詫びなさい!! 今ここで!」


 お姉ちゃんの怒りは頂点に達していた。

 前時間軸からの恨み。それが積もりに積もっていたのだろう。


 その身体に太陽のような強い光が灯り、無数の光粒が舞う。

 とんでもない魔法を使おうとしてない!?


「ギヒッ!?」


 凄まじい魔力量に、ユストゥスが腰を抜かしたように椅子から転げ落ちた。


「待ちなさい! モニカ!」

「待って、お姉ちゃん!」

「イヤだ!!」


 テア様まで止めたのに、まさかの拒否。

 なおもお姉ちゃんの身体は光り続けている。

 下手をするとこれまでで一番の魔法を使おうとしているのかもしれない。


「こいつの……こいつのせいで、何千人が死んだと思ってるの!? 戦うこともできずに、ただただ餓死していく兵士たちを見ていくことしかできなかった! こいつがいなければまだ戦えてたんだ! こいつは今死んでいい! あの時は止められたけど今なら――」


 強いフラッシュバックでも起こしたのか、お姉ちゃんは半狂乱になっている。

 あまりにも危険なものを感じたのか、ユストゥスは慌てて攻撃しようとしてくるが、魔法は使えず見るからに慌てている。

 他の面々も拘束魔法を使おうとしているが、すでにこの場のマナはお姉ちゃんに支配されていて僕にも使えない。


「今この場で死んで、死んでいった兵士たちに詫びなさい! 髪の毛一本残さない!」

「待って! お姉ちゃん! 待って!」


 腕を掴んで止める。

 だが、お姉ちゃんは未だに魔法を止める気配がない。


「止めないで、ロモロ! こいつは生きていたらダメな人間なんだよ!」

「それでもダメだ! お姉ちゃんは絶対に人を殺したらダメだ!!」

「……なんで!」

「殺して解決なんて短絡的に終わらせたら、今後それに頼ることになる! お姉ちゃんにそんなことさせたくない!」

「綺麗事だよ! そんなの!! この世界は、そんな簡単な構造じゃないんだよ!」

「そうだよ! 綺麗事だよ! それでも僕はお姉ちゃんを止める! もし、このまま攻撃したら僕は二度とお姉ちゃんに力を貸さない!!」


 なおも魔力は収束する。無理矢理凝縮された魔力は、この場一帯を吹き飛ばしかねないほどの凄まじさだ。

 しかし――。

 しばらくしてお姉ちゃんは悔しそうな顔をして、その腕をするりと下げた。

 強烈な光が部屋中に散っていく。

 そして、僕が見たのは呆気に取られた王族と公爵たちだった。



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