四大公爵
エルフの結界を解いてから三日経ち、僕らは王都にいた。
そして、リナルド様の指示の下、王宮に滞在している。
なぜかと言えばエルフ発見という報を通信魔法で告げると、そこからすぐに王宮への出仕を命じられたからだ。
僕らは大慌てで準備し、集落から王都に馬車で向かった。
そして、ニコーラが言っていた王室会議の始まりはもう間近に迫っていた。
「もうそろそろ王室会議の時間だ。準備はいいか? ロモロ。モニカ嬢」
「問題なしです、リナルド様」
「大丈夫です」
部屋にいるのはリナルド様とお姉ちゃん、そして僕。
僕がいるのはリナルド様の臣下であり、秘書みたいな役割だからだ。
お姉ちゃんがいるのはリナルド様の護衛として。
服装も僕らは立派なものを用意してもらっている。
「何かあっても必ず守るから安心してね、ふたりとも」
「モニカ嬢は頼もしいな。何かあったらあの王武祭の時のように守ってほしい」
「はい! 任せてください、リナルド王子!」
従者であるニコーラやデジレはいない。
この会議に参加できる面々は限られているからだ。
王を中心としたグループ、公爵の四グループ、そして今回の当事者であるリナルド様。
各グループ三名で今回は十八名となる。
「では、行こう」
リナルド様を先頭に僕らは会議室まで向かう。
「それにしても、リナルド様。王室会議が始まるの早かったですね」
「事がエルフの話だからな。すでに王都では大きな噂にもなっている。一目見ようと王都から出ようとしている者や商人もいるらしい。国としてはさっさと方針を決めて落ち着かせたいのだろう」
「向こうにはニコーラがいますし、余計な茶々が入ることはないとは思いますが」
「そこは心配していない。しかし、集落も含めて今は重要な時期だ。あまり留守にもしていられない。できれば早く帰りたいものだ。王宮は私にとって居心地も悪いしな」
そして、僕らは会議室に到着し、扉を開ける。
中にはすでに一組、見知った人がいた。
「早かったですわね、リナルド様。そして、ロモロ、モニカも」
テア様だった。
ということは、椅子に座っている人が……スパーダルド公爵のヴォルフ様ってことか。
もうひとり、テア様と一緒にヴォルフ様の後ろに立っている若い男性は長男のヴァルカ様かな?
「久しぶりだな、リナルド王子」
「ヴォルフ卿、自らわざわざ来たのか。最近はヴァルカに任せていたらしいが」
「何。今回は色々と他に用事もありましてね。それにエルフとあっては顔を出さないわけにもいきますまい。今日は公爵全員が揃い踏みですな」
「そうか……」
そして、ヴォルフ様がリナルド様の後ろにいる僕らを見る。
「君がロモロだね。そして、姉のモニカと。レジェド・ヴォルフ・デ・スパーダルドだ」
「はい。お初にお目に掛かります。ロモロです」
「……初めまして、ヴォルフ様。モニカです」
挨拶すると興味深そうにしげしげと見られた。
「テアから話は聞いている。それこそ耳にたこができるほどにね」
「お父様!」
「嘘じゃないだろう。会うなりいつもロモロが、モニカがと。今日だって普段なら王室会議なんてごめんだとか言ってるのにロモロが来ると聞いて手の平返したくせに」
「怒りますわよ、お父様!!」
珍しいな、テア様があんなに取り乱すなんて。
ここが王室会議の場じゃなかったら飛びかかりそうな勢いだ。
「姉さま。父上と遊んでいないで僕も紹介を」
「……まったく。リナルド様は知っていますわよね。ロモロ、モニカ。この子がレジェド・ヴァルカ・デ・スパーダルド。スパーダルド公爵の跡取りよ」
「初めまして。ロモロです」
「……初め、まして。モニカ、です」
「平民と聞いていたが、本当に貴族と見紛うね。今日は挨拶だけになるが、今度また改めて場を作るから、その時に色々聞かせてくれ。姉さまの話を土産にしてくれると嬉しいね」
「ヴァルカ。殴りますわよ」
「冗談じゃないか。おっかないなぁ……」
「というか、あなただって学校に通えば済む話じゃないの」
「スパーダルドの跡継ぎがどんな圧力を受けるか考えたら学校なんて行きたくもないよ」
姉弟仲はいいようだ。
お姉ちゃんはさっきから三人を見て固まっている。
先ほどから少しだけ呂律が怪しい。
前時間軸で一緒に過ごした家族だからかな……。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「……うん。大丈夫。落ち着いた」
僕が言いたいことを察したらしい。
お姉ちゃんは深呼吸をして、すぐに普段通りの表情に戻った。
「予め言っておきますぞ、リナルド様。我々はあなた方に介入する気はありませぬ」
「ヴォルフ……。味方をしてくれるということか?」
「あの特に利用価値のないと思われていた影の樹海をわざわざ拝領したのはリナルド様ですからな。ただし、味方とまではまいりません。あなた方がよからぬことを考えているようであれば、率先的に動きますのでそのおつもりで」
「つまり、こちらの話を聞くまで判断は保留ということか」
この辺りはニコーラの予想通りだ。
スパーダルドは今以上の権威を忌避している。この件で敵になることはなさそうだ。
こちらに不手際でもない限り。
「それとモニカ。ロモロ。わしの方から忠告しておく。王室会議に平民が出るのは、史上初の出来事だ。学校の件で後援している我々に気を遣う必要はないが、他の面々は違う。気圧されるなよ」
「ご忠告、ありがとうございます。勉強させていただきます」
「……なんかもう、わかってます、と言わんばかりじゃな」
「ロモロですもの。そのようなこと、最初からわかっておりますわ」
「言うまでもないが、ろくでもないやつがいるからとて、暴れたりするんじゃないぞ。何か別の事情でもない限り、その場で拘留だからな」
「あら。ロモロが暴れるわけないじゃありませんの」
「テア。お前に言ってるんだが?」
テア様の過分な期待が重いと言えば重い。
でも、スパーダルドは僕らに気を遣ってくれるというのは、非常にありがたい。
後ろ盾の有無で、何もかも変わるからね。
「おうおうおう。もう来てたのかい!」
扉を壊れるかというぐらい強い勢いで開けて、僕らの次にやってきたのはランチャレオネ公爵、ゼークト様だ。
ゲルドは当たり前かもしれないが、ヘルもいない。
連れてきているふたりは見覚えのない人たちだ。
「相変わらず無駄に喧しいな、ゼークト。耳が痛くて適わん」
「ケッ、陰険ヴォルフか。嫌なもんを見ちまった。また影でコソコソやってんのか? やましいことがあるから声が小せぇんだろうなぁ」
「あらぬ疑いを着せるな。何もしちゃいない。不安で堪らないから怒鳴るのか?」
「ウチの鉱山を騙し取っていったくせによぉ」
「あれはわしの祖父がやったことだし、そっちの先々代が正規の手続きで売ったんだろうが。返せというなら金を払え。ただし、すでに価値は変わってるがな」
会うなり舌戦を始めるヴォルフ様とゼークト様。
ただ、口は悪いけどふたりは本気じゃないというか、憎まれ口を言い合ってるだけな気がする。
どこか妙な阿吽の呼吸を感じた。異世界の慣用句で言うと、天丼? お約束?
仲が悪いのはポーズ……とまでは言わないけど。
「よぉ、坊主。嬢ちゃんも。王武祭以来だな」
「ど、どうも……」
「話によるとお前さんたちが担当してる集落とうちの街道を繋げたようじゃねぇか。しかも、一瞬で。やっぱり面白いことしやがるな」
「いえ、正式に繋げたわけでは……。森を開けただけで……」
「なーに。そこの公爵や他の公爵どもと違って俺は勝手に繋げたところで文句を言うようなみみっちいことは言わねぇよ。交易先が増えるってことだからな! ガンガン街を作ってガンガン繋げろ! なんなら整備費用は幾らかこっちから出してもいいぞ。用立てる時はゲルドに言いな」
「そこまでしていただくのも悪いので……」
「善意の押し売りは嫌われるだけだぞ、ゼークト。裏に何があるかわかったもんじゃないからな」
「突然、話に割り込んでくるんじゃねぇ、ヴォルフ。そういう節介なところがてめぇは嫌われるんだ。そもそも腹に一物あるのは毎回てめぇの方だろうが」
そして、壮年のふたりは再び口喧嘩を始めた。
テア様とヴァルカ様が仕方なさそうに溜め息を吐いている。また始まった……と言わんばかりだ。
「おやおや。楽しそうですねぇ」
そんな場に新たに現れたのは、ヴォルフ様やゼークト様よりも少し年老いた白髪の老人だった。
長い白髭と、目を瞑っているのではないかという細目。
足が悪いのか、杖をついている。後ろに控えるふたりのうち、ひとりがサポートをするように手を取っていた。
「ヴァスコかよ、懐かしいツラだな。おめえさんが足を悪くしてから初めてか」
「あんた、足を悪くしてるのによく来たもんだ」
「なに。エルフという美味そうな餌に釣られただけよ。かっかっか」
ヴァスコ様、ね。この人がファム様の父親か。
パッと見ただけだと好々爺といった印象を受けるが、油断ならない人なのだろう。
エルフの集落から戻った後、ファム様からも話は聞いている。
足が麻痺し始めて、昔ほど精力的ではなくなったと聞くけど……その病気に心当たりがあるんだよね。
「リナルド王子、お久しぶりですな。そして、そこにいるのが噂の……例のふたりか」
「ロモロです」
「モニカです」
「カリラ・ヴァスコ・デ・ジラッファンナじゃ。無詠唱を操る賢者の神子に、王武祭で襲ってきた魔物をすべて退治した猛者か。興味深いのう。こんな場でなければな……」
目が微かに開き、その瞳に僕は少し寒気がした。
真っ黒で、どことなく闇が深い。
「そういえば姉の方はファムと仲良くやっておるようじゃな」
「い、いえ、お世話になってるのはこちらで……」
「これからもよろしく頼むぞよ。アレは魔法の使い手としては我が家でも傑物ではあるからの」
そう言って二人を伴い、ヴァスコ様は席に座った。
底の見えない恐ろしさがあるな。年の功なのか、まだ議論していないのに老獪さを感じる。
そして――。
「王を除けば、我が最後か」
ケヴィン様と共に、最後の公爵がぬるりと部屋へ入ってくる。
腕や足は細いのに、妙に腹が太いアンバランスな身体。
顔は明らかに歪んでおり、左右対称とは言い難い。左右でそれぞれ別の顔なのではと思うほどだ。
「面倒だからさっさと宣言しておくが、エルフはもう我のものだ。マイル・ユストゥス・デ・アシャヴォルペの名の下に、エルフは我の支配下に入る。反論は許さんぞ。ギッギッギッギ……」
瘴気の籠もったような気味の悪い薄ら笑いを上げる、これがアシャヴォルペ公爵――マイル・ユストゥス・デ・アシャヴォルペ。
お姉ちゃんが悪し様にクズと罵る男。
そして、お姉ちゃんは彼を視界に入れるなり、じっと我慢をするように拳を強く強く握っていた。
血が流れるんじゃないかというぐらいに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます