エルフの集落へ

 道もできて囲いもできて、集落の復興は順調に進んでいる。

 村民たちも活気を取り戻して、今は自分たちの仕事を再開していた。

 荒れた畑を耕し、森の中に狩りに、薬草を採りに、木の実を採りに……。

 小さな集落ではあるが、役割ははっきりとしていた。できれば牧畜もしてもらいたいな。羊で毛を取ったり、牛で乳を取ったり、鶏で卵を取ったり。糞は堆肥にできる。肉の安定供給も見込めるかもしれないし、そうなれば産業としても成り立つしね。

 とはいえ、その辺りはまだ先の話だし、今の僕らにはやることがあった。


「集落をケヴィンに任せ、ロモロの進言通り、我々はエルフの集落に向かおう。センニ、道案内を頼む」

「はいはーい。おまかせだしぃ」


 センニを先頭に僕らは森の中を進む。

 メンバーはセンニ、リナルド様と僕とお姉ちゃん、ゲルド。その従者たちも含む。

 全員、事情を知っている者で固めていた。


「ところでエルフの結界を解いたあと、我らはどうするべきだろうか、ロモロ」

「まずはあれからエルフたちに問題がないかどうかを確かめて、問題がなければそれから王様に知らせるのがいいでしょう」

「おそらく大騒ぎになって、呼び戻されるのだろうな」

「ええ。そこでエルフをどうするのかと問われるでしょうし、そのままリナルド様の管轄下にしていいかという話になると思います」


 リナルド様の領地から出てきた形と取れている以上、王様への報告を躊躇うこともない。

 するとニコーラが補足をするように説明をくれる。


「おそらく王室会議が始まるでしょう。王と側近、それと四大公爵が集められますな」

「ニコーラ。その中でエルフを自分たちで強硬に保護しようとするのは?」

「リナルド様の領地内の問題ということにできればスパーダルド公爵ヴォルフ様はまず手を上げないでしょう。保護することになったら、また妬みを買いますからな。それに近いうちにまた妬みを……」

「それに近いうちに?」

「いえ。これは時が来たらお話しします。私から話すのは認められておりません」


 ニコーラが言葉を濁すなんて珍しいな。

 さて、次はゲルドに聞いてみようか。


「スターリ様はどう出てくると思う? ランチャレオネからは一番近くなるけど」

「エルフの魔法や技術には興味を持つだろうな。ただ、父上の性格からして保護などしないと思うぞ。他人に任せて一番美味しい実を取る方だ」

「何かしら取引できる余地はあるってことね。近くだし、便宜を図ってもらえればいいんだけど」


 さて、そうなるとあとはアシャヴォルペ家とジラッファンナ家がどう出てくるかか。

 それと王様たちはどうなんだろう?


「残る両家はおそらく保護という名目で介入してくるでしょう」

「そこが仮想対立候補か。だとすると王様たちはどう動くとニコーラは思う?」

「おそらくは……リナルド様に任せようとするかと」

「少なくとも父上は四大公爵の意向に逆らってまで得ようとはすまい」


 リナルド様が気難しそうな表情で言う。

 王族のままならなさに内心、複雑そうだな。

 僕はニコーラと目を合わせて、小さな声で尋ねる。


「王族って、なんでそこまで権威がなくなってるの……?」

「税金を得られる直轄領が少なくなっているのが一番大きいですな。かつてのスパーダルドは一時期、魔族や隣国から絶えず攻撃に曝されていました。それを四大公爵たちが守ってきたのです。そして、功績に対しては褒美を与えなくてはなりません」


 出せるものがなくなって、領地や塩の独占権などを出すしかなかったと。

 領地がなくなれば出せる兵も少なくなる。

 兵が少なければ周りに対して圧力もかけられない。薄皮を剥がすように権威を失っていったわけか。


「おそらくアシャヴォルペとジラッファンナは、王様とリナルド様の説得にかかるでしょう。領地を手放せと迫るはずです」


 するとゲルドの従者であるオノフリオが自身の考えを語る。

 ニコーラも頷いたから、おそらくはそれは正しい。

 だが、ゲルドは少々訝しげだ。


「だが、アシャヴォルペとジラッファンナも我らとは違い、領地が南方ではないか。エルフの集落は飛び地になるし、そうなると不便ではないか?」

「伝説を甘く見てはなりません。エルフを管轄下に入れているというだけで、権威は手に入ります。それこそ隣国テソーロを刺激しかねない程度には」


 山脈を隔てているからいいものの、接してはいるからね。

 そこを越えて攻めてくる……ということもないわけではない。

 歴史に於いてあり得ないと考えられていた山脈越えの行軍は幾つか前例もあるしね。

 異世界の知識での方が多いけど。


「その上でエルフの有用性を図られるわけだよね?」

「ロモロ様の仰るとおりです。彼らの知識を知ればアシャヴォルペとジラッファンナはさらに強硬的になるでしょう。現時点でロモロ様しか扱えないとはいえ、土や木を動かす魔法、モニカ様の魔力代理生成……その力と古代の知識もまた狙わる要素としては充分過ぎるほどです」

「むしろ、その二家が争ったらどっちも引っ込みがつかなくなるんじゃ?」

「ええ。ですからもしかしたらどこかで妥協するかもしれませんな」

「妥協?」

「二家で割ってしまいましょう、と」


 どっちにしろ、そこにはエルフの意思が入っていない。完全に無視されている。

 エルフたちにとって自治は最優先だろう。

 リナルド様も僕もそこを侵すつもりはないし、対等な立場で交流ができれば御の字だ。

 だから、決して二家に渡してはならない。


「ニコーラ殿。少々、ご相談が」

「オノフリオ殿。何か?」


 ニコーラはオノフリオに呼ばれて、先へと進む。ゲルドもオノフリオについていった。

 そして、いつの間にか僕の隣には同じく歩調を合わせていたお姉ちゃんが残っており、図らずもふたりだけになる。

 学校と違ってニコーラやデジレが常に僕らの近くにいないからね。


「お姉ちゃん、今の話聞いてた?」

「よくわかんなかったけど聞いてたよ」

「あのね……。お姉ちゃんから見てアシャヴォルペ公爵のユストゥスはエルフを見つけたらどう来ると思う?」

「ワシのじゃ! って来ると思うよ」

「そんな恥も外聞もなく?」

「あいつは世界が自分を中心に動いていると考えてるような人間だよ。頭もおかしい。あれは本当におかしいから。常識で考えない方がいいよ」


 夢で見た通りならユストゥスの評価が著しく低いのも頷ける。

 ただあまりにも人として考え方が違いすぎて、大袈裟なのではないかという思いは拭えない。幸いにも今までまともな人としか会話してこなかったしね。

 そこまでヒドいのなら、ケヴィン様があそこまでまともに育ってること自体が奇跡では? 子育てには関わらなかったのかもしれないけど……。


「ロモロ、さっき王室会議に出るようなこと言ってたよね?」

「うん。王室会議が開催されてリナルド様が喚ばれたら僕も行くことになると思う」

「その時、絶対にお姉ちゃんも連れて行くこと」

「え? なんで?」

「用心棒としてだよ」

「用心棒って……ええ?」

「ユストゥスは自分のものにならないなら、相手を暗殺くらいしてくるよ」


 お姉ちゃんが珍しく不機嫌そうに爪を噛む。

 いつもはあっけらかんとしてるのに、前にファム様を悪し様に罵っていた時もこんなだったな。

 ただ、ファム様の時よりも遥かに声が低い。


「ロモロにはまだ言ってなかったっけ? あたしが勇者としてスパーダルドに引き取られた時は何も言ってこなかったんだけど、魔族を退散させた後にいきなりあたしを誘拐しようとしたんだよ」

「は?」


 そんな話は聞いていない。


「未遂に終わったけどね。この娘はワシのじゃ! っていきなり馬車に連れ込もうとして。あたし、その時、剣を振るのも忘れて怖がってたから……」

「お姉ちゃんが……怖がる?」

「同じ人間とは思えないほど不気味だった。常に正気を失ったような顔して、言ってることは何も理解できない。そのくせ、冷徹で行動だけは妙に的確で……」


 クズではあっても、そこはさすが四大公爵のひとりということか。

 要注意して監視しておかないと危険そうだ。

 せっかくスターゲイザーもアップデートされたわけだし、しっかりと活かしていきたいね。


「ケヴィン様はよくあんなまともに育ったね……」

「ホントにね。あたしも最初は警戒したんだよ。アレの息子かぁ……って。でも実際に来たらホントに優秀でね。強いし、特にロモロみたいに作戦考えるのが上手かった」


 会話した時も思ったけど、早めに味方にしたい人だ。

 ただ、どれだけ好感が持てて得難い人材であっても、ケヴィン様はアシャヴォルペの人間だ。

 エルフの集落を巡って、対立することになる。

 この辺りはファム様も同じなんだけど……。


「それじゃもう一方のジラッファンナ……ファム様の父親はどう?」

「うーん。あたし、よく知らないんだよね。あたしが初めて王室会議に呼ばれた時には病気でまともに動けなかったらしいし、代理の息子って人が来てたよ」

「うーん、お姉ちゃんも知らない人か」

「ファムが言うには傑物だって話だけどね。ファムに直接聞いてみたら?」

「あっちの集落に戻ったらね」


 今はエルフとの交流が最優先だ。


「モニカっち~、ロモロ君~。遅いよ~。もう着いたしぃ」


 どことなく見覚えのある光景……のような気がしたけど、ただの既視感かな。

 木々が密集してることには変わりないし。

 行軍訓練の時に印をつけた木が近くにあるかもしれないけど。


「それじゃ、準備はい~い?」


 センニが近くにある木をコンコンと叩く。

 まるで扉のノックだ。

 しかし、そんな軽い行為であっても向こうには伝わったらしい。

 気のせいかと思うくらい視界が一瞬だけ歪んだが、すぐに元に戻る。


「お待ちしておりました。女神さま。そして、賢者さまよ」


 気付けば目の前には、以前出会ったタルヤ様を筆頭にエルフの人たちが集まっていた。

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