貴公子
ランチャレオネ州の街道とこの集落へ道が繋げてから数日。
第二陣の救援隊が追加の物資を積んで向かってきた。
ここまで馬車が来られたため、物資の方は潤沢だ。馬車を待機させて往復させるような必要もない。
「マイル・ケヴィン・デ・アシャヴォルペ、参りました」
「御苦労、ケヴィン。久しいな。よく来てくれた」
「いえ、もったいないお言葉です」
第二陣を引き連れてきたのは、以前にも話題に出ていたマイル・ケヴィン・デ・アシャヴォルペ。
アシャヴォルペ家の長男で、お姉ちゃん曰く傑物という話だが……。
歳は二十歳くらいだろうか。長身で細身だが、弱そうには見えない。
顔立ちはやや中性的で遠目から顔だけ見たら何人かは女子と勘違いするかもしれない。愛嬌のある顔だが緩んでいるわけではなく、どちらかと言えば引き締まっている。
金髪をたなびかせ、まさに貴公子という言葉が相応しい人のように見える。
「それにしても馬車は通れないと報告を受けておりましたが、普通に通ることができましたよ。幸運でしたね」
「ああ、ロモロが道を作ってくれたのだ」
「……道を、作る?」
「そういう反応になるのも無理はない。私も自分の目で見たが、夢でも見ているのかと思ったからな」
厳密にはお姉ちゃんの魔力のおかげなんだけど……。
お姉ちゃんはこういうのに無頓着だからか何も言わない。どうも功績を僕に一元化しようとしている節がある。
功績を残すのを面倒くさがっているというか。
「では、君が噂の……」
「ロモロです。よろしくお願いします」
「姉の、モニカ……です………………………………」
「? 私の顔に何か?」
「い、いえ……」
お姉ちゃんは何かを言いたそうにしていたが、結局何も口に出さなかった。
前時間軸では一緒に戦っていた間柄らしいし、主観的な再会に思うところがあるのかもしれない。
久しぶり! とか言えないしね。
「しかし、道を作るというのは俄には信じ難いですが……」
「なんなら学校側にももう道はあるぞ。まだ街道として整備しているわけではないがな」
「それでしたら早めに教えてもらえたら、ランチャレオネ領を通ることなく来られたのですが……」
「そう言ってもできたのはつい先日だからな……。私もケヴィンが出発する前に道が出来るなんて思ってなかったのだ」
なおも疑わしく思っているケヴィン様にリナルド様が追加情報を出す。
表情に浮かんでいるクエスチョンマークがさらに濃くなった気がした。
実際、あの日の翌日に僕らは学校側へ道を通している。
西側にも通そうかという話はあったが、そこは第一王子、及び第二王子の管轄する領のため、ひとまずそちらの意見を伺ってからということになった。
「それでもまだ信じられぬなら、これからモンスターからの防衛用に壁と堀の建設を行うからそれを見ていくといい。度肝を抜かれると思うぞ」
「壁と堀? この集落規模でも人夫がかなりの数が必要になると思うのですが?」
「ロモロとモニカにかかれば一分もしないうちに終わってしまうさ」
リナルド様が不敵に笑う。僕は愛想笑いをするしかなかった。
特に何も問題がなければ終わると思うけど。
僕らが天幕の外に出ると、ケヴィン様も首を傾げながらついてくる。
僕らは柵の外側から出て、準備を始めた。
と言っても、僕がしゃがんでお姉ちゃんが後ろで僕の肩に手をついてるだけだけど。
「土が動きます。皆さん、その場から動かないでください」
「行くよ、ロモロ」
お姉ちゃんによって無尽蔵の魔力が僕の中に生まれる。
僕はそのまま地面に魔力を流して、土の中のマナへ伝播させる。
土は泥のようになるが、そこで外側の土を削って内側で土を盛った。
土壁が形になったので魔力を拡散させて泥から元に戻す。
だいたい高さ四メトル、幅一メトルくらいの大きさだ。
「………」
ケヴィン様や見学していた追加人員たちは何が起こったのか、信じられないような顔をしている。
中にはお互いの頬をつねり合ったりして、夢かどうかを確かめ合っていた。
「……魔法でこんなことができるのですか?」
「無詠唱と無尽蔵の魔力があれば。僕ひとりではできません。姉の膨大な魔力があってこそです」
「でも、あたしはこんなことできないから、やっぱりロモロあってこそだよ」
「人に魔力を受け渡すことができるという話も初耳ですが……なるほど。魔法は日々進化しているわけですからね。勉強し直さねば……」
どうやら納得してくれたらしい。まだ顔が引き攣ってはいるけど。
厳密には魔力の受け渡しではないのだけど、見たままならそう思ってしまうよね。
「あとは水源から堀に水を流し込むだけだな。それと門を作る必要もある」
「せっかくですし、この壁を石で覆いたいところですな」
「城塞にでもするおつもりですか?」
リナルド様とニコーラの何気ない会話に、ケヴィン様が冷静に指摘する。
後々のことを考えれば、城塞にしてくれた方がありがたいけど、まだいいんじゃないかな……。
「でしたら北の山脈側にトンネルを作って、対テソーロの進軍経路を作るのもいいのでは?」
「できるのか、ロモロ?」
「……距離によります」
ケヴィン様もなかなか凄いことを提案してきたな……。
戦術家としては非常に面白い発想だと思う。僕も考えたけど、それやるとここが対テソーロの最前線になりかねないから作りたくないんだよね。
こちらから一方的に行けるみたいなギミックが作れれば話は別だけど、そんな甘い話はない。
一度通してから元に戻してしまえば、抑止力としては働くのかな? どれだけの魔力が必要になるのかわからないけど……。
「スパーダルドには
「いえ、それとは別です。僕も簡易城塞のやり方はよくわかりませんし、あれは素材も含めて建物を作り出す高度なものですし、僕らのこれはただそこにあるものを動かすくらいです」
「それでも充分だと思うけどね……。いや、素直に恐れ入ったよ。君の魔法は有用性が高すぎる。何十何百とやってほしいことが頭に浮かんでくるな」
「ケヴィン。ロモロは私の大事な臣下だ。取らないでくれよ」
「残念です。今度、やりたいことをまとめますのでリナルド様に有用ならものであれば、ご検討いただければ。もちろん、ロモロ君の意向を無視するつもりはありませんが」
「留意しておこう」
それにしても物腰の柔らかい人だ。
お姉ちゃんから聞いてきた中で、いい話の半分くらいはこの人だからな。
よほど他がヒドかったのかと思ったけど、ケヴィン様なら頷けるかもしれない。
それにしても……。
「さっきテソーロ領に道を通すと言ってましたが、ケヴィン様はテソーロと戦いたいのですか?」
「まさか! 戦争など愚の骨頂だよ。人が死に、土地が荒廃し、人心は荒れる。貴族としては避けなければならないものだ。特に我らアシャヴォルペはファタリタの中でもシッタ同盟と領地を接する南方だ。テソーロとの戦争で召集されるにも遠い」
「では、なぜテソーロへの進軍経路を作ろうと?」
「テソーロはたびたび領土欲からか、こちらへ攻め寄せてくる。我らが戦争を忌避しても、相手も同じとは限らない。ならばそのためのカウンター……相手の行動を抑止するために、選択肢はあればあるほどいい」
「なるほど……」
「それともうひとつ、期待したいのは商圏の広がりだ。道ができれば自然と人の往来もできる。商人は商品を売り込むために努力を惜しまない。商人たちは時に貴族よりも強い力――金銭を持つ。強固な商圏ができれば戦争を忌避する流れもできるだろう。もちろん、戦争をしたら損をするという形にする必要はあるけどね」
ごくまともな意見だ!
ちょっと戦争したい人なのかと疑ったけど、地に足のついた考えで安心する。
特に発想が柔軟だ。商人の利を盾に戦争を回避するための網を構築する手段は実にわかりやすい。
「テソーロ王国に行くには西側から山脈を回り込んで行かないといけないからね。だからこそファタリタはそこまで行くならと商人たちは西側のアルコバレーノ王国に向かってしまう。だが、街と街が近くなればなるほど往来は活発になる」
「しかし、テソーロとファタリタで交易できる品はあるのですか?」
「うむ、そうだね。ファタリタには鉄や穀物がある。テソーロには一風変わった布、衣類や香料や薬剤となる油などがある。お互いほしいものは都合できるはずだろう」
「鉄はさすがに戦略物資ですから、交易するとトラブルを引き起こすのでは?」
「確かに。ならば香辛料はどうだろうか。我らが領地でも取れるし、シッタ同盟からも買い付けている。互いの不足を補える交易になるだろう」
素晴らしい意見だ。
押しつけがましくもなく、片方だけが得をするような案でもない。
お姉ちゃんが褒めるのもわかるね。
「……おっと、すまない。ロモロ君。君と話していると、もっと色々な案が出そうな気がして、ついつい口が軽くなってしまうな。子供ということを忘れてしまうね」
「こうして話が弾むのは僕としても嬉しいですね」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。よし。私の領内で考えている計画を……」
そこまで言ってケヴィン様の口調は沈んでいく。
表情も悔しいような、暗いような、ネガティブなものになった。
「もっとも、いくら頭の中に計画があっても私には実行できないのだけどね」
「なぜ? ケヴィン様の器量ならいくらでもできそうですが」
「私には領内を差配する権利がない。すべて父を通さなければならないのだよ」
ケヴィン様の父ということはアシャヴォルペ公爵のユストゥスか。
こちらはお姉ちゃんからの評判がすこぶる悪い。
ケヴィン様が公爵であればいいのに、という話は聞いているから、ユストゥスの権力がとても強いのだろうな。
「ケヴィン様の良案ならいくらでも通せそうですけど」
「いや、私は父に嫌われていてね。どうやら立ち振る舞いが気に食わないらしい。だから、どんな案だろうと却下されてしまう。本来であれば後継者として父の下で様々なことを学ばなければならない時期で、周囲の貴族たちとも友誼を結ばねばならないのだが」
そうか。よくよく考えてみると、なんでアシャヴォルペ公爵の長男――要するに後継者という重要な人材がここに来ているのかという視点が完全に抜けていた。
四大公爵の息の掛かった人材がここにはいるが、それでもそこまでの立場の人が来るのはおかしい気がする。ゲルドもファム様も後継者ではない。
こうなるとユストゥスという人の人となりも見えてくる。
ケヴィン様は傑物だ。推測でしかないけど、お姉ちゃんからの評判から考えるに、優秀な彼を疎ましく思っている可能性があるな。
「私は計画云々の前に、まずは父からの信頼を得なければならないからね」
その努力は報われるのだろうか?
いや、お姉ちゃんの話す彼の行く末からすると、その努力は実らない。
だけど、この人が公爵になってくれた方がありがたいんだよね。
スパーダルドの背後から不安は取り除いておきたいし。
だとすれば、答えはひとつだ。
流れに任せて好転はしない。
そのためには、いつかアシャヴォルペに介入しないといけないね。
「………」
そんな折、お姉ちゃんは誰にも気付かれないような静かさで天幕から出ていく。
普段は明るい表情が冴えていなかった。
一瞬暗い顔を見せることはあっても、すぐ切り替えるように戻すのに。
僕はすぐにお姉ちゃんを追いかけた。
「お姉ちゃん? どこ行くの」
「ロモロ。天幕でリナルド様についてなくていいの?」
「それよりもお姉ちゃんの方が危ういし」
「心配かけちゃった? ……ちょっと思い出すことが色々と多くてね。特にケヴィンさんが一緒だと……。でも、ケヴィンさんはあたしと違って何も覚えてないし」
前時間軸の戦友が、何も覚えてないというのはつらいのだろうな。
本来、数年来の戦友が再会したのなら積もる話もある。
だけど、お姉ちゃんは初対面を装うしかないわけで……。
「珍しいね。お姉ちゃんがそこまで気を落とすなんて」
「うん。自分でもビックリしてる。ファムは前の時と全然違うから油断したのかもしれない。ケヴィンさんは前と同じで、そのまんまだったからどうしても思い出しちゃう。特にケヴィンさんと戦った時は悲惨なことが多かったから……」
だからこそ、強烈に記憶へ刻み込まれているのだろう。
その時の体験が。
前時間軸の体験に、僕らは誰も共感できないのだ。
寂しさを……感じているのかもしれない。
「お姉ちゃん、一旦、街に帰る? そうすれば多少は紛れるかもしれないし」
「ううん。そんな迷惑かけられないよ」
「モンスターはセンニが倒してくれたっぽいし、この集落の脅威は去ったんだから、無理はしなくても……」
「大丈夫だよ。ロモロに任せっぱなしじゃ悪いからね。エルフの集落に行くならあたしがいた方がいいでしょ?」
「でも……」
「ロモロが思うほど、深刻なものじゃないから」
すると、お姉ちゃんは少しだけ悪戯っぽい顔になる。
何かろくでもないことを思いついたような、いつもの顔だ。
「じゃあ、今日はロモロ。一緒に寝てくれる?」
「何を……」
「寂しいから」
その辺りは自覚してるのか。
お姉ちゃんが言うように、僕が少し心配しすぎているのかもしれない。
でも、まあ……寂しいのは事実だろうし。
「……別にいいよ」
「え? ……めずらしー。いつもは絶対、恥ずかしいからヤダ! っていうくせに」
「いつもみたいに断ってもいいけど?」
「ウソウソ。じゃ、約束だからね」
もちろん恥ずかしいのは山々だけど。
それでも、今一番ツラいのはお姉ちゃんだろうからね。
少しでも心が安らぐなら安いものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます