簡易馬車道
調査の結果を村長に報告してから、僕らは自分たちの作った天幕へと戻ると、リナルド様とカッリストは人心地ついていた。
その中に森の調査組六人とプラス一人が入る。なお、そのひとりはフードを被り、耳を見せないようにしていた。
「さて。どういう話になっているのか、お聞かせ願えますね」
「う、うん」
「ニコーラ殿、何があったのですか?」
カッリストは顔にハテナマークを浮かべている。
だが、すぐ傍にいたリナルド様は気付いたようだった。
「……もしや、センニか?」
「おー、王子ぢゃん。久しぶりぃー。元気してたぁ?」
「お、おお……。お主こそ、息災か?」
「ソクサイ? よくわかんないけど元気してるよ~」
フードを被っていても顔は隠せてないからね。
肌が黒いくらいなら、ファタリタにもそれなりにいる。だいたい南方にあるシッタ同盟の出身だ。
カッリストがセンニの気安さに顔を顰めたが、リナルド様が「よい」と窘める。
さて、皆がテーブルに着いたし、改めて説明をしなければ。
「とりあえず、僕らの計画はシンプルだよ。リナルド様の領地にエルフを取り込みたい。エルフたちの人間からの介入をできる限り最小限にするって希望を叶えた上で」
「ロモロ様は突然エルフが出てきたら何かしらの政治的衝突が起こるとお考えだったわけですね」
「エルフが伝説上の存在ってだけで奪い合うほどの価値がある。それこそ国の中だけじゃなく、他国を含めて。混乱を避けるためにも彼らには後ろ盾があった方がいい。少なくとも彼らを侵害する大義がなくなる」
僕の話を引き継いで、リナルド様が説明を続けた。
「エルフの魔法はなかなかにユニークだった。木を生き物のように動かしていたり、大規模な大地の修復とかだ。あの力を借りられればありがたいが、まずは信用を得てからだろう」
「しかし、なぜリナルド様がそれをやろうと?」
「彼らは排他的だ。いずれ出てきたであろうが、今回出てくるのは故あってのことで不幸な結果に過ぎない。過去の人間が何をして逃げたのかはわからないが、過ちを繰り返して人間に愛想を尽かしてほしくないのだ。であれば、事情を知った我らが矢面に立つべきだと考えた」
ニコーラが小さく息を吐き、何か納得したように頷いた。
「なるほど。事情はわかりました。秘密にした理由もやむを得ません。ロモロ様の言う通り、政治的にナイーブな問題になり、無用な混乱を起こしかねませんからな」
「わかってくれた?」
「できれば我々には話してほしかったとは思いますが……難しい判断でしたな」
「ごめん。どこまで言うべきかはあの時、悩んでて……」
「いえ。あの時点で我々に言えばスパーダルド――ヴォルフ様が動いていたでしょう。あの方も比較的温厚ではありますが、エルフへの内政干渉くらいはするでしょうからな。いえ、周囲からのことを考えるとせざるをえないと言いますか」
何かを保護するというのは、つまりそこに何かしらの力が働くことになる。
力が加わることは、そのバランスを崩しかねない。
エルフを保護したらスパーダルドを支持する貴族の人たちもその恩恵に与ろうとするだろう。そこで何もしなければ、当然不満が出る。自分たちだけがエルフの力を得ているのではないかと。
「ふふ。そう考えますと実に妙手ですな。感服いたしました」
「でも、ニコーラはテア様たちに報告しなきゃいけないんじゃないの?」
「これは学校行事ではありませんからな。事細かに報告を義務づけられているのは学校での話です。ここでの話はその限りではありませぬ」
「そ、そうだったんだ。ありがとう」
「オノフリオ殿、カッリスト殿も、どうでしょう? 今回のことは内密に、ということにいたしませんか?」
するとオノフリオが真顔で口を開く。
「ゲルド様の意向に従うのみです」
「オノフリオ、お前……。いや、その……ありがとう」
「感謝など必要ありませぬ。ゲルド様はそのままお進みください」
そして、カッリストもまた頷いた。
「自分はリナルド様に忠誠を誓った身です。リナルド様がそうしろと仰るのであれば、自分は力になるのみです」
「すまないな、カッリスト。お前には苦労をかける」
「いえ。ビアージョの悪意に気付かずにいた無能な自分を貴方は庇ってくださいました。それだけでも充分です」
主従にはそれぞれの絆があるのだろうな。
僕とニコーラもちゃんと絆があるのかな?
そして、リナルド様は僕らを見渡した。
「では話を詰めよう……と言いたいところだが、ひとまずはこの集落の立て直しの方が優先だ。おちおちはしていられないが。ロモロ、まずはどうするべきだろうか?」
「このまま衣食住を提供できていれば集落の立て直しは問題ないでしょう。しかし、やはりこの集落を国、ないしリナルド様の支配下に治めるにあたって、やはり既存の流通網、商圏に組み込む必要があると思います」
「となると、やはり一番優先するのは街道整備か」
まずはランチャレオネ領側へ、許可を取って繋げる必要がある。
そして、西の王領とも繋げたいし、南側には学校もある。僕らの行き来も考えると、学校側への街道もほしい。
そこにカッリストが渋い顔をして指摘する。
「しかし、影の樹海は元々開拓には不向きです。木々が多すぎて、伐採には時間がかかるでしょうし……。斧を使おうにも充分に振れるスペースすらないですし」
「エルフの魔法が使えればいいんですけどね」
土を入れ替える時に見たエルフの魔法は実に豪快だった。
あれができれば、簡単に整地できそうだよね。
「ん~? なら使えばいいんじゃないの?」
「えっ?」
突然、そんなことをセンニに言われて戸惑う。
まるで腕を動かせばいいじゃん、くらい気楽そうに。
「たぶんロモロ君なら使えると思うケド? 無詠唱で魔法、使ってたしぃ」
「どうだろう。感覚的に大地や木をあんな風に操作できる気はしないんだけど」
「難しく考えすぎだってぇ。土や木には元々マナが宿ってるってロモロ君、わかるぅ?」
「いや……そうなの?」
「マナにその土を纏わせて動かす、木ならマナに動かしてもらう。そんな感じ!」
「うーん……。簡単に言うけどね。でも動かすにしても僕の魔力じゃ足りない気がする」
「あー、ロモロ君も多い方だと思うケド……。でも、それならモニカっちにもらえば?」
突然、話を振られたお姉ちゃんが目を瞬かせる。
「マナを通せるのは知ってるけど、生成した魔力って譲渡できるの?」
「違う違う。譲渡じゃなくてぇ。マナの変換だけ自分で請け負って、生成した魔力を相手のものにするんだって」
「そんなことできるんだ? っていうか、センニ、詳しいね」
「そりゃねぇ、魔法は使えないけど魔法の勉強はそれなりにしたしぃ」
そして、センニは立ち上がる。
それを見て、皆が顔を上げた。
「まぁ~、まずはやってみればいいっしょ! モニカっちとロモロなら楽勝だって!」
本当にできるのなら、ということで僕らは全員で天幕を出た。
集落の入り口から森の中を進み、すぐに木々の乱立した空間へ入る。
すでに空は薄暗く、木々と葉の密度が濃いことを否応なく実感させてくるね。
「この先に馬車まで行けるポイントがあります」
「うん。この方角で間違いないね」
あとは木々を避けて、ここに馬車が通れるようにすればいい。
「本当にできるの、センニ?」
「できるってぇ! 木に動いてもらうだけっしょ」
「そんな愛玩動物に動いてもらうんじゃないんだから……」
「ちな木が動けるようになっても、土が硬いからねぇ。土も軟らかくしておかないとダメだからねぇ?」
「その理屈はわかるけどさ」
動く植物ってモンスターじゃないんだからさ。
……過剰なマナで変異してモンスターになる獣。あるいは植物型モンスターも同じメソッドなのかもしれない。
特殊な魔力を入れると動かすことができるらしい植物。この辺りに何かモンスター化の起因も隠されている気がしなくもない。
いや、この辺りの考証は後だ。
「まあ、やるだけやってみるけど……」
「土に手を当ててた方がやりやすいとか言ってたよぉ」
その方が自分の魔力で土を操作すると想像しやすいってことなのかな。
魔法は力として不自然というか、明らかに世界の摂理に反してるよね。
僕はしゃがんで、手の平を大地に押しつけた。
自分の魔力を土の中へと、柔らかくなるよう願うように送り込む。
すると、土に潜んでいたマナが応えるように動き出した。
さらに魔力を伝って木に伝播させていく。
木に宿っていたマナもまた木の根に広がっていった。
「おお……!?」
誰かの驚くような声が耳に届くと同時に、大地が実に不安定に揺れだした。
地滑りをゆっくりにしたような音が重く響いてくる。
そして、一本の木がまるでその場から退くように横へと移動した。
「……できちゃった」
「さすがロモロ君だしぃ! 賢者の神子って言われてるだけはあるねぇ」
「センニがコツを上手く教えてくれたからだよ」
周囲の面々も驚いているようだった。
まあ、木がひとりでに動いたわけだしね。事情を知らなきゃただの怪異だ。
「驚きました……」
「スパーダルドの秘奥、簡易城塞と似たようなものを感じましたな。系統は別物のような気がしますが……」
カッリストとニコーラが揃って目を瞬かせている。
オノフリオもまた表情には出さないが、目を見開いていた。
「でも、これを自前の魔力でやるのは無理だね。何日かかることやら」
「というわけで、今度はモニカっちの番だしぃ。マナ変換でロモロ君の中に魔力を生成してあげるんだよ~」
「具体的にはどうすればいいの?」
「自分じゃなくてロモロ君を身体強化してあげる感じ!」
アバウトすぎるが、お姉ちゃんは頷いた。本当に大丈夫?
許容量以上の魔力貰って僕の身体が爆発したりしないよね……?
お姉ちゃんは僕の肩に両手を置く。なんだか身の危険を感じてゾクゾクしてきた。こういう時、スターゲイザーは害意がないから危険だと察知できない。
「どう?」
お姉ちゃんがマナを集めて、僕に魔力を入れていく……ことをやってるみたいだけど、未だにそんな気配が来ない。
「特に変化はないけど……」
「モニカっちー。もっと接触した方がやりやすいよぉ」
「こう?」
お姉ちゃんは躊躇なく後ろから抱き付いてきた。羞恥プレイか、これは?
それに触れる面積が多くなっても特に変化はないんだけど。
「ロモロ君をもっと自分と同じ存在だって感じるようにするんだよ~」
「んー、やってみる。お願い、マナよ――」
そんなこと言われてできるもんなの……――って、来た!?
僕のよりも遥かに豊富で、純粋で、強力な魔力。
「ああ、なるほど。マナを通すのと原理的には似てるんだ」
お姉ちゃんは勝手に納得しているが、僕には全然感覚も何もわからない。
マナの魔力変換もしていないのに、僕の魔力が膨れあがっていく。
さっさと使わないと拡散してしまいそうだったので、急いで大地に手をつき、先ほどと似た容量で魔力を放出した。
僕の前にある土が泥のように軟化し、周囲の木々が横に移動していき、幅広い空間を作っていく。
あっという間に馬車が数台分通れるほどの道ができあがった。
「これは凄まじいですな……」
「ロモロ、すっごーい!!」
実際に魔法を使った僕ですら驚くしかない。
魔法って可能性に満ちてるな、本当に。いや、それ以上に……改めて実感できたが、お姉ちゃんの魔力量が規格外すぎる。
まだまだ余ってるし、ついでに一度泥みたいになったここら一帯の土も平らに整地しておこう。
……ついでの概念が僕の中で壊れそうだ。
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