森の中のモンスター?

 食事の炊き出しや畑の改善、家の修復などをひとまずリナルド様たちに任せて、お姉ちゃんと僕、そしてゲルド。そして、デジレ、ニコーラ、オノフリオと従者込みの六人で森の中を探索する。

 僕らの役割はモンスターの捜索だ。モンスターの痕跡を探し、できれば退治したい。

 昼だというのに密集した木々の葉が光をほとんど遮る薄暗い中を歩いていると、ふとお姉ちゃんが僕の耳元に口を寄せてくる。


「ねー、ロモロ。例の魔法陣が仮に起動したままだったら、モンスターは生産され続けてるってことだよね?」

「そうだけど、それはないと思うんだよね。あれからもうかなり時間も経ってるし、魔法陣に込める魔力は尽きるはず。魔法陣を巨大に描いておけば込められる魔力も多くなるけど、そこまで巨大ならすぐに見つかるから消せるし」

「んー。じゃあ、どっちにしろ余す所なく調べなきゃダメかぁ」


 ビアージョが魔法陣をいくつ描いたのか言ってくれれば、スパーダルドで実行している魔法陣消去もゴールが見えてやりやすいんだろうけどね。

 ただ、仮に言ってくれたとしても、それを信用できるかどうかはまた別か。


「ニンファが言ってたけど、魔法陣を長持ちさせるために魔溜石を置いておくといいらしいね。ただ、ちゃんと魔力を受け取る用の区画を作らないとダメだけど」

「しかし、ロモロ様。魔溜石は魔力を留めておける道具ではありますが、魔溜石もまた自然と魔力を失っていくもので、定期的に魔力を補充する必要がありますぞ」

「……ひとつだけ、気になってることがあるんだよね」

「というと?」

「ビアージョは何を参考に魔法陣を描いたのかってこと。かなり複雑だったから記憶を頼りに描くには怖い気がする」

「そうですな。参考にしたものはビアージョの生活していた部屋になかったようですが……」

「例えば魔溜石そのものに魔法陣が描かれてて、その魔溜石を元にビアージョは魔法陣を描いていた。それがこの森のどこかに捨てられて、獣が飲み込んだとしたら?」

「……それはまずモンスター化が始まってもおかしくありませんな」

「モンスターによっては魔法を使うわけだから、マナを魔力に変換する力を持っているってことでしょ? そうなると魔溜石の魔法陣は効果を失わない」

「あり得ない話ではないですが……可能性としては偶然が過ぎる気がしますな」


 ニコーラの指摘通り、この仮説には粗が多い。

 絶えず魔法陣の効果を受け付けたら、モンスターはどんどん変異していくんじゃないかとか。

 体内に入った魔溜石に魔力を溜める方法をモンスターが理解するのかとか。

 モンスターの内臓がどうなっているのかはわからないけど、獣と同じ構造だとしたら胃の中で溶けるんじゃないかとか。モンスターは倒すと消えるから確かめようがない。


「何をこそこそと話しておるのだ、ロモロ」

「いや、モンスター見つからないよねって話だよ、ゲルド」

「確かにな。ここはランチャレオネ領にも隣接してる。こんな場所からモンスターに出てこられても厄介だ。見つけてさっさと討伐したいところだ」


 とはいえ、痕跡ひとつ見つかっていないので気が滅入ってくるね。

 モンスターは生態系から外れており、用便をしないのだ。どうも内臓の中ですべてが魔力に変換されているという仮説があるようだけど、これの信頼性はわからない。

 そもそも食事が必要なのかも不明だ。実際に襲った獣、あるいは人なども食べているのだが、あれが食事なのかは不明らしい。獣がモンスターに変わるなら、本能として食事の癖が残っているのかもしれない。


 そんな様々な仮説もあって、用便をしないならあれらはすべてエネルギー……要するに魔力になっているとしか説明がつかないということだ。

 過剰なマナによって獣がモンスターに変化することがわかっても、その変化する理屈や内容まではわかってないしね。


「お姉ちゃん、何かわからないの? モンスターの痕跡とか」

「なんであたしに聞くの?」

「お姉ちゃんはモンスターが現れた時、感覚でわかる時があるから」


 フェンリルの時が一番顕著だったよね。気付いてなかったら、お姉ちゃんは来られなかったし、そうなればマティアスさんもヴェネランダさんも僕も死んでいたと思う。

 それに僕とニコーラでモンスターの気配だけを察知した時も、お姉ちゃんは気付いてたみたいだしなぁ。


「うーん……。別に毎回、察知できるわけじゃないしなぁ。時々感覚的にマズい気がするってなるだけで」

「……なんて曖昧な」


 僕も危険を察知できた時にスターゲイザーが教えてくれるだけだから、向こうに害意がなければどうにもならない。

 多少なりとも僕に対して害する気配さえあれば、どうにかなるんだろうけど。


「しかし、糞がなくとも足跡や枝を折った痕跡、葉を潰した痕跡などがあるはずですぞ、ロモロ様」

「でも、それが見当たらないからね。ゲルド、こういう時に君の耳は使えないの?」

「無理に決まっているだろう。葉擦れや虫の音で消されている。よほど大きな心臓音でもあれば別だが……そもそもモンスターは心臓音がするのか? スライムの時など何も聞こえなかったぞ」

「ゲルド様。モンスターには別の生命器官があるという話なので、人間や獣と同じような音は聞こえないと思われます」


 普段は寡黙なゲルドの従者、オノフリオが流麗な声で喋り始める。

 この人の声は初めて聞いた気がする。


「そ、そうだったのか」

「ところで、スライムと相対したなどという話を私は聞いておりませぬが……」

「……ッ!! い、いや、よくよく思い出すと、アレはただの見間違いだったな。聞こえるはずがない」

「そうでございますか」


 スライムの話はエルフの領域に入った時の話だからね。ゲルドも迂闊だなぁ。

 僕が言うのもなんだけど、誤魔化し方が下手なのでは?

 ただ、ゲルドも言うに言えないだろう。


 エルフが出てきた時に真実を語れるかもしれないが、前以て会っていたと周囲に思われるのも困る。

 密約があったことを知られれば、そこで揚げ足を取られかねない。

 影の樹海を要求したのは、エルフのことを知っていたから……というのは事実だけど、知られると、なぜ言わなかったみたいな話になるからね。

 まあ、一部の人にはそのうち言わないとマズいのだけど。


「でも、ロモロ。これだけ痕跡が見つからないとなると、あの集落を襲ったモンスターはもう縄張りから離れたんじゃないの?」

「未知のモンスターに襲われたこと自体は結構前の話らしいからね。でも、決定的な証拠がなくても、安全って保証がないと村の人たちも安心できないでしょ」

「それはそうかもしれないけど。それならそれで何度も探索して、いないって事実を積み重ねていくしかないじゃない。いないって確定的な証拠を見つけるのは難しいし――」


 そこで突然、お姉ちゃんとニコーラ、オノフリオが剣呑な目付きになった。

 何か周囲を警戒しているような、そんな雰囲気だ。

 ……ただ、僕のスターゲイザーは警報を鳴らしていない。死ぬような事態にはならなさそうだけど。


「近づいて来ておりますな……。警戒を」


 ニコーラがそう呟くように言うと、確かにガサガサと葉の擦れる音が大きくなっていく。

 木から木へ移るように移動しているようだった。


「あれ? これ、もしかして……」


 かなり音が近づき、お姉ちゃんが何かに気付いたようだ。

 警戒を解いて、表情を緩める。


 そして――ソレは木の上から僕らの目の前に降ってきた。


「おーっス! おっひさァ!」


 長い金髪で碧眼、それを一際目立たせるような黒い肌。

 人形のような精巧な顔立ちに、人とは明らかに違う長い耳。


「センニ! 久しぶり! まさかこんな場所で会えるなんて!」

「へっへっへー。言ったっしょお。しばらく森の中で大人しくしてるからってぇ」


 エルフの領域の中で出会ったセンニだった。


「ロモロ君も、ゲルドっちも、デジレっちもよーっス!」

「ひ、久しぶり……」

「お、お前うちの領地の近くにいたのか……?」

「ど、どうも~……」


 僕は顔が引き攣っていくのを感じた。たぶんゲルドやデジレも同じだろう。

 いや、まあ、いつかはエルフのことを言わなきゃいけないとは思ってたけど……。

 ニコーラやオノフリオの目があるところで再会することになるとはなぁ。


「この方は? 特徴的な耳……。いや、これは、まさか……エルフ、ですかな?」

「ニコーラ殿も、そう思われますか……。あの、伝説の……?」


 そりゃ、あの耳で気付くよね。

 エルフ自体の容姿は言い伝えで有名だし、吟遊詩人の詩でも出て来たりする。

 勇者の仲間として入ったり、魔王を倒すための道具を与えたり、勇者に試練を課したり……。役割は全然違うけど。


「ロモロ様。どういうことか、お聞かせいただけますな?」


 ニコーラの圧が普段よりちょっとだけ強い気がする。

 もうこうなったら行軍訓練の時の話を包み隠さず言うしかないか……。



「………」

「………」


 すべてを聞いたニコーラとオノフリオは、何とも言えない顔をしている。

 行軍訓練の時に、偶然と不幸によってエルフの集落による領域に巻き込まれたこと。

 時間の流れが違うその中で一週間過ごしたこと。

 その空間内のマナが星に還ることができずに、力を失いつつあること。

 タイミングを見計らって、エルフの集落をこちらの世界に戻し、守護すると約束したこと。


 色々とツッコミを入れたくなる気持ちはわかる。

 自分で言ってて、なんだこれ? と思った。

 すると、ニコーラがセンニに向き直る。


「では、そこのエルフ……センニ殿はいったい……」

「ウチ? ウチはモニカっちたちを送る時に隙をついて村から抜け出しただけだしぃ。外の世界に興味もあったし、それにロモロ君をまた招待しなきゃいけないしねぇ」

「エルフは魔法、及び弓の巧者と聞いておりますが」


 するとセンニは溜め息を吐きながら肩を竦めた。


「そういう傾向があるってだけだしぃ。ウチは魔法からっきしだし、弓もダメダメ。でも、剣ならそれなりに強いよ?」

「雰囲気と立ち振る舞いでわかりますな。それなり、どころではありますまい」


 剣技だけならお姉ちゃんを圧倒してたからね。センニは。

 するとセンニは革袋をベルトから取り外し、掲げた。

 袋は手に収まる程度の大きさだが、パンパンに詰まっている。


「で、外に出てから暇潰しにモンスター退治してたんだよねぇ。この冥石だっけ? これは全部取ってあるんだよ~。ほらほら、綺麗っしょ」


 ……冥石、たくさん。

 しかも、フェンリルほどではないが、大きいものも一部ある。

 百個はなさそうだが、それに近い数だった。


「外って物騒だねぇ。こんなにモンスターがいるなんて」

「いや、ちょっと特殊な事情があったんだけどね……。もしかして、この辺りのモンスターが消えたのってセンニが倒してたから?」

「んー? どーだろ? 気配を察知してぶちのめし回ってただけだし、よくわかんなーい。でも、結構色んなの倒したよ。スライムみたいなキモいのもいなかったしぃ」

「もしかして、この周辺にもうモンスターはいない?」

「だいたいは倒したんじゃないかなぁ。気配ないからいても逃げてるっしょ。だから暇になってたしぃ。モニカっちたちが来てくれて、テンションバリ上がるっしょ~」


 苦笑するしかないが、どうやら集落を襲うモンスターの問題は、センニが知らず知らずのうちに解決してくれていたらしい。

 調査をなおざりにするわけにもいかないけど、肩の荷は下りた。


「……ひとまず集落に戻って、もう少し話をしませんとな」


 ニコーラはまだ何か言いたそうだけど……まあ、戻ってから相談することにしよう。

 力を貸してくれるなら、ありがたいけど……秘密にしていたことに関してはやっぱり気が重いね。

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