閑話:ベルタ 姉弟の大きすぎる功績

「はぁ……」


 テア様の父上――ヴォルフ様が溜め息を吐いておられます。

 公爵夫人によれば最近増えたのだとか。

 心なしか頭の白髪も増えた気がします。


「これは全部本当なのか? テア」

「本当です。ベルタがほぼ裏を取っています」

「しかし、第二王子の薬草問題に、リナルド王子の侍従の乱心だの、魔法陣で獣がモンスターに変化するだの……荒唐無稽すぎないか?」

「お父様。ベルタを見ても頷くだけですわよ」


 確認されるように旦那さまに見られ、テア様にも言われたので頷いておきます。

 すべて本当のことです。疑いようはありません。


「薬草――キャナビスに関しては第二王子の側近たちがアルコバレーノ王国から流通させているのをこちらも確認しています」

「魔法陣で獣がモンスターに変化したのもか?」

「はい。ただのネズミがメアラットと呼ばれるモンスターに変化したのをこの目で見ました。テア様とロモロ様が被害を受けましたが、モニカ様によって事無きを得ています。他にも不測の事態に備えて待機していた者が目撃を。一応、箝口令を敷いておりますが」

「リナルド王子の侍従、ビアージョだったか。これの王族暗殺未遂は聞いているが、テソーロによる侵攻を企んでいたのも?」

「こちらで内偵を進めた結果、ほぼクロです。テソーロ王国のスヴェルケル子爵領とパッツィ子爵家の動きが不自然なほど活発になっています。パッツィ子爵家だけでしたら、息子が捕まっただけという解釈もできるのですが……スヴェルケル子爵領と中央の往来も一緒に増えております。すべて追い返されておりますが。暗殺が失敗したので、侵攻計画は一旦止まっていると思われます」

「それで解決に尽力したのがテアご執心のロモロにモニカ、と……」


 するとテア様は満足そうに笑顔を浮かべました。


「ええ。キャナビスの流通経路を調べたのも、魔法陣を持ってきてくれたのも、ビアージョからリナルド王子を救ったのも、王武祭の暗殺未遂を防いだのも、すべてあの姉弟ですわ!」

「盛ってない?」

「欠片も断片も一片も盛っておりませんわ! むしろ盛った方がいいんじゃないかと思ってるほどです」

「しかし、これ全部事実だとヒドい内憂外患じゃないか? 彼らがいなかったら要人がヤク漬けにされて王族が殺されてモンスターが闊歩する国になってない?」

「だから、お父様に逐一報告してましたでしょうに」

「話半分に聞いてしまった私の落ち度でもあるが……」


 すぐに信じることは難しいでしょう。

 テア様はすべてを旦那さまに報告しておりますが、自分でも調べておかなければ信用できない虚妄な話と感じるのもわかります。

 旦那さまも自分で情報収集してテア様から直接報告を聞いて、ようやく腰を動かせるといったところです。


「そんな優秀だからこそ、ニコーラやデジレもあのふたりについていったんでしょうね。学校ではないのだからついていく必要はないと言ってあったのですが」


 ニコーラ殿はまるで往年の溌剌さを思い出させるように活発ですね。

 それはそれで悪いことが起きないか不安ではありますが……。まあ彼の方もすでに老年として落ち着いていますし、今更虫が居所を悪くすることもないでしょう。


 そこでふぅとテア様が吐息を漏らします。

 自分も平然とついていこうとしましたからね、この人。

 立場上、無理に決まってるでしょうに。


「名前を聞いて思いだしたが、デジレが魔法を使えるようになったと聞いたが?」

「随分と遅い情報ですわね。モニカが使えるようにしてくれたらしいですよ」

「えっ? どうやって? ニコーラがあれだけ方々に手を尽くして色々やってたのに」

「何か魔力の管が詰まりやすかったとか。それを溶かすようにしたと」

「……その子は野生の名医か何かか?」

「いえ、普通の子ですわよ。とはいえ、強いですわね。本気でやったら私も負けでしょう。剣技だけならまだ分がありますが」

「そこまで!? お前より強いの?」

「王族暗殺未遂で集まったモンスターたちをまるでチーズのように斬っておりましたわ」


 すると旦那さまは腕を組んで難しい顔をしました。

 そして、ひとつ溜め息を吐きます。


「もう、いつ叙爵の話が出てもおかしくない功績になってないか?」

「さすがにもう出せる領地がありませんからね。ただ、今回の暗殺未遂を防いだ功でロモロがふたつお願いを叶えてもらったようです」

「ああ。王学書庫の閲覧と、リナルド王子の領地拝命だったか。欲がないことだ」

「そうです! 本当に慎ましやかで……! もっと欲を出してくれてもいいのに……!」

「まあ、お前のその贔屓目な評価はともかく……これで報告は終わりでいいか?」

「いえ。手紙で報告するのは憚られましたので、直接報告しなければならないことがあります。ここだけの話にしてくださいませ」

「なんだ?」

「ロモロが神器を持っておりました」


 旦那さまが頬を引き攣られます。

 この日、一番の衝撃だったかもしれませんね。


「なんという名の神器だ」

「スターゲイザー、とロモロは言っておりました。私の知ってる範囲では聞き覚えがありません」

「わしも知らんな……。どんな力を持っておる?」

「おそらく攻撃的な性能は持ち合わせておりません。武器としては多少斬れ味がいい程度でしょう。ただ――人の目や耳で物を見たり聞いたりすることができるのだとか」

「性能にも聞き覚えがないぞ。それは本当に神器なのか?」

「正直、わかりませんね。ただ、機能自体は間違いないようですね。ロモロは王族しか入れない図書館の地下の状況を見ていたようですし、それでリナルド王子の危機を助けましたから」

「……盛ってない?」

「だから微塵も盛っておりません!」

「吟遊詩人の詩なら失笑されかねないぞ」


 確かにすべてをまとめて聞くと旦那さまが盛っていると懸念するのもわかりますね。

 これが平民の姉弟によるものだという話なら実際に見ないと信じられないでしょう。

 私も直に見ているのに、夢だったのでは? という懸念は多少あります。


「危険だな……」


 旦那さまは真面目な表情を作り、目を細めます。

 それにテア様が訝しげな顔つきになります。


「危険とは?」

「ニコーラからランチャレオネの養子に誘われたと聞いた」

「なっ! なんてことを! 私聞いておりませんわよ!? そんな話が!?」

「ニコーラの方で体よく断ったらしいが、もうランチャレオネに限らんだろうな。むしろ、ランチャレオネは穏健な方だろう。我が物にしようとして、それが叶わないなら潰しに来かねない」

「しかし、私たちの後ろ盾が……」

「それが有効なのは学校の中だけだ。外でも多少は影響あるだろうが、後ろ盾と言っても平民なことは事実だ。何かやられてもこっちがムキになるわけにもいかない」


 貴族というのはしがらみが多いものです。

 立場の強い公爵であればなおさら。

 一平民を守ることは、他の貴族に示しがつかないと考える方もいるでしょう。

 権威が崩れれば、落ちるのはあっという間です。

 それがわかっているからこそ、テア様も否定をしません。


「それに最大の懸案事項がある」

「なんです?」

「マルイェム教の教皇が変わるようだ。改革派のマズ・ナンナ五世にな」

「それが? ……あっ!」

「報告によればロモロは無詠唱の魔法を使うんだったな? 金集めにご執心な保守派だったら見過ごされるだろうが、今の改革派は神を病的なまでに神聖視している。詠唱により魔法で世界を作ったと解釈してるような連中から見れば、無詠唱など悪魔の所業だぞ。一端だろうと神を超えているなど、連中からしたら許されるものではない」


 噂には聞いておりましたが、ついに教皇が変わりますか。

 異端審問の専門機関を設けて、各地で異端を排除する構えを見せていているとか。他国に介入することも辞さないと公言しているようですからね。

 マルイェム教の信仰を取り戻すためと明言していますが、まあ建前もあるでしょう。

 異端を排除して財産を没収し、上層部の横領によって火の車になっている財政を立て直す算段だと我々は考えています。

 平民であるロモロ様を審問にかけたところで財産の没収はできないでしょうが、彼らはメンツとして無詠唱魔法を看過することはできません。


「ど、どうすれば……!」

「うちの養子にするか」

「えっ?」


 テア様が目に見えて狼狽え始めます。


「もちろん姉弟ふたりの選択次第だし、親御さんの意向もあるが……というよりも、もう我々が直接的に気兼ねなく守るにはこれくらいしか方法がないぞ」

「い、いや、それは……。他家じゃダメなんですか?」

「うちぐらいの家格じゃないと舐められる。疑惑も募る。このふたりを養子にしたらまた周囲からゴチャゴチャ言われそうだが、他の公爵どもに任せるのも不安だしな。むしろ、さらに功績が膨らむ前に養子にしたい」

「し、しかし……どういう理屈でうちの養子に?」

「確かうちの親族で血縁が途切れている家があったな。ベルタ」

「はい、旦那さま。カラファ家ですね」

「そこの忘れ形見ってことにして、一時的にうちの養子にする。これほど功績を立てていたら、もう今更平民のようには暮らせん可能性の方が高い。早めに貴族社会に入れないと彼らが苦労するだろうからな」

「で、でも……。う、ううん。か、彼らの親と引き離すのですか?」

「充分保証はするし、留意もする。別にいつでも会いに来てもらって構わないし、そこは向こうの選択次第だ。領都に住んでもらっても構わん」


 テア様が目に見えて苦悩しています。

 顔色が非常に悪いです。


「モニカとロモロを守りたくないのか?」

「守りたいですわよ! いや、でも……姉弟って結婚できませんし……」

「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」


 旦那さまのこの日、一番の溜め息です。

 いや、今年一番かもしれません。


「諦めろ。というか、最初から無理だ」

「そんな! お父様は娘の恋路を邪魔しますの!?」

「いや、恋路っていうか、犯罪……」

「いやです! モニカとロモロをうちの養子にするなら、私この家から出ますからね!それでロモロにもらってもらいます!」

「姉になれるんだから、それで良しとしろ」

「姉でありつつ、嫁になりたいのに……!」

「無茶苦茶言いよるな、この娘……。育て方、間違えたつもりはないんだが……」


 この辺りはやはり旦那さまが上手ですね。

 もちろん最終的な選択はモニカ様とロモロ様、そのご家族の判断に委ねられるでしょうが……。

 ただ、もう平民という立場では危険すぎるのは確かです。


「今日は人生最悪の日よ! いえ……姉になれるのはいいけど……。でも私、絶対に諦めませんからね!!」


 ひとまずテア様を落ち着けてから、準備を進めておくとしましょうか。

 養子を納得させる証明が必要になる可能性もありますしね。

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