罪人の子孫たち

 僕らが集落へ辿り着くと村長らしき人以下、数人が出迎えてくれる。


「ようこそ、お越し下さいました」

「出迎え大儀である」


 しかし、見ただけでわかるほど、ここにいる住人たちは痩せ細っていた。

 集落の外には他に誰もいない。どうやら家に閉じこもっているらしい。


「もっと大勢で出迎えるべきなのですが、すでに動ける者も少なく……」

「いや、構わない。食料を持ってきたから、ただちに炊き出しを行おう。病気の者はいるか?」

「何人か。重篤な者は幸いなことにまだおりません。ただ、すぐにでも食料を摂取しないことには……」

「わかっている。カッリスト、準備を。果実から配って、それから野菜だ」

「はっ」

「リナルド様。果実は磨り潰してから。野菜の方は煮込んでください」

「なぜだ、ロモロ」

「彼らが数日食事を取っていないのであれば、少しでも胃への負担を軽くするべきです」

「ロモロが言うならそうしよう。では、カッリスト。頼む」

「心得ました」


 馬に乗せた食料や調理器具を下ろし、すり鉢の中に果実を入れ磨り潰していく。

 できあがった飲み物は僕らがコップに入れて村人たちには他の村人へ持っていってもらう。


「な、なな、鍋の準備……できました……。水も……入れて、あります……」

「では、こちらで石の竈を作りましたので、ここに載せて火をかけましょう」


 カッリストは野菜を包丁で切り刻み、ニンファの用意した大きな鍋の中へと入れていく。

 調味料などは僕の方で入れていった。

 肉がないのは寂しいが、それはまた今後だろう。


「大丈夫? お婆さん、ゆっくりでいいからね」

「支えていますので、安心してください」


 果実水を飲んだのであろう村人たちがお姉ちゃんやデジレに支えられた状態でこちらにやってくる。

 お姉ちゃんは、この村に来てから少し様子がおかしかったのだけど……。


『食糧不足!? 絶対に助けなきゃ』


 村の事情を聞いたお姉ちゃんは少し思うところがあったらしい。

 理由を話してはくれなかったが、目が使命感に燃えている。

 いつも以上に必死な表情になっている気がした。


「では、そろそろ第二陣を呼びに行きましょう。手の空いている方は手伝ってくだされ」


 元々歩けていた村人や手の空いている者はニコーラの案内で、残っている馬車の下へ向かった。残りの荷物や人をこちらに移動させなければならない。


 しばらくすると第二陣が到着し、人手も増えていく。

 荷物の運び込みが終わり、果実や野菜スープも全員に行き渡ったようだった。


「ありがとうございます。リナルド王子……。我らは犯罪者の子孫。見捨てられると思っておりました」

「犯罪者には適切な罰を受けてもらわなければならないが、犯罪者の子供たちまで巻き込むつもりはない。これからは国の管理の下、暮らしていくがいい」

「ははーっ」


 村長が頭を下げ、ひとまず人心地がつく。

 だけど、問題はここからだ。


 集落は森の中の一部を切り拓いたもので、そこまで大きくはない。

 家もボロボロの小屋のようなものも多く、世帯としては二十前後くらいか。

 集落を取り囲むように柵はあるが、申し訳程度だ。大きな害獣やモンスター相手には機能しないだろう。


「それで食糧不足の原因は不作ということだったな?」

「はい。元々、自給できる程度の作物は育っておりました。狩人も定期的に獣を狩ってくるので……。時折襲ってくるモンスターなどの被害はありましたが、対処法が確立されていて生活に困らなかったのです。ですが、ここ数年、作物はどれも育たず……」


 村長の案内の下、食事を皆に任せ、リナルド様と僕は集落の外にある畑へ向かう。

 そこで見た畑はすでに放棄されたかのようにボロボロになっており、作物は不出来でほとんどが黒ずんでいるか枯れていた。


「これはパタータか……?」

「はい」

「このようなものを食べていたのか? これは毒ではなかったか?」

「いえ、毒などありませんが……」


 多少原形を留めている作物を取って、リナルド様は訝しげに見る。

 これは確かに一部毒だ。

 パタータ――芋はこの大陸では一般的に食べられているものではないからね。


「芽は毒ですが、その箇所以外は普通に食べられますよ。リナルド様」

「ロモロは食べたことあるのか?」

「……いえ。まだないですが、文献で見たことがあります」


 これは異世界知識の方だろう。

 異世界でも似たような作物はあるんだな。


「しかし、他の作物は……」

「実は十数年前の干ばつでこれ以外は種も含めて全滅してしまいまして……」


 つまり、今はこのパタータしか育てていないということか。

 ってことは、不作になった理由は簡単だ。


「連作障害ですね」

「連作障害?」

「同じ作物を同じ場所で作ってると、成育に必要となる栄養素が土から失われるんです。元々豆類や葉物と輪作――順々に植えていたのではないですか?」

「え、ええ。そうです。村の言い伝えでそのようにしておりましたが……」

「パタータは連作すると地力が低下してしまいます。耕作地を休ませないといけません」

「な、なるほど……」


 村長は何か妙なものを見る目で僕の顔に視線を向けている。


「ロモロ様はよく知っておられますな。村長が驚いておりますぞ」

「……まあ本で読んだからね」


 ニコーラに対しての誤魔化し方もワンパターンになってきた。

 もう少し言い訳を考える必要があるかもしれない。あるいは、さっさとバラしてしまうか。


「同じものをずっと植えていると収穫量が減るというのを農民たちは理由を知らずとも、感覚として持っておりますが……」

「この村の者たちは元々犯罪者で農民がいなかったのです。昔からの口伝を頼りに右往左往しながらやってきたのですが、まさか連作にそんな問題があろうとは……」


 村長は溜め息を吐きながら肩を落とす。

 自分たちのやり方がマズかったことで気落ちしたのかもしれない。

 ただ、孤立していて周りに頼れず、選択肢がなかった以上、どうしようもなかったと思う。


「村長。ロモロは私と同じく子供だが、そこらの大人よりも遥かに豊富な知識を持っている。安心して話を聞いてくれていい」

「は、ははーっ!」


 さっきの視線は僕が子供だったからか。

 久しく忘れていた感覚だ。


「一応、聞いていたので葉物や豆類の種は持ってきています。少し土壌を改良してから植えましょう」

「土壌の改良ですか? 糞を撒くとかです?」

「それをちょっと発酵させて堆肥にしてもいいですね。あとは貝殻を砕いて撒いたりするといいでしょう」

「糞を発酵……? 貝殻……?」

「ま、まあ詳しい説明はまた今度……。今は土を回復させないといけません。ちなみに豚や牛を育てていたりは?」

「い、いえ……。家畜はさすがに……。それが何か?」

「輪作にトリフォッリオやラーパを混ぜるのもありかと思ったんですが、家畜がいないなら必要性は薄いですね」


 この手の作業はエルフの人たちがいれば楽に終わりそうな気もする。

 できる限り早く合流したいところだね。


「どちらにしろ、村の人たちの回復も待たないといけませんし、それに不作の理由はそれだけではないと聞いていますが」

「え、ええ……。実は……」


 そして、村長はこの村を襲う最大の問題を語りだした。



 村の中に天幕を設営して人心地つく。行軍訓練で天幕を作った経験が生きたかもしれない。

 泊まれる家があるわけでもなく、今回はスパーダルドの簡易城塞イメディエートツィタデッラを使える人材はいない。

 テアロミーナ様は派遣すると言ってくれたけど、そこまで甘えるわけにもいかない。そもそもベルタ様にも止められたし。


 天幕は四つ作られ、そのひとつにスパーダルド組とリナルド様がいる。

 村長に言われた内容について、僕らは再度協議した。


「モンスターが襲ってくる、ね」

「元々、そういう土地柄ではありますが、ここの村の人たちは屈強でモンスターの倒し方はある程度心得ていたようでございますね」


 ニコーラの言う通り、ここの村の人たちは一般の人に比べると強い。まともな食事さえ取り戻せば、屈強な身体を取り戻せるだろう。

 元々ご先祖たちが犯罪者らしいが、借金を負った冒険者が多かったようだ。

 影の樹海に出てくるモンスターを安全に倒す方法が、口伝で確立されていたらしい。


「しかし、ここ最近、見知らぬモンスターが増えた、と。対処できずに村人たちが犠牲となり、農作物もめちゃくちゃに荒らされたというわけだ」


 リナルド様が村長の言葉を思い出すように言う。


「影の樹海に描かれていた魔法陣の影響だよね」

「ええ、ロモロ様。それは間違いないかと。時期的にはおそらくビアージョが魔法陣を試していた時に生まれたのがはぐれたのでしょうな」


 王族を暗殺するために、ビアージョは影の樹海に自分の手駒となるモンスターを生み出す魔法陣を至るところに書いた。

 もう魔法陣自体は魔力を失っていると思うけど、魔法陣自体はまだ消し終わっていない。スパーダルドの人たちが、今も探しているとは思うけど。


「……私の責任もあるな」

「いえ、それはありませんよ、リナルド様」

「しかし、ロモロ……」

「ビアージョはあくまで計画の隠れ蓑にリナルド様を選んだだけで、リナルド様が断っていたとしても影の樹海に魔法陣を描いていたはずです」

「……それでも、それは私がビアージョを止められなかった理由にはならない。あいつは私の従者であり、監督不行き届きだ」


 リナルド様は余計なところに責任を負い過ぎな気もするけど、こういうところがリナルド様のいいところかもしれないな。


「明日から耕地の整備とモンスターの排除に精を出すとしよう」


 今回の協議はそれで終わった。

 少し外の空気を吸いに僕は天幕を出る。

 すると、お姉ちゃんも僕についてきた。


「どうかした? お姉ちゃん」

「いや、ロモロさ。また何か隠してない?」

「……何を?」


 相変わらず鋭いな。

 少し前、魔族であるカストと会った時の話を僕はまだしていない。

 考えをまとめないまま話をしたら、話が拗れそうな気がして。

 まずはお姉ちゃんの魔族に対する認識を改めてからでないと血の雨が降りそうなんだよね。


「お姉ちゃんこそ、何か隠してるよね。この村の食料事情を聞いて、目が変わったし」

「あたしのことはいいの。ロモロに話せるような内容じゃないし」

「なにそれ? 僕に言っても意味がないってこと?」

「違うよ。どっちかというと、言いたくない、かな……」


 お姉ちゃんが言うのなら本当にそうなのだろう。

 言いたくないなら無理はさせない方がいいか。


「……僕が考えてたのはビアージョについてだよ」

「ビアージョ? 捕まったんだからいいじゃないの」

「その背後関係がすべて洗えてない」

「気にすることなの?」

「当たり前だよ。そもそも、今回のことがお姉ちゃんの時にあったかどうかもわからないし」

「少なくとも、あたしが入る前の学校に大量のモンスターが襲ってきたなんて話は聞いたことがないけどなぁ。しかも王武祭の時に」

「だから、おかしいんだよ」


 前の時間で起こってないということは、何か特別なきっかけでもない限り、今回に起こることはない。

 しかし、起きた以上、きっかけがあったということだ。

 お姉ちゃんが学校に入ったからか、あるいは他に前の時間を知っている者か……。


 ワールドルーツで見た『フォーチュンテラーの欠片を基点に記憶の保持を設定』された人は七人。

 成功が三人で、勇者と魔将と覇王。勇者はお姉ちゃんだろうし、魔将はカストだろう。そう呼ばれていたし。そして、残るは覇王だ。

 カストによればセッテントリオナーレ帝国の皇帝らしいが……。


「ビアージョ自身は何も喋ってないみたいだし、近くパッツィ家が中央に召還されて色々話を聞かれるだろうけど、今のままじゃわからずじまいだよ。個人の暴走でこの事件が終結しちゃうかもしれない」


 テソーロの仕業のようであるとビアージョの反応でわかっているが、かといってゲルドの鼓動を頼りにしたもので物証はない。

 それにそれ以上のことがわかっていない。ビアージョを唆した者――アルベルテュスって名前だけは覚えておかないといけない。


「でも、それでビアージョを解放しろってロモロの言い分はさすがに通らないよ」

「ビアージョを解放すればスターゲイザーで追えるんだけどね。自分から逃げられるように仕向ければ、怪しまれることもないだろうし」


 しかし、それはテアロミーナ様には反対された。

 事は王族暗殺計画に関わる話で、そこにスターゲイザーを持ち込むのは没収の危険性がある、と。他にも様々なことに巻き込まれかねないから、僕が絡むべきではないと言われている。

 確かに今、スターゲイザーを取られるのは困るんだけど……。問題が解決できないのはモヤモヤするな。


「ま、なんとかなるって!」

「お姉ちゃんは気楽に言うなぁ……」

「いつだってなんとかなるもんだよ。あたしとロモロがいればね!」


 脳天気で、楽観的なお姉ちゃんの言葉だけど。

 不思議と、こっちの心を軽くする。

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