第三部

唯一の集落

 <ファタリタ正史>


 王立校で過ごした勇者モニカと賢者ロモロは、第六王子リナルドの下、影の樹海の領地運営をすることとなる。


 様々なしがらみのあった領地運営だったという。


 しかし、それ以上にこの領地は遠からず最重要拠点となる。


 この時、教会から異端扱いもされている。


 戦争は起こったし、犠牲も少なからず出たはずだ。


 しかし、お互い泥沼の戦争に至らなかったのは、勇者モニカの抑止力だろう。


 そして、賢者ロモロが奔走したおかげでもある。


 あらゆる人種に繋がりをもたらしたこの地は、今もなお輝きを放っている。


 影の樹海が、光の森羅と呼ばれる日も近いだろう。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 僕らの住むファタリタ王国に限らない話だが、領主が治める都市や街、村等々の中にはその支配の及ばない場所がある。


「例えば聖域などがそうですわね。教会に於いて聖地とされて、教会関係者のみが住まうことを許された場所。ファタリタにはありませんですけど」

「山賊や海賊が根城にしているような支配を受け付けない武力を持つ集落などもそうだな。国王や領主たちはすべての民を管理しきれているわけではない」


 デメトリアとリナルド様が馬車で、目的地へ向かう道中、そんな解説をしてくれた。

 夏の陽射しが容赦なく窓から入り込み、温度が上がっていく中、リナルド様はさらに続ける。


「影の樹海は国王直轄領でありながら、今まで放置され続けてきた。それは影の樹海という比較的モンスターが出やすい区域であるのももちろんだが、何よりもこの木々を切り拓いて開拓しようとする者がいなかったこともある」

「ファタリタ王立学校が元王城であった頃に開拓計画はあったらしいですわね。そのいずれも頓挫していますわ。一説には作業の途中、作業員たちが次々に消える事件があり、それが怖れられて作業員は集まらなくなったと言いますが……」

「ところが、それがちょっと違っていた、と」


 僕が会話に口を挟むとリナルド様は頷いた。

 リナルド王子が治めることとなる影の樹海は学校側が定期的に行軍訓練などで使っているが、その行軍範囲はすべてを収めているわけではない。

 管理区域外、ちょうど森と平野部の東部境目付近に集落があるとわかったのはつい最近だった。

 影の樹海に存在していないと思われた集落があったのだ。


「森の中に巧妙に作られた集落は国からの管理から逃れ、ここまで生き長らえてきたという。消えた作業員たちが、そこで集落を作り細々と暮らしてきたらしい」

「元々、開拓作業員たちは犯罪者が駆り出されてて、消えたわけではなく逃げていた。そして、そこから数十年、世代を経て集落として成り立ってきた……ってことでいいんですよね。リナルド様」

「ああ、そのとおりだ。ロモロ。ずっと隠れて細々と自活はできていたらしいが、ついに作物が実らなくなり、近くの街に助けを求めに来た。それで集落の存在が判明したというわけだな」

「僕らの最初の仕事が、その対応と」

「学校は夏の長期休暇に入ったからな。すまないが、手助けを頼みたい」

「もちろんです。リナルド様」


 僕とお姉ちゃんは短い時間だったけど帰省できたしね。

 ちなみに馬車は十台で目的地へ向かっている。三台は人の乗車用、他は荷物用だ。

 この馬車にはリナルド様、ニンファ、デメトリア、僕。ニコーラとリナルド様の従者カッリストは御者台だ。

 別の馬車にはお姉ちゃんやファム様たち、ゲルドやその取り巻き、イタロなどもいる。

 学校の時と似たようなメンツだが、リュディだけは母国へ帰省した。こちらに来られないことを残念がっていたな。


「リナルド様、任務を再確認します」

「ああ。頼む、ロモロ」

「僕らは食料の運搬、作物不作の問題解決、作物を奪う害獣の問題解決、それとこの集落を国、ないしリナルド様の管轄下に置くこと、ということでいいですね?」

「問題ない。私たちにできることは多くないかもしれないが、現時点では私の領地唯一の集落ということになる。少しずつ信用を得ていきたい」


 これらは王命であり、そのために必要な資金は王の私財から揃えてもらっている。村人たちがしばらく生活できる分の食料も買い込んで積んであった。


 影の樹海がリナルド様の領地になったのは、王武祭からすぐ後だ。

 リナルド様が拝領してなかったら、ランチャレオネが担当したかもしれないな。東部の隣接領はランチャレオネ家だし。この馬車のルートも王領からランチャレオネ領の街道を使っている。

 そのこともあってゲルドも選出メンバーとなっていた。


 今回の件は王命とはいえ、学業とは別件のため、ニコーラは本来なら僕に付き添う義務はないのだけど、


「是非ともお傍でお世話させてくださいませ」


 とのことで、テア様も承認してくれて一緒に来てくれている。

 領地運営はもう何年も前に息子に引き継がせたとのことだが、これまでの経験を活かしてくれるかもしれない。何しろ、孫のデジレ曰く落ちぶれかけたオルシーニ領を発展させたのだしね。個人としても強いし、政治力も高いとか、やっぱり完璧人間かな。


 また、他にも王命により人材が派遣されるらしい。

 すると、僕の疑問を解消するかのようにデメトリアが質問をする。

 一従者が主を飛び越えて王族に質問など本来ならば不敬だが、リナルド王子は気にしないらしい。僕の許嫁という話がリナルド様にも伝わっているせいかもしれないが。


「リナルド様、よろしいですか」

「なんだろうか」

「他に派遣される方を聞いておられますか」

「ああ。アシャヴォルペ家から来ると聞いている」


 アシャヴォルペ家。ニンファと懇意の貴族であり、四大公爵のひとつ。

 なんだかんだと今回の王命には四大公爵の息が掛かっているんだな。

 スパーダルドからお姉ちゃんや僕。ランチャレオネからゲルド。ジラッファンナからファム様。そして、アシャヴォルペから、と。

 今回の件については色々としがらみもありそうで、政治的な思惑も絡んでいるのかもしれない。


「来るのは現領主の長男、ケヴィンのはずだ」

「どういう方ですの?」

「何度か会ったことはあるが、私もよくは知らない。優秀とは伝わっている」


 マイル・ケヴィン・デ・アシャヴォルペ。

 お姉ちゃんから聞いたことがある名前だ。

 お姉ちゃんの情報というのはファム様に虐められたことであったり、ヘルの悪行などだいたい印象の悪い話が多い。まあ、ポジティブなイメージよりネガティブなイメージの方が記憶にも残りやすいっていうしね。ネガティブバイアスというやつだ。

 だが、このケヴィンという人物は違っていた。


 曰く――。


『アシャヴォルペ公爵のユストゥスってのが本当にクズでね! 魔族との戦争中にスパーダルドの南方の穀倉地帯をどさくさで奪ったんだよ! でも、その息子のケヴィンさんはあたしと最後まで奮戦してくれた超がつくほどの善人。あの人がアシャヴォルペ公爵だったら本当によかったんだけどね~』


 ちなみにアシャヴォルペは穀倉地帯を奪った後、穀物大増産を計画し、怪しげな研究を実践した結果、奪われた穀物地帯は不毛の荒野と化したという。

 食料は戦争において最も重要と言っても過言じゃない。

 それを潰されたら一大事である。


「皆様、そろそろ中継地点に到着いたしますぞ」


 ニコーラが馬車の中に報告してきた。

 馬車で来られるのはここまでで、この先は徒歩だ。

 馬車が止まると、僕らはそれぞれ従者に手を引かれて馬車を降りる。

 外は草木の濃密な匂いで満ちていた。部屋の中でもないのに、空気が籠もっている感じがする。風もない。


 前方に目をやるとさらに密度が濃くなっている。日射が届かないおかげでやや涼しくなってきているが、不気味なほど暗くなっていた。

 ここまで木が密集していると日光が当たらなくなるとか栄養が不足するとかで、生育に問題が出てくる気がするんだけどね。

 マナによって何かしらの現象が起こっているのかもしれない。モンスターが出やすいのも、その辺りが関係しているかもね。


「できれば村まで馬車で行けるようにしたいところだな」

「そうですね。荷物を運び込むのも手間ですし」


 隠れる必要がなくなったなら、村から今来た街道まで繋げた方がいいだろう。

 できれば村から学校側にも道を作っておきたいね。

 ある程度、落ち着いたらインフラ整備は最優先で行うべき事業だ。


 ちなみに僕個人の目標はエルフを取り込むことと、魔族との交換留学を完遂すること。

 前者は何かしらのトラブルや介入が起こるだろうし、後者もまずは場を整えたり、交渉したりとやるべきことは多い。

 後者の魔族との交換留学についてはお姉ちゃんにも話しておかないとダメなんだけど、未だに話すきっかけがつかめなかった。

 最終的にはリナルド様にも明かす必要が出てくる。

 ワールドルーツを見せつつ、できればカストとも話し合いの場を設けたい。

 気の長い話になるけど、時間はあるようでないんだよね。


「馬車の中に積み込んだ荷物はこちらへ」

「ここからは歩きとなりますわね」


 ニコーラやデメトリア、カッリストらが馬車から馬を放し、馬の背中に一部を載せる。

 すべてを持つことはできないからここに残して、村から人手を連れてきて往復だ。

 エルフの魔法を使えば簡単に道を整備できそうだけど、そう順序よくはいかないね。


「私とロモロ、ニンファは従者と共に村に向かう。他の者たちは村の者たちが来るまで荷物を守っておいてほしい。では、行こう」


 リナルド様の号令の下、僕らは行軍訓練以来、再び影の樹海の奥へ足を踏み入れた。

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