閑話:???

 ――テソーロ王国。玉座の間。


 玉座の間にて、ふたりが向かい合っている。

 本来であれば近衛兵や宰相などがいてもおかしくないこの空間には他に誰もおらず、薄暗さも相俟って不気味な雰囲気を醸し出していた。

 玉座に座る男が、溜息混じりに口を開く。


「スヴェルケル……いや、今はパッツィとか言ったな。失敗したのか」

「ええ。どうもそのようですね。残念ながら王族をひとりも殺すことができなかったようで」

「チッ。これでファタリタ侵攻はしばらく棚上げか。できれば儲けものくらいの気持ちでいたが、失敗は失敗で苛つくな。で、実行犯のビアージョとかいうやつはどうなんだ。どさくさで死んだのか?」

「どうやら捕まってしまったようで」

「死ねばいいものを生き長らえたか。殺しに行く手間が増えたな」

「いえ、放っておいても構わないでしょう」

「なぜだ、アルベルテュス。やつから我々の情報が漏れることも考えられる」

「彼は性格上、保身に走ります。我々の計画を明かすには彼自身の出自や盟約について話さなければなりません。彼が生き残るにはただ黙るしかありません。殺しに行けば、そこからこちらの素姓が露見しかねません」

「じゃ、しばらくうちのスヴェルケル家にも、向こうのパッツィ家にも待機してもらうしかないか。パッツィ家はスヴェルケル家の次男など見捨てるだろうし、スヴェルケル家自体も動くまい」

「むしろ……」

「むしろ、なんだ? アルベルテュス」

「いえ。まさかこんな手を打ってくるとは思いませんので杞憂でしょう」


 そして、アルベルテュスはひとまず黙り込む。

 だが、相手はそこに別の話題を振り込んだ。


「……そういえばアルベルテュス。お前を北方の帝国でも見たという噂を聞いたが?」

「おや、誰がそんなことを?」

「うちの御用商人だよ。なんで、帝国にいたんだ?」

「勘違いではないですかね。私はファタリタとテソーロしか往復しておりません。そのように報告しているはずですが?」

「だが、例の移動魔法を使えばできなくはあるまい」

「でしたら痕跡を探ってもらえれば私への疑惑は晴れるでしょう。例のルートはテソーロからファタリタにしか繋げておりません」

「……ふん。じゃあ、お前の姉妹か何かか」

「はて。私に姉妹はおりませんがね」


 とぼけるように言ってアルベルテュスはくすりと笑う。


「では次の計画でも考えることに致しましょう。失礼致します」

「ああ。せいぜい励め」


 そして、アルベルテュスはその部屋を出た。

 しばらく廊下を歩き、開いた窓に差し掛かったところで――アルベルテュスは消える。

 その光景を見た者は誰もいなかった。




 ――セッテントリオナーレ帝国。某所。


「戻ったか、アルベルテュス」

「ええ、たった今。ここは北に位置するだけあって寒いですね」

「そんな雑談はいい。それでどうだ。やつは……モニカは連れて来られたのか」

「いえ、残念ながら。アーロンを戻すこともまだ時間はかかりますね。送り込んだ連中が失敗したので」

「……どちらもよろしくないということか」

「それにしても陛下。アーロンはともかく、モニカという少女までなぜ連れてくる必要があるので?」

「あいつはこの世界にいたら危険すぎる。こちらで管理しなければならん。やつの力に惑わされたせいでどれだけの戦争が巻き起こったと……いや、貴様に言っても詮無きことだ」

「………」

「とにかく。来るべき日に備えて我々は人類の防衛網を築かねばならない。そのために我々には力が必要なのだ」

「モニカとアーロンが必要、と」

「ああ。そのためには多少強引な真似をしても構わない。貴様はテソーロで火遊びをしてるようだが、あの国をいくら使っても別に構わん。どうせ早晩滅びる国だ」

「おや。気付いていたので?」

「当たり前だ。私を誰だと思っている」

「それでも傍に置いていただけるとは器の大きいことで」

「貴様の力は有用だからな。俺の目的のためならどんな人材だろうと使ってやる」

「ありがたき幸せ」

「しっかりと仕事をしろよ。アルベルテュス。世界を滅ぼしたくなければな」




 ――カスペル城。謁見の間。


『……アルベルテュスか』

『はい、カスペル魔王陛下。ただいま戻りました』

『首尾は?』

『人間たちの世界に火種を撒くことには成功しています。ただ、本命であるスパーダルド領、及びファタリタ王国を崩すのは並大抵のことではありません。もう少々、お時間をいただきたく思います』

『……急げよ。我らには時間がない』

『何かあったので?』

『一時的なものかもしれんが、マナ変異の犠牲者が増え続けていてな。この勢いで増えていったら魔族の滅亡は思ったよりも早くなりそうだ』

『………………………………………』

『一刻も早くこの呪われた大地を捨てて大陸に根付く必要がある。そのためには犠牲も厭わん。……なのに、大魔王ディーデリックは腑抜けおってからに! 神から見放された我らが何の傷を負わずに望みを叶えられるものかよ!!』

『ディーデリックは人間と事を構えるのに慎重ですからねぇ』

『人間など羽虫と同程度の弱者に過ぎん……! 一気呵成に滅亡させてやればいいというのに、あの男ときたら人間と戦ったら終わりなき泥沼の戦争になる、人間の生命力を舐めるななどと……。本当に度し難い! 魔族の誇りもないのか、老いぼれめ……!』

『カスペル陛下。落ち着きなさいませ。身体から炎が漏れてしまいますよ。部屋が焦げて黒ずみます』

『ああっ、クソッ! 苛ついて仕方ない……!』

『………』

『来年はまだ待てる。だが、再来年までは待てんぞ。おそらく来年の出兵はできんだろうが、少しずつ穏健派も力を失っている。重鎮たちがくたばりつつあるからな』

『ええ。遠からずディーデリックも死ぬでしょう。その時こそカスペル陛下が大魔王になる時です』

『やつが死ぬのを待ってからでは遅いのだ!』

『は……』

『頼んだぞ、アルベルテュス。お主だけが頼りなのだ。少しでもスパーダルドに橋頭堡を築くために、人間どもを相争わせ疲弊させよ。ディーデリックの懸念を吹き飛ばした上で、我らは人間どもの土地へと攻め込み、魔族の楽園を築くのだ』

『仰せのままに』




 ――カスペル城。地下第九階区画。


 ここでアルベルテュスは、目の前のガラス容器を見つめていた。

 そのガラスの中には赤い液体が注がれており、そこにはミイラのような身体が浮かんでいる。


「貴方のご子孫は気性が荒くていけません。貴方に連なる血統だというのにその自覚が足りないように思います」


 独り言を呟くアルベルテュス。

 だが、返答はなかった。


「申し訳ありません。愚痴を言うつもりはなかったのですが。はい。計画は順調です。あと数年もすれば大地には血が染み込むことになるでしょう」


 ここまで感情を露わにせず、淡々と報告をしていたアルベルテュスの表情が大きく歪む。

 それは心の奥底から滲み出る真の笑顔に他ならない。


「人間も、魔族も、ここに住む愚かな生物どもは、すべてが等しく貴方様復活の礎となるでしょう」


 興奮した面持ちで続ける。


「今は力を蓄え、待っていただきたい。我が真の主――ベリザーリオ様」


 アルベルテュスが見つめるミイラのような身体。

 それこそが魔族の信仰を集め、復活の時に楽園へ導くと言われ――。

 そして、世界を滅ぼすと言われる初代魔王ベリザーリオのものだった。


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