カスト

 話はさらに続く。


「前の時間軸が、今回のための布石……?」


 彼の言ったことをそのまま言ってしまった。

 ただ、聞き逃すことのできない言葉だ。


「結論から言おう。この世界はもう何度も巻き戻ってる」

「………」

「その上で俺はずっと記憶を保持し続けて、世界がループしてるんだ。お前の姉が記憶を保持してるのは今回限定だ。前の時間軸で俺がそう仕向けた。モニカにそのために必要なものを身体に入れる必要があった」

「それが、あの攻撃だって言うつもりか」

「そうだ。ワールドルーツにも書いてあっただろ。『フォーチュンテラーの欠片を基点に記憶の保持を設定』って」


 情報の洪水で溺れそうになる。

 世界が何度も繰り返されてて、しかも、カストだけがずっと記憶を保持している?


「じゃあ、君は何度も世界の滅亡を繰り返し見ているってこと……?」

「そういうことだ。何度も何度も、生命が消える様を虚しくなるまで見て来た。一度、大陸を越えて逃げたこともあるんだけどな。無駄だった」


 少しだけ冷静になっていく。

 決して彼も好きで、姉を傷付けていたわけではないのだ。

 だからといってやはり納得はいかないが。


「もっとページをめくっていけば、何度も滅亡しているのがわかる」


 言われて僕は円柱を動かしてページを戻していく。

 ほぼ流し読みになったが、そこには初代魔王ベリザーリオの復活と、世界が巻き戻るという記述が何度も何度も出てきた。


「さて、『どうして僕なんだ』に真面目に答えよう。ちょっと貸してくれ」


 カストがワールドルーツをさらに動かしていく。

 しばらくすると、その手が止まった。


 そこには、


 クロベ・カズト。

 別世界より転送。

 アーロンとマーラの子、ロモロに転生。


 と、あった。


「……僕の名前? お父さんと、お母さんも……」

「俺は元々、魔族でもなければ、そもそもこの世界の人間ですらない。――言わば異世界人って言えば一番正しいかな」

「異世界……」

「この世界とはまったく別の世界……。まあ、別の未来を歩んだ世界とかそういう解釈もあるが、少なくとも俺は魔法の存在する世界にはいなかった」


 二の句が継げない。

 そんなことがあり得るのか、別世界などあり得るのか、転生などあり得るのか。

 疑問だけが頭を支配し、言葉すら記憶から消えてしまったような感覚になっていく。言ってることの理解はできるが、許容量を超えつつあった。


「まあ、衝撃的な話だよな。これは別の機会に話してもいいけど」

「……続けてほしい。こんな機会はまたとないかもしれない」

「よし、わかった。無理はするなよ。キツかったらすぐに止める」


 何もわからないが、それでもこれは聞かなければいけない重大な話な気がした。

 そう感じた理由などわからない。ただ、そんな使命感のような、焦燥に似た何かが僕を満たしていく。

 カストは少し戸惑う素振りを見せながら、神妙な様子で頷いて話を続けた。


「簡潔に言えば、俺は元の世界からこの世界に来て、お前という存在に転生した。おそらくはお前の意思――主観を奪う形で」

「………」

「最初は戸惑ったが、まあ、色々と上手く過ごすようにできてたと思う。異世界の知識を活かして、今のお前と同じように賢者の神子とか呼ばれたりしてたしな。バグナイアの街から商圏を広げて大陸一の経済都市にしたりな」


 もしかして、僕の中にある知識は……。

 いや、疑問や指摘は話を最後まで聞いてからだ。


「しばらく経って姉――モニカが勇者として招集されて、魔族との戦いが起こって……。最終的に世界が滅亡して、そして……気付けば世界は巻き戻っていた。何が何だかわからなかったけど夢と思うことにして、もう一度俺は同じ生を歩んだが結果は同じだった」


 カストの表情には影があり、とても昏い。

 その時の絶望を思い返しているかのように……。


「そこで俺は歴史に介入することにした。まあ、最終的な結果は何も変わらなかったがな。ただ少しずつ情報を集めて、どうにか世界滅亡の原因を探り当てた」

「それが初代魔王ベリザーリオ……」

「ああ。そこで俺は上手いこと魔族の島に潜り込んで魔族に与した。人間から裏切り者と蔑まれながらな。そして、どうにか初代魔王ベリザーリオが復活する条件を戦争と仮定義した。死者数が増え続けていたタイミングでやつは復活してきたから……」


 少しずつ読めてきた。


「お前ならもうわかったと思うが、世界滅亡の原因と、その原因の復活条件を避けるには人の命が失われる戦争を止めるしかない。だが、人間を止めても、魔族を止めても、どちらか片方しか止まらないんだ。虐殺が何をやっても、どうしても、どう足掻いても必ず起こる。まるで、人知の及ばない何かに強要されているみたいにな」

「だから、両方を同時に止めればどうにかなるかもしれない、と……」

「ああ。そのために俺は、俺自身の人格――魂だけを移す魔法を創り出し、それを魔族の身体に移して、ロモロ……お前の主人格が浮上するようにしたんだ。元々お前の身体なんだから、元通りにしたという方が正しいな」


 両方を止めるために、自分がふたり必要だったのだ。

 そして、その片方に僕が必要だった、と。

 魂を移す魔法なんてのもとんでもない話だけど、今までの話からすると大した話ではないように思えてくる。


「……僕がそれを拒んだらどうするつもりなんだ」

「いや、お前が拒むことはない」

「どうしてそう言いきれる」

「モニカが関わっているからな。姉を見捨てられるような人間じゃないはずだよ、お前は」


 見透かされている。

 少し腹立たしいが、否定することもできない。


「手前勝手だとは思う。だけど――」

「協力するよ」


 カストが言い切る前に僕は宣言する。

 彼は驚き、拍子抜けしたような少し間の抜けた表情を作った。


 そもそも現状、僕には選択肢がない。

 仮に彼に悪意があろうとなかろうと。

 全てを否定したところで、何かが変わるわけでもない。


「ありがとう。本当に……」


 すると彼は心底安心した顔になり、こちらに頭を下げてきた。


「お前の主人格を奪って好き勝手しておきながら、本当にすまない」

「僕にその自覚はないからいいよ、別に」


 今更、以前の時間軸では彼に自分の身体が使われていたと言われても、それを僕は自覚していない。

 わかるのは、この賢者の――別世界の未知の知識だけだ。


「じゃあ、この知識は全部君のものなのか」

「ああ。だから魔法に関してはまったく知識がないだろう? 俺の世界にはなかったとは言った通りだ。過去に錬金術はあったけどな。存分に活かしてくれ」

「充分役には経ってるよ。辞書みたいな感じで、すぐに引き出せないから不便ではあるけど」

「悪いな。俺自身もそんな器用な方じゃないんでね」


 そういうとカストは気まずそうに苦笑した。


「じゃあ、次はリナルド様が領地を得た時にでも――」

「いや、最後にひとつ――聞かせてほしい」


 彼は非常に真面目な表情になり、視線を鋭くする。

 まだ何か荒唐無稽な話があるのか、警戒してしまうな……。


「お前が覚えているかどうかはわからない。俺は前時間軸の時、五歳になる前に自分の主人格を魔族に移した。だからそれ以後、お前は今と同じように普通に生活していたはず。もちろん、前時間軸はモニカも記憶を引き継いでいなかったが……」

「それがどうかしたの」

「火事が起きて親が焼け死んでいたよな? 聞いてるか?」


『突然、知らせが来てね。みんなが死んだって……。あたし、この街に一回だけ戻ってきたんだよ。そしたらこの建物が完全に焼かれてて……。他の部屋の人は全員逃げ出せたのに、お父さんも、お母さんも、ロモロも、トスカも……』

 お姉ちゃんの絞り出すような悲痛な声を思い出す。

 これは、お姉ちゃんが勇者として見つけられて、貴族に引き取られた後の話だ。


「それから、お前はどこに行っていた?」


 何を言ってるんだ?


「普通に焼け死んだんじゃ……」

「いや、死んだのなら俺にわかるはずなんだ。別々の身体になったとはいえ、生死がわかるくらいの細い繋がりはあったからな」

「妹も含めて全員死んだと聞いてるけど……」


 でも……。思い返すとひとつだけ気になることがある。


『特にロモロとトスカは何も残ってなかったって言われて……。だから、埋葬もできなくて……』


 お父さんとお母さんが死んだのは間違いないのだろう。

 だけど、お父さんやお母さんと同じ状況で、小さいからといって僕と妹の骨が残っていないことはあり得るのだろうか?


「……いや、前時間軸を覚えてないお前に尋ねるのはそもそもおかしい話だった。忘れてくれ。ワールドルーツに書かれていない以上、どうしようもないしな」


 彼は少し後ろ髪を引かれているような口調だが、諦めたらしい。

 現状でわかることは何もないからだろう。

 僕だって前周の自分が何をしていたかなんてわからない。



 そして、幾つか他の話や今後の話をしてから、カストはワールドルーツを閉じて僕に手渡した。


「しっかり読んでおいてくれ。他にもお前の知りたいことはだいたい書かれているはずだからな。あとは歴史を学べばもっと遡ることもできると思う。その書は魔力を入れれば所持者の知覚している範囲まで載せてくれる。どこかのタイミングでお前の姉に入れてもらうのもありかもな」


 彼がゆっくりと部屋から出て行く。

 まるで最初から誰もいなかったかのように部屋が平常を取り戻した。

 しばらくすると、時間が元に戻ったかのように空気の流れが早くなり、


「――……え?」


 リナルド様も動き出す。

 そして、見たはずの者がいないことに眼を瞬かせていた。


「……ロモロ。誰かいたような気がしたんだが」

「いえ、気のせいじゃないですか?」


 申し訳ないけど、すっとぼけた。もう少しいい言い訳があったかもしれないけど、脳みそがパンク寸前で、情けないことにそこまで気を遣えなかった。

 今度来る時はちゃんとアポを取って欲しいところだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 勇者モニカの学校生活はまだ続くことになる。


 ただ、ここから彼らは長期休暇に入り、第六王子リナルドの下、領地の経営に乗り出すこととなった。


 ここからエルフの問題や国政の問題、テソーロの侵攻など、様々な分野に巻き込まれることとなる。


 あまり思い出したくもないが、当時のことを続けて書くべきだろう。


 それはまた次の時にでも書きたいと思う。



 それと、今更だがここに記す。


 この書はどれだけ時間による壊乱が生じようと、変化することはない。


 決して世界は救われていないのだ。ただただ延命したに過ぎない。


 またいずれ危機は訪れるだろう。あるいはまた何かの拍子に時間が巻き戻ることがあるかもしれない。


 この世界を真の救世に導くのは個ではなく、全であるべきだ。


 我々は神と誤認するあれらから、いつか解き放たれなければならない。


 我々の時代ではまだ届かない。


 遠く未来の時代にこの書が、本当に世界を救う一助となることを願う。


 <ヴェルミリオ大陸裏史>  第二部 第七章 十節より抜粋

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