ワールドルーツ・2
ひとまず初代魔王ベリザーリオの復活阻止という彼――あるいは人類の目的はわかった。
では、次はそれをどう達成するか、だ。
「それで初代魔王とやらの復活を阻止する具体的な方法はあるの?」
「俺もすべて把握しきれているわけじゃないから確証はないんだが、まず端的に言うと戦争を避けること。戦争や虐殺による生命喪失がおそらくキーだ。どういう理屈か、まだわかってないんだが、魂でも吸い取ってるのかもしれん」
「前に言ってた『魔族と人間の争いをどうしても避けなきゃならない』ってのは、それのことだよね」
「ああ。危険な存在が目覚めるから、とも言ったぜ」
確かに言っていた。
そういう意味じゃ、彼はずっと一貫してたのか。
言葉が色々と足らなかっただけで。
「前にエルフと会った時、そこの長老みたいな人から『大地を血で汚すことは禁忌』って話を聞いてたけど、それと関係ある話?」
「エルフ!? エルフ、マジでいたのか?」
カストが驚きの表情を作り、常に気怠げな目に興味の光が灯る。
淡々としていた彼が初めて関心を示したようだった。
「いたよ。この前会った。こっちで保護する予定だけど」
「マジかよ。お前、すげーな。いたのは知ってたけど絶滅してると思ってた。まあ、こっちでちょっかいかけるつもりもないから、よろしく頼む。……ただ、その長老の話からはわからないな。ベリザーリオの詳細な復活条件は俺も未だにわかってない」
「戦争がダメってのはほぼ推測ってこと?」
「まあな。複数の状況証拠によるそれなりに確度の高いものとはいえ、推測には変わらない」
この辺り、もう少し証明したいところだけど、ないものは仕方ない。
今後に期待しよう。
「ちなみに、ベリザーリオが復活したら魔族にとってもよろしくないわけだし、そこから戦争を止めることは?」
「無理だな。ベリザーリオが復活することで、魔族は救われると思っている節がある。これは穏健派も同じだ。ある種、信仰で聖域なんだよ、この辺りは」
「魔族自体も復活の条件を知ってて、戦争を吹っかけてきてるわけじゃないの?」
「違うんだよ。魔族が戦争をする理由は、あくまであの地から逃げたいってだけだ。主戦派の中にはとにかく戦いたいみたいなやつもいるがな」
すると、カストはひとつ溜め息を吐く。
「もう二年後に迫っているわけだが、まずはここの戦争をどうにかする必要がある」
「『魔族は勇者によって大きな傷を負う。二万の兵士がほぼ跡形もなく消される』だっけ」
「それも覚えててくれたか。モニカの全力魔法は本当に途轍もないからな……。しかも、こっちは魔法が使えないし。とはいえ、それで魔族がその時の侵攻を思い留まったのも事実だが、深い怨恨を残したのも事実だ」
「じゃあ、お姉ちゃんに魔法を撃たせなければいいの?」
「それじゃ魔族側が止まらない。砦を越えて、人間の領域に侵攻しちまう」
「じゃ、どうするのさ」
「今、俺が開発してる魔導具があってな」
そう言って彼はポケットから幾つかの紙を取り出した。
紙に魔法陣が描かれており、起動していないのに大きな力を感じ取れる。
「絶対障壁。ダサいから名前はまだ仮だがな。これでモニカの魔法を防ごうと思う。この一枚じゃ足りないが、数枚あれば一発はどうにかなる」
「防ぐ? ああ。わかった。つまり、お姉ちゃんの魔法の威力を魔族たちに知らしめつつ、魔族たちを守るのか」
「話が早くて助かる。その通り。魔族に侵攻を思い留まらせるには、その威力を味わう必要がある。かといってまともに味わったら壊滅不可避。なら、威力だけその身に感じてもらえばいい」
「たぶんそれはお姉ちゃんの魔法を受けたら破壊される。それで、なんでも防ぐはずだった魔導具が壊れたと周囲に慄かせるわけだね」
「そういうこと。で、お前さんの出番だ」
「僕の?」
「こっちが魔法を防いだら、余力のあるモニカはもう一度撃とうとするはずだ。ここをどうにかして止めてほしい。ただし、撃つ気配は必要だ」
「今の魔法がもう一度来ると思わせて、撤退させるってことか」
「絶対障壁はもうない。だが、もう一度あの魔法が来るのを見たら撤退という判断をするしかない。これでようやく魔族側の意思が衰える。カスペルたちも無理攻めをして兵を無駄に損耗するのを避けるはずだからな」
お姉ちゃんの魔法で魔族が大勢死ぬという結果だけを避けて、戦争は終結する。
これで前の時間軸と同じ歴史を歩ませるのだ。犠牲者を出すことなく。
「そこでようやく和解の道筋ができる。そしたら俺とお前の出番だ」
「僕が言った提案の話か」
「ああ。マブルからしっかり承った。今、こっちも準備を進めてる。『人間と魔族の相互理解』のための一手――交換留学生をな」
以前、マブルに渡された魔族言語の本を渡された時にどうすればいいか考えたのだ。
それが今カストが言った交換留学生の話だ。
「色々と詰める必要はあるが、マブルづてに話を聞いた時、すげー良い案だと思った。俺が思いつけなかったのが悔しいぐらいだ」
「ただ、それを実行するには僕の権力も何もかもが足りないけど」
「それはこっちも同じだ。だから、二年の間にお互い頑張ればいい」
そう。お互い頑張ればいい。
彼の状況はわからないが、人間を数人入れることくらいはできるようになるのだろう。
こっちも同じだ。そのためにリナルド様に領地を取ってもらう手伝いをしたといってもいい。
言い方は悪いが、魔族の数人をねじ込むくらいの恩義を稼ぐためだ。
……だけど、どうしてもわからないことがある。
「カスト。ひとつ聞きたいんだけど」
「予想はつくけど……なんだ?」
「どうして僕なんだ」
世界を滅亡させないために、初代魔王ベリザーリオを復活させないようにする。
復活の条件を満たさないために、人と魔族で戦争を避ける。
それはいい。世界滅亡が避けられるなら、力を貸す人は多いはずだ。
だけど、ここには僕個人がやるべき理由がひとつもない。
優秀な人はもっといるし、多くの人を味方につけたっていい。
「頼れる相手がお前しかいないから……じゃダメか?」
「お姉ちゃんに言ってもよかったんじゃないの」
「モニカじゃダメだ。あいつはその前に処刑されてベリザーリオを見ていない。だから、その強さ、恐怖、圧倒的絶望感を実感できていない。俺と共有もできない。そして、一番重要な点が――あいつは俺と協力なんて死んでも嫌がる」
「どうして」
「姉から聞いてないか? 散々、邪魔をした黒騎士の話を」
ふと、お姉ちゃんの話を思い出す。
『わかってるよ。でも、あたしは強くならなきゃいけないの。特にあの黒ずくめ……黒騎士には何度も煮え湯を飲ませられてるし……!』
つまり、
「君が――あの黒騎士だったのか」
「そういうことだ。あいつを自由に動かすと、魔族がどんどんやられちまうんでな。どうしても要所要所で止める必要があった」
お姉ちゃんの宿敵が今、ここにいる。
夢の中で、お姉ちゃんに攻撃をしていた――。
「殺気はやめてくれ。俺も好きであんなことをしたんじゃない」
「だったら――喋ることができたなら、君なら対話だってできたはずだ」
「お前、姉に関わることになると攻撃的になるな……。前の時間軸ではどうしようもなかった。魔族側もあいつの魔法で二万人近く消滅させられたんだ。対話なんて無理だったんだよ。対話なんて口に出したら、魔族から処刑されてた」
言わんとすることはわかる。
だが、正直納得はいかない。
「それに前の時間軸は……非人道的な話だが、今回のための布石でしかなかったからな」
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