ワールドルーツ
リナルド様が魔族の彼を見て、目を瞬かせて、
「何者――」
最後まで言い切ることなく、リナルド様はピタリと止まった。
部屋の中を不思議な何かが迸ったかのように肌を撫でていく。
そして、すぐに違和感に気付いた。
部屋に入った時に舞っていた塵がまったく動いていない。いや、よく見れば微かに動いている気がするけど。
もしかして、エルフも使ってたような、時間に類する魔法だろうか。
そして、魔族の彼はまるでそれが当然のように僕へと近づいて来た。
スターゲイザーが警告していない以上、害意はないはずだけど……。
「しばらくぶりだな、ロモロ。去年の冬以来か」
「……久しぶり。というか、僕は君の名前もまだ知らないんだけど」
「そういや言ってなかったな。俺の名前はカスト。ま、便宜上はそうなってる。お前も行ったことあるからわかるだろうけど、向こうじゃ魔将って呼ばれることが多いかな」
ようやく名前を知ることができた。
それにしても、カストね。この大陸のどこにも属さないような名前だ。正直、聞き覚えがない。
「カスト。今、この空間に満ちているのは時間の魔法か何か?」
「そう。俺とお前の時間だけ普通にして、他をめちゃくちゃ遅くしてる」
「リナルド様に――この人に悪影響はないんだよね?」
「ないよ。そんな危険なものじゃない。誰にも邪魔されずに話したり、決闘したりするための魔法だからな。こうして俺がお前と面と向かって話すにはここしかないと思ったんでな」
それなら一安心だ。
なんだか不思議な空間で実に居心地はよくない。停止してしまったリナルド様が横にいるというのもあるけど……。
それにしても、彼に会ったら聞くことがいっぱいあると思ってたのに、何から聞けばいいのやら。
「まあ、焦らなくてもいいよ。今回は時間もたっぷりある。お前が知りたいことは全部教えてやる。包み隠さず、何もかもな」
「全部?」
「そう。もっとも俺も知らないことや認識していないことも多いから……というか知らないことの方が多いと思う。だから、俺の知ってることだけな」
そう言ってカストは手に持った本をこちらに差し出してきた。
装飾的な茶色の表紙でタイトルはどこにも書かれていない。
指一本分くらいの厚さしかないけど、これがそんな大層なものなのだろうか……。
ただ、感じたことのない妙な迫力をこの本は訴えてくる。
「これがワールドルーツだ。これを読みながら話そう。その方がわかりやすい」
「というか、ここに来られるなら君が取りに来て、僕に渡してくれれば良かったんじゃないの?」
「それができたらそうしてたよ。ここは魔族を忌避する結界が張られてる上に、王族結界まで張られてたからおいそれとは入れないんだよ。姉――モニカが壊してくれたから、今こうしていられるけど、結界が生きたまま入ってたら俺は内臓から黒焦げだ」
「君なら壊して入れるんじゃ」
「これが必要なの、俺じゃなくてお前だしなぁ。俺には必要ないんだよ。さすがにお前に渡すためだけに俺が骨折るのも変な話だし」
差し出されたワールドルーツを手に取る。
ずっしりと重いが、何か不思議な手触りだった。
というよりも、魔力が入れられそうな感覚がある。
「まだ魔力を入れずに、開いてみな」
「開いてみたけど……白紙?」
「これは魔力を入れないと何も書かれない。ほら、今度は入れてみな」
言われた通り、マナを収集してから変換し、少しずつ魔力を注ぎ込む。
すると白いページに少しずつ文字が描かれていった。
そして、ページが本から切り離され空中に浮かんだ。さらに次々と文字が描かれてはページが切り離され、ページが螺旋状に並んでいく。
魔導具のように見えるが、これはおそらくそれ以上の代物だ。今の魔導具でできるものではない。仕様が全然わからないし。
「これは……」
「時間を超えたありとあらゆる事象を書き記すワールドルーツ。広義で言えば神器かもしれんが、もっと上位のもんだな。こいつを表わすカテゴリは今はないだろう。敢えて言えばオーパーツとかアーティファクトとかかな」
カストの解説を聞きながら、ひとまず目に止まったページを読む。
「モニカ、ロモロ、学校入学……? モニカが王族を守り、ロモロがビアージョを捕らえる。えっ、何これ? 日記か何か?」
「まあ、他のページも見てみろって」
彼が螺旋上になっている紙をスライドさせると、円柱状になっている全体がゆっくりと回転し、別のページに移った。
凄いけど大がかりすぎて、本として読むには面倒くさくない? とロマンの欠片もないことを思ってしまう。
彼がページを戻していくと、スターゲイザーを僕が手にしたこと。
僕が誘拐されたこと。
お姉ちゃんが森でモンスターを倒したこと。
お母さんがネルケを産んだことなどが書かれていた。
「やっぱり日記なのでは? いや、そもそもこんな克明になんで僕の日記が?」
「まあ、これは持ち主の知覚範囲を歴史として記す代物だからな。持ち主の主観が知覚した範囲で歴史的に重要な事柄を書いていくんもんだ」
「……いつ作られたの、これ?」
「さあ。聞いたことないな。作ったのはマブルらしいけど」
「えっ?」
そういや、マブルについても話したいんだった。
話すべきことがてんこ盛りだ。
「まあ、とにかくだ。俺も魔力を入れれば――俺の分の歴史も書かれていくよ」
新たな書かれたページを見ていく。
主戦派、魔王カスペルと謁見。話は纏まらず。
大魔王の娘、マノンの教師となる。
大魔王ディーデリックに謁見。近習となる。
これはつまり彼の日記……いや、歴史ってことになるのか。
言葉だけで見ると何が何だかわからない。
大魔王とかいるんだ、とかくらいだ。
するとカストはページを大きく戻し始めた。紙で形成されている螺旋状の円柱も大きく回る。
「今、見てほしいのはそこじゃない。もっと前。このくらいかな」
「これは……」
アレハ歴931年。12月。
初代魔王ベリザーリオ、復活。
世界滅亡。
マブルシェールにより、情報管理システムへアクセス。
フォーチュンテラーの欠片を基点に記憶の保持を設定。
マブルシェール、命令実行。
勇者、成功。
聖者、失敗。
戦姫、失敗。
魔将、成功。
剣英、不明。
月弓、不明。
覇王、成功。
マブルシェールにより、ポピュラセルムへ命令委託。
ポピュラセルムにより、時空制御システムへアクセス。
アレハ歴924年遡行設定。
ポピュラセルム、命令実行。
「何……これ……」
「世界滅亡から世界が巻き戻るまでの一部始終」
「それは読めば……ギリギリわかる」
世界滅亡という重大ごとを説明しているというのにカストは気軽というか、楽観というか――いや、これはもしかすると諦観かもしれないが、そういう雰囲気を感じる。
「つまり、ここに書かれていることを、カストは認識してたってことだよね?」
「ま、そういうこと。ここに書かれてるとおり、世界は滅亡して巻き戻ってる。だいたい七年くらいな」
「僕らにその自覚がないのは、記憶も巻き戻っているからか」
「そう。そして、一部の人間だけが記憶を保持されて巻き戻っているから、モニカや俺なんかは前回の記憶がある」
「お姉ちゃんが死んで巻き戻ったと思ってたけど……世界自体が戻ってたってことになるのか」
話が壮大すぎてなんだか身体が震えてきた。不安か、あるいは未知に対する興奮か。
僕はさらにページを戻す。
アレハ歴931年。8月。
星魔大戦、勃発。
リーネア・デ・レジェド要塞群を魔族が奪取。
アレハ歴931年。9月。
人類がすべての国から兵士を招集。
魔族により、人類軍壊滅。
勇者モニカ、断頭台にて公開処刑。
覇者ヴァヴィロフ、生き残った人類軍をまとめ、各地の住人たちを連れ、セッテントリオナーレ帝国に帰還。
人夫を大量に徴発し、国力を犠牲にしながら巨大な防衛線を築き上げる。
アレハ歴931年。11月。
アルベルテュスにより、魔将カスト幽閉。
魔族軍で内紛。大魔王ディーデリック、その娘マノン死亡。
魔王カスペル、実権を掌握。
魔族はアルベルテュスを総大将に、人類掃討戦を開始。
セッテントリオナーレ防衛線崩壊。人類虐殺。
……お姉ちゃんが殺されたという話は聞いていたから、そこまで驚きはしなかったけど、こうして文字で見ると心がざわつく。
それにしても、色々と気になる記述が多すぎた。
「魔族でも内紛が起こったってこと?」
「まあな。ディーデリックってのは元々、マナが普通にある土地さえ確保できればよかった。だが、カスペルたち主戦派はそうじゃない。連中は人間を滅ぼそうとしていた。何度も話し合ってどうにかしようと思ってたんだけどな。ネゴシエーションは失敗した」
「君は……アルベルテュスって人に捕まったってあるけど」
「俺の部下のひとりが買収されててな。元々俺は特殊な身体で、それを狙われた。そんなに万能じゃないんだよ。あとで説明してもいいけど、人工生命の体だからな、俺」
また気になる情報がポンと出てくるな。人工生命ってホムンクルスとかそういうの?
それにしても、アルベルテュスってのは最近も聞いた名だ。
『聞いてた、だと!? 貴様はいったい……。まさか貴様もアルベルテュスから……?』
ビアージョの話から察するに、彼を唆したのはコイツだ。
唆してなかったとしても、何かしら関連性は間違いなくある。
「アルベルテュスってのは?」
「カスペルの懐刀で、その叡智と残虐さは魔族の中でも一際やべー女だ。目立つやつじゃなかったんだがな」
「この人、前の時間で人間界で動いていた?」
「いや、どうだろうな……。俺も前の時間軸で魔族の全部を把握してたわけじゃない。まあ、ちょっかいをかけてた可能性はなくはないな……」
もっとページをめくって、話をしたい衝動に駆られるが。
まずは話を整理して、結論を聞いておこう。
「僕らの目的は、この初代魔王ベリザーリオを倒すことってことでいいの?」
「いや、違う。倒すなんてのは不可能だ」
「え……」
「俺もベリザーリオ復活時の混乱で牢屋から出られたが、俺の目の前でカスペルもアルベルテュスも魔族の兵たちも一瞬でやられた。もちろん俺もその場で死んだ」
「魔王カスペルって強いの?」
「こと戦いに於いてはディーデリックよりも強い。魔族軍最強戦力と言ってもいいな。そんなのが一瞬で何もできずにやられたんだ」
「ってことは、目的は復活の阻止ってことか」
「ああ。アレはこの世界の生物が勝てる相手じゃない。復活されたら終わりだ」
ここまで言われるほどのものか。
ベリザーリオなんて名前、聞いたことがないけど、まだ読んでいない歴史書か何かに載っているのだろうか。
ただ初代魔王とやらの力は世界を簡単に滅ぼせるほど常軌を逸しているらしい。
世界を滅ぼすと言われても、あまりにも突飛な話すぎてピンとこないが……。
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