謁見

 王族暗殺未遂事件が起こったことで、今回の王武祭は中止となった。

 事件性を考えれば当然ではある。実行犯のビアージョは今、学校の地下に収監されている。元々、ここは王城だったからか、そういった施設も残っているらしい。

 相当古くなってるから、近くちゃんとした場所に移送されるとのことだ。


 そして、僕らは今、学校にある講堂の壇上で王様に謁見していた。

 目の前には備え付けられた立派な椅子に座った王様と、その側近たちがいる。

 後ろにはうちの生徒やその親御さんたちが揃い踏みだ。

 入学式の壇上挨拶よりも遙かに居心地が悪い。不敬かもしれないが、本当に早く終わってほしかった。


「フィリベルト・エマヌエーレ・ディ・ファタリタである。今回は大義であった」


 王とは思えないほど親しみやすい声だ。

 街中で聞いていたら、ただのおじさんの声にしか聞こえないだろう。


「そちたちは私や民の命を救い、そしてその凶悪犯をも捕まえた。平民と聞いているが、よくぞやってくれた。我が王国にこのような平民がいるとは私も鼻が高い」


 モンスターの大群から王様を守り、さらにその脅威を一掃したお姉ちゃん。

 そして、その場から消えた実行犯のビアージョを捕らえた僕。

 テアロミーナ様やリナルド様から強く薦められたので、逃げられなかったのだ。

 僕らは勘弁してほしいと言ったのに……。


「そなたらも、このような子を持てて幸せであろう」

「は、はい。自慢の子供たちです」

「………」


 さらに言うとお父さんとお母さんも壇上に上がっていた。

 僕らは王様に跪いて、言われるがままだ。

 そもそも僕らは何も助言を受けずに、衣装だけ一張羅にしてこの場にいるんだけど大丈夫なんだろうか。

 ニコーラが何も言わなかったってことは、特に問題はないと言うことだと思うけど……。


「さて。モニカ。ロモロ。今回の成果を鑑みて、そなたたちに褒美を取らせることとなった。何でも言ってみるがいい」


 ありがたい話ではあるが、こういうのは内々でやりたかった。

 こうも全生徒に見られてる状況だと、何を言うにも怖すぎて、身体が竦んでしまう。


「あ……っと、私の分も弟のロモロに使ってもらえればと思います」


 お姉ちゃんはとんでもないことを言ってきた。

 小声で抗議する。


「ちょっと……!」

「いいでしょ。ロモロの方が有効活用できるはずだし」

「少しは自分で考えてよ……!」


 小声とはいえ、親には聞かれていたのか、まるで注意されるように服を引っ張られた。


「欲がないのう。では、ロモロ。お主からふたつの望みを聞こう」


 こうなったら仕方ない。

 覚悟を決めよう。

 顔を上げて、王様に向き直る。

 改めて見ると立派な髭以外、本当にただの呑気なおじさんに見えてしまう。

 服装でどうにか威厳を保っている感じが強かった。……って、そんなこと考えてる場合じゃない。


「では、おそれながら……。ひとつ目は王城にあるという禁書庫を閲覧したいのです」

「禁書庫を?」


 王様の傍に控える側近のお爺さんが少し驚いたような顔をする。

 そして、講堂も少しざわついた。


「はい。過去、失われた魔法がそこにあるという話を聞きました」

「……王城に魔法が収められた本などなかったと思うがな。それがあるのは、むしろこちらの方だろう。王族にしか入れない場所に幾つか本がある。王城の禁書庫は無理だが、こちらの王学書庫なら構わんぞ」

「そちらで問題ありません! ありがとうございます!」

「お主はリナルドともよくやっているようだな。リナルドに案内させるゆえ、いつでも行くといい」


 早くも学校に来た目的のひとつが果たせるかもしれない。


『もっと詳しく知りたいならファタリタ王立校へ行ってくれ。あそこの禁書庫に、ワールドルーツ――過去に起こったことすべてが記された本があるはずだ』


 禁書庫じゃないらしいが、これはあの魔族の彼が勘違いしていたのか。

 何にせよ、まずは行ってみよう。ああ、この謁見を早く終わらせたい。

 ワールドルーツ以外にも、どんな本があるのか楽しみだ。


「では、もうひとつ。何かあるか?」


 夢心地になっていると、王様の言葉で現実に引き戻された。

 そうだ。もうひとつ、言わなきゃいけないことがある。

 だが、そんな王様に側近のお爺さんが横口を挟む。


「王よ。そんな軽々しく、ふたつ目まで褒美を与えるなど……」

「いいではないか。姉が断って弟に与えたのだ。ふたつでも問題あるまい」

「王学書庫とて王族しか入れない禁書庫のひとつではあるのですぞ。そこの閲覧だけでも、ふたつ分の価値はあります」

「固いことをいうんじゃない。我々は命を助けられたのだぞ」

「……しかし、平民に」

「クドい。この話は終わりだ」


 一瞬だけ、とても迫力のある声が響いた。

 もしかして、こっちの方が素だったりするの?

 威厳のなさには演技のような、不自然さを感じるのは気のせいだろうか。


「ロモロ、腰を折ってすまなかったな。さ、望みを言うといい」


 この流れで言わなきゃいけないのか、これを……。

 あのお爺さんはあんまりこちらにいい感情を抱いていなさそうだ。平民というだけで、こちらを下に見てるだろうし。

 これ言ったら紛糾するだろうけど、言わなきゃ始まらないしね。


「では、はばかりながら……領地を与えてほしく思います」


 さすがに講堂は大きくざわついた。

 そりゃそうだろう。


「ほう。いきなり望みが大きくなったな」

「平民! お主、何を言っているのかわかっているのか!」

「よい。まずは聞こう。しかし、言っておくがわたしの直轄領はほとんどないぞ。ほとんど息子たちに与えてしまったからな。他の貴族たちの領地も与えられぬ」


 言葉は簡潔にするのもいいけど、やっぱり主語を抜くのはよくないね。


「言葉が足りませんでした。領地をリナルド王子に与えてほしいのです」

「リナルドに? ……そうか。お主、リナルドの話を知っているのか。しかし、さっきも言った通りだ。わたしの直轄領で与えられる場所はない」

「いえ、あるはずです。『影の樹海』が」

「『影の樹海』?」

「あそこは山脈を挟んでテソーロ王国と接しておりますが、この前の行軍で薬草や木材など資源に満ちていることを知りました」

「……あそこは直轄領ではあるが、完全に放置していただけだぞ。モンスターも出るし、危険も多い」

「それでも、リナルド王子ならばあの場所を開拓し、繁栄させてくれると思います。私もそのお手伝いをさせていただきたく」

「なるほどのう……。しかし、それはお主の願いではないが、いいのか?」

「リナルド王子が念願の領地を手に入れること。それが、私の望みです」


 すると王様はポンポンと手を叩き、


「いいだろう。くれてやってもいい」


 即断即決過ぎる。いいのだろうか。


「王!?」

「いいではないか。どうせ管理もしてない、学生たちの行軍訓練に使う程度の領地だ。リナルドがどうするのか、これからの楽しみができる」

「しかし、それでは貴方の威信が」

「威信など散々奪われている。今更言われたところで痛くもないわ」


 お爺さんは反対していたようだが、王様の言質は取った。

 あとは正式な書類さえ、交わせれば問題ない。

 そして、王様は真面目な顔でリナルド様に向き直った。


「リナルド。いいのか?」

「もちろんです。ロモロの提案を受けます」

「いい家臣を……いや、いい友人を持ったな」

「はい……。わたしには過ぎたるものかもしれません」

「よし。ならば正式な書類を起こす。あとで受け取りに来るといい」

「はっ!」


 リナルド様も跪き、臣下の礼を取る。

 あとは王様が今回のことを労い、僕らの謁見は終わった。



 そして、諸々の挨拶を済ませたその足で僕とリナルド様は学校地下の王学書庫へと向かう。


「ロモロはそんなに見たかったのか。ここの書庫を……。明日でも良かったのではないか? 両親とゆっくり話しでもすればよかったではないか」

「そのために来たといっても過言じゃありませんからね。親と話すのは、今日の夜でもできますし、早く見たかったんです」

「それにしても、こんなに早く領地をもらえることになるとはな……。さすがロモロだ」

「まだ手つかずの領地をもらっただけです。エルフのこともありますし、油断は禁物ですよ。発展させなければ結局は意味がありません」

「そうだな。まず人を集め、人が来られるような場所にしないと」


 道すがらそんな話をして、僕らは図書館に到着。

 一部の壁が壊れたままになっており、扉だった場所には二名の兵士がいる。

 お姉ちゃんが壊してしまったけど、これは隠し扉も含めて直るのかな……。


「お話しは承っております。リナルド王子が一緒ならば入って問題ないとのことです」

「では、入るぞ。ロモロ」

「ありがとうございます」


 僕らは螺旋階段を下りて、地下へと向かう。

 最下層まで下りて魔法陣を描いていた部屋の右側を見た。そこに扉がある。


「こちらが書庫になる。私はあまりここが禁書庫という印象がなくてな。以前、知らぬと言ってしまったが許せ」

「いえ。充分です」


 扉を開けて中へと入る。

 非常に埃っぽく、手入れされていないのがわかった。

 ただ、微かに薫る本の匂いに少し心が落ち着いてくる。


 しかし、それも束の間。

 そこにはひとりの先客がいた。


「ようやく来られたか。待ちわびたぜ」

「君は……」


 僕にワールドルーツを探せといった魔族の彼が、一冊の本を手にテーブルに座っていた。

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