捕縛

 闘技場からは真っ当な方法では出られない。

 だが、ビアージョは消えた。例の瞬間移動で。

 だけど、今彼は僕の目の前にいる。


「貴様……! 平民……! クソッ! 離せ!」

「どんな気持ちです? 余裕綽々で強者のように去ったはずが、捕まってしまった気分というのは。疑問だったんですよね。意味深なことを言うだけ言って去っていく人が。そんなことをするくらいなら、ちゃんと全部最後まで自分でやればいいんですよ。そして、そういう人たちは自分がその場で捕らえられると思っていない」


 僕の目の前には魔法陣に捕らわれたビアージョがいる。

 蜘蛛の糸でも絡まっているかのように雁字搦めになっており、魔法陣の魔力が尽きない限り、解放されることはない。

 かなり強固に作ってある拘束の魔法陣だ。


「瞬間移動はただの高速移動だったんですよね。それも途轍もない早さの高速移動」

「……なぜ、貴様如きが見破ったのだ……!」

「タネ自体を見つけたのはお姉ちゃんですよ。この周辺で目に見えない魔力の線がいくつか張り巡らされてたのを見つけたのも。それを見つけてからやり方がわかったのはすぐでした。自然に消えるのかもしれませんけど、ちゃんと消さないとですね」


 結論から言えば、この瞬間移動――というか高速移動は決められたところから決められたところにしか移動できない。

 ある座標からある座標まで見えない魔力の線を引き、それをレールとして超高速に移動する。原理的にはある地点からある地点までロープを滑車で移動することに近い。

 それはヘルが焚いた薬草を嗅がされていた場所だったり、図書館の地下だったり、あるいは闘技場からここだったり。


 魔力のラインがわかれば、あとはそこに拘束魔法陣を仕込んでおけばいい。闘技場から、ここに繋がっていることはお姉ちゃんが突き止めている。

 もちろん魔法の力があるからこそ、三次元的な超高速移動が成立するんだけど。これ自体はかなり高度な魔法だ。元々研究はされていたが、諸事情で停止していたという。

 それに万能ではない。障害物があれば慣性の法則で使用者が死ぬ危険性が高い。

 図書館の地下から脱出したのは、そこが壊れていると踏んだからだろう。あの扉は王族しか開けられないから、王族以外が入ってきたのなら物理による手段に限られる。


「その線がタネであり、あとはそれを応用すれば僕もあなたと同じように瞬間移動ができる。もちろん僕は魔法陣に捕まりたくないから寸前で止まりましたが」


 自身を魔力で覆って、線に合わせて高速移動するのは見つけてから何度か試した。

 詠唱による魔法では現時点では不可能だから、無詠唱でしかできないけど。だから、僕らが先行せざるを得なかったのだ。彼が逃げるかどうかも未知数だったしね。

 では、瞬間移動の魔法を彼は詠唱したかというと、していない。


「あなたは持っているんでしょうね。瞬間移動の魔法を行使するための魔導具を」

「や、やめろッ! それは……!」


 彼の身体を調べるとすぐに出てきた。

 指輪を外してリングの裏側を見ると、細かく精密な魔法陣が描き込まれている。

 複雑な魔法陣の行動やこれの出自がどこによるものか、興味をそそられるが、調べるのはあとでいい。


「これに魔力を込めるなり、魔溜石から魔力を補うことで魔法陣が起動して、高速移動するんでしょうね」

「なぜ、わかった……」

「魔法における瞬間移動は詠唱も含めて研究されているみたいですけど、未だに解決を見ていないですから。本来の好きな場所から好きな場所に行ける瞬間移動はまだできないと考えれば、あとは自ずと答えは出てきます。完璧な瞬間移動ができるのなら、こんなまどろっこしいことをやらなくてもいい。王族の目の前に瞬間移動して殺せば済むことです」

「それだけじゃない! あのリナルドを痛めつけた時もそうだし、今回のこともそうだ! なぜ、貴様らはピンポイントで私の前に現れる!?」

「元々あなたが王族を殺したいと考えているのなら、王様が来るこの王武祭を狙わない手はない。だから、逃げたあなたは必ず来ると思ってました」

「だが、地下の魔法陣は完成させていなかった。なぜ、来ると……」

「絶対って確信はなかったですけどね。そもそもあの図書館の魔法陣はリナルド様を信用させるための、ただのおまけのようなものでしょう。それか、リナルド様に罪を押しつけるための証拠です。魔法陣自体に魔力を込めるのはともかく、図を完成させること自体は簡単なのだから何度も通って描くのはおかしい」

「………」

「だから、あれはただの試験のようなもので、本命は別の場所にあると考えました。影の樹海の奥深くにあるんじゃないかと。それを見つけてもらいました。自分で気付きませんでしたか? あの場に来てるモンスターが少ないって」

「まさか……あの魔法陣の効果まで……?」

「幾つかの魔法陣は無力化させてもらっています。残念ながらすべてを見つけられなかったですけど。見つけられれば、こんなことは起こってなかったんですけどね。貴方が率いていたモンスターは少なかったですけど、僕らには脅威ではありましたし」


 以前、学校で害意を感じて、ニコーラと少し調査に行った時に感じた異変。

 そして、モンスター化させる魔法陣。

 そのふたつの情報で繋がりを確信した。


「あの試験の不手際が、致命的だったというのか……?」

「こっちもこんな大事にはしたくなかったんですけどね。影の樹海にある魔法陣をすべて見つけて、潰して、事件自体をなくしたかった。でも、無理だったから敢えて後手に回りました。スパーダルドの人たちに相談して、準備をして待ち構えてたんです」


 がくりと落胆したように肩を落とすビアージョ。


「さて。人が来るまでまだ時間はありますね。魔法陣で獣を変化させたのはともかく、変化後のモンスターたちを従えた方法なども知りたいですが、まずはあなたの背後にいる人を教えてもらえませんか」

「誰が言うものか!」

「そういうと思ってました。でも、あなた捕まったから殺されますよね。これがあなた単独の行為とは思えませんし」

「………」

「あなたは何も喋らなくてもこれから収監されます。しかし、あなたの背後にいる人間が、口を割らないように密かに殺すでしょう」

「違う! そんなことはない! 私は――」


 そんなことはない、ね。

 単独犯ではないのは間違いなかったけど、やはりいるよね。

 さて、では連れてきておいた彼の出番だ。


「それじゃあゲルド、頼んだよ」

「……まったく事情をほとんど話さずにこんな場所に連れてきおって何が何だかわからんぞ」

「この人の鼓動を聞いてくれればいいから」

「……お前には借りがあるが、こんなこと何度もやらんからな」


 例の高速移動ラインを使う時にこっそりと連れてきていた。この高速移動魔法の便利なところは、対象を自分だけに制限しないところだ。

 詳しい事情は話してないが、こういう時は彼の力が役に立つだろう。


「今回の糸を引いていたのは、第二王子ですか」

「第二王子? 何を言ってるんだ、お前は……」


 違う? 可能性的にはここが本命だと思ってたけど……。

 ゲルドを見るとフルフルと首を振った。


「鼓動は何も変わっていない」


 ゲルドはランチャレオネ家の人間で、耳がいい。

 ちょっとした嘘発見器のようなことをしてもらおうと思っていたのだけど。

 まあ、結論を出すには早い。もう少し探りを入れてみよう。


「あなたは第二王子の推薦でリナルド様の侍従になったんですよね。第二王子の命令じゃないんですか」

「……何を言ってるのかわからん。ただの異動でしかない」


 少しわからなくなってきたぞ。

 ファタリタの王族を殺して得をする人たちは多いと思うけど、第二王子が違うとなると候補が外に広がって飛躍的に増えてしまう。


「では、アルコバレーノ王国が黒幕?」

「………」

「ロモロ、これも違う」

「なら、テソーロ王国辺りですかね」

「…………」

「一瞬、鼓動が跳ね上がったぞ」

「なっ……! 貴様!」

「わかりやすい反応しますね。無視して黙っていた方がまだよかったのに。それにしてもテソーロですか。ファタリタとは仲が悪いとは聞いていますが、随分と直接的な真似をしてきますね。もしかして侵攻計画でも立ててます?」


 ビアージョは口を引き結んで再び黙りこくった。

 しかし、黙っていてもゲルドの前では意味がない。


「鼓動が凄まじいな。これは大当たりだぞ。それにしてもテソーロか。パッツィ子爵家が裏切っている……?」

「まあ、そうでもなきゃここまで大がかりなことはしませんよね。それにしてもゲルドの耳は便利だなぁ」

「貴様に道具扱いされる覚えは――ロモロ!」


 ゲルドが守るように僕の前に立つ。

 どうやら何かビアージョに不穏なものを感じ取ったらしい。

 実際、スターゲイザーも強い警報を鳴らし始めていた。


「スパーダルドも甘いものだな! 監視が貴様のようなガキふたりとは!」

「そういうのは魔法陣を抜けてから言ってもらえませんか」

「今、抜ける!!」


 そして、彼は何事か詠唱をし始める。


「集え、集え、我が身に集え。狂乱の魔よ、咲狂え! 器を捧げ、魂よ、魔に成らん! 〈カンビオ・ディアブロ〉」


 しかし、何も起こらなかった。


「……なんだ、肩透かしだな。何をやって来るのかと思えば」

「まあ、彼を捕らえている魔法陣には仕掛けがしてありますし」

「……もっと前に言え! ならお前を守る必要などなかったではないか!」

「いや、嬉しかったですけどね。ありがとうございます」

「う、うるさい!! ま、守ったわけではない!」


 ゲルドの耳もスターゲイザーの警報も人の意思を基点としている。

 仮にこちらを殺そうとしていたところで、その殺意を形にできるかどうかはまた別の話だ。


「……な、なぜ。なぜ、何も起こらない! ま、魔族になれるのではないのか!! あの強靱な肉体と魔力を持つ魔族に!」


 そして、見過ごせない言葉を言った。


「その魔法陣に捕らわれた人は魔法を使えないようにしています。具体的に言うと、マナが寄らないようにしているんです。僕らが何の対策もせずにここで待ってると思いました?」

「くっ……」

「それにしても魔族になれる、とは予想外でしたね。高濃度のマナを入れると獣はモンスターに、人は魔族に変容することは聞いてましたけど」

「聞いてた、だと!? 貴様はいったい……。まさか貴様もアルベルテュスから……?」

「アルベルテュス?」


 また知らない固有名詞が出てきた。というか、人の名前か。

 そいつが今回、裏で糸を引いていたやつかな?


「……っ!」


 失言したことに気付いたのだろう。

 ビアージョは口を結び、カタカタと震え始めた。

 ゲルドを見ると小さく頷く。どうやら見た通り、恐怖しているらしい。


「ロモロ様! ご無事ですか!」


 おそらく闘技場のモンスター騒動にも決着がついたのだろう。

 ニコーラが走ってこちらにやって来る。


「無事だよ。それにしっかりと捕らえてある」

「お手柄ですな。ゲルド様もお力添えをいただき、ありがとうございます」

「い、いや……。別にこの程度、構わん」

「それで、ニコーラ。闘技場の方のモンスターは?」

「モニカ様とテアロミーナ様たちがすべて討伐致しました。怪我人もありません」

「ふたりともさすがだね」

「ええ。モニカ様は私の想像の数倍は強かったですぞ」


 あの時出てきたモノケロースみたいなモンスターは、僕がいてもどうしようもなかっただろうしね。

 でも、お姉ちゃんなら楽勝か。フェンリルですら倒せるからね。


「クソッ! 無傷だと……! おのれ……! おのれええええええええええええ!!」


 ビアージョが喉を嗄らさんばかりに毒づく。

 彼がなぜこんなことを起こしたのか、それはこれからの調査で明らかになっていくだろう。

 しかし、魔族のことが絡んでくるとなると、また面倒なことになりそうだ。

 実際、あの魔法陣が動物をモンスターに変化させるなら、人間が魔族になることもあり得るのか。

 魔族の島のように高濃度のマナは生物を変化させる。魔族が、さらに変容したように。


 僕は早くこの大陸を取り巻く事情を知らなければならない。

 だから早くワールドルーツを手に入れないとな。

 あの魔族の彼ともいい加減、情報交換をしたい。

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