閑話:デジレ モニカ様の大暴れ

 害意を伴った闇が空から迫ってきます。

 半分くらいの人間は何が起こっているのかわかっていませんでした。

 さらに半分くらいの人間は死を覚悟したかもしれません。


 わたし自身も、まだ事態が飲み込めていませんでした。

 王武祭が始まる前、スパーダルドの人たちはテアロミーナ様の指示の下、何かが起こるかも知れないから警戒しろと言い渡されていましたが……。

 ただ、警戒したところでどうにかなるものではないでしょう。

 これは悠々と観客席の結界を破る闇だと一目で理解できました。


 目を瞑り、終わりの瞬間を待っていると――。


「輝け、光! 我が力、我が紫電! 煌々と響いて、虚空に満つる! 影すら地に溶け、世界よ、真白に染まれ! 〈エネルマギア・ルーチェビアンカ〉!!」


 モニカ様の声が、まるでここは安全だとでも言うように響いてきます。

 彼女の手にある剣が、白い魔力で満ちていきます。

 空に掲げると、白光が迸りました。


 落ちようとしていた闇の奔流は、白き光に掻き消されます。

 闇は虚空に散り、その中から――闇に染まった四つ足の、馬のような生物が現れました。

 それは馬というには巨大で、地上に逆らうように空に浮いています。

 頭に一本の角をつけ、そこに闇が渦巻いていました。


「……モノケロース!? なんでこんな場所に……! 北方にしかいないはず……」


 出てきたモンスターに、傍にいたモニカ様の父君が驚きの声をあげてます。

 知っているのでしょうか?


「知ってるの、あなた?」

「ああ、逃げるしかないが……。これは遅かったかもしれん。何でこんなモンスターの大群が……」


 父君は絶望したような表情になっていました。

 モニカ様があの闇を振り払ってもなお、父君は警戒を解かず母君と赤子様を抱き寄せています。

 父君の視線の先にはモノケロースだけではなく、続々と見たこともないモンスターたちが大量に浮いていたのです。


 観客席は大騒動になっています。

 全員逃げだそうとしていますが、観客席の外側には不可視の壁があるようでした。

 教師の結界とは別の何か。私たちは閉じ込められたようです。


「だ、出してくれ! 早く! 死んでしまう!」「何だこの壁は!?」「結界か? 内側からの!?」「ならば魔法で破壊を――」「ダメだ! 基点がない!」


 混乱の中、モノケロースの上の空間が歪みます。

 次の瞬間には、ひとりの男が現れました。


「ご機嫌よう、皆さん」

「貴様、ビアージョ!」


 王族専用の席にいたリナルド王子が声を張り上げました。

 詳しいことは教えてもらっておりませんが、ご自身を暗殺しようとした侍従です。

 自分を暗殺しようとした犯人を前に、落ち着いてはいられないでしょう……。


「どういうつもりだ、貴様! この神聖な王武祭に――!」

「言ったでしょう? リナルド様……いや、無地王子。いや、無知王子の方が相応しいかもしれませんね。言ったでしょう。王まで集まるこの場で暗殺するべきだと」

「!? き、貴様、まさか……」

「計画は貴方の意思だと思ってましたか? 違いますね。我々の計画に貴方が乗っただけですよ。隠れ蓑になっていただき、真にありがとうございます」


 ビアージョは大口を開けて笑います。

 その声は非常にかんに触るもので、聞いていてイライラしてきました。

 話を腰を折るように魔法を撃った方がいいのでしょうか?


「あのまま計画に乗っていれば、貴方は生き延びて甘い汁が吸えたはずなのに。残念ですよ。貴方を殺すのは。いい駒になると思ったんですがね」

「私を、どこまで――」

「まあ、いいです。そこにいる王、第三王子、第四王子、そして、第六王子。我々のために死んでもらいましょう」


 ビアージョがまるで調教師として操るかのように、モノケロースの首を王族専用の観客席に向けました。


「やれ」


 モノケロースの角に闇が集い、再びあの闇の奔流が放たれようとしています。


「嵐の百刃よ、切り刻め! 〈セント・ラマ・デラ・テンペスタ〉」


 そこに真下から幾つもの風の刃が殺到し、魔法の妨害をしました。

 妨害したのはモニカ様。一瞬で王族専用観客席まで移動しています。

 王族の前に立ち塞がり、守るように縁に立っていました。


「また貴様か、平民」

「今度は逃がさない」

「逃がさない、だと……? よく言う」

「前回、あんたの手の内は見た。二度も同じようにやられると思わないで」

「ふん。まあいい。あとはここでこいつらを暴れさせれば済むことだ。ここにいる連中は全員、出られずに死ぬのだからな! 逃げ場のない殲滅戦を味わって死んでいけ!」


 そして、ビアージョは消えました。

 まるでその場から消え去ったように。

 モニカ様が臍を噛むかのように、悔しそうな表情をします。


「……切り替えていくよッ! ここのモンスターたちを全滅させる!」


 モニカ様が顔をはたいて、気合いを入れました。

 再びモノケロースの角に闇が集っていきます。

 しかし――。


「遅いッ!」


 モニカ様が王族専用観客席から真横に跳躍。

 モノケロースをすれ違い様に一閃。

 角を折られ、闇は霧散します。

 そして、モノケロースは浮遊の力を失い、地面へと落下しました。


 そこにはすでにテアロミーナ様たちが待ち構えています。


「彗剣流、二式。〈紫陽絶牙〉」


 テアロミーナ様の剣技が炸裂し、モノケロースの身体が切り刻まれていきました。

 まるで花が咲くように、モンスターの血飛沫が舞います。

 初陣で歳の数だけ首級を上げて、死神令嬢と呼ばれたというのは伊達ではありません。

 剣技も魔法も一流なテアロミーナ様はモンスターにすら遅れを取りませんね。


「てやっ!」


 モノケロースを叩き落としたモニカ様は、地面に着地したと思ったらまた跳躍し、浮いていたモンスターを叩き落としました。

 地面に叩き落とされたモンスターはすでに絶命しており、テアロミーナ様が手を下す必要もなかったようです。

 そして、空中にいるモンスターを蹴って、別のモンスターに魔法を叩きつけたり、その魔法の勢いで浮いて別のモンスターを……と、モニカ様が方向を変えるたびにモンスターが地面に落ちていきます。


 ……わたしの主はこんなに強かったんですか? 強いとは思っていましたけど。

 モンスターを歯牙にもかけないレベルとは思わなかったです。

 しかし、モンスターはまだまだ視界を埋め尽くすほど残っていました。


「はっ。まさかこの御時世にこんな大規模な暗殺を企むやつがいたとはな! ここはひとつ、久しぶりに暴れてやるか! ゲルド……はいねぇか! ヘル、ついてこい!」


 ランチャレオネ公爵様が神器を持ってモンスターたちに向かって行きます。

 朱と蒼の炎がヘビのように絡み合い、次々にモンスターを縛り上げ、焼き尽くしていきます。

 生き残ったモンスターは息子であるふたりにたちまち処理されていきました。


「神器はこうして使うんだ! 覚えておけ、ヘル!」


 二本の槍を回し、巨大な朱と蒼の竜巻を作り上げると、それはモンスターたちを容赦なく吸い込み、一瞬で灰にしていきます。

 こうして見るとロモロ様と戦った時の神器は、まったく力を出せていなかったのがわかるほどです。

 ただ――それでも、ロモロ様はどうにかしたような気がするのはなぜでしょう。


「嬢ちゃん、空の方は任せたぞ!」

「了解!」


 ランチャレオネ公爵様の言葉を受けて、モニカ様は身体の大きく膨らんだコウモリのようなモンスターに向かって跳躍しました。

 その時、モニカ様の父君が慌てたようにモニカ様を見上げます。


「モニカ! そいつを剣で斬るな!」

「えっ!? いきなりそんなこと言われても!」

「蹴っちまえばいい! 剣で斬ったらそいつの中に溜まってる風圧で飛ばされるぞ!」

「それなら!」


 モニカ様は膨らんだコウモリに向かって踵を振り下ろしました。

 コウモリは地面にぶつかり身体が破裂。凄まじい突風が吹きます。

 もし、切り裂いていたらあの風圧がモニカ様を襲ったのかと思うとゾッとしました。


「ありがと、父さん! あっ!」


 無数にいたモンスターたちの一派が、父君に向き、その口を開きます。

 その口から炎が射出されました。

 教師たちの結界はすでにほとんど破られてしまっています。


「デジレ。水の盾を」

「はっ、はい! お爺さま! 水の盾! 〈スクード・アクア〉」

「こちらも――大河の隔たり。〈フルッソ・デル・フィウーメ〉」


 お爺さまの指示に従い、水の盾を展開します。

 お爺さま自身も水の結界を張りました。

 炎はこちらの魔法に当たって霧散。消えていきます。


「デジレ。主人の戦いを見ているだけが従者の役目ではない」

「あ……」

「主人の気持ちを読み取り、邪魔をしないよう援護なさい」

「はいッ!」


 今まで何をしていたのかと恥じ入る。

 モニカ様の動きに見惚れている場合ではない。

 今もまたモニカ様はモンスターたちの間を行ったり来たりしていた。


「糸を張れ、身体を縛れ、此処は水蜘蛛の巣窟也! 〈アクア・ディ・ラグノ〉」


 指から十本の水の糸を射出し、モンスターたちを絡め取っていく。

 縦横無尽に動いていたモンスターたちの動きが明らかに鈍っていった。

 水の糸に触れたものは動けなくなり、触れていない者にも動きの制限を要求する。


「ナイス! デジレ! 愛してる!」


 そして、この水の糸は思わぬ副産物を生んだ。

 モニカ様は水の糸を使って、足場にし始めたのだ。そんなことを私は想定していなかったのに。とんでもないお人だ。

 直線的だったモニカ様の動きがさらに洗練され、複雑なものに変わっていく。

 一瞬の光が迸るたびに、モンスターが絶命し、冥石を落としていった。


「あと少しよ、モニカ! 漏れた連中はこっちで片付けてるから安心して!」

「はいっ! お任せします! テア様!」


 モニカ様が中心となり、テア様の指揮するスパーダルド領の生徒たちやランチャレオネ公爵たちによってモンスターが片付けられていく。


「いやはや……うちの娘はすごいな。俺の想像の遙か上を行きやがる」

「あの娘、どうやってあんなに強くなったのかしら? 学校で教えてもらえば、あんなに強くなるの?」

「いや……我が娘ながら、ありゃ特別だ」


 父君は誇らしげにモニカ様の戦いを眺めていました。

 そこでふと疑問に思ったように、周囲を見渡します。


「ロモロのやつ、どこに行ったんだ?」


 いつの間にかロモロ様はいなくなっていました。

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