神器

 闘技場の中央で王武祭の開始が高らかに宣言された。

 観客席には王族が現れ、皆が一礼する。ここでいちいち傅かないのは王武祭での儀礼らしい。

 いちいち進行を止めないでもよろしい、ということなのだそうだ。


「では、第一試合! ランチャレオネ家が嫡男、ゼークト・ヘル・デ・ランチャレオネ! 対するはファタリタ王立に初めて入った平民、スパーダルド家が後援するロモロです!」


 さっそく名前が読み上げられ、僕は中央へと進む。

 周囲から様々な声が聞こえてくる。


「まだ子供じゃないの」「王武祭に年少が?」「怪我をするだけでは?」「スパーダルドも何を考えているのやら」「これは本戦ではなくエキシビションか?」


 疑問視半分、呆れ半分といったところか。

 入学した歳に王武祭に出た前例はないらしいからね。仕方ない。


「あれがランチャレオネの傑物ね」「相手は死ぬのではないか?」「再起不能は間違いないだろう」「王武祭に出てくるのは初めてだが、高い実力は聞き及んでいるぞ」


 対してヘルの方は有名らしい。

 ヘルは対面から同じように歩いてきていた。

 司会の人は王族観客席の真下へと移動した。巻き込まれないためだろうね。


「久しぶりだな、平民……ロモロだったか。ゲルドが世話になったようだな」

「さて、何のことでしょう」

「隠さねぇでも構わねぇよ。……ここでお前は死ぬからどうでもいい。俺様が絶対に殺す」

「いえ。僕が勝って継承権放棄をしてもらいます」


 以前見た時に比べれば、目は赤くもなかった。充血度合いは薄まっている。

 ただ、やはり支配は切れていないのかもしれない。

 一回、薬草吸引を止めただけで中毒症状がどうにかなるわけもないからね。

 それに彼の本質がこういうものなのかもしれないし。その辺りは付き合いが短いからわからない。


「あいつに何を教わったのか知らんが、すべて無駄になると思え」


 ヘルはそう言って槍を立て、石突きで地面を叩く。

 すると――槍が盛大な赤い炎を纏った。

 さらに背中からもう一本、短槍を持ちだし、その赤い炎に灯す。

 火を分け与えられた短槍は強烈な蒼い焔を吹きだした。


「蒼焔の双覇槍――『コキノネメシス』と『ブレヒュブリス』。ランチャレオネ家が秘宝、槍の神器だ」


 観客席がざわつく。

 神器。僕の魔剣スターゲイザーと似たようなもので、武器そのものに不可思議な力が込められたもののこと。

 二槍という時点で、ゲルドと僕の予想は外れてしまったけど、まさかランチャレオネ家の神器まで持ち出してくるとはね。

 むしろ、彼なりに追い詰められているのか?


「今ならまだ頭下げりゃ命だけは許してやってもいい。今の俺様は気分がいいんでな」

「お断りします。あなたがゲルドに下げるべきです」

「交渉決裂だな。ならば――死ね」


 始め! という合図とほぼ同時に蒼い焔を吹き上げた槍、ブレヒュブリスが突き出される。

 速い!

 咄嗟に避けたが、高熱が頬を炙った。

 さすがにゲルドの突きよりも遥かに速く、お姉ちゃんの突きより洗練されてる。しかも、すでに戻されて次の攻撃に移る準備に入っていた。

 ふたりの上を行くとは思っていたが、さらに認識を改める必要がありそうだ。この人、これで本当に弱くなってるの?


「そらそらそらそら!! ガードも織り交ぜんと、防ぎきれんぞ!!」


 凄まじい連続突きだ。思わず魔法でガードしたくなってしまう。

 だが、それはできない。魔法でガードすること自体は簡単なのだけど、あの神器には厄介な特性がある。


『なら杞憂かもしれんが一応聞いておけ』


 お父さんの言葉を聞いておいてよかった――。



「ランチャレオネ家には二本の魔槍がある。お前の持つスターゲイザーと同じ魔剣だの、神器だの呼称は色々曖昧だが、そう呼ばれる類のものだ」

「……なんでお父さんが、そんなことを?」

「話が長くなるからそれは後にしろ。コキノネメシスとブレヒュブリスと呼ばれる蒼焔の双覇槍。魔溜石から魔力を変換させて、赤い炎と蒼い炎を纏わせる槍でな」


 ブレヒュブリスで青い傲慢で、コキノネメシスは赤い義憤とか、そういう意味だ。

 僕の知識の中では神の名前と出てるけど、そんな名前の神様いなかったような……?

 僕の戸惑いをよそにお父さんの説明は続いた。


「轟々と燃え盛る火に、一点を貫く力のある炎、その熱だけでも脅威なんだが、こいつらには厄介な仕組みがある」

「厄介な仕組み?」

「ブレヒュブリスは空中で軌道を変えられると、その反動制御でコキノネメシス側の出力が上がっちまう。さらに言えばコキノネメシスは所持者の魔力もブーストさせる。つまりコキノネメシスの出力が上がるほど所持者も強くなるんだ」


 つまり――。


「ブレヒュブリスを防いで軌道を変えるな。絶対に避けろ。これが俺に言えるすべてだ」



 ――曰く、こういうことなのだそうだ。


 なぜお父さんが神器について詳しいのか、そこまでは時間がなくて聞けなかったけど。

 何も知らないままだったら、間違いなく僕はこの攻撃をガードしていただろう。


「貴様ッ! なぜガードをしない!」

「教えてもらいましたので」

「ゲルドのやつか!? いや、あいつはこの槍のことなど知らぬはず……!」


 さすがに出典が僕のお父さんとは思うまい。

 ヘルはままならぬ展開にイライラしてきたようだった。


「まあ知っていようと構わん! 貴様の身体からすべての音が聞こえるぞ。まったく攻撃をするつもりがないようなら、こっちが一方的に嬲るだけだ! 槍よ、貫け。無窮の炎、刺し穿て。突き通せ、我が焔槍よ! 〈ランチャ・ヘルフィアンマ〉!」


 魔法による攻撃。中空に炎の槍が出現する。

 さらにコキノネメシスによる長い払い斬り。

 背後、横、どこにも逃げられなかった。


 だけど、これらはガードしても問題ない。

 意思を乗せ、防壁を想像する。僕の周囲を包むドーム状の不可視の壁を展開。

 だけど、このままだと壁は破壊される可能性も高い。


『魔法で作った結界とか壁は必ず基点になる中心がある。そこを攻撃すれば破壊できるんだよ』


 だから、無詠唱で一気に三重に結界を張る。

 それぞれ中心点を変え、一度に破壊されないように。

 当然、壁には風の刃を纏わせ、『攻陣防壁』にした。


「ぐっ!」


 炎の槍は魔法も物理も両方とも弾かれ、火は霧散した。

 風の刃によってコキノネメシスが放つ炎が切り刻まれていく。

 それを嫌ってか、ヘルは距離を離した。風の刃を逃れたコキノネメシスが、再び炎が噴き上がらせる。


「ガキの分際でやるじゃねぇか」

「お褒めの言葉どうも……」

「結界の張り方も申し分ねぇ。だが、お前はまだ習ってないことがあるし、知らないこともある」


 ヘルはコキノネメシスとブレヒュブリスを交差させた。

 赤い焔と蒼い炎が混ざり合い、その炎が闇色に変わっていく。

 背中にゾクゾクとした凄まじく嫌な予感が這い回った。

 スターゲイザーが強い警報を鳴らしている。


「槍と俺自身の魔力を混ぜ、放つ――〈クローチェ・オスクーノ〉!!」


 交差した箇所から闇が生まれ、十字架を形作る。

 その十字が変形して四つの切っ先に変わり、それぞれ僕の身体を狙ってきた。

 一撃で一枚目の結界が破壊される。二撃目で二枚目が。三撃目で三枚目が。

 相手の炎を三つ分消したが、攻陣防壁も完全に消えてしまった。


「基点を狙わなくとも、それを遥かに上回る威力があれば結界など恐るるに足らん! 最強の一撃で死ね! 平民!」


 本来であればこんな簡単に砕ける結界じゃない。

 ただ、ヘル自身の魔力に神器の力もある。それで完全に結界の許容量の上を行かれた。

 最後の黒炎の刃が僕に迫る。


 だけど――こんな時のために、奥の手は残しておくものだ。

 最後の仕上げで指を動かし、


「虚空魔法陣、起動ブート!」


 僕の周囲を光跡で描かれた七つの魔法陣が覆う。

 僕に迫った闇の炎はひとつ目の魔法陣が抑え、その間に別の魔法陣が魔力を打ち込み、無力化していく。

 闇の炎は少しずつ小さくなり、消えていった。

 その様をヘルは呆然とした表情で見送る。


「な、なんだ……? 空中に浮かぶ魔法陣、だと……?」

「名前は友人が考えてくれたものですけど……見ての通り、魔法陣です。ただし、魔法を使って光線で空中に描きました。さらに言えば、この魔法陣は僕の意を汲んで動くように描いてます。言わば、僕の分身のようなものです。できることは限られますが」

「………」

「さて、そろそろ反撃といきましょう」


 お姉ちゃんとの模擬戦でも使って一泡吹かせることのできた虚空魔法陣。

 以前、授業中に指で光の魔法陣を描いてからずっと考えていたことがあった。

 本来、魔法陣は地面や壁、あるいは物にしか描くことができない。でも、たまたま無詠唱で作り出した光で魔法陣を描いたらちゃんと発動した。

 魔法陣は魔力の通るラインさえ通れば使える。

 それをバレないように少しずつ虚空に指で描いていったのだ。相手の攻撃を避けながら、少しずつ少しずつ。

 ニンファに見せた時、まるで踊ってるみたい、と言われたけど。


 魔法陣の中身をどう描くか、どこまで詰め込めるか。

 自分で色々考えていたけど魔法陣について勉強している時に、リュディやデメトリアには魔法陣でできることを調べてもらい、ニンファには魔法陣に詰めた挙動を整理してまとめてもらった。

 おかげでこの魔法陣は僕の意を汲むように動き、簡単な魔法なら放つことができる。


「魔法陣なんて壊せばいいだろうがよ!」


 ヘルが魔法陣を破壊しようと、ブレヒュブリスで突いてくる。

 だけど、魔法陣はそれを避けた。こっちの意思で魔法陣を動かせるのだから、まともに受ける必要もない。

 そして、反撃するかのように魔法を撃ち出す。こちらは氷の槍だ。


 七つの魔法陣から次々と射出された氷の槍がヘルを襲う。

 ヘルは二つの槍で溶かし、弾き返すが、それでもすべてを捌くには至らない。

 幾つか身体を掠めていった。


「チッ。だが、この程度なら――」

「では、もっと増やしましょう」


 ヘルが避けている間に、三つの虚空魔法陣をすでに描き上げた。

 魔法陣から射出される氷の槍をさらに増やしていく。

 動きを緩慢にさせないように自分にもどう動くかわからないように乱数を加えて四方へと奔らせる。


「ぐおッ! な、なん――」


 魔法陣、さらに四つ追加。

 槍の数は起動から倍になった。

 ヘルも全方位から襲ってくる無数の魔法はさすがに防げない。


「クソがッ。〈クローチェ・オスクーノ〉――」


 魔力の混合が間に合わず、闇の炎の十字は生成されない。

 氷の槍はヘルの身体を貫くことこそなかったが、その衝撃を受け止めきれず――。

 ついに彼は倒れ伏し、二槍も手から落ちて地面に転がり、纏った炎を消していく。


「勝者、ロモロ!」


 進行役が僕の勝利を大きな声で宣言した。

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