王武祭開催

 王武祭は基本的にはお祭りの体裁を取っており、この日は学校の外から多くの関係者たちがやってくる。

 僕らの街でやるようなお祭りとは違って学校中の飾り付けなどは行わないが、王武祭の会場だけは別で、紋章の描かれた旗やら壁掛けが飾られて、厳かな雰囲気になっていた。


 校舎からは馬車で移動しなければならないほど遠い。

 存在は知っていたが、僕も会場に入るのは初めてで、ここは元々王城だったらしいことを知った。

 だから、そこかしこに古い建築様式が見て取れるし、長い年月を経てきたことが見て取れる。

 そんな曰く付きの会場を今、僕はニコーラと下見中だ。


「ここが観客席になるんだ」

「はい。見下ろしている中央が戦いの場となります。言ってしまえば闘技場ですな」


 下を見下ろす。

 三メトルほど下に、四方が三十メトルの場がある。

 武器を使うのでも、魔法を使うのでも、充分な広さだ。


「観客席は各エリアに教師がつき、結界を扱いますが、意図的であろうとなんであろうと観客席側に魔法を放つことは反則です。魔法を意図的に観客席へと弾いた場合は弾いた者の反則負けとなります」

「わざわざ観客席に放つなんてことあったの?」

「気に食わぬ者を亡き者にしようとした事件は私の若い頃にありましたからな」


 最近、ニコーラが暴れた話といい、若い頃にあった物騒な話をよく聞いている気がする。

 もしかして、その時代は治安が悪かったのかな……。

 なんだか怖くて聞けないけど。


「なんにせよ、よほどの魔法でなければ観客が傷付くこともありません」

「あの一段高い位置にある席が王族専用?」

「ええ。元々この城が破棄された時の王は少々……色々問題のある方だったようでしてな。この闘技場で飢えた獣を奴隷や犯罪者と戦わせて、それをあそこで見守っていたのだとか。遥か昔の話ですがね」


 なんというか権勢ここに極まれりって感じの悪趣味だな。お酒で池とか肉で林とか作ってそう。

 そう言えば、その年代の歴史についてはまだ学んでいない。

 その時期の王権をどう説明しているのか。そこまでの権勢を持ってるなら、王権は強かった気がする。そもそも勉強で触れるのかどうかはわからないが。


「何にせよ、存分に戦ってくださいませ。私はここでテアロミーナ様と共に見守っておりますので。テアロミーナ様は現在、不慮の事故に備えて指揮を執っておりますが、ロモロ様やモニカ様が戦う頃には観客席に待機しているでしょう」

「うん。結局、王武祭は僕含めて八人参加だったよね?」

「はい。ヘル様やモニカ様も入りますな。トーナメント形式でございます」


 幸いなことに、僕は初戦でヘルと戦うことになっていた。

 そこで勝てば次は順当に勝ち上がってくるだろうお姉ちゃんと戦うことになる。


 とはいえ、今回の僕の目的は優勝することじゃない。

 ヘルを負かして、継承権を取り上げることだ。

 継承権の放棄など生徒の口約束でできるかどうかはかなり疑問だが、今後の牽制にはなると思う。


「そう言えばヘルはあの後、どうなったの?」

「彼はしばらく医療を受けた後、復帰したとのことですな。あれから例の場所に行ったという話も聞いておりません」

「キャナビスで支配されてたとか、そういう話は?」

「彼自身が無言を貫いているのでわからないとのことです。テアロミーナ様もランチャレオネとは交渉をしているのですが……」


 第二王子も絡むかもしれない話だから黙っているのか。

 あるいはもっと別の何かがあるのか。

 どちらにしろ、今日戦わないと何も始まらないってことか。


「ロモロ」

「リナルド様?」


 観客席にリナルド様が従者ひとりと共にやってきた。


「本当に出場するとはな。期待しているぞ、ロモロ」

「はい、頑張ります。わざわざ、それを言いに来てくれたんですか?」

「腐っても王族だからな。私は王族専用の席に行く必要がある。今でなければ声もかけられない。王族として一個人を贔屓するのも問題なんだが、それでも友人は応援したい」

「ありがとうございます」

「……お主がビアージョから助けてくれたこと、手を貸してくれること、すべてに感謝している。健闘を祈っているぞ」


 そして、リナルド様は激励するように僕の肩をぽんぽんと叩いてから、観客席から去っていった。

 少し顔が赤かった気がするけど、照れていたのだろうか。


「憑き物が落ちたようでしたな」

「そうだね。ビアージョの計画と決別したからかな」

「まだビアージョ自身は捕まっておりませんが、奸臣を排除できたのはいいことでしょう。ロモロ様のお手柄ですな」

「僕のお手柄ってよりはこの短剣のおかげだけどね」


 スターゲイザーがなければ、何もわからないままだったからね。


「確かに物は使いようですが、貴方様の意思があってこそ救えたのですから、ご謙遜なさいますな」

「はは、ありがとう」

「それとビアージョの件とは別ですが、ロモロ様が提言した影の樹海での探し物も幾つか見つかっております。すべてではありませんが」

「全部が見つかればいいんだけど、それは望み薄かな」

「もう少し時間があればよかったのですが。とはいえ、最悪の事態は避けなければなりませんからな」


 そんなことを話しているうちに、少しずつ観客席に人が増えていく。

 生徒たちやその親御さんが多かった。

 貴族だけあってみんな煌びやかだ。


「緊張はしてないみたいですわね」

「君はあんまり慌てたところを見せないよね」

「………………」


 観客席に入ってきて話しかけてきたのは教室の友人たち――デメトリアとリュディとニンファたちだ。

 ニンファは借りてきた猫のようにキョロキョロとしている。警戒心がいつもよりも強めだ。


「ニンファ様、両親が来なくとも堂々としてくださいまし」

「あ、う……。人、多い……」

「珍しく外行って王武祭を見たいって言ったのはニンファ様ですからね」

「うう……」


 どうやら結構無理しているらしい。

 だけど、ニンファは重力に逆らうようにゆっくりと顔を上げた。


「が、がん、ばって……ね……」

「ニンファ様もこう言ってますから、頑張りなさいな。怪我だけはしないようにね」

「ボクらは観客席で見させてもらうけど、面白い試合、期待してるよ」

「三人とも応援ありがとう。それに切り札ができたのも、みんなで色々試行錯誤した結果だよ」


 すると、デメトリアとリュディは揃ってニンファを見る。


「アレはニンファ嬢の知識のおかげだろう」

「まあ、そうですわね。わたくしはあまり役に立てませんでしたし」

「そ、そそそ……そんな、こと……」


 ニンファは謙遜するが、お姉ちゃんに一泡吹かせることができたのはその知識と発想のおかげだ。

 そんな話をしていると、スパーダルドの寮でもよく見る人が僕らに近づいてきた。


「ニコーラ殿。そろそろ到着するとのことでございます」

「おっと。予定よりも随分と早い時間ですな。ロモロ様。参りましょう」


 席を取りに行くというデメトリアたちと別れ、僕はニコーラと一緒に学校の馬車待機場まで戻ってくる。

 そこには馬車から降りてきたお父さんとお母さんがいた。お母さんは手にネルケを抱いている。

 春に街を出発した時以来だった。何とも言えない懐かしさが込み上げてくる。


「おー。ロモロ、久しぶりだな。そんなに経ってないのに大きくなったな」

「ロモロ! ああ、よかった……」

「お父さん、お母さん。ネルケも。来てくれたんだね」

「そりゃ、息子と娘の晴れ舞台だ。来ないわけにはいかんだろう」

「ああ……。ロモロ、今からでも棄権しなさい? 戦うなんて絶対危ないから」

「マーラ。ロモロは覚悟を決めて戦うんだぞ。それは野暮ってものだ。むしろ、叩きのめせくらい言ってやれ」

「何言ってるの! 怪我だってするでしょうし……。死者が出る可能性だってあるんでしょう?」


 お父さんとお母さんが馬車から降りるなり、言い争いをしている。

 お父さんはともかく、お母さんには不必要に心配をかけてしまっているのかもしれない。

 すると、そこにニコーラが割って入った。


「小さな怪我は負うかもしれません。しかし、死ぬことはありません。スパーダルドが全力を持ってお守り致します。ご安心を」

「あなたは?」

「私としたことが申し遅れました。ロモロ様の侍従、ニコーラ・オルシーニでございます。以後、お見知りおきを。身の回りの世話や訓練の補佐を担当しております」

「ああ、ロモロが手紙で言っていた完璧な人……」

「おや、ロモロ様。手紙にそのようなことを?」

「事実だと思うんだけど」

「私如きが完璧など申すことはできません。ロモロ様の方が相応しいでしょう」

「とにかく、そのニコーラが大丈夫って言ってるから大丈夫だよ」

「お願いだからわたしの心臓に優しくしてちょうだいね……。心臓が止まるのだけはやめてね……?」


 お母さんはまだ心配そうだ。

 まあ、そもそも僕の戦ってるところや魔法を使ってるところも見たことないしね。

 そんな中でもネルケはじーっと僕を見るだけだ。覚えてくれてるんだろうか。


「それにしても、お父さんもお母さんもいい服着てるね。ネルケまで」

「ああ。ヴァリオのやつに貸してもらったんだ。着の身着のままで行こうとしたら、呆れられちまったよ。ハンター時代以来だぜ。『馬鹿ですか、あなたは』とか言われちまったのは」


 そりゃそうだろうな。平民の服を着てたら明らかに浮く。

 ヴァリオさん、心の底からありがとう。


「生徒の親だけしか招待されないらしいから、自分の分も応援頼むってよ。で、どうだ。勝てるのか?」

「そりゃ勝つよ。そのために訓練をしてきたんだし」

「自信はあるようだな。ふむ……。ニコーラさんだったか、ちょっと聞いていいか?」

「何なりと」

「ロモロの手紙に書いてあったが、この王武祭ってのは武器も魔法もなんでもありなんだよな。武器も何でもありなのか?」

「はい。形状、素材等々、制限はございません」

「なるほど……」


 珍しくお父さんが真面目な顔をしている。

 鍛冶をしている時でしか見たことがない。仕事をしてる時の目だ。


「ロモロ。対戦相手のヘルってのは、ランチャレオネって家の人間だったな?」

「うん。その長男だけど。おかげさまで初戦で目的の人と戦えるようになったんだ」

「……なら杞憂かもしれんが一応聞いておけ」


 何やら大事な話らしいけど……聞くまでは何の話か見当もつかなかった。

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