閑話:ビアージョ

 ビアージョ。

 正式な名は、ビアージョ・デ・パッツィ。パッツィ子爵の次男である。

 パッツィ子爵はランチャレオネ領の北部の一部を任されており、敵国であるテソーロとも領地を接している。

 接している領地は、テソーロ貴族のスヴェルケル子爵領という。


 パッツィ子爵領もスヴェルケル子爵領も豊かな土地ではない。

 そんな中で最前線として戦争を何度も起こされて、土地は一向に豊かにならず、疲弊するだけだった

 そのため国同士が対立する中で、当時のパッツィ子爵は考えた。

 スヴェルケル子爵と裏で手を結び、戦争となってもお互いに手心を加えよう、と。


 同じ考えを持っていたスヴェルケル子爵はその提案に乗り、敵同士でありながら二家は密かに繋がった。

 戦争が起こっても敵対する振りをして適当に戦闘を起こし、破壊行為を避け、相手の家で何か起こった時には支援もする。

 運命共同体となり、戦争を「やらせ」で乗り切っているのだ。

 犠牲者を誤魔化すために、お互いの土地に収監していた犯罪者を判別できないほど痛めつけてから殺して送りつけたりもしている。


 しかし、こんな秘密を何の保証もなく続けられるわけがないし、口約束では心許ない。

 そのため、パッツィ子爵とスヴェルケル子爵はお互いに人質を出すことにした。

 互いの次男を交換して裏切ることのないよう相互監視しつつ、万一長男が死亡した時は返還して引き継げるようにと。

 これはパッツィ子爵家とスヴェルケル子爵家の中でも当事者を含むごく一部のみが知っている。


 そして、ビアージョはその人質であり、元々はスヴェルケル子爵家の次男だ。

 本当の名前はペッテル・スヴェルケルという。


 それに文句があるわけでもなかった。物心ついた頃からパッツィ子爵家で過ごし、虐待をされているわけでもない。

 だが、テソーロに現れたという客将――アルベルテュスという者が来た時、パッツィ子爵家の運命は決められてしまった。


「テソーロ王国は近く、ファタリタ王国に侵攻し併呑します」


 初めてその話を聞いた時は、何を言ってるんだ、夢物語だと思っていた。

 ビアージョも馬鹿ではない。テソーロとファタリタに大きな国力差はなく、局地的な勝利による一部領地の奪取ならまだしも併呑など不可能だ。


 だが、それもアルベルテュスの出した魔法陣が発動するのを見せられて、大きく揺らいだ。

 目の前でただの猫が凶悪なモンスターになる様を目にした時、ビアージョは子供のようにひどく興奮した。


「獣をモンスターに変化させ、ファタリタ侵攻への足掛かりとするのです」


 そして、スヴェルケル家を通じてファタリタ王国を裏切ることを提案される。

 パッツィ家に選択肢はなかった。

 断ればパッツィ家とスヴェルケル家の秘密の盟約を明かす、と言われてはどうしようもない。


 どこで知ったのかは定かではなかったが、事実が明かされれば両家とも破滅だ。

 パッツィ家は爵位を与えてくれた懇意のランチャレオネ公爵家にすべてを明かしてどうにかしようとも考えたが、すでにパッツィ家は魔法陣に魅せられていた。

 もちろんビアージョも……。


 ビアージョは元々、両家の秘密の盟約を快く思っていなかった。

 領地の疲弊を避けるといえば聞こえはいいが、それで領地が発展しているわけでもない。向上心もなく、ただただ漫然としており、変化もない。

 若くして第二王子の側近として選ばれた自分に自負を持っており、そんな消極的な両家に嫌気が差していたのだ。

 そして、何も考えずにたびたびスヴェルケルを攻めろと無遠慮に言ってくる他の貴族どもも、それを抑えられない情けない王族どもにも――。

 これは自分の天命である。

 そう思うほどだった。


「ビアージョ殿にはその発端を開いていただきたい。王族たちを亡き者にしておけば、ファタリタ併合も楽に済むでしょう」

「では第二王子について、その魔法陣を?」

「いえ。第二王子とはすでに密約を交わしておりますので、必要はありません。むしろ、別の方についてください」


 それからどういう密約があったのかは不明だが、ビアージョは第六王子リナルドの侍従となる。

 このことが、また王族への憎悪を募らせた。

 リナルドが半分平民であることは、貴族階級では周知の事実。

 誇り高い貴族である自分が、なぜ穢れた平民の血が入った紛い物の欠地王子などを補佐しなければならないのかと。そもそもなぜそんな平民との子を産んだのかと。


 だが、ビアージョはそんなことをおくびにも出さず、淡々とリナルドを籠絡した。

 王族に対して恨みを持っているのはすぐにわかった。

 そこにつけ込めば簡単なことだった。

 ガキを騙すほど簡単なものはない。そう思った。


 少しずつリナルドの心を闇に染め、魔法陣がどういうものかも聞かせず、王族暗殺計画に荷担させる。

 学校に入学してから王族しか入れない図書館の地下を使って、魔法陣をゆっくりと描いていった。

 念のために逃走用の経路も作成した。


 そして、ファタリタ侵攻前に行う王族暗殺計画は、学校で執り行われる王武祭にて王が観戦に来るということで早まった。

 これで王も含めて王族の無能どもを大部分が始末できる。

 王族暗殺をこなせばテソーロでの地位は安泰。子爵から侯爵も夢ではない。公爵まであるかもしれない。

 ビアージョは内心でほくそ笑んでいた。


 リナルドに冷水を浴びせられるまでは。


「くどい。私は……約束したのだ。友と。真っ当なやり方で領地を得て、成り上がると。中止だ、ビアージョ。これまで無様に悩んでズルズルと続けてしまったが、私の心は固まった。もうよい。この魔法陣を消せ」


 計画に狂いが生じた瞬間だった。

 元々はこの王族暗殺の首謀者をリナルドにする予定となっている。

 すでに準備は整っていた。ここで魔法陣を描いたのは、犯人をリナルドにするための証拠捏造でしかない。

 だが、ここでリナルドに翻意されてしまってはすべてが狂う。


 ならば誘拐をするしかない。

 ここに入れるのは王族に限られる。魔法陣があれば、これを描いたのがリナルドであると判断されるだろう。

 暗殺計画が終わるまで行方不明になってもらえば、それでよかった。


 ところが思いの外強い抵抗をされて、手元が狂い致命傷を負わせてしまった。

 リナルド誘拐からリナルド殺害へと目的を改める。暗殺計画まで姿を見せず、容疑者にさえなればそれでいい。

 しかし、ここでビアージョにとって最も不可解なことが起こった。


「お姉ちゃん、こっち!」

「オッケー!」

「なっ……誰だ、貴様ら!?」


 リナルドを助けに来る者たちがいた。

 ひとりは覚えがある。

 平民、ロモロだ。

 リナルドに気に入られた、スパーダルドが後見している生徒。

 そして、リナルドが翻意する原因となった者だ。


 もうひとりは女だったが、どうやらロモロの姉らしい。

 なぜここがわかったのか。まるでこちらが何をしているのかすら見透かされているようだった。


 だが、来たのはふたりだけでスパーダルドの人間はいない。

 予定外ではあったが、平民如きに負けるわけがないと自負していた。このまま三人全員殺せば何も問題はない。


 だが――負けた。


 いともあっさりと。自分のプライドが折れるくらいに敵わなかった。

 リナルドのように下賤の血が半分どころではない。すべてが下賤の血の平民に手も足も出なかった。しかも、こちらを殺さないように手加減をされていたのもわかった。


 ビアージョは惨めに奥の手を使って逃げる。

 幸い、この場から離れるためのラインは繋がっていた。


 魔法を使って逃走し、ビアージョは視界が森の中であることを確認する。

 逃走自体は成功した。そもそもここはあの地下から遠く離れた場所だ。追いつけるはずもないし、こちらの位置がわかるはずもない。


 しかし、傷付けられた身体がひどく痛む。

 これまで一方的に傷付けることがあっても、傷付けられたことなどなかった。

 へし折れたプライドが心を痛めつける。どう言い繕っても、負けとしか言いようのない実力差が現実逃避すら許さない。


「クソッ!! あの平民ども!!」


 木を殴り付けて悪態をついても心は晴れなかった。

 徐々にビアージョの表情が悪意に歪んでいく。


「あのガキ……確か王武祭に出るんだったな……」


 彼は森の中で叫ぶ。


「必ず殺してやる。無能な王族どもと一緒に! 真の暗殺計画はまだ生きているのだからな!」


 そんな声が高らかに響き渡った。

 それを聞く者は誰もおらず。

 暗殺計画の歯車は狂いながらも密かに回り始めた。

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