閑話:ベルタ視点
私の名前はベルタ・ボルゲーゼ。スパーダルドの領主様が長女、テア様――テアロミーナ様と親しい者だけが私的な場だけで呼べる愛称です――の侍女長を務めております。テア様とは幼少の頃からのお付き合いになりますね。
テア様は幼少期、貴族とは思えないほど御転婆で活発でした。何度も手を焼いたものです。
ですが、少しずつマナーを身に付けつつあり、ようやく貴族らしくなってきたと思います。私まで怒られていたのは、今ではいい思い出ですね。
齢十八歳にして戦場での名声の方が高いというのは、些か気になるところではありますが、それでも誇らしい主人です。
ですが、そんなテア様にはひとつ、困った課題がございます。
領主であるヴォルフ様もどうしたものかと、頭を悩ませているご様子。
それは――夫のなり手がいないということです。
婿入りする、あるいは嫁入りする……そういう問題ではなく、相手がいないのです。
政略的に結婚する相手もおりません。相応しい相手がいないという方が正しいかもしれませんね。
ヴォルフ様も「もういいから、誰か連れて来い」と、匙を投げてしまいました。
スパーダルド州は、国内では王領を除けば、最も広く最も栄えている州です。
先代が合法的とはいえ幾つか周辺の州を併合し、さらに巨大化したことで他の州の領主たちから妬まれております。直接的に非難してくる者はおりませんが、嫌がらせは日常茶飯事です。
なので、あまりあからさまな政略結婚を行うと、火に油を注ぐ結果となりかねません。そもそもヴォルフ様の妹君が現在の正妃ですし。これ以上の力を付けすぎると、王の権力を凌ぎ、反逆を企てていると諌言され、それを事実だと誤解されかねないのです。何事もバランスが大事なのですね。
そんな理由がありますので、ヴォルフ様もそこまで政略結婚に乗り気ではないのでしょう。
それが三年ほど前のこと。
テア様にいい人は見つかっておりません。
もはや相手は犯罪者でなければ誰でもいい――冗談かとは思いますが――とまでヴォルフ様には言付かっているのですが、テア様の方にも問題がありました。
「私よりも強い相手でなければお付き合いなどする気になれません」
いるわけないでしょう、と主人に指摘を入れたくなったのをグッと飲み込みました。
何しろ、テア様はお強いのです。
今から五年前。御年十三歳になられた時、女性だてらに軍に紛れ込み、
「弱い弱い弱すぎる! あははははははははは!!」
と高らかに哄笑しながら、盗賊たちの首級が十も数えられたというのですから、軟弱な貴族では相手になどなりません。
「私の歳の数だけ首を取ってきたわよ!! それ以上取ったらマナー違反って話だし!」
どこか遠い国の儀式の話か何かでしょうか?
要するに、もっと首を取れたのだと言いたかったのでしょうけど……これにはヴォルフ様も、領主としてさすがに頭を抱えたようですね。
テア様よりもお強いのは、王都で王の師団を受け持つ四元帥ぐらいではないでしょうか。全員、おじさまですね。個人的には素敵な方たちではあると思うのですけど。
ただ、四元帥の方たちも爵位を持つ貴族です。やはりここと結ぶのは危険でしょう。
さらに言えば、
「お父様に望まれてもいない結婚な上に、相手が中年だなんて絶対嫌よ!」
とのことでテア様の御要望は、ほぼ同年代で自分よりも強い方。
もう一度言いますが、いるわけないでしょう。
ですが、その状況も、一時大きく変化致しました。
それは魔族領との隣接です。
二年前に魔族領と接したことで、領内のさらなる強化が急務となりました。
何しろ我がスパーダルド州は、その最前線です。遙か昔、今のように一年に一度、魔族領と接していた時から戦い続けています。
魔族を防ぐための砦を作ったのは、誰であろうスパーダルドの初代様です。
これで政略結婚を正当化する理由ができました。
再びテア様の婿捜しが始まったのですが、もはや後の祭りでした。主立った男性はだいたい断ってしまった後なのです。断って舌の根も乾かぬうちに……というのこともあり、なかなか踏み出せません。第一希望が強い男性ですしね。
どんどん婚期が遠ざかっているお可哀想なテア様なのです。
あ、わたくしは許嫁がおりますので。まだ結婚はしてませんが。
そんなある日。今から数日ほど前のことです。
領内で次々と子供たちが失踪しているという報告が飛び込んできました。
冬のこの時期に、子供たちが失踪するというのは、こう言っては不謹慎なのですが、この季節の風物詩でもあります。
冬に子供たちを攫うのは、隣の州に逃げ込み、追跡を困難にするためです。雪が積もれば、追跡のための痕跡も消えてしまいますから。
それからようやく決定的な情報を入手し、追いかけてきたわけですが……どうやら無事に解決していたようでして。
と言っても、私たちは侍女。戦闘はできません。何が起こったのかを知る立場にはなく、噂話を聞く程度です。
現在は館を魔法で作り上げ、子供たちに食事を与え、子供たちの寝所を整えて、ようやく人心地ついたところです。
もう少ししたら、テア様もお休みになり、私たちもお役御免となるでしょう。
警護は護衛の役目で、私たちの仕事ではございませんし。
最後のお仕事であるお着替えのために、テア様の部屋に向かいます。
「ベルタ。着替えはまだいいです。それよりも、ついに見つけたわ!」
「何をでしょう?」
「いい人よ。あの人なら、私、お付き合いしたいわ!」
「え!?」
思わずといったように出た声が自分でも意外すぎて、咄嗟に口を塞ぎます。
ですが、テア様は気分を悪くした様子もありません。
むしろ、初めての恋に浮き足立つ乙女のようでした。
そう言えば、先ほど窺いましたその噂話……。
子供を乗せている馬車が突然、破壊され、放り出されたと思ったら、魔法を使って無事に子供たちを着地させたと。
さらに盗賊たちを地面を隆起させ、捕らえたと言います。
子供たちの話は脚色はあれど、どれもほぼ統一性があり、事実のはずです。口裏を合わせることは難しいでしょう。する意味もありません。
そして、その子供たちを救ったのは、どうやら流浪の旅人であるらしいのです。
もしや、その旅人に一目惚れしたのでしょうか!? これは大事件です!
「ああ、寂しい客間に通してしまったけど、嫌な気分になってたりしないかしら……」
「ここに滞在しているのですか!?」
「ええ。無理言って寝るのを待ってもらったの。もう少し話をしてみたかったから」
テア様をここまで虜にするとは……。
こうしてはいられません。
「それでしたら、テア様。お着替えを致しましょう。今のお姿はまだ戦闘用の服ですから、女性らしい服に着替えた方がよろしいかと」
「そ、そうね。ベルタ。そういうのわかりませんから、任せて構わないかしら?」
「もちろんでございます」
テア様は大層美人なのですが、飾りっ気のない質素で質実な服を好みます。
こちらとしてはもっと可愛らしくなってほしいので、今回の提案は渡りに船です。
ふたりほど侍女を呼び立て、すぐにテア様の着替えを完成させます。
侍女はいついかなる時も主人のご満足をいただけるよう、常に用意周到に準備しておくものです。
たとえ、それが無駄に終わることの方が多くても。
いざという時のための歳相応の服を持ってきておいてよかったです。
「おかしくないかしら?」
「いえ。よくお似合いですよ。お待ちの方も、目を奪われることでしょう」
「ああ、待たせてしまったわね。早く行かないと疲れて眠ってしまうかもしれませんわ」
さすがに領主の長女を前に寝る相手がいるとは思えませんが……という言葉を飲み込み、私は予め準備をさせておいたお茶と、それを乗せたカートを押して一足先に客間へと向かいます。
そして、念のために扉の隙間から客間を覗き込みました。テア様が騙されている可能性もありますし、他に不埒な者が入ってきていないとも限りませんから。
さて、テア様のお眼鏡に適った男性は……。
子供しかいません。
……誘拐されてきた子供が入り込んできてしまったのでしょうか?
ですが、他に人がいませんね。
待ちきれずに部屋を出てしまった……というのは、考えづらいのですが。
そうしていると、テア様が優雅に歩いてきました。
「テア様。子供しかおりませんが」
「いいのよ、それで。あなたは何を言っているの?」
「え……?」
「名前はロモロと言うんだそうよ。私、一目で心を奪われてしまいました」
一瞬、呆けてしまいましたが、指摘せざるを得ません。
「お付き合いしたいって仰ってましたよね?」
「ええ、もちろん」
「どう見ても、八歳ぐらいのお子さんにしか見えませんが……」
「可愛らしいでしょう? 見てるだけで愛しくなってくるでしょう!? もう、私、心を抑えることができません。今すぐ結婚したい……」
大丈夫ですか? という言葉を咄嗟に飲み込みました。危ない。テア様とは付き合いの長い間柄ですが、一線を越えればさすがに怒られるでしょう。
ですが、この目は本気です。本気で年端もいかない少年に恋しています。
自分よりも強くなければ嫌だという条件は、どこに行ったんでしょう? 時の彼方に消え去ってしまったんでしょうか?
かといって、それを私の立場上、面と向かって駄目だとか言うこともできませんし、私はただただついていくのみです。
平民の子のようですから、いくら何でも結婚はできないと思うのですけど……。
でも、あの知的そうな瞳と母性本能をくすぐる容姿は、テア様ではありませんが、少々クラリと来るものがあるのは認めます。
平民でもあのような可愛らしい子がいるのですね。テア様のお古を着せて差し上げたら、さぞ似合うと思います。
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