お偉い貴族の女性
聞こえてくる蹄の音は非常に多い。村に入り、雪を踏みならしながら近づいてくる。
その馬と騎手たちはすぐ僕らの目に見えるほどになった。
乗っている人は……騎士の佇まいだ。鎧を着込み、剣を引っ提げている。五十名はいるだろうか。
それに馬も非常に体格がよく、僕らが見るような農耕馬とは種類が違う。
「よいしょ……っと。いいわよ、別に。手を貸さなくても。小うるさい侍女たちがいるわけでもないんだから。後から来るでしょうけど」
最も偉い人であろう女性が馬を下り、僕たちに近づいてくる。
彼女の乗っていた馬も、着ている鎧も、腰に下げている剣も一層鮮やかなものだ。
派手でもなく華美でもなく、機能美と壮麗さを一体化させたようだった。
女性自身も実に綺麗で、おそらくかなり高い位の貴族なのだろう。
もし、戦場に女神というものが降臨したら、このような姿なのではないだろうか。
気高い雰囲気と、儚い尊さを感じ取れる。
子供たちは揃って僕の後ろに隠れてしまった。何人かが僕の背中の裾や袖を引っ張ってくる。
僕にできることはそんなにないんだけど……でも、この人に害意はなさそうだ。
表情が非常に柔らかく、慈愛に満ちている。
「………」
その女性は僕を見て、動きを止めた。
信じられないものを見たような、探し求めていたものが見つかったような、そんな感情が半々ぐらいに入り交じった表情。
どうしたんだろうか。
「どうかなさいましたか?」
「はっ! ……コホン。いえ、少々、見回していただけです」
隣に立つ護衛らしき人が指摘すると、その女性はハッと顔を上げた。
見渡しているどころか、僕に視線が一点集中だったような……。
でも、相手は貴族だ。失礼があってはならない。
ひとまず様子を窺いつつ、静かにしていよう。確か貴族は、相手から話しかけられない限り、立場が下の人間は話してはならない決まりがあったはず。
他領だと顔を伏せる必要があるはずけど、僕らの領地にはそれがないから、ひとまずは今のままでいいはずだ。
「あなたたち、もしかして攫われたという子供たちですか?」
「そうです。とある方に助けていただきまして、ここまで歩いてきました」
「大変だったわね。私たちは報告を受けて、助けに来たの。もう安心よ。総員、ひとりずつ子供たちの確認を取りなさい。絶対に怖がらせないよう、細心の注意を払うこと。泣かせたら報奨なしよ」
「はっ!」
兵士たちがそれぞれ子供たちに向かって目線を合わせるようにかがみ込み、名前を聞いていた。
それから速やかに確認と保護が行われていく。
「州都ペルーヴァの一名、衰弱気味でしたので、白湯を与えております」「アヴァーラの二名、確認が取れました。こちらも衰弱しております」「ヴィトーネ、各区画一名計三名、問題ありません」「ポルティノの八名、全員の無事を確認」「アスティラ五名、無事です」「バグナイア、西地区の四名、問題ないようです」
名前の確認が取れると、ひとりひとりが再び集められた。
……聞きたいことがあるけど、貴族に自分から話しかけられないのが地味に辛い。
「少しだけ待っててくださいね。さすがにこの村に、これだけの人数が泊まれる場所はありませんし、作らないといけませんから」
「か、感謝します……」
作る? どういうことだろうか。
しかし、女性は僕の戸惑いに気付くことなく、少しだけ顔を近づけてくる。
「そ、そ、そ、そ……それで、君の名前は? 別に下心があって聞いてるんじゃないのよ? 確認のために必要なのよ?」
怖がらせないためだろうか。妙に言葉が上擦っている気がした。
そんな配慮に感謝しつつ、僕は自己紹介をする。
「ロモロです。父はアーロン。母はマーラ。夕方の鐘が鳴る少し前に捕まって馬車に押し込まれました」
「そう。ロモロ、ね。うん、しっかり覚えたわ。……ロモロは確か被害者のリストにあったわね?」
「ええと……はい。ありました。バグナイアの街、東地区の子供ですね。確か我々を止めた少女が伝えてきた名前です」
「ああ、あの走る馬の前に出るなんて無茶した子……」
……お姉ちゃんだな、そんなことできるのは。
馬に乗った貴族を止めるなんて二重の意味で危険なことしてるな。貴族の気分を害したら、首が飛ぶじゃ済まないぞ。
「無事でよかったわ。怖かったでしょう」
「……そうですね。非常に怖かったです。ダガーを押し当てられたりもしました」
「まあ、なんてこと! ロモロの綺麗な首に傷を……!?」
「あ、いえ。傷はついていないんですけど」
「途中に土に閉じ込められていた盗賊たちがいたわね。子供たちを傷付けてはいないと言い訳をしていましたが」
「ええ、テアロミーナ様。見たところ、子供たちには傷ひとつありません。衰弱している子はおりましたが、必要な措置を取れば明日にも回復するでしょう」
「奴隷として売り払うのでしたら、傷がないほうがいいというわけでしょうね。慈悲ではないわ」
「そうでしょう」
テアロミーナ。この名前には心当たりがある。
かなり偉い貴族かと思っていたが、それどころではないかもしれない……。
すると、僕の物言いたげな視線に気付いた女性は、すぐに尋ねてくる。
「どうかして? ロモロ」
「あの……もしかして、レジェド・テアロミーナ・デ・スパーダルド様でしょうか?」
「まあ、私を知っているのですか?」
「ご領主様のご家族ですから……」
すると、テアロミーナ様は嬉しそうな声をあげた。
満面の笑みである。
「ロモロに知ってもらっているとは嬉しい限りですわね」
ひとまず気分を害すことがなかったようで何よりだ。
でも、やはりそうだった。レジェド・テアロミーナ・デ・スパーダルド。
ファタリタ王国スパーダルド州を治める領主様のご家族で長女。
そして、お姉ちゃんの歩む歴史においては、最重要人物のひとりと言っても過言じゃない。
お姉ちゃんはこの領主一族の養子となり、家族となるのだから。
テアロミーナ様は戦場において名を馳せる女傑。
『死神の妻ペルセポネー』という異名を持つこととなる。お姉ちゃんが貴族になる少し前に得た二つ名という話だったから、もう少し先の話だけど。
度々、弟たちへの不満を漏らしており、最終的には領主を継いだ長兄を殺害し、その立場を得たという……。
こう言ってはなんだけど、そういう人には見えない。
綺麗で、清楚な人という印象がある。
もっとも貴族なのだから、それだけではないのかもしれない。腹の内までは僕は探れないしね。
「……ようやく来たかしら」
テアロミーナ様がそんなことを呟くと、しばらくして再び蹄の音が聞こえてきた。
僕には全然聞こえなかったのに、すごい耳してるな。
「お待たせ致しました。テアロミーナ様!」
十名の女性たちが下馬し、その前に跪く。
テアロミーナ様が一番前で跪いていた女性を労った。
こちらは騎士という出で立ちではない。むしろ、物語や貴族の従者として時折見るようなメイド服に近い。
ただ、全員が貴族なのか、雰囲気や佇まいに気品があった。
「子供たちの救出が最優先だったもの。むしろ、追いつくのが早かったわね。ベルタ」
「恐れ入ります」
「では、わたしたちの館を村の外に作りなさい。許可はすでに村長から得ています。仔細は任せますわね」
「承知致しました」
子供たちも含めて、ぞろぞろと村の外に移動する。
こういった小さな村は境界があってないようなものだけど、村の家からは百歩は離れていた。
「参ります。全員準備を」
雪の中、十名の女性たちが広い範囲に散らばる。
四人が四隅に立ち、他の六人がそれぞれの辺が均等になるような間隔を取り、バランスよく立っていた。かなり広く、一辺が二十メートル以上はあるだろう。
ひとりがその中央に向かい、持っていた鞄の中から様々なものを置いていく。鉄っぽい素材やガラスのようなもの、大理石等々……。どれも手の平サイズだった。
「開始します、合わせなさい――」
「星に根付く大地 所在なき羊に 広き基点を与えよ 砦の如き強さよ ここに姿を現したまえ――」
「「「星に根付く大地 所在なき羊に 広き基点を与えよ 砦の如き強さよ ここに姿を現したまえ――」」」
「〈ノービレカーザ〉!」
マナが光り始め、詠唱が終わると、女性たちの間を光線が繋いでいった。
魔法だ。つまり、この人たちは召使いのように見えるけど、全員が貴族ということだ。
その光線の中にある土が盛り上がり、真ん中に置かれた鉄やガラスを飲み込んでいく。
土はうねるようにしながら、さらに高くなっていた。
ただの土塊だったものが、脱皮でもするかのように、その中身を露わにする。
豪邸が、目の前に出現した。
三階建てのガラスの窓までついた館が、一瞬とも言うべき時間でできあがってしまったのだ。
寒村の外れにある豪邸はあまりにも場違いに見える。
だが、これは間違いなく魔法でできたものだった。家にはマナが留まっており、崩れる気配がない。固定化でもされているかのように微動だにしなかった。
僕には高度すぎてほとんど理解できなかったけど、魔法が使われた時、マナの流れだけははっきりと感じ取れた。
ここまでのことができることも驚きなのだけど、協力して魔法を使うこともできることにも驚いている。十人の力を使って作り上げられていた。
マブルは魔法の詠唱を無意味と言っていたけど、こうして協力して事に当たる場合は、意思の統一のためにも有用な気がする。
「さ、あなたたち、まだ仕事は終わってないわよ。捕らわれていた子供たちへ負担の少ない食事の用意を。もう時間も遅いから寝るようでしたら、すぐに寝台を整えて差し上げること。必要であれば、温浴も用意なさい」
「わかりました。では、二十分ほど……いえ、十分お待ちくださいませ。行きますわよ」
そうして、後からやってきた女性たちは大急ぎで去っていく。
「あれは私の侍女たちよ。慌ただしいでしょうけど、外も寒いですからね。中に入っておきましょうか」
「過分なご配慮感謝致します」
貴族の人の寛大な配慮に嬉しくなって笑顔を返すと、テアロミーナ様はまた妙に顔を真っ赤にしていた。
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