人攫い

 闇夜の中、積もりそうなほど雪が勢いよく舞っている。

 その中を馬車が必要以上に疾走していた。おそらく積もってしまったら、馬車が立ち往生してしまうからだ。馬がよくても、車輪はどうしようもない。

 そして、急ぐ理由はもうひとつ。追っ手に気付かれるのを防ぐためだろう。


「うああああん!」「ぐすっ……」「家に帰りたいよぉ」「どうしてこんなことに……」


 馬車の中には後ろ手に縛られ、頭に麻袋を被せられた状態の子供たちが並べられている。漏れているすすり泣きや嗚咽は彼らからだ。

 僕自身もそんな状態だから、他の子供たちも同じだろう。声の多さから察するに、だいたい二十人前後というところだ。

 他には誰も乗っていない。僕を攫った人が中にいるかもしれないけど。


 事の発端は、つい一時間ほど前。

 街の外れで魔法の訓練をして、一息吐いて休んでいたところで、突如後ろから羽交い締めにされた。

 即座にやってきた馬車に乗せられ、すぐに後ろ手に縛られ、麻袋を被せられてしまったのだ。

 プロフェッショナルな人攫いだと、他人事のように感心してしまった。


 この国での奴隷は違法ではない。

 だが、ここスパーダルド州を管轄している領主は、奴隷を非推奨としていた。かなり昔からのはずだ。

 しかし、隣の州であるジラッファンナ州は違う。奴隷経済で潤っていて、奴隷の需要が国内で最も高い。

 で、そのことに目を付けたジラッファンナ州の盗賊たちは、僕が住むこの州や南のアシャヴォルペ州に住む人たちを定期的に攫っているのである。

 本で読んだ知識で知っていたけど、まさか自分がその対象になってしまうとは……。


 ただ、こんな状況でもマナは呼び掛けに応えてくれた。

 魔法を使ってすぐどうにかできるんじゃないかという希望が脳内を過る。ヴェネランダさんにあんな状況でマナを通してもらっていた甲斐があったのかもしれない。

 もっともこちらは覚えたての上、向こうは盗賊とはいえ曲がりなりにも荒事のプロフェッショナルだ。実力だって未知数である。

 こちらが魔法を使えたとしても、不意に背後からナイフで刺されれば終わりである。


 とはいえ、この中にいる子供たちを守るには僕がどうにかしなきゃいけない。

 僕と同じように捕らえられてきたのだろう。もしかしたら、僕と同じ街の子供もいるからもしれない。

 みんなを集めてから、ヴェネランダさんが使ったような盾の防壁を展開すれば――。


「おっと、ストップ。何するかわからないけど、やめておきな」


 首に何かが押しつけられる。麻袋を通して伝わってくる感触だから、いまいち判然としないが……。


「ダガーを押しつけてます?」

「正解。物怖じしないな、お嬢さん」


 聞こえてきたのは若い女性のものだった。

 粗野な声だったが、非常に鋭利で微かな殺意を感じる。

 すぐに切る気はないようだが、おかしなことをすれば、その限りではない。そんな意思表示をされているようだった。

 ……それよりお嬢さん? 勘違いしてるのかな。ひとまず乗っておこう。


「それはいいんですけど、なんで『私』だけにこんなことを?」

「オレ、勘だけは鋭くてね。で、嫌な予感がした。それだけだ」

「それだけって……」

「周囲が泣いてる中、お前さんだけが泣いてなかったからな。もしかしたら、何かしら対処する手段があるのかもしれないと思った」

「子供を過大評価しすぎでは?」

「言っただろ。勘だけは鋭いって。こういう時、困ったことにオレの勘っていうのはよく当たるもんだ。生活のために仕方ないとはいえ、こんな仕事で面倒は背負いたくない」

「奇遇ですね。『私』も面倒は避けたい人種です。でも、『私』がどんな対処法を持っているとでも?」

「魔法とかだな」

「『私』は貴族でも、その落胤でもないですよ」

「ま、魔法を使うなら詠唱が始まった時点で喉を裂くけどな」


 一般的に魔法は詠唱によって行われる。故に喉を切り裂けば魔法が使えない。

 それは魔法における常識のはず。街の人も知ってる人は知ってる情報だろう。


 だが、無詠唱でも魔法が使えるということは知らないらしい。

 いざという時のことを考えると、ありがたい情報だった。

 やはり無詠唱は魔法において一般的ではないようだ。


「何しろ、お前さんは依頼主に唯一指名された人間らしいからな。何かあってもおかしくないと思うのは当然だろ」

「唯一指名された?」

「さてな。あいつらが言うにはあの街で条件を満たしてたのがお前さんらしい。オレはあいつらから話を受けて、お前さんを攫っただけだ。あのふたりは誘拐にはてんで向いてないから、オレが実行役ってわけ」


 条件を満たしていた? なんだ、それ……。

 やっぱり、彼らの依頼主とやらに僕の魔法を見られていた? 魔法を使える平民を攫えとでも言われたのだろうか。

 でも、この人は僕を女子と勘違いしている。それが少し引っかかる。

 あの街で魔法を使える女子なんて――お姉ちゃんしかいないわけだが。

 もしかして、お姉ちゃんと間違われて誘拐されていたのだろうか?


 でも、そんな話は聞いていない。僕が盗賊に攫われることも聞いていない。

 お姉ちゃんはそれらしいことを何も言わなかったし。

 どっちが誘拐されていたのだとしても、さすがにお姉ちゃんも忘れないだろう。


 それにしても、お姉ちゃんは僕が攫われたことに気付いているだろうか?

 晩課の鐘で帰ってこないことを疑問には思うだろうけど……攫われたって考えるかなぁ。

 森で迷子になったって結論になって、そのまま森の中の探索になりそうな気がする。


 やはり、この場を解決するには魔法を使うしかない。

 ここで何もできなければ、馬車にぎゅうぎゅう詰めにされている子供たちと一緒に奴隷として売られて終了だろう。誘拐の目的など身代金じゃなければ、それ以外にない。

 最悪、魔法で暴れてしまおうと考え、心に余裕を持たせつつ、どうにか隙を窺う。

 喉元にはまだダガーが軽く触れているけど。


「盗賊さん」

「オレは盗賊じゃねーよ」

「……じゃあ、奴隷商人?」

「それも違うな。出で立ちを見ればわかるだろ」

「見てないんで。すぐ麻袋被せられましたし」

「そういやそうだったな。オレはまあ、あれだ。暗殺者だな」


 暗殺者。要人を誰とも気付かれずに殺害し、闇に葬る。

 吟遊詩人の詩にしか出てこない職業かと思っていた。

 しかし、随分と言い方が軽くて信憑性がない。

 まあ、この状況だと疑ったところで意味はないんだけど。


「はあ……暗殺者……」

「お前さん信じてねーな? 喉、ぶった切るぞ」

「商品に傷が付いたらまずいのでは?」

「……子供のくせにしゃらくせーな、お前さん」

「よく言われます。それでその暗殺者さんがなんで盗賊の、しかも人攫いの真似事を? 『私』が物語で知ってる暗殺者は群れてないんですけど」

「痛いところを突いてくるな。ま、色々と物入りでな。ちとセッテントリオナーレで要人暗殺しまくってたら、味方に危険人物扱いされて指名手配されたんだよ。わかるか? セッテントリオナーレ」

「遙か北にある帝国ですよね」

「そ。そこから逃げてきたんだけど、金を置いてきちまってな。生活するには金がいる。それで人攫いの手伝いと、アフターサービスでこうしてガキのお守りまでしてるわけだ」


 すると、首の感触が消えた。どうもダガーを退けてくれたらしい。

 何もできないと思われたのかもしれない。これなら魔法を使っても、すぐに危害は加えられないだろう。


「本当に物怖じしねーな、お前さん」

「そういうお姉さんも、結構よく喋りますね。守秘義務とかないんですか」

「難しい言葉知ってんねー。別に好きで引き受けたわけでもねーしな。これからガキたちがどうなろうと構わねーけど。こっちの国はお偉いさんたちのガードがなかなか堅くて、暗殺者なんか雇ってくれねーのよ」

「商売あがったりなわけですか」

「ま、そういうことだな。路銀も尽きてきた時に、臑に傷抱えてそうな連中が助っ人を頼みたいとか言ってきたから聞いてみたら実入りのいい話だったんで、ちと主義を曲げて引き受けたわけだ」


 この仕事にあんまり興味はなさそうだ。

 熱意を持ってやっているとも思えない。むしろ、声色には微かに侮蔑的なものも見え隠れしている気がする。

 面倒事が嫌いなら、付け入る隙はあるかもしれない。


「お姉さん。もう報酬はもらってます?」

「なんでそんな話をする?」

「色々と条件は必要ですが、『私』に雇われてくれませんか? 端的に換言すると、裏切ってください」

「ほー。大胆に面白いこと言うね。何をくれるんだい?」


 気紛れか、あるいは暇潰しか。僕の話に暗殺者のお姉さんは釣られてくれる。

 苦し紛れでもいい。話はしておこう。他の盗賊ふたりは御者台のようだし。こっちの話は聞こえない。向こうの話も馬車の音でまともに聞こえてこないし。


「お仕事を紹介します」

「なんだ。お前さん、殺したい相手でもいるのかい? オレは高いぞ」

「まさか。この歳でそんなわけはないでしょう。そもそも仕事は暗殺ではありません」

「……何を紹介しようってんだ」

「各地の情報収集です。暗殺者であれば、城とか警備の厳しい場所に侵入できるわけですよね? ならそこで貴重な情報を集めて来られますよね?」

「……まあ、できなくはないな。お前さんがそんな情報をほしい、と?」

「今の『私』がほしいんじゃありません。知り合いの商人がほしがっています。金払いは保証しますよ」

「………」

「さらに二年後以降、準備が整ったら、できる限り早く今度は『私』が雇います。その時に各地の情報が必要になるのは『私』の方のはずなんで」

「お前さんは何を言ってるんだ……?」

「まあ、色々とあるんですよ。気の長い話になりますし、まだ詳細は明かせないんですけど。この国でうだつの上がらない暗殺者をやるよりも、諜報員をやることをオススメします。依頼料は暗殺一回よりも額は下がると思いますけど、実入りは悪くないと思いますよ。標的に間近まで接近しなくていい分、いざという時の安全性も高まります」

「お前さんの言葉には信憑性がまったくないはずなんだけどな……。嘘だと言い切れないのは、なんでだろうね」


 嘘を吐くなら存在もしない金銀財宝で釣ればいいからね。

 それに嘘じゃない。ヴァリオさんが情報収集のできる人材を捜していたのは事実だ。

 さらに、これから自分自身にとって頼りになる諜報員がほしくなるのも同じく事実。

 僕は平民なのだから、相手の出自や過去になんてこだわっていられない。


「魅力的な申し出ではあるけどね。さすがに、ここに存在しないものを信じるわけにもいかないよ」

「ですよね。そんな気はしました」

「お前さんの手はそれでお終いかい?」

「そうですね。こちらから出せるのはこれぐらいです」

「ま、奴隷になっても平民よりいい暮らしができる場合もある。諦めも肝心だ。ちょいと変態に身体を弄り回されるだけで済むだろうさ」

「何を言ってるのかわかりませんが、できれば遠慮した方がいい気がしてきました」

「……忘れておきな。どっちにしたって、このまま行けば間違いなくお前さんは売られるわけだし、そのうち無理矢理体でわからされる」

「それはやっぱり嫌なので御免被ります。ただ、お姉さん。ここで全員揃って死にたくなかったら……『僕』の提案を受け容れてもらえませんか?」

「え――」


 暗殺者の人が声が届く前に、僕は心の中でマナへの呼びかけを終えていた。

 この一週間、魔法の訓練をした成果をここで出す!


 突如、轟音と共に馬車がバラバラに切り裂かれ、御者台も含めて、馬車に乗っていた人たちが全員、地面に放り出された。

 以前使ったのと同じ、風の魔法を無詠唱で真下にぶっ放したのだ。おそらくマナは光っただろうが、気付いたところで阻止できるはずがない。

 ついでのように僕の後ろ手を縛る縄と被っている麻袋を、風の刃で切り裂いた。

 吹き飛ぶ子供たちを魔法の風で抱くようにどうにか抑えつつ、柔らかく着地させる。

 お姉ちゃんと密かにやっていた魔法訓練は、ほぼほぼ制御に主眼を置いていたけど、その甲斐もあって想像に近い形で操ることができたようだった。


 周囲を確認。

 子供たちの位置を把握し、そのすべてに風の刃を放つ。

 拘束と眼を隠す麻袋を切り裂き、全員の身を自由にした。

 周囲の子供たちは何が起こってるのかわからず、混乱して立ち尽くしている。


「てめぇーっ! 何しやがったッ」

「どうすんだよ、これをよぉっ!」


 御者台にいたのであろう盗賊ふたりが、僕の光るマナに引き寄せられたように向かってくる。

 この事態を引き起こしたのが誰なのか、即座に把握したのだろう。

 だけど、この距離なら対処は容易かった。マティアスさんに比べれば遅い。雪が積もってるのも幸いした。

 再びマナに呼び掛け、雪の下――地面に手をつくと、彼らの足下が隆起していく。

 盛り上がった土に埋め込むようにして、盗賊ふたりを捕らえた。


「てめえっ、何しやがった離せッ!」

「くそ、出られねぇ! なんだこりゃ!」


 これで僕が解くまで彼らは土の中だ。

 顔だけ外に出しておいたから窒息することはないだろう。

 こういう時は生け捕りにした方が、たぶん後々いいはずだ。


「やれやれ。お前さん、大胆だねぇ」


 首筋にヒヤリとした感触。

 背後に回った暗殺者の人の冷徹な声とともに、僕の命が握られた。

 降参といった感じで腕を上げる。


「魔法を使えるなんて、オレは嘘を吐かれたってわけだ。しかも、男だったと」

「性別に関してはそちらが勘違いしただけです。魔法については、『使えない』とは一言も言ってませんよ。ただ、貴族じゃありません。その落胤でもないです。これは本当です。親が嘘を言ってなければですけど」

「しかも、詠唱もなしで魔法だなんてな……そんな真似ができるなら、情報含めて高く売れるだろうよ」


 すると、捕まえた盗賊が荒々しく叫ぶ。


「リベラータ! そいつをそのまま捕まえろ! 腕と足を使い物にならなくしてやれ!」

「いたぶるのは趣味じゃないんだよ」

「うるせえ、いいから従――」

「黙ってろ」


 盗賊の顔を目掛けてダガーが飛ぶ。

 顔の横に突き刺さり、盗賊は口を噤んだ。


「さて。この落とし前、どうつけるつもりだ。お前さん」

「リベラータさん」

「偽名に決まってるだろ」

「でも、暗殺者さんとかお姉さんって呼ぶのも変じゃないです?」

「オレとしてはお姉さんが新鮮で好きだけどね」

「じゃあ、お姉さんで」

「……はぁ。で、どうするんだい?」

「どうするも何も、むしろお姉さんが決めることじゃないんですか?」

「ほう? なんでだ」

「お姉さんは僕を本気で止めるなら、むしろ他の子供を盾にする気がしますし。少なくとも、首筋に当てて脅すなんてことはしないと思います。さっきそこの盗賊さんが言ったように手足を潰すなり、目や口を使い物にならなくするんじゃないかな、と」

「この状況でよく口が回るもんだ」

「口も武器ですから動かしていかないと損ですし。それに、ここで僕が無詠唱で魔法を爆発させたりしたら、お仕事として割に合わないでしょう」

「そりゃそうだ。こっちは少ない労力で、そこそこの大金が入ると思ってたからね。こうなるってんなら、引き受けちゃいなかったさ」

「もう後戻りできません。どうですか? こっちについてもらえませんか? 本当に仕事の紹介はしますよ。それとも人を殺さないと落ち着かない性格だったりします?」

「んなわけないだろうよ。こっちはそれしか能がないから、人を殺してるだけだからな」

「なら、穏便にすませません? きっと情報収集の仕事はお姉さんの人生を豊かにしますよ」


 お姉さんは大きく溜息を吐いた。


「……仕方ないか。このままじゃ、依頼の達成も難しそうだし、お前さんの企みに乗ってやるよ。もうオレに選択肢もなさそうだしな」


 お姉さんが溜息を吐きながら言うと、今度は盗賊たちが騒ぎだす。


「て、てめぇ! 裏切るのか!」

「殺すぞ! ぜってー殺すぞ!」

「せめて前金でももらってたら、裏切るのに心痛もあったんだがなぁ」


 そう言って彼女はダガーを取り出した。

 覆面に覆われた彼女の顔ははっきりとは見えない。でも、闇夜の中でもなお月の光に反射する琥珀の瞳は、実に綺麗だった。


「お姉さん、殺したら駄目です」

「はいはい。わかってるよ、可愛い依頼主さん。脅すだけ。手は滑るかもしれないがな」


 そう言ってひょいひょいダガーを投げる。

 寸分違わず、彼らの顔の周りに突き刺さっていた。まるで曲芸だ。

 恐怖で完全に彼らが黙り込む。


「で、これからどうするんだ? ……えーと名前は?」

「ロモロです。お姉さん」

「ロモロ。このまま夜を明かしたら全員もれなく凍死するぜ。雪もきつくなってきてるしな」


 バラバラに破壊された馬車を見下ろす。自分が壊したものだけど、その破壊力に我ながら胆が冷えた。

 雪の上に落ちた馬車の残骸に、少しずつ雪が降り積もってきている。


 その中のひとつ、絵柄の描かれた破片が目に止まった。

 それを手に取り、しげしげと眺め――浮かんできた考えを振り払って、拾った物を服の中に入れる。


「魔法で周辺を暖め続けてもいいんですが、僕の知ってる地図通りなら、もう少し先に州の境にある小さな村があるはずです。二十分ぐらいならどうにか歩けるでしょう」

「なんでわかるんだ? 魔法には確かに視界を別の場所に移すものがあった気はしたが」

「周辺で奴隷を売り飛ばす先はジラッファンナ州しか思い当たらないですし、馬車の方角からジラッファンナ州に向かってるとは思ったので。あとは地図と照らし合わせれば簡単ですよ」

「あの状況でよく馬車の方角がわかったもんだ……。末恐ろしいお坊ちゃんだよ」

「というわけで皆さん、もう少し頑張って歩きましょう」


 僕が魔法で周囲を暖めつつそう言うと、子供たちは揃って立ち上がり僕の下へ寄ってくる。

 全員が安心したのか泣いていた。でも、ここで止まっていると、あまりよくない。

 害獣なり、モンスターなりが出てきてもおかしくないしね。


「隣の人と手を結んでー。はぐれないようにしながら、僕たちについてきてください」

「ロモロもオレと手を組んでおくか?」

「いえ、大丈夫です。お気遣いなく」


 ぞろぞろと歩き出す。

 すると、背後から怒声が響いた。


「てめぇ! クソガキ! オレらを出せ!」

「このままじゃ凍死しちまう! た、助けてくれ!」

「……嫌ですよ。なんで助けなきゃいけないんですか。助ける理由って何かありましたっけ? 凍死する前に誰かが見つけてくれるといいですね」


 まだぎゃーぎゃー騒いでいるが、もう遠くなって聞こえない。


「へー。なかなか割り切るな」

「いや、すいません。ただの脅しです。後々ちゃんと兵士さんたちに捕まえてもらうつもりですから。一応、土の中の温度は一定以上冷えないようにしてるんで、しばらく凍死はしないでしょう」

「それならそう言ってあげりゃいいだろうよ」

「意趣返しですよ。心底怖がらせられたんですから」

「本当かよ」

「本当ですよ」

「大人みたいな対応にしか見えん。まるで賢者の神子だな」


 ……街ではそう呼ばれてるけど、黙っていよう。

 しばらく歩いて、子供たちの不安が限界に達しつつあった時。

 少し遅れてしまったのだけど、どうにか村には辿り着くことができた。

 想像以上に小さく、牧歌的な村だ。


「着いたはいいけど、どうする気だ?」

「兵士の詰め所があれば、そこに行きたいんですけど……」

「こんな村にあるとは思えねぇな。村に入り口があるわけでもねーからどこからでも入ってくださいって感じだし、警備してるやつもいねーし」

「じゃ、村長のところに事情を話しにいくしかないですね。事情を話せば一晩ぐらい泊めてもらえるでしょう」

「ま、オレは遠慮しておく。居心地よくねぇからな」

「できれば、僕たちを助けた英雄として振る舞ってほしいんですが。子供たちもみんなそう思ってますよ」

「それこそ御免被る。英雄なんて鳥肌が立っちまうよ。虫酸が走るね」

「じゃ、ここでお別れですか。知り合いに紹介はしたいんで、今から言う日時を覚えておいてください」


 次にヴァリオさんたちが来る日付を伝えて、その日に来るようお姉さんに伝えておく。

 真冬を除いて毎月、同じ日に来るから問題はないだろう。


「わかった。その日にお前さんの街に行く」

「待ってますね。それと二年後の僕の契約についても考えておいてください」

「ああ。面白い話を期待してるさ」


 そして、彼女は闇の中に溶けるように消えてしまった。

 暗殺者と自称するのも伊達ではない。パッと消えるような感じではなく、自然と意識からも消えていくようなものだった。


 前を歩いているはずの大人がいなくなり、みんなの中に不安が湧き始めた。

 心細そうな表情を浮かべている。

 そりゃ、僕みたいな子供じゃどうしようもないよな。


「あー。もう少しで家の中に入れるから――」


 そう言って安心させようとした時、遠くから馬を駆る蹄の音が響いてきた。

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