魔法の発動
なんだか、少女の幻でも見ていたのだろうかという気になってくる。
もはや彼女の影は何ひとつ残っていない。
微かにあった残り香も、冬の風に掻き消されてしまった。
「寒い……」
冬の寒さが、意識を現実に引き戻してくる。
彼女のことは気になるけど、少し休憩しすぎた。魔法の訓練を再開しよう。
マブルの話が事実なら、とにかく雑念を捨てることだ。
魔法を使いたいという意思を――強くする。
それ以外はすべて消し去る。頭の中で魔法を使いたいという意思で満たしていく。
深呼吸をしながらしばらく何度か繰り返すと、マナが『何か』に変化した。
言葉では上手く説明できない。これがお姉ちゃんの言う閃きというものなのか。
ここからは想像。
お姉ちゃんには教わっていないが、マブルの言う通り詠唱が必要ないのであれば、このまま望んだことを頭に思い描けば――。
僕の今の望みはたったひとつだけだ。
すると、僕の周囲のマナが淡く光り始めた。
それは薄らと赤くなり、僕の周囲を漂い始める。
魔法としては成功しているのかもしれない。
「温かい……」
とにかく寒いから、温かくなってほしいと願ったら、こんな結果になった。
肌を撫で身体を底冷えさせる厳しいはずの風は、とても温かく夏に吹く風のようだ。
快適すぎる。まるで暖炉の傍にいるみたいだ。これは間違いなく上手くいっただろう。こんな現象が局地的に、自然に起こったりはしない。
「とりあえず、期せずして魔法発動までできちゃったな」
一旦、停止させようと考えると、光は薄らと消えていき、冬の寒さが戻ってくる。
本当に自分の自由にできるんだなぁ。
「じゃあ、ちょっと試しに木を削って薪でも作ってみようか」
お母さんが少しだけ薪が心許ないって言ってたし。冬場はあればあるだけ困らない。
本格的に雪が降ってきたら乾燥もままならないし、今日が最後のチャンスになるかもしれない。お姉ちゃんが使ったような風の魔法を古い木に使えば、薪に適した大きさになるんじゃないかな。
少しだけ森の中に入り、古くなって枯れつつある元気のない木を見つけると、僕は再び、マナに呼び掛けて集中した。
一度、使用すると慣れてきたのか、意思を乗せることは呆気なく上手くいった。
そして、想像。
右手の手の平を木に向けながら、思い浮かべたのはお姉ちゃんと同じ風の魔法だ。
無数の風の刃が木を切り刻むイメージ!
矢が呼ぶような音、剣閃のような音が響き、手から魔法が繰り出される。
思い描いたように、僕の生み出した風は木を一瞬で切り刻んだ。
爆発したように周囲に木の破片が飛び散っていく。
「便利すぎる。一瞬だったな。……って、これはひとりで運べる量じゃないぞ」
枯れつつある木と言えど、僕の身長の八倍以上はある木をバラバラにしたのだ。
途轍もない量となっている。
それでも、魔法は成功だ。ひとまず修行の成果に満足していると、
「ロ~モ~ロ~~~?」
お姉ちゃんが凄まじい早さで駆けてきた。
とても怒っている。
いつのまに、近くに来てたんだろう……。まったくわからなかった。
「魔法使ったでしょ!?」
「う、うん。意思乗せるのが成功したら、なんとなくできて……」
「危ないんだから、お姉ちゃんの言うこと聞かなきゃダメでしょ! あたし、ちゃんと目の前で見て、危なかったら止めるつもりでいたんだよ!?」
「でも、意思を乗せてから、想像までは簡単だったし」
「とにかく危ないの!」
「はい……」
お姉ちゃんに逆らうのは悪手だ。ひとまず、はいと言っておこう。
実際、初めて使っただけでこの威力だ。危険なのは間違いない。
「それにしても、すごいね。ロモロは。もうここまでできるようになるなんて」
教えてもらったと言っていいものか。
自分としてもさっきの彼女の存在は曖昧だ。夢だったと思い込むこともできてしまう。
今はまだいいか。次に会うことがあって必要があれば話そう。
「結構、苦戦してたよ。できるようになったのはついさっきだし」
「それでも、ここまで制御できてるのがすごいんだよ。初めての発動で暴走して怪我したり、周辺を破壊することも珍しくないんだよ?」
「だから危険だ危険だと連呼していたんだ……」
でも、意思を乗せたら想像もすぐだったし、これは一緒に教えた方がよかったんじゃないのかな。
そんなことを話していたら、複数の足音が近づいてくる。
「おーい。モニカ、いきなりどうしたんだ……って、なんだこりゃ? 木の破片か?」
「何これ何これ? 大量に飛び散ってるけど、何がどうなってんの?」
お姉ちゃんに遅れて、トーニオとフランカ、その他の三人までもがやってきた。
パネトーネの狼藉者たちが来ても、このメンツは変わらず森に入ってくる。
五人は散らばった木の破片を見て、視線を僕に集中させる。居心地が悪い……。
適当に誤魔化そう。
「なんか知らないけど、来たらこうなってた」
「ふーん。じゃあ、せっかくだし、薪としてもらっておこうかな。モンスターの仕業ってわけじゃなさそうだし」
「わかるもんなの?」
「そういうのはマティアス師匠に教えてもらってたぜ。少しでもおかしな事態だと感じたら警戒して周囲を見渡して痕跡を探せってな。でも、爪痕や焼け跡とか、それらしいものもねーし」
トーニオもしっかり成長してるんだなぁ。
「僕もこの薪をもらいましょうか。それにしても、凄まじい量ですね」
「わ、わたしももらっておいていいですか?」
ここで僕が口を挟んで真実を口にするわけにもいかず、止めることはできなかった。
まあ、どうせ僕だけじゃ全部運べなかったわけだし、よしとしておこう。
数日分ぐらいの薪を確保できたと思うし。
今ある分と合わせれば問題はなくなるだろう。お母さんはちょっと足りないぐらいだって言ってたし。
「ロモロは魔法の才能があるのかもね」
「お姉ちゃんだって、すぐにできたんでしょ?」
「そうだよ。それで、すごい! って言われたし」
他の五人と別れて、家に帰る道すがらそんな会話をした。
でも、意思を乗せるまで、感覚でできてしまったお姉ちゃんの方がすごいだろう。
マブルに言われるまで、僕はまったくできなかったし、彼女の話を聞いていなければ、今日中には無理だったはずだ。
「ともかく、これで魔法はできたし、お姉ちゃんの望みは叶ったでしょ」
「あとは訓練あるのみだね。でも、人目に付かないところを探さないとなぁ」
「まだやるんだ……」
「当たり前だよ。普通に過ごしてる時だけじゃなくて、あらゆる状況下で、それに応じた魔法が使えないとね。マナを集める速度も鍛えなきゃだし、そのうち、あたしと魔法応戦を――」
魔法が使えるだけでは満足できないらしい。
まだまだ訓練は続きそうだ。
少し億劫な気持ちになりながらも、仕方ないかと思い、翌日からも訓練を続けていた。 そして訓練を始めて一週間後。
月も変わって、ちらつき始めた雪の中――。
僕は、攫われることになった。
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