傭兵団、双翼

 今日の朝は霧がとても濃い。

 そんな中、僕とお姉ちゃんは街の東門に向かっていた。


「昨日は大変だったねぇ」

「あれを大変だったね、で済ませるお姉ちゃんはおかしいよ。僕は生きた心地がしなかったんだけど」

「モンスターは行軍中に襲ってくることもあったしね。タイミングもよかったよ」

「それで、どうしてあそこの場所に来られたの」


 昨日の内にお姉ちゃんに話を聞こうとしたが、眠気が勝ってしまった。

 ケルドフアールとの戦いからの緊張感もあったのだろう。僕はその場に倒れ込み、お姉ちゃんがおぶって帰ってきたらしい。

 もちろん、お父さんやお母さんには何もかも内緒だ。誰も怪我しなかったしね。


「嫌な予感……って言ったら信じてくれる? ……って胡散臭い顔してるなぁ」

「そりゃあね……」

「でも、それに近いんだよね。マナがざわつくというか、怯えるというか……そんなことを感じ取るとだいたいよくないことが起きるんだ」

「マナってそんな風に感じ取ることもできるの?」

「ううん。これはあたしだけだよ。他の人に聞いても、そんなことないって言われたし」


 ヴェネランダさんはマナを感知できるとか言ってたし、お姉ちゃんもそういう特殊な体質なのかもしれない。

 個人の感覚について深く考えるのはよそう。情報がない以上、建設的ではない。


「それでモンスターが突然出てきて助けられたんだから、こっちとしてはよかったよ」

「えへへーっ。ロモロを助けられてよかったよ。あんなところにいるんだもん。マティアスさんたちにモンスターとの戦いに付き合わされたんだって?」

「ヴェネランダさんには恐怖を感じている時にマナを通されたよ」

「へー、さすがヴェネランダさん。抜け目ないなぁ」


 僕が気絶するように眠ってしまった後、当然、お姉ちゃんはマティアスさんやヴェネランダさんに色々聞かれたようだった。

 ひとまず誤魔化して、明日僕と一緒に説明するということで話は纏まったらしい。

 で、今日、街を出るマティアスさんとヴェネランダさんを見送りがてら、こうして朝から東門へと向かっているのだった。


「来たか」

「おはよう、モニカちゃん、ロモロくん」


 門番の人たちの近くで、外へ出る手続きをしているふたりがいた。

 その手続きも終わり、あとは街を出るだけだろう。

 僕らは期せずして、マティアスさんが未来で傭兵団から身を引く原因となった怪我を防いだらしい。


「おふたりはこれからどこに行くんですか。傭兵団に戻るんです?」

「本命の用件をやりにいく。少々洞窟に潜る予定だ」

「この街を北上してから西に行ったところに洞窟が見つかってね。そこに古代遺跡が埋まってるとかって噂で、お宝があるかもしれないの。傭兵団の財務のためにちょっとやらなきゃいけないのよ」


 傭兵団も平和な時期は大変だ。

 もちろん、僕らにとってはその方がいいんだけど。


「昨日は助けられた。礼を言う」

「本当ね。ふたりとも、ありがと」


 マティアスさんとヴェネランダさんに頭を下げられる。

 ふたりとも真面目な表情だった。


「正直、確実に命を落とすかと思っていたが……ロモロに命の猶予をもらって、モニカからは上には上がいると改めて思い知らされた」

「まったくだわ。大人としても魔法師としても形無しよ。もうモニカちゃんは白金級ハンターとしてやっていけるわね」


 ふたりしてお姉ちゃんを持て囃す。

 お姉ちゃんは照れくさそうに頬を掻いていた。

 ……変な質問が飛んできませんように。


「だが、モニカ。お前の力は明らかにおかしい。十歳としては異常過ぎる」

「そうね。魔法の訓練は幼い時からやっておいた方がいいのは事実だけど、昨日の戦い方はまるで歴戦の勇士みたいだったわ」


 そう言われて固まるお姉ちゃん。

 本当のことを言うべきか悩む。今、言えば信用されるとは思うけど……。

 それがどんな影響を及ぼすのか考えると、僕は中々一歩を踏み出す勇気が持てない。


「ロモロ。このふたりには言っても大丈夫だと思う。それにヴェネランダさんには魔法で今後もお世話になりそうだし」


 僕が悩んでいると、お姉ちゃんはあっさりとそう言った。


「どうしてそう思うの」

「お姉ちゃんの勘!」


 自信満々に言い切られた。

 悩むのが馬鹿らしくなってくる。


「……他言無用でお願いしたいんですけど」


 首を傾げるふたりに、僕から少々突飛な話をすることになった。

 お姉ちゃんが七年後から戻ってきたという話を。

 ふたりはこちらの話を遮ったりすることなく、黙って聞いてくれた。


「冗談……ではなさそうだな。モニカの夢や勘違いならばともかく、ロモロが嘘を吐くことはあるまい。お前は不確定な話などしないからな」

「刻遡の魔法を使った……ってわけでもなさそうね」


 ヴェネランダさんから、聞き慣れない言葉が出た。


「刻遡の魔法?」

「おい、ヴェネランダ。それは――」

「いいじゃないのよ。刻遡ってのは時間を巻き戻す伝説の魔法よ。存在するのかどうかすら怪しいわ。伝説なんていいものでもないわね。妄想の産物と言った方がいいかしら」

「だが、少なくともモニカが時を遡ったのは間違いないだろう」

「マティアス、そう言い切れる理由は? 魔法を使ったから?」

「俺に魔法の技量などわかるものか。違和感があったのは剣の方だ。訓練でモニカの剣を受けた時、太刀筋が急所まで一直線で迷いがなかった。殺意の蔓延する戦いに身を置いていた者が持つ凄みが、あの剣筋には込められていた。身体がそれに追いついていなかったがな。未熟な身体で繰り出される凄みのある剣筋というちぐはぐさ……時を戻ってきたというならば頷ける」

「フェンリルを倒した時は身体強化の魔法も使っていたものね。それを使わない場合は子供相応だったから、その差かしら……」


 ふたりが何やら僕らをそっちのけで話をし始めた。

 だが、その最中、「乗り合い馬車、そろそろ出発します」という告知が響き渡る。

 もう時間もなさそうだ。


「……っと、あたしらふたりで話すのはいつでもできるわね。何にせよ、そういう事情なのはわかったわ。興味深い話だけど、ロモロくんも大変ね」

「慣れてますから」


 そして、マティアスさんはお姉ちゃんに向き直る。


「俄には信じ難いが、お前が時を遡ってきたというのは信じよう。お前の剣には洗練された凄みがあった。……だが、それでもあれは我流の域を出ない。師はいなかったのか」

「完全に独学だったかな。多少の手解きは受けましたけど」

「お前が何を成そうとしているのかは知らん。知る気もない。だが、高みを目指すというのであれば師を探し、指導を受けるべきだ。我流を極めるのもひとつの道だが、他の流派を見ることは決して無駄にはならない」

「師、ですか……マティアスさんじゃダメ?」

「俺は大剣使いだ。お前が大剣を使いたいというのなら考えてやるが、そうではないだろう。俺の腰につけた小剣はあくまでいざという時のためのものだからな。それに身体強化や魔法による間接攻撃を交えての剣技はまた変わる」


 お姉ちゃんは真剣に考えている。「師か……」と小さく呟いていた。


「それに、お前がフェンリルを倒した技……あれは未完だな」

「えっ! わ、わかるんですか?」

「曲がりなりに、だがな。あの時、お前は一瞬だけ逡巡を見せた。技に手応えのない時、特有のしっくりこない躊躇いだ」

「あんな一瞬でそれを……? 実は気を練り上げようとしたんですけど……」

「ならば、それこそ俺は門外漢だ。だが、お前の目論見通りのことができれば、まさに必殺技となるだろうな」

「ですよね! 前は完成させられなかったんですけど……」


 昨日、あの規格外のモンスターを一瞬で倒した技が未完? 本当に?

 確かに『魔法とか剣技とか色々と未完だったからね』とは言っていたが……。

 ふたりの話に耳を疑っていると、ヴェネランダさんがこっちに話しかけてきた。


「ロモロくんも魔法を習うなら、何かしら考えた方がいいかもよ。学校行くとかね」

「学校はツテがないですし……。ヴェネランダさんに習うじゃダメですか」

「私はダメよ。不良魔法師だもの。師匠が私だなんて知られたら、ろくなことにならないわね。特に教会には絶対知られちゃいけないわ」


 あっさりと拒否されてしまった。

 でも、魔法を習うことに関してはその通りだ。お姉ちゃんに習うのも限度がある。

 お姉ちゃんは教え方が下手だし、何より基本を全てすっ飛ばしているような気がしてならない。


「でも、何かあったら頼りなさい。こんな時じゃなかったら、もっと話を聞かせてもらいたかったわ。また時間があったら、色々と聞かせてちょうだい」

「いざとなれば、傭兵団を動かすくらいはする。五体満足で生き残った礼だ。傭兵団『双翼』が全力でお前たちを守ってみせよう」


 そう言い残して、マティアスさんとヴェネランダさんは馬車に乗り込んだ。

 馬が動き出し、門から馬車は街を出て行く。

 街で発生したモンスター騒ぎは人知れず、落ち着くこととなった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 勇者モニカの強さは個人としての突出した実力はもちろんあるが、彼女個人を支える者にこそあった……などとファタリタ正史には書かれている。


 冒険者パーティ『サジタリウス』。

 傭兵団『双翼』。


 実は勇者モニカの前時間軸において、彼らは勇者モニカの力になっていないという。

 だが、この時期の交わりによって、この運命は大きく変わっていたのだ。


 運命とは些細なことで、その矛先を変える。


 少々美辞麗句に塗れたファタリタ正史に書かれた文で、私が珍しく同意する一節だ。


 <ヴェルミリオ大陸裏史>  第一部 第二章 一節より抜粋

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