修行
「死ぬ……助けてぇ……」
「体力続かないよぉ……」
「ちんたら走るな。肩を抉られたいか」
「ひいいいいいいっ!!」
お姉ちゃんを含めた六人は、走らされていた。
街の壁の内側を回るようなコースで延々と走っている。
その後ろにはお姉ちゃんの作った木刀を『手に馴染むな』と言って手に持ったマティアスさんがいる。
少しでもペースを落とすと、その木刀で容赦なく脅してきた。
児童虐待も甚だしい。
「ロモロ。もっと絞り出せ」
「も、もう……限界、です……」
「ほう。まだ喋れる余裕があるのか」
そして、僕もまたこの長距離走に参加させられていた。
容赦なく背後から放たれた木刀の刺突が頬を擦って突き抜けていく。
「ひいっ……!」
「次は当てるぞ」
命の危険を感じて、足が自然と前に出る。
限界だというのに、その限界を無理矢理超えさせられていた。
もう心臓も肺も破裂しそうで、身体が動いているのは人体の神秘かもしれない。
「走れ。とにかく走れ。常に走れ。ハンターになるというのなら、戦いの強さなど二の次だ。体力を付けなければ話にならん。どんな時にも必要となるのは体力となる。モンスターから逃げ回るなど日常茶飯事なのだからな」
僕はハンターになるつもりはないというのに……。
お姉ちゃんたちの訓練に僕も参加すること。これがひとつ目の条件だった。
こんなことになるとは思わず、僕は心底後悔していた。
街の人たちが何事か見守っているが、ヴェネランダさんが僕たちについてきながら、「ただいま訓練中でーす」と、楽しそうに触れ回っていた。
さらに言えば、全員の保護者がこれに承諾しており、止める者は誰もいなかった。
無駄に有り余る体力を消費すれば、悪さもしないだろうということで歓迎されている。
「自分の判断ひとつ、自分の行動ひとつ、自分の実力ひとつで命など簡単に終わる。実戦を知らない貴様らはそれを理解できないだろう。だが、判断や行動をするにも、まずは動けなくてはならない。いつ、どんな環境でも、どんな時でもだ」
あとは壮絶な訓練によって、ハンターという特異な職を諦めてくれればという親心もあるようだった。
僕に関してはお父さんもお母さんも「たまには外で遊びなさい」ということで、貧弱な体力の改善を求められていた。ここまできついものとは想像してないと思うけど……。
「くそっ。超強え人に剣を教えてもらえると思ったのに!」
「これは想定外ですよ!」
トーニオとフェルモが逃げるように走りながら、そんな文句を言う。
そんなふたりの間を、当たれば骨が折れるような刺突が襲った。
「まだ悪態を吐く余裕があるか」
「ひぎゃあああああああ!」
「ひいいいいいいいいいいい!!」
僕も含めて色んなところで悲鳴が上がる中、お姉ちゃんだけは真摯に走り続けていた。
マティアスさんからの刺突も食らっていない。
顔を見るに楽にこなしているわけではないようだが、一切手を抜いていない。
お姉ちゃんはやり直しで子供に戻ってから、体力は当時と同じくらいに戻ってるらしいんだけど。
「こういうの前にはなかったから、すっごくいいことだと思うよ! でかした、ロモロ! さすがあたしの自慢の弟!」
と、褒められたからいいけどさ。
「雑念を抱えすぎだ」
背後から剣閃が微かに僕の肩に擦った。
次いで音が聞こえてくる。
……もしかして、今の剣、音よりも早かった!?
「心を無にして走れ」
返事をすることすらできず、僕はただただ足を前に出すしかなかった。
何周したのかわからなかったが、夕方の鐘が鳴ったところで解放された。
外周の東門に程近い広場で、みんなが限界だとばかりに寝転がる。
「一旦休憩だ」
「キツい……死ぬ……」
普段は飄々としているアダーモも弱音を漏らすレベルだった。
「無駄に喋るな。息を整えろ。休憩も訓練の一環だ。今からしばらくしたら再び走らせるぞ。モンスターはいつ襲来するかわからない。こちらが休憩中であることなど考慮はしてくれん。休める時に、どこまで回復できるか。それもハンターとしての技能だ」
……だから僕はハンターになるつもりはないのに。
ただ、ハンターになりたいトーニオたちには効果覿面だったようで、無駄口を叩くことなく大人しくしている。
「ゆっくり息を吸って、ゆっくり息を吐く。常に呼吸を意識しろ。そして、周囲にも気を配り、注意深く観察しろ。何か少しでも違和感があれば仲間たちと共有し、原因を早期発見することで生存率も大きく上がる」
「ま、私らはその能力が大きく欠けてたんだけど。ヴァリオだけでも残ればねぇ」
「ヴェネランダ。余計なことを言うな」
ジーナやフランカが、荒れた呼吸を少しでも整えようと大きく深呼吸をしている。
みんな、素直にマティアスさんに従っていた。
――当初、トーニオたちとマティアスさんを会わせて、訓練をするという話になった時、元ハンターというだけではトーニオは納得しなかった。
恐ろしいことに実力を見せろと食ってかかったのである。命知らずもいいところだ。
「その剣を当てることができれば、俺がお前に言うことはない」
「余裕ぶっこいてんなよ!」
と、トーニオはめちゃくちゃに木の剣を振り回したが、擦りもしなかった。
マティアスさんはそれを余裕の表情で、微かに身体を動かすだけで避ける。
大きく避けることもできたのだろうけど、実力差を思い知らせるためだろうか。
それからフェルモやフランカまでもが、トーニオと共に食ってかかったが、三本の剣すらも歯牙にもかけない。
後ろに目がついているのかというレベルで避けていると、
「お前らの剣など目を瞑っていても避けられる」
という言葉と共に、本当に目を瞑って彼らの剣を避け続ける。
アダーモやジーナまでも参加したが意味はなかった。
お姉ちゃんはまったく参加しなかったけど。
「あたしはマティアスさんの実力知ってるし。今は剣だけじゃ絶対に敵わないもん」
今は……という辺りに、多少の含みを感じなくもない。
まあ、実力を見せつけたマティアスさんは無事認められ、訓練も素直に受けることに相成ったわけだ――。
そして、ようやく呼吸が整ってきたところで。
「立て! 続きだ!」
「えええっ!? もう!?」
フランカが絶望的な表情を作る。
「さっきも言っただろう。モンスターはこちらの都合など考えない。突然の崖崩れや雪崩もある。疲れたから動けませんなど、怠惰の言い訳に過ぎん。体力が尽きた時が死ぬ時だと思え。つまり、ここで動けないのならば死ね」
マティアスさんは再び剣を振りかぶり、トーニオたちに向かって攻撃態勢を取る。
それを見た僕たちは即座に立ち上がって、逃げるように走った。
そして、マティアスさんが恐ろしい表情で追いかけてくる。
「さあ、限界まで絞り上げるぞ!」
後悔先に立たず……という言葉が頭の中に思い浮かんだ。
僕たちは永遠と地獄が仲良く手を組んだような奔走からようやく解放された。
みんなもはや立つ気力もないようだった。
動いているのは胸の上下運動によるものだけで、それ以外はピクリとも動いていない。
何も知らない人が見たら、大量殺戮現場だと勘違いするんじゃないだろうか。
「ご苦労様。ロモロくん」
「………」
「返事をする気力もないか。無理もないね。でも、私はもうちょっと君に訓練を施したいんだよね」
僕はヴェネランダさんに抵抗できない。
ヴェネランダさんは僕の体を抱えると、ささっとその場から離れた。
みんな余裕がなさ過ぎて、誰も気付いていない。これも観察力とやらの一環となるのだろうか。
ひとけのない場所に連れ込まれると、そのまま降ろして、胸に手を当ててきた。
「君に今からマナを通すよー。もう聞いてるかもしれないけど、体調や感情次第で使えるマナは変わるからね」
否応なく僕の身体にマナが通される。今までとはまた違った感触だ。
これがふたつ目の条件。ヴェネランダさんから魔法について教わることだ。
魔法は無知であればあるほど危険性が高いため、それをしっかりと頭に叩き込めと。
「喋らなくていいからよく聞いておいてねー。魔法ってのは本当に窮地に弱いんだよ。それは焦りが雑念を生んで意思が纏まらないとか、想像の余裕がなくなるって理由もあるんだけど、単純にその感情で呼び掛けに応えてくれるマナを通してないからって事情が一番大きいんだよね」
平常心なら挨拶をしているマナはいっぱいいるが、窮地の精神状態で挨拶しているマナがいないから、そのマナに呼び掛けられないってことか。
「だからこそ、様々な状況でマナを子供のうちに通していくわけ。マナを集める速さだのなんだのは、大人になっても訓練できるからね」
それはわかる。わかるけれども。
お姉ちゃんの時ですら、どんどんと身体の倦怠感が増していったというのに。
こんな疲労困憊の中、マナを通したらどうなるかなんて……!
「あ、体力的な疲労と、魔法的な疲労は別物だから安心していいよ」
ちょっと安心した。
「ただ、それが重なれば死にたくなるぐらい怠くなるんだけど」
まったく安心できない。
「ま、授業料と思って体験しておくといいよ」
どうしてこうなった。
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