街の兵長

「痛い痛い痛い痛いいいいいいいっ!」

「沁みるううううううううううううううううぅぅぅ!」

「うるさいね! 馬鹿が馬鹿をやったツケだよ! 馬鹿が!」


 ゾーエお婆さんは容赦なく消毒液と薬草を傷口にすり込んでいく。

 六人、それぞれの悲鳴が重なり合って不協和音を奏でていた。


「まったくあんたらは。また消毒液を枯渇させる気かい!?」

「はっ。でも、ちゃんと大人たちに勝ったんだ! 名誉の負傷ってやつだぜ!」

「調子に乗るんじゃないよ! 勝ちに不思議の勝ちありってやつだ!」


 どうも消毒薬を消費するのはこの六人が多いらしい。

 そのせいでネルケはまずいことになりかけたってことか。お姉ちゃんがやり直す前の話だけど。


「僕やることないし、あとはゾーエお婆さんに任せていいかな?」

「ロモロ。どこに行くんだい」

「ちょっと兵長さんのところにもう一度」

「別に金ならいらないよ」

「そうですか。でも、他に聞きたいこともあったので」

「そうかい。じゃ、こっちは任せておきな」


 再び、詰め所へ向かい、入り口の前に立っていた人に事情を説明すると快く通してくれる。

 迷惑をかけてしまった子供の弟ということで気を遣われているのかもしれない。

 子供だというのに客室にまで案内される。僕たちの住んでいる家とは比べものにならないぐらい立派で綺麗にされていた。かといって華美ではない。軍施設らしく、あらゆるものが実用第一で構成されている気がする。


 座って待っていると、お茶まで出してくれた。高価なのに気を遣われてるんだろうか。

 幾何もしないうちにエットレさんと、その部下らしき人がふたり入ってくる。

 エットレさんは僕の目の前に腰掛け、部下のふたりはその後ろに立った。

 ……兵士としての当然の行動なんだろうけど、立った人に見下ろされてると落ち着かないな。


「エットレさん、先ほどはありがとうございました」

「ロモロくん。わざわざすまないね。それで医療費の方なのだが……」

「お金の方はいらないそうです。馬鹿の治療に金の価値を付けたくないとかで」

「そ、そうか……」


 エットレさんが苦笑する。そして、ホッとしたように安堵した。

 お金は貴重だろうし、薬草だってタダじゃないからね。

 ゾーエお婆さんが変わっているだけだ。


「それなら別に来なくてもよかったのではないか?」

「いえ、話を聞きたくて。先ほどの中で気になったところがあったんですよ」

「む?」

「兵士さんたちの気が立っているというお話しです」


 エットレさんが目を瞬かせる。


「それ、この街にひそかな、何らかのトラブルが起こっているってことですよね」

「噂には聞いていたが……君はホントに八歳なのか? 賢者の神子と話をするのは初めてなんだが、うちの息子とは似ても似つかんな」

「よく言われますけど……僕より優秀な八歳がいるので、そんな驚かなくても。賢者の神子なんて周りが言ってるだけです」


 デメトリアの方が間違いなく優秀だ。半年年上という時間を差し引いても。


「さ、最近の八歳にはよくあるのか……? まあ、ともかく。そこまで気にすることじゃない。街の安全はしっかりと守るから、安心してほしい」

「安全は……ってことは、兵士さんたち自身のトラブルではないんですね」


 少し鎌かけも入っているが、効果は覿面だった。


「迂闊に話すのも怖い子供だな。感心するよ。うちの兵士より頭がいいんじゃないか?」

「恐れ入ります」

「ただ、本当に安心してほしい。そういった話があるのは事実だが、街にまで危害が加えられるほどではない」

「あー、いえ……。そこに不安を抱いているわけじゃないんですが」

「違うのかい?」

「もし、害獣なりモンスターなりの被害が発生していたとして。その噂を耳にしてしまった場合、さっきの六人は解決しに行こうとするんじゃないかと思うんですよね。特に今は増長しています。曲がりなりにも大人の兵士さんたちを倒しちゃって……」

「う……」


 エットレさんはヒビが入ったかのように、顔を引き攣らせる。


「さっき治療を受けている時も、トーニオたちの言動はそれはもう調子に乗っていました。大人を倒したという自信は、万能感や全能感を生んで、容易に過信へと変わると思います。あの中ではトーニオが一番のリーダー格なんで、口の上手い彼が言ったら周りも巻き込まれることになるかもしれません」


 今のお姉ちゃんなら、どうにでもなるかもしれないけどリスクはリスクだ。


「なるほど。君はそれが不安というわけか。だが、隠し通せば問題ないだろう。それに六人ならばあるいは――」

「人の口に戸は立てられないと言いますし、隠し通せますかね」

「あっ……」


 と、何かに気付いたような声をあげたのは、立っている部下のひとりだ。


「おい。なんだ、今の『あ』は……」

「す、すいません、兵長。自分、昨日、知り合いの商人に喋っちゃいまして……。いや、直接的なことは言ってないんですけど、南の方に行くなら護衛の数を……」

「言ったも同然だ! 馬鹿者!」


 雷が落ちた。兵士に護衛を増やせと言われたら、そりゃ疑うよね。護衛だってタダじゃないんだし。


「しかも、よりにもよって商人だと……」

「エットレさん。危険なことがわかっているなら、住民に伝えるべきなのでは?」

「そうしたいのは山々なんだが……いかんせん情報が少なくて、まだここに残っているかどうかすらわかっていない。それを確認するために街の外に六人一組で兵士をひっきりなしに行かせてるんだが、すべて空振りでな」

「兵士さんたちがイライラしてる理由は、それが原因ですか」


 何度外に出ても成果が出ないから苛立ちが募ってくる。その上、いるかどうかすらわかっていないのだから、精神的にも疲弊するはずだ。

 見回りで解決するならともかく、それで危険性が減るわけじゃないからね。

 こういう場合、何ヶ月もかけて何も起こらないのを確認して、巡回を終了するという手続きとなるみたいだし。


「不安を煽るのもよくないというのもあるんだが、これを住民たちに通達すると、安全のため、一時的に街道を封鎖する必要がある。そうなると物資が滞るものだから、街の長には消極的な反対をされていてな」

「住民の安全を考慮しないのか、という文句が出そうですね。ただ、この時期に街道を封鎖すると、ただでさえ物入りになる冬が越せなくなるかもしれないってことですか」

「うむ。あと数日もすると例年通りであれば雪が降ってくるだろう。積もってしまえば商人の行き来は限られてしまう。冬を越す程度の蓄えは街にもあるだろうが……」

「不測の事態が起これば、その限りではないと」

「現在は危険の天秤をかけているところだ。商隊を護衛していた四人がよくわからないうちに気絶させられたというのだが、どうにも要領を得なくて、危険性もはっきりしていない。商隊の荷物が一部奪われたのは事実なんだが……」

「へ、兵長、喋りすぎでは……?」

「はっ!?」


 さっきのお喋りな兵士さんじゃない方の兵士さんに指摘されて、エットレさんが口を噤む。


「会話が快適すぎて、口が滑りすぎてしまったな……」

「すいません。ですが、ご心配なさらず。誰にも喋りませんから」


 とはいえ噂が浸透してしまうと、やはりあの六人が出張る可能性は高くなる。

 そして、万が一にでも最悪の状況に陥ったら、お姉ちゃんはみんなを守るために魔法を使う。

 もし、そうなったら……お姉ちゃんの知ってる歴史が大きく変わってしまうはずだ。

 あの五人の口からお姉ちゃんの魔法の噂が広がる可能性は決して低くない。


 ……まあ、前のお姉ちゃんたちがこの時点で死んでいない以上、ここでモンスターと遭遇してないんだとは思うけど。

 ただ、今のお姉ちゃんが原因で、すでに兵士さんたちとの乱闘の結果に違いが出ている。とすれば、それが大きな違いを生み出すことも考えられた。

 エフェットファルファッラは正直な話、眉唾ものだけど油断はできない。


「僕の懸念としては、あの六人が誰にも言わずに街の外へ調査に行くことなので、そうならないように、門の警備に気を遣ってもらえればそれでいいです」

「うむ」

「万が一外に出るようなことになったら、引き摺ってでも戻してもらえれば幸いですね」

「できる限り、考慮しよう」

「僕の話は以上です。お忙しい中、失礼しました」


 話も終わったので立ち上がる。


「もう一度聞くが、君は本当に八歳なのか?」

「ええ。街の長の家で戸籍を調べてもらえればわかると思いますよ」

「そ、そうか。ひとつ聞くが、君、うちで働く気ない?」


 突然の勧誘である。後ろの兵士ふたりも驚きの表情を浮かべていた。

 兵長は至って真面目な顔だった。


「えーと……大人になったらもう一度聞いて下さい」


 どうにか、それだけ返した。

 ただ、僕としてはトラブルになり得ることを、事前に潰しておきたい。

 そう考えると兵士の詰め所にいれば、トラブルの種はすぐ耳に入りそうだし、案外悪くないような気もした。

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