恋愛模様と衛兵喧嘩
帰宅したお姉ちゃんから話を聞くと、案の定というか、僕の予想通りだった。
「……アダーモって、死んじゃうんだよ」
「死ぬってどうやって?」
「あたしも詳しくは知らないよ。ただ、あの五人はちゃんと腕利きのハンターになるの」
「それは意外過ぎる情報だ……。ハンターになるだけでも難しいのに、五人とも全員か」
「何回かあたしから探険依頼したりもしたんだ」
「あれ? 僕が思っている以上に、あの五人ってすごいのだろうか」
「すごいでしょ! しかも、全員が史上最速に近い早さで銅級になるんだよ。もう貴族になってたあたしの耳にも届いてたんだから。史上最年少の銅級パーティって」
「珍しいね。確か銅級でも全体の二割ぐらいしかいないはずだけど……。銀級が一割、金級がさらに低くて、白金級に至っては大陸で十数人という少なさでしょ」
銅級になればハンターとしては一人前だ。三十歳までに銅級になれれば御の字だとお父さんは言う。
ただ……どんな強者でも命を落とす時はあっさり落とすともぼやいていたけど。
「もうずっとあたしが戦い続けてる時だったから、細かい日付は覚えてないけど……トーニオがあたしのところに来て、報告してくれたの……。遺跡に潜った時に罠にかかってモンスターが出てきたんだって。みんなを逃がすために、アダーモは自分だけ盾になって……。罠を見破れなかったフェルモは……責任を取ってハンターを辞めたって」
「それをどうにかしたい、と」
「うん。アダーモにそれとなく伝えたいし……。そのモンスターを倒せれば、死ななくて済むでしょ? アダーモは縁の下の力持ちなのに、自信を持てずに本来の力を発揮できてないって、ジーナからの手紙でよく書かれてたからね」
どうにかしたいという気持ちはわかったけど、あのままだとあらぬ誤解を生みそうな気がするんだよな。
とはいえ、僕にそれを指摘する理由は特にない。あのペアの組み合わせが変わっても、問題はないだろうし。
「……嫌な予感がする」
「何が?」
「なんて説明すればいいかな」
勘だけど、これは火種だ。
後々――当分先の未来まで燻る代物。嫉妬ほど人を狂わせる感情もない。
火種が大火事になったら、僕にも飛び火して火傷してしまう公算も大だろう。
それは面倒という事態を引き起こす。いつだって未来にある面倒の引き金は過去の楽観によって作られているんだ。
「アダーモだけそうやって贔屓してると、トーニオがヘソ曲げるよ」
「別に贔屓でもないと思うけど、なんで?」
「なんでも。お姉ちゃんはしなくてもいい面倒を背負い込みたい?」
「しなくてもいいなら、それは嫌だけど……」
ジーナへの影響もあるけど、それは黙っておこう。
女子の嫉妬はさらに怖いと言うし……本でしかわからないけど。
「アダーモを死なせないために訓練させるのはいいよ。でも、どうせなら全員を鍛えるつもりでやった方がいいんじゃないの? ハンターなんてただでさえ危険なんだし」
「あ。それもそうだね。みんなが強ければ、強いほどいいじゃん!」
「忠告はしたからね」
まあ、あとはお姉ちゃんに任せよう。これ以上の介入は逆に拗れそうだ。
◇ ◇ ◇
次の日。
仕事と、僕の魔法を訓練を終えたあとで、お姉ちゃんと別れて僕は家に戻る。
久しぶりにゆっくりできそうな時間ができた。早く本を読まなければ死んでしまう。
「ちょっとマーラ! う、うちの子が、警備の兵士の人たちに喧嘩を売ったって!」
飛び込んできた近所のおばさんの第一声に、久々の読書に勤しんでいた僕は著しく胆を冷やした。
昨日の今日で何がどうなってるんだ。
僕が本を読んでると、よくないことが起きてる気がする。これがジンクスというものだろうか。
「うちのフランカが警備の人たちに何をしたのかしら……!? いつかとんでもないことをしでかすような気はしてたけど……!」
「う、うちのモニカが巻き込んだんじゃ……」
「も、モニカちゃんは一線は越えないもの。でもフランカは――」
情報があまりにも断片的すぎて、どっちが悪いのかすらわからない。
「まずは兵士さんたちの詰め所に行って、話を聞くべきじゃないかな」
「そ、そうよね。ロモロ君の言うとおりだわ。焦っててもどうにもならないものね……」
「じゃあ、わたしが行かないと」
「お母さんはそのまま寝てて! ネルケが起きるし」
「そうよ、マーラ。あなたはまだ病み上がりみたいなもんなんだから」
フランカのおばさんがお母さんを止めてくれたことで事無きを得る。
「とりあえず僕が行くよ。フランカのおばさんはお母さんをここで見てもらって」
「邪魔するよ」
一度、時間はかかるけどお父さんを呼びに行こうか考えていたところに、ありがたいことにゾーエお婆さんがやってきた。
「マーラに産後の肥立ちを聞きに来たよ。それとロモロ。もう例の噂は聞いてるんだろ? 行ってきな。お前さんが行った方が面倒がなくてよさそうだ」
「ありがとう。ゾーエお婆さん。すごいいいタイミングだったね」
「たまたまだよ。ほれ、さっさと行きな」
僕は安心して……いや、お姉ちゃんの罪状によっては不安で仕方ないんだけど、フランカのおばさんと一緒に詰め所に向かう。
街の中央区に程近い場所に、目的の場所はある。
近くの広場に到着すると、六人が各々ふてぶてしく座っているのが見えた。
すぐ傍には兵士の人たちが、六人に目を合わせしゃがんでいる。
お姉ちゃんたちの服はボロボロで、すでに一戦を交え、それは終わったようだった。
大量の血を流したり、気絶したり、大怪我をしている様子はない。
ひとまずそのことに胸を撫で下ろした。
「フランカ! アンタ何したんだい!」
「お、お母さん!? って、アタシは何もしてないって。衛兵の連中が――」
「暴力はいけないって教えただろう!」
親子で口喧嘩をし始める。周りが見えていなさそうだ。
お姉ちゃんと目が合うと、明らかにホッとした顔をしていた。何を期待しているのかわからない。
ここで一番偉い人は……あの見るからに面倒を抱えたという顔をしている人だな。革の鎧に鳥の赤い羽が何本かついてる。
「すいません。何が起こったのか、客観的な詳細を聞きたいんですが」
「おや、君は?」
「兵長さんですよね? ロモロと言います。そこで座ってるモニカの弟です」
「ああ、君があの賢者の神子……」
どんな噂を聞いてるのか知らないが、話が通じない人ではなさそうだ。
兵長さんは僕のような子供を侮ることなく、しっかりと理由を話してくれた。
事の発端は六人が広場で木の枝を使って、修行という名の遊びをしていた時のこと。
カンカンカンカンうるさいと思った兵士が、それを注意した。
トーニオやフランカは、ハンターになるための修行だと言うと、その兵士が鼻で笑い、蔑んだという。さらに、無駄でうるさいからやめろ、と見下した。
で、それに激昂したトーニオやフランカ、さらにお姉ちゃんまでもが挑発に挑発を重ねた結果、とうとう兵士側の堪忍袋の緒が切れ、トーニオを殴ってしまう。
そこから六人と、数人の兵士たちと乱戦になって――兵士たちを叩きのめしてしまったらしい。
「子供たちの金的を狙い続ける執念はすごかったな。男として胆が冷えたね」
「……どっちもどっちではありますけど、子供の挑発に本気になっちゃったんですか?」
「耳が痛いな。子供に手を挙げる兵士など以ての外だよ。最近は色々あって兵士たちも気が立っているのは確かなんだが……」
「乱闘に参加した兵士さんは三人ぐらいですか?」
「五人だ。油断していたのだろうが、子供に負けるなど……まったく。どう報告書を書けばいいんだ、本当に。金的を受けたら男の兵士が無力になるという当然のことが改めてわかったぐらいだ」
はぁ、と大きく深く溜息を吐く。
この街を守る人材として派遣されてきた兵士が、子供に負けるのはメンツ的にもよろしくないだろう。
しかも、先に手を出したのは兵士の方だ。大きな問題になりそう。
「おっと。すまないね。子供に愚痴など」
「お気になさらず。それで、お姉ちゃんたちは、なんでまだここに残ってるんですか?」
「ああ、こちらの方で怪我をさせてしまったからね。軍医に怪我を見てもらおうかと思ってたんだが、彼らの方がね……。中に入るのを了承してくれないんだよ」
すると、聞き耳を立てていたらしいトーニオの声が飛んできた。
「あいつらと一緒の部屋になんか入れるか!」
「……ってことでね。医務室に行ってもらおうと思ってたんだが、症状としてはこっちの兵士たちの方がヒドくてなぁ。それで、仕方なくここで待機してもらってるってわけさ。あっちの処置が終わり次第、準備を整えて軍医に来てもらう予定だ」
「はああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~」
内心で吐きまくっていた溜息が、ついに口から漏れていく。
お姉ちゃんに冷ややかな目を向けてみると、何やら言い訳がましい顔をした。言いたいことはあるらしい。責められるのは心外だと言わんばかりだ。
「ご迷惑おかけしました。軍医の方が来るのに時間がかかるようでしたら、こちらで六人を引き取ります。ちょうど薬師のゾーエお婆さんが家に来てますので」
「そうかい? それなら、その方が手っ取り早くてありがたい。かかったお金は、あとで請求してくれればお返ししよう」
「わかりました」
もっとも、ゾーエお婆さんは金は取らないような気はする。
「ちょ、ちょっと待て、ロモロ! ゾーエ婆さんは勘弁しろ!」
「あ、アタシもちょっとゾーエ婆さんは遠慮したいカナーって」
全員が全員、顔を引き攣らせる。特にトーニオとフランカは真っ青だ。
ゾーエお婆さんは馬鹿なことで怪我した人間には、痛みを伴う形で治すことが多い。
できる限り痛みがないように治すこともできるようだが、「痛くなきゃ、馬鹿を治せないだろ」とのことだった。
「治してもらえるだけありがたいと思いな、フランカ!」
「ええぇ~~~……」
そんな親の叱責に、フランカは決まりの悪そうな顔になる。
そこでようやく他の面々の親御さんも集まってきた。
僕の方から事情を説明すると、満場一致でゾーエお婆さんに見せることが決定し、全員が親に引っ立てられるように、僕の家へと向かっていく。
「ありがとうございました。……ええと」
「エットレだ。ここの兵長を務めている」
「エットレさん、ご迷惑おかけしました。あとでもう一回来るかもしれませんが、またよろしくお願いします」
エットレさんはまるで珍妙なものでも見るように目をぱちくりさせていたが、ひとまずお姉ちゃんを連れて帰ろう。
前を歩く五人の親子の背中を見ながら、僕はお姉ちゃんの横を歩く。
「……僕は軽はずみなことをしないようにって、注意してたと思うんだけど?」
「ろ、ロモロの言いたいことはわかるんだけど……でも、これは前もやったからいいかなーって」
「………」
「トーニオが挑発してるうちに、そういえばこれあったなーって思い出して」
「で、嬉々として挑発に参加したと」
「……はい」
「変なことやる前は、僕に言ってほしいって言わなかった?」
「い、言うタイミングなかったし……。これが起こるのが今日だなんて記憶にないし、流れで始まっちゃったから……」
「言わんとすることは理解できるけど、納得はしてないよ」
とはいえ、今回のような実際にあった事態をどうこなすかの判断はなかなかに難しいぞ。これがやり直す上でいいことかどうかもわからないから、こっちとしても口を挟みにくかった。
「前にやったみたいに、魔法で連絡してくれれば……」
「遠くに飛ばす場合、魔法を使ったことがバレるんだよ。マナが光っちゃうし」
八方塞がりである。
不問にしなければならない気がするんだが、やっぱり納得ができないんだよなぁ。
とはいえ一旦は諦めて、これを受け容れるしかないのか……。
「ひとつ聞くけど、結果は前と同じなの?」
「………」
「お姉ちゃん?」
「じ、実はボロ負けしたんだ。大人には勝てなくて……。ほ、ほら……。アダーモに自信をつけさせたいって言ったでしょ? だから、こういったところから小さな勝利を積み重ねていけば、自信がつく、かな、って……」
僕の表情を見て、お姉ちゃんの言葉は尻すぼみになっていった。
「お姉ちゃんの暴走は今に始まったことではないけど、とにかく目の前のことを短絡的にどうにかしようとする癖があるよね」
「そう……かな?」
「だって、問題を長期的に解決しようってビジョンがないじゃない」
「でもでも! ちゃんと勝って目的は果たしたから。アダーモもやりきった顔してるし」
「一時的な偶然の勝利で浮かれてどうするのさ。次に負けたらまたアダーモは自信なくすでしょ。今、積み重ねてってお姉ちゃんも言ったじゃん」
「う……」
これからはもっと、二手三手、お姉ちゃんの行動を先読みできるようにしなければ。
予想の枠をもっと広げて、柔軟に対応する必要があるな。
僕はこれから占星術師を目指した方がいいのかもしれない……。
星よ。僕に未来を教えてくれ。
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