勇者として

 <ファタリタ正史>


 勇者モニカの強さは個人としての突出した実力はもちろんあるが、彼女個人を支える者たちにこそあった。


 冒険者パーティ『サジタリウス』


 勇者モニカの幼なじみにして、五人の友人たち。

 死亡率の高いハンターだが、彼らはどんな困難なクエストからでも帰還する。

 最速で銅級となり、モニカの抱える問題の解決に大いに奔走したという。



 傭兵団『双翼』


 勇者モニカの父、アーロンとパーティを組んでいた沈黙の魔法師<ソフォカメント>ヴェネランダと大剛剣<グランドアルベロ>マティアスを擁する傭兵団。

 勇者モニカは貴族の養子になったとはいえ、個人的な私兵を持っていたわけではない。

 しかし、彼らは勇者モニカが戦場にいる時、必ず馳せ参じたという。



 そして――。

 一歩間違えれば彼らは勇者モニカの力になれなかったかもしれない。

 落命。再起不能。失踪。行方不明――。あるいは、そのようなことが起こりえた可能性は大いにあった。

 運命とは些細なことで、即座にその矛先を変える。


 分岐点は、すぐそこに迫っていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 次の日の朝。

 お世話になったゾーエお婆さんにお礼を言ってから、朝食を食べるために家に戻った。

 帰るとお母さんがまだ動けないようで、代わりにお父さんが朝ご飯を作っている。


「おう、おかえり。ロモロ、モニカも。朝飯できてるぞ。ほら。遠慮せず食べろ」

「このライ麦パン、なんだか歪だね……。お姉ちゃんの方が小さいから交換するよ」

「ありがと。というか、お父さんってば、中に入れてる具も適当過ぎない? この草って食べられるの?」

「細かいことは気にするな。黙って食べなさい」

「ああ。やっぱり私が」

「「「お母さんは寝てて」」」


 満場一致で当たり前の結論が出た。

 でも、お母さんを不安がらせるのは本意じゃない。


「お父さんはもう少しお母さんを不安がらせないようなご飯を作ってほしいな」

「むむむ……」

「無理なら僕がやるけど」

「いや、息子に頼ったとあっては親の名折れだ!」

「鍛冶やってるのに、料理になると大雑把で不器用になるのはなんでだろうね」

「鍛冶はいいんだよ。大雑把で。後から大抵どうにかなるから」


 本当かなぁ。まあ、やってるお父さんが言うならそうなのかもしれない。


「お母さん、体調はどうなの?」

「昨日はありがとうね、モニカ。昨日よりは体調もよくなったのよ。ネルケも無事に生まれてくれて、肩の荷も下りたしね」

「しばらくは無理するなよ、マーラ。昨日、モニカが仕事を休ませなかったらと思うとゾッとする」

「大丈夫よ。大人しくしてるから。その分、モニカやロモロが頑張ってくれそうだしね」

「任せて、お母さん!」

「また安請け合いして……」


 それから僕らがご飯を食べ終われると、お姉ちゃんはすぐさま僕に仕事を押しつけてきた。

 いや、裁縫とかお母さんの仕事はそもそも近所のおばさんたちに任せるから、薬草集めとか薪集めとかそういういつもの仕事を僕たちがやるだけなんだけど。


 お姉ちゃんは外に出ると、枝を一本取った。

 何事か唱えると、少しずつその木が削られていく。魔法を使ったらしい。

 一瞬でそれは剣のような形になった。出来映えを見て満足そうに鼻を鳴らす。

 魔法って便利だなぁ。


「木でできた模擬剣だよ。これで刃の付いた剣の代わりに練習するの。重さはまったく違うけど、型を確かめるのにはやっぱり剣がないとね」

「……仕事をサボってやることは剣の修行?」

「た、たまにはちゃんとやるよ。それにロモロの魔法の修行だって、まだまだなんだし」

「僕、昨日、軽はずみなことをせずに大人しくしろって言ったよね?」

「わかってるよ。でも、あたしは強くならなきゃいけないの。特にあの黒ずくめ……黒騎士には何度も煮え湯を飲ませられてるし……!」

「黒騎士?」

「魔族側にいた全身黒の甲冑を着込んだ騎士だよ。あたしに匹敵するほど強かった。確かにあたしたちが負けたのは支援がなかったからだけど……それでも、あたしが強ければもっとできることはあったはず」

「それで、その黒騎士を倒すために、もっと強くなろうとしてるってこと?」

「そういうこと。魔族は個々が強いけど、黒騎士さえ倒せばまとまりはなくなるし」


 呆れるぐらいに真っ直ぐである。


「わかってるの? 変なことしてたら、やり直してるっていう有利さが消えるかもしれないんだよ?」

「でも、前と同じことをなぞってるだけじゃ、結果は変わらないってことでしょ。だったら、多少変わってでも押し通すぐらいの強さを持てばいいんだよ」

「………」

「あたしは勇者で、みんなを守る義務がある。あの時、救えなかった人たちを助けるためにも、あたしはもっと力をつけなきゃいけない。魔法でも、剣でもまるで足りなかったんだから。必殺技だって一刻も早く完成させなきゃ……」

「気持ちは……まあ、理解できないでもないけど」

「それに、この時期のことはほとんど覚えてないんだし、やっちゃいけないこともやらなきゃいけないこともわからないし。だったら、自分の思うとおりにやった方がいいじゃない」


 一理はある。

 結局のところ、僕らは神などではない。いつ何が起こるかなど、知る由もないし、自分たちの行動が世界に与える影響などわかるはずもない。

 なら、自由に動くのもひとつの答えではある。

 しかし――。


「それと僕に仕事を押しつけることは、何の因果関係もないよね?」


 半眼でそう睨むと、お姉ちゃんはばつが悪そうに頬を掻く。


「じ、時間を無駄にしたくないなーって」

「どうせお昼までには仕事が終わるんだから、それまでは我慢してよ。やり過ぎは身体の毒だってゾーエお婆さんも言ってたし」

「ゆ、勇者は……」

「勇者を言い訳にしない」


 勇者自らルールを破るようでは問題である。

 強くなったけど、道徳や倫理は失われました……では様にならない。

 もし、このままお姉ちゃんが吟遊詩人の詩になったら、荒唐無稽な物語になりそうで空恐ろしいね。

 ただの面倒くさがり屋な勇者の詩なんて流行らないと思うよ。……そもそも、それは勇者なのかという疑問は置いておいて。



 それから昼ご飯の時間に、買ってきたパンとチーズを持って家に帰る。

 新たに家族となった妹のネルケはお母さんの腕の中ですやすや寝ていた。


「よく寝てて大人しいのよ。モニカやロモロはずっと起きてたから、普通の子になりそうね」

「さらっとお姉ちゃんだけじゃなくて、僕まで普通じゃないって言ったね。お母さん……」


 不服だと思っていると、顔に出たらしい。お母さんは苦笑する。


「モニカは女の子らしくないし、ロモロは子供離れしてるんだもの。わたしは普通の子も育ててみたいわ」

「お母さんのご希望に添えなくて、申し訳ないとは思うけど」

「謝る必要はないわよ。モニカもロモロもお母さんの自慢の子供だもの」


 そんな話をしていると、ネルケが起きて、少しずつぐずり出す。


「はいはい。今、ご飯、あげますからね」


 お母さんは胸を曝け出して、ネルケに母乳を飲ませる。

 ネルケはすぐに泣き止んで、静かにこくこくと飲んでいる。


「本当に素直ねぇ」

「お姉ちゃんや僕はどうだったのさ……」

「聞きたい?」

「後学のために」

「モニカは全力で泣いたと思ったら、お乳あげると全力で吸い尽くそうとするの。ロモロは全部わかってるみたいに自分で服を捲って勝手に飲もうとしてたわよ」


 聞かない方がよかったかな。

 お姉ちゃんがネルケを見ながら微笑む。


「でもネルケ、可愛いなぁ。これなら立ち上がるのもすぐだね」

「気が早すぎよ、モニカ。喋るようになるのが先ね」

「あ、そうだった。早くモニカお姉ちゃんって呼んでくれないかなぁ」

「そう言えば僕もロモロお兄ちゃんって呼ばれることになるのか」


 僕も兄らしくしないといけないということか。なんかようやく実感が湧いてきたぞ。

 どんな物語を聞かせてあげればいいかな。幾つか知ってる物語を選別して、子供用に簡単にしておこうか。


「あ、ふたりともご飯食べ終わったら、しばらく外に出た方がいいわよ」

「え、なんで? お母さんとネルケはどうするの? 誰か見てないと」

「近所の人たちが来てくれるのよ。そんな中にいても居心地悪いでしょう」

「お母さんを見てる人がいるなら問題ないか。絶対に無理しないでね」


 そんなわけでご飯を食べ終わって、僕らは家から出た。

 代わりにご近所付き合いのあるおばさんたちが家に入っていく。


「さて。それじゃ、ロモロの魔法修行しようか」

「またやるの……?」

「当然だよ。マナに呼び掛けて、集められるようにならないと。マナの集め方からして、奥が深いからね」


 森の近場にある広場に向かい、再びお姉ちゃんに後ろから抱き留められてると、マナが身体の中に入ってくる。

 また身体が少しずつ重たくなっていった。倦怠感が増してくる。

 まるで全力で走ったような疲労がのし掛かっていった。


「もう少しやれば、自分で集められるようになると思うから、そうなったら自分でやるんだよ?」

「やるんだよって……毎日やるの?」

「もちろん。マナの通りを少しでもよくすることが、魔法を強化する第一歩だからね。それが広い意味での魔力って言われてるものでもあるよ。マナを集める速さだったり、圧縮のやり方、放射の仕方。極めようとすればキリがないから」


 そんなことを話しながら、マナの出し入れを十回ほど行ったところで、僕の身体は限界を迎えた。

 呼吸が荒くなり、これ以上はマナを留められないし、入れることもできない。


「もう、無理……」

「早いなぁ。だらしなくない?」

「魔法の習い方として、これは本当に正しいのかどうか不安なんだけど」

「大丈夫大丈夫、お姉ちゃんに任せなさい」

「そのお姉ちゃんに任せるというのが一番の不安だから言ってるんだけどなぁ」


 当の本人にその自覚はないようだ。

 命の危険でも感じない限り、お姉ちゃんの人体実験には付き合うけど……。

 弟はつらい。お姉ちゃんの言うことに絶対服従という立場だ。

 ネルケにはこんな思いをさせないよう、僕が身体を張らないと。


 以前と同じように、お姉ちゃんの太腿を枕に寝転がる。

 このまま寝た方が楽そうだと思うぐらい身体が動かせない。


「魔法を使うと、やっぱりこのぐらい疲れるの?」

「そうだね。戦争中だと魔法師の人たちは、真っ先に疲労困憊になってたかな」

「……戦争。お姉ちゃん、それに参加してきたんだよね?」

「うん。してきたよ。……魔族も人も、たくさん斬ってきた。この国の人たちを守るためだって信じてね」


 この脳天気なお姉ちゃんが、人を傷付けたという事実が信じられない。

 けど、戦争は否応なく、人が人を殺す空間だ。自分がやらなきゃ、自分が殺される世界だ。

 参加したことどころか見たことすらない僕には読んだことのある物語を通してしか、お姉ちゃんの気持ちを推し量ることはできないけど……。


「マナの奪い合いから始まって、魔法合戦。それから矢での応酬が始まって……歩兵の人たちがお互いにぶつかり合って、横合いから騎兵が走ってくる。だいたい、いつもこんな感じだったよ」

「物語でもそんな感じだったかな」

「戦争なんて……虚しいだけだと思うんだけどね。あたしは嫌いだったよ」

「まあ、それは……」


 デメトリアの持ってきた本の中に、とある人の手記集のようなものがあった。それはこの国の外交官のもので、自分の行ってきたことの結果や是非を後世に残す目的で書かれたものだ。


 曰く、戦争は外交の一手段である。


 戦わずして勝つことが最良の外交だと。

 戦争を目的として、国を運営することは破滅への第一歩だと。

 人の死には負の感情がどうしても纏わり付き、それは隣国あるいは自国に向く。

 だからこそ、著しい死をもたらす戦争はすべきではなく、戦わなければそれ以上の犠牲が出る時にのみ行使するべきだと、本では結ばれていた。


「それでも……しなきゃいけない時があるってのは、どうにか理解したけど。最後まで納得はできなかったな」


 お姉ちゃんらしからぬ台詞だった。

 起きなきゃ起きないで、それに越したことはない。

 要は戦争で得るべき目的を、別の形で達成すれば戦争などする必要がないのだ。

 これからお姉ちゃんが言う通り勇者になって、戦争に巻き込まれるとするなら……どうにかしてお姉ちゃんから戦争を遠ざけたいな。


「お、いたいたー」

「ようやく見つかったね」

「ホント最近、どうしたんだ? 全然顔出さないし」


 しんみりした空気を吹き飛ばすように、どやどや賑やかなお姉ちゃんの友だちがやってくる。

 トーニオ、フェルモ、アダーモ、フランカ、ジーナ――お姉ちゃんにとっては、いつもの馴染みある五人だ。


「ちょっとロモロを鍛えようと思ってね。トーニオくらいにはなってもらわないと」

「あー。こいつひょろっちいもんなー」

「放っておいてよ。僕はいたって標準だし。馬鹿力のお姉ちゃんや、それに近い力を持つトーニオがおかしいだけだから」

「だ、大丈夫だよ、ロモロくんは普通だよ」


 お姉ちゃんの友人の中でも唯一の常識人であるジーナが慰めてくれる。

 わかってくれる人はわかってくれるのだ。理解者がいるだけで心が癒された。


「でも、本ばっか読んでたら、身体にカビ生えちゃうよ?」

「動かなすぎるのもよくないと言いますからね」


 フランカとフェルモがとてもありがたい忠言をしてくれる。一般的に普通に生きてたら人体にカビは生えない。


「人にはそれぞれに与えられた役割があって、それをこなせれば充分でしょ」


 僕がそう反論するもののみんな首を傾げている。ピンと来ていないようだった。

 僕はごくごく当たり前のことを言ったつもりなのに……。


「そうなるとモニカ。僕たちの方とはしばらく無理ってこと?」

「ううん。今日の分が終わったところだから、今からそっちに行くつもりだったんだよ。最近、手が離せなかったけど、ようやく落ち着いたからね」


 アダーモの言葉に、お姉ちゃんは少し落ち着いた言葉で返す。

 アダーモは少しだけ首を傾げたようだったが、まあいいかと言ったように受け流した。

 いつもの姉と少し違うことに気付いたのかもしれない。お姉ちゃんの友だち仲間の中じゃ、ぼーっとしてるように見えるけどこの中じゃ一番鋭いしね、アダーモって。


「よーっし! それじゃハンターになるための修行を始めるぜっ!」


 血気盛んなトーニオが拳を突き上げると、みんなが揃って拳を突き上げる。

 お姉ちゃんを含めたこの六人は、全員がハンター志望だ。

 ただ、どっちにしろ、お姉ちゃんがハンターになれるとは思えない。

 理由は簡単で、お父さんが猛反対しているからだ。


『あんなの行き場を失った無法者がやるもんだ』


 元ハンターというだけあって、その言葉には重みがあった。

 基本的にお姉ちゃんには甘く、大抵のわがままを聞いてくれるお父さんでも、絶対に許さないと明言している。

 これまでお姉ちゃんは、そのことで時折、お父さんとはぶつかっているしね。


 これはお父さんの仲間だったヴァリオさんも同じ意見なようで、


『夢はありますが、逆に言えば夢しかありませんよ。しかも、儚い夢です。常に生死の危険があって、生き急がされることになります。まだ若く、生きる術が存分に広がっているのに、その中で真っ先にハンターを選ぶのは軽率と言わざるを得ませんね』


 しかし、その夢に引き寄せられる人は多かった。

 ここにいるトーニオたちもそうだ。


「ハンターって毎年、志望者が万単位でいて、なれるのは千ぐらいって聞くけど……」


 僕がそんな指摘を入れると、トーニオは気にした様子もなく、鼻を鳴らす。


「俺たちは強いからな! むしろ、ハンターギルドから勧誘が来るだろうぜ!」

「……あんたのその自信はどっから来るのよ」


 フランカが冷ややかに言うが、トーニオは聞く耳を持っていない。


「ちなみに千人ぐらいが入って、千人ぐらいがその分、死んでるわけだけど……」

「そいつらは弱かったから仕方なかっただけだっての! 俺ら違うしな!」


 よくわからないが、とにかくすごい自信だ。トーニオは胸を反らして笑っている。

 意思が固いなら、僕がこれ以上言うこともない。

 もっともジーナだけは千人ぐらいが死んだと聞いて、顔を引き攣らせてたけど。


「ハンターギルドに登録できるまで、あと二年ほど待たなければなりませんけどね」

「それまでに適性も見つけておかないといかないし」


 フェルモとアダーモが揃って肩を竦めた。


「適性だぁ? 俺はモンスターハンター以外、ありえねぇぜ!」と、トーニオ。

「あたしはアクアハンターかな。泳ぐのも得意だし」と、フランカ。

「わ、わたしは……プラントハンターに……」と、ジーナ。

「僕はトレジャーハンターですね。遺跡に潜ってみたいですし」と、フェルモ。

「オレっちはなんだろうな。ゴーストハンターはさすがに無理だし……」とアダーモ。


 ハンターには幾つか種類がある。

 有用植物などの新種や群生地を見つけるプラントハンター。

 各地に出没するモンスターを討伐するモンスターハンター。

 遺跡や洞窟に潜り、財宝を探索するトレジャーハンター。

 海の資源や新しい水源などを調査するアクアハンター。

 不可思議な現象を調査し、無力化するゴーストハンター。

 人捜しや物探し専門のロストハンター。


 もっとも半分以上は見習いで雑用専門のグリーンハンターとなるのだけど。

 それから、どれになるかはその人の働き次第だ。

 まあ、それぞれなりたい理由もわかるから何も言えない。特にトーニオはモンスターに母親を殺されてるしね……。


「モニカもモンスターハンターよね?」

「……あ、あはは。そ、そうだね」


 フランカが水を向けると、気まずそうに漏らす。確かに、この前まではモンスターハンター志望だった。

 現在は何の因果か、勇者志望だけど。


「というわけで、さっさと行こうぜ。じゃあな、ロモロ。上腕二頭筋鍛えておけよ」


 トーニオが先導して、どこかに行こうとしているが、そこでお姉ちゃんはアダーモの手を掴んで、引き留めた。


「も、モニカ? ど、どうしたの?」

「アダーモ。今日はあたしとつきっきりでやるからね」


 アダーモを始めとした五人に微かな戸惑いが浮かぶ。

 その中でもトーニオとジーナが、特に眉を顰めていた。

 あーあ。

 知らぬは当人たちばかりなり。ふたりは周囲の変化に気付いていない。


「ど、どうしたの、突然……」

「アダーモはボーッとしすぎだから、もっと緊張感を持たないとダメだと思うんだ」

「う、うーん。モニカに言われるとは思わなかったなぁ」


 この街の人たちは用事がない限り、ほとんど街を出ない。あらゆることが街の中で完結してしまうからだ。

 つまり同じ街の人同士で結婚するのが一般的なのだ。僕とデメトリアは極めて珍しいケースである。

 そうなると人間関係、とりわけ恋愛関係はこの頃から固まってくる。子供の頃から年頃の男女で一緒に行動していれば、必然的に。


 親も親で、相手にさっさと唾を付けたりもする。

 だから、トーニオとお姉ちゃんはそういう目で見られているし。トーニオもそれを憎からず思っている。今の反応もそうだし、普段からバレバレな態度だし。

 フランカとフェルモや、ジーナとアダーモも、仮初のペアのようなものだ。

 だから、今のお姉ちゃんの行動は積極的だった分、ちょっとした波紋を作っている。

 ま、そうは言っても、今すぐ大事に至ることはないだろうけど……いずれ、人間関係に亀裂が入りかねない行為だ。


「ほら、どうでもいいから行こうぜ」


 トーニオが少しだけ不機嫌にそう言って離れていった。

 他の五人もそれに続く。

 お姉ちゃんはアダーモの手を握ったまま走り出していた。

 奇行の理由はなんとなく察しがつくけど……周囲の影響を考えたやり方をしてほしい。

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