厄介者たち

「誰? こんなのいたっけ……?」


 剣呑な雰囲気の男たちを前に、お姉ちゃんがクエスチョンマークを浮かべて僕に聞いてくる。

 お姉ちゃんはお父さんの注意を真面目に聞いてなかった節があったし、首を傾げるのも無理はない。


「最近になってうちの地区に現れた厄介者だよ……」


 小声でお姉ちゃんに囁くように言う。

 一ヶ月ほど前に突然やってきた盗賊紛いの連中で、突然、この森の所有権を主張してきたのだ。

 何でも彼らの代表が昔、この土地を所有していたとか。


「あ? 何をぶつぶつ言ってるんだ? とにかく、ここのもんはすべてウチのもんだ」

「え? そうだったの?」

「違うよ、お姉ちゃん……。ここの森は昔から僕らみんなで活用してたところだし」

「そうだよね。薪とか薬草とか木の実とか果物とか動物とか、ここが使えなかったらあたしたち困るじゃない」

「小声でお願い! 聞かれたくないから小声で言ったのに……!」


 なんでお姉ちゃんは向こうに聞こえるように言ってしまうのか。


「ウチの代表が持ってる文書がその証拠だろうが! 所有権はウチにあんだよ!」

「そうなの!?」

「違うってば、お姉ちゃん……。正誤の判断がつかなかったから、領主へ送って確かめてるんだよ。今はその審理中のはずだから……」

「判断がまだなら、なんであいつらはここを縄張りとか言ってるの?」

「判断なんかそもそも仰ぐ必要ねーんだよ! あの文書は本物なんだからな!」

「ここのみんなは納得してないけど……」


 だから、大半の住人たちは勝手に入っている。お父さんたちは僕らの身を案じてかやめなさいって言ってたけど、今日お姉ちゃんは話を聞いてないからか、いつものようにここに来たわけで。僕は止めたけど、大丈夫大丈夫って言うし。

 今思うと大丈夫じゃなかったな。お姉ちゃんの記憶も含めて。


「集めた薪を寄越しな。こっちで活用してやっから」


 これ以上、騒ぎを大きくするべきじゃない。

 薪を渡すだけで見逃してくれるなら――。


「なんで? ここはみんなの森だよ。あなたたちの森じゃないけど?」

「ちょっとお姉ちゃん!? 大の大人が五人相手だよ!」


 さすがに胆が冷える。

 どう足掻いても死ぬ。殺される。

 お姉ちゃんはここまで分別つかないはずじゃないのに……。


「森に入ったらどうなるかわからねーぞって警告したはずだよなぁ?」

「知らないわよ。そもそも、あんたたち誰なわけ? ここは誰のものでもない、何度も言うけど、みんなの森よ」

「わかんねーやつだなぁ。ここは貴族、パネトーネ様の――」

「パネトーネって誰……? そんな貴族の名前聞いたことないなぁ。あたし、スパーダルド領内の子爵までは、ちゃんと覚えてたはずだけど……」

「は? スパーダルド?」

「何にせよ、あたしを黙らせたいならせめてランチャレオネなりアシャヴォルペなりの名前を出してほしいかな」

「よ、四大公爵家? 何言ってんだ、お前」


 僕の感想も目の前にいる男と同じだった。

 お姉ちゃんが貴族の名前なんて覚えてるはずがない。そんなものをお父さんやお母さんから聞いているとも思えない。そもそも両親が知っているかすら……。

 うちの領主のスパーダルドくらいは知っててもまだおかしくないかもしれないけど、それ以外の名前まで知ってるのは明らかに異常だ。


 不思議がる男だったが、溜息と共に「もういい」と言って顎で周囲の男に指示を出した。

 目の前にずかずかと無遠慮に歩いてくる巨体の男。

 その男がお姉ちゃんに向かって手を伸ばす。


「ま、適当に吊して木刀で叩けば大人しくなるだろ――」

「猛き烈風よ。〈ブラスカディストゥルッジェレ〉」


 最後まで言い切ることは出来なかった。

 その巨体の男は、数十メートルほど山なりに吹き飛ぶ。

 厳つい連中の上を過ぎ、地面へと叩きつけられ、そのまま転がっていった。

 普通ではあり得ない吹き飛び方を見て、男が口をあんぐりと開けている。


 お姉ちゃんは前に差し出した手を感触を確かめるように何度か握ったり開いたりした。


「マナはちゃんと応えてくれるね。問題なし」

「な、何をしやがった……?」

「魔法だけど」

「「魔法!?」」


 僕と彼らの言葉がピッタリ重なる。

 目の前で起こったことを理解するのに、かなりの時間を要した。


「そうよ。ロモロ、あたしが未来から戻って来たってこれで信じてくれる?」

「いきなり言われても、何が何だか……」


 ただ、異常事態が起こっているのは確かだ。

 お姉ちゃんの周囲はキラキラと光の粒が舞っており、これは魔法が使われる時の現象で間違いない。


「ふ、ふざけるなよ! 魔法は貴族しか使えないはずだ!」

「そういうわけでもないんだけど、とにもかくにもあたしは使えるんだよね」

「ハッタリだ! 何かタネがあるだろう!」


 一番偉いのであろう男は部下たちに「やっちまえ!」と指示を出した。

 しかし、彼らも大男が吹き飛ばされたのを見て、及び腰になっている。


「烈風よ、我に宿れ。〈ブラスカレスターレ〉」


 その一瞬の間に、お姉ちゃんは彼らの前に立っていた。

 ……いつの間に?


「これでもあたし、魔法だけは一流だからッ!」


 そんなことを言いながら、お姉ちゃんは周囲にいたひとりを回した足で蹴り飛ばす。

 蹴られた人は直線上に吹き飛び、木の幹に当たってそのまま気絶した。

 別の男が殴りかかろうとしたのを躱して空中へ跳躍。

 落下の勢いに任せてまたも蹴り。蹴られた男は半分地面に埋まった。


 お姉ちゃんの身体に光の粒が纏わり付いてから動きが明らかに人間離れしている。

 さっきまで立つのすら覚束なかったのに……。

 魔法で身体強化ができると以前読んだ本のおかげで知ってるけど、お姉ちゃんが本当に魔法を使っているのだとしたら、この異常な挙動はその魔法のおかげか?


 すると、もうひとりの男がナイフを取り出し、お姉ちゃんに向かって突き刺す。

 マズいと思ったのだけど、こちらが冷や汗を掻く間もなく、お姉ちゃんは手刀を作ってそのナイフを叩き折った。

 ……って、ナイフを折った!? 素手で!? いやいやいやいやいやいやいやいや……。


「う、嘘だろ……」

「さっさとこの森から出ていって」

「じょ、冗談じゃねぇ! ガキに舐められたまま――」

「あっそ。疾風よ、縛れ。〈ブラスカレガート〉」


 一番偉い男がナイフを取り出すと、お姉ちゃんはすぐさま手の平を男に向ける。

 次の瞬間、触れてもいないのに男が吹き飛び、幹に当たった。

 先ほど蹴られて吹き飛んだ男と違い、下にずり落ちないし、気絶していない。

 不可視の力で身体を押さえ付けられている。


「な、何だこりゃ!?」

「風の魔法で縛り付けてるのよ」

「う、嘘だ! 汚らしい平民にこんな真似!」

「嘘だったらあんたが動けない理由は何?」

「このっ!」


 押さえ付けられた男はかろうじて動いたのであろう手首を動かし、スナップを利かせてナイフを投げつけてくる。

 そんな苦し紛れな投擲がお姉ちゃんに当たるはずもなく、しかし、それは僕の方へと向かってきた。

 しかし、ナイフは僕の手前で不自然なほど失速し、地面に落ちる。もしかして、お姉ちゃんの魔法で勢いを失ったのかな?


 その瞬間――。

 お姉ちゃんの雰囲気が。

 顔付きが――変わった。


「あんた今、弟に殺意向けた?」

「ひっ……!」


 大の大人が一瞬で恐怖に顔を歪めるほど、鋭い剣呑な目付き。


「ねえ? 向けたよね? さっき適当に吊して木刀で叩けば大人しくなるとか言ってたよね。いい大人なんだし、自分のやろうとしてたことを自分がやられる覚悟をしていないなんてことないよね。喧嘩売ってきたのはそっちだし」

「や、やめてくれ……」

「やめて? やめてって言われて、あなたたちやめたことあるの? あなたたちみたいな盗賊紛いの人間が、罪悪感に駆られてやめてるところを一度も見たことないんだけど」

「ゆ、許して。も、もうしない――」

「そんな口先の言葉を信じるほど、甘い世界で生きてきたつもりはない」


 今までに見たこともないような、お姉ちゃんの冷たい表情。

 別人かと思ってしまうほどだった。

 背中がぞくりとする。


 でも、目の前にいるのは間違いなくお姉ちゃんだ!


「お姉ちゃん! やめて!」


 腕が振り下ろされようとした瞬間、僕はお姉ちゃんに抱き付いた。


「っと……ど、どうしたの、ロモロ」


 勇者云々はともかくとして、今のお姉ちゃんが大きな力を持っているのは事実。

 このままではお姉ちゃんが、本当にこの人を殺してしまいそうで。

 それは――すごく嫌だった。何か、取り返しがつかないことのような気がして。

 お姉ちゃんはハッと気づいたように目を窄める。


「……ごめんね、ロモロ。怖がらせちゃったかな」

「いや、怖がったわけじゃ……」

「ごめんね、ごめんね」


 聞こえてきたのは、いつものお姉ちゃんの声だった。

 風に縛られていた男は、すっと優しく地面へと落とされる。

 彼はすでに気絶していた。


「人の命が軽い戦争を体験してきたからかな……。こっちに危害を与えてくる相手の命を奪うのに、躊躇がなくなってた気がする。躊躇ったらこっちが死んでたから……」


 感慨深げに語るお姉ちゃんの言葉には、何よりも信憑性がある気がした。

 お姉ちゃんは嘘を言っていない。

 しかも、もう魔法まで使ったのだ。信じざるを得ない。


「とにかくもう帰ろう、お姉ちゃん」


 薪も充分集め終わった。

 彼らを放置するのは少し気が引けるけど、僕らに出来ることはない。

 僕とお姉ちゃんは帰路につく。

 お姉ちゃんはすっと僕の手を握ってきた。


「な、何さ? いきなり……」

「こうして、ロモロとまた手を繋いで歩けるとは思わなかったな」

「……も、もうひとりで歩けるなら手を離してよ」

「だーめ。今日一日はずっと手を繋いでるの。家族の温もりは何物にも変えがたい宝物なんだからね」


 なんだか見たこともないような優しげな表情をされてちょっとビックリした。

 それよりも何よりも七年後から戻ってきたという方がビックリだけど。


 ただ、困ったことに。


 七年後から戻ってきた――タイムリープしてきたということを、頭っから否定するわけにもいかない。

『賢者の知識』――。

 僕には前世の記憶があって、異世界から転生してきたのかもしれないという事実を隠していることを考えたら、ね……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ファタリタ正史において、モニカとロモロの誓いは十歳と八歳の時に行われたとされる。

 十歳の時にモニカは勇者としての使命に目覚め、八歳のロモロはそれを命を懸けて支えると誓う――。


 が、そんなものは存在していない。

 而して、その実態はこんなものだ。


 <ヴェルミリオ大陸裏史>  第一部 第一章 二節より抜粋

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