二周目勇者のやり直しライフ ~処刑された勇者(姉)ですが、今度は賢者の弟がいるので余裕です~

田尾典丈

第一部

お姉ちゃんが勇者とか言いだした

 <ファタリタ正史>

                   著者 R・シモーネ



 これは奇跡の証明。


 勇者と賢者が、心を合わせて平和を勝ち取った。


 そんな歴史の一幕。



 当事者でない者たちも世界滅亡の危機を知っている。


 だが、皆は奇跡の仔細を知らない。



 我が国を襲う他国の侵略戦争に、革命による内戦。


 我らが領主の治める領地への他領からの侵攻。


 国内に隠れ住んでいた少数民族たちの虐殺未遂。


 隣の国から忌まわしい赤い波がやってきたことや、砂漠を越えた先に存在した亜人の国とも紛争があった。


 そして、講和派魔族との和解に、主戦派魔族との戦い――その彼らを裏から操る魔王の存在。


 どれを取ってみても、一歩間違えれば世界の滅亡になりかねなかった。


 その一歩を間違えず、導いてくれたのが勇者と賢者だ。



 類い希な奇跡でも、時間は全てを風化させていくものだ。


 この伝説もまた、いつか少しずつ色褪せていくだろう。


 だが、忘れてはならない。


 勇者と賢者。


 神の遣わした姉弟の起こした奇跡を。



 それは、姉が十歳、弟が八歳の時、純なる誓いから始まった。

 十歳の時にモニカは勇者としての使命に目覚め、八歳のロモロはそれを命を懸けて支えると誓うのである――。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――というわけで、お姉ちゃんは勇者だったんだよ!」


 愚にもつかない戯言をお姉ちゃんに真正面から真顔で言われた。

 こういう場合、弟の僕はどうすればいいのかな。何が最適解になるだろう。


 日課の薪集めを早く終わらせようと、お姉ちゃんとふたりで森の中を彷徨いていたところで突然も突然だった。

 ふと上を見上げると木々の隙間から少し暗めの空が見える。もしかしたら、何かよくない邪気でも西から運んでいたのだろうか。

 人の心を操るモンスターでも出てこようものなら一大事だ。すぐに兵士の人たちに知らせないと大変なことになる。だが、そんな気配は周囲に一片も漂っていない。

 モンスターが出れば本能的にいち早く逃げるはずの鳥や小動物は、平和を満喫するように鳴いている。彼らは実に楽しそうだ。小さな果物の実を啄んだり、木の実を囓ったりと自由に食欲を満たしている。世俗にとらわれていなさそうで実に羨ましい。


「ちょっとロモロ! 聞いてる!?」

「聞いてるよ。薬師のところに連れて行けばいいって話でしょ。ゾーエお婆さんのところに行こうか」

「まったく信じてない!?」

「どうして信じてもらえるって思ったの、お姉ちゃん……」


 姉モニカは、現在十歳。

 身体を動かすことが何よりも大好きで、じっとしていられないタイプだ。落ち着きがない。最近では枝を振って兵士さんたちの真似をしているほどで、典型的な男勝りと言ってもいいだろう。お母さんが毎日のように溜息を吐いて心配している。

 炎のような真っ赤な髪だけはお母さんの言いつけで長く肩まで伸ばしていて、申し訳程度に頭の上で馬の尾のようにまとめられていた。

 服装は他の同年代と大差ない。上着にもスカートにも、幾つものつぎはぎがあり、地味な色合いの布がそこら中に点在している。何しろお姉ちゃんは服をよく破るから……。


 その正反対が僕であり、ロモロ。現在八歳。

 外に出るのが億劫で、できれば家でじっとしていたいタイプだ。お父さんの知り合いのコネで貸してもらえる本を読んでいれば幸せである。どちらかと言えば細かい作業の方が得意で、女々しいとよく言われる。お父さんが心配していたが、気にはしていない。

 僕の方は未だツギハギひとつないありふれた布の服。暴れて破らないからね。


 性別が入れ替われば丁度いいのにね、などと近所のおばさんたちによく茶化されている。余計なお世話です。


「ううー。もう会えないと思ってたロモロが目の前にいるのに、弟がすっごく冷たーい!! せっかく会えたんだから、もっと優しくしてよぉ!」


 お姉ちゃんが地べたに座ったまま、また泣きそうな顔になる。

 これは決して僕のせいじゃないと思うんだけど……。


 おかしいなぁ。朝は普通だったのに。今日も僕の分の食事を半分奪って食べてたし。

 薪集めの最中、お姉ちゃんは何の脈絡もなく倒れ、しばらく伏せったままになった。

『助けを呼びに行かなきゃ!』と踵を返そうとした瞬間、お姉ちゃんは起き上がった。

 そして、こちらを見て、駆け寄ってきて、抱きしめてきて、開口一番――。


「ロモロー! 生きてるー! 会いたかったよぉ!! 触れるー! 幽霊じゃないー!」


 と、号泣しながら抱き付いてきたのだ。さっきまで一緒にいたよね?

 明らかに奇行である。

 人の話を聞かないことで有名なお姉ちゃんではあるが、理解できない異常事態だった。

 それからどうにか泣き止むと「首繋がってる!」と言い始めたり、「今、あたし何歳?」とか「今っていつ?」とか聞いてきたので、十歳だとかアレハ歴924年の冬だとか律儀に返しつつ、僕が「……何を言ってるの?」と訝しげに聞いたら――。

 たった今勇者だった――との答えが返ってきたのだ。


「ちなみにお姉ちゃんは勇者って、意味わかって言ってるの?」

「違うんだってば! わたしが勇者になるのはこれからなの! 今、あたしが十歳だとしたら、えーっと……十二歳の頃だったから……あと二年後ぐらいに!」

「勇者願望を持ってる平民は、世の中に結構いるらしいね」

「ホントなんだってばー!」


 勇者とは簡単に言えば英雄の俗称であり、吟遊詩人が数多唄う英雄譚の主人公だ。

『世に悪しき存在が生まれし時、勇者は生まれ、彼の者を討つ』

 ……という言い伝えがあり、これは大陸中に絵巻や口伝で広まっている。


 勇者の物語は何十年、下手をすると数百年も昔から吟遊詩人の詩として、数多の物語が存在している。誰しも幼少期に一度は憧れるものだという。

 事実をモチーフにしたという触れ込みの物語もあるし、完全に架空の物語もあるし、地方に伝承されてる物語もある。類似しているものも多いけど、もはや数え切れない。

 まあ、お姉ちゃんが女だてらに勇者になりたいというのも、性格から考慮すれば歳相応ではあるかもしれない。

 しかし、なりたいではなく、なるというのはいくらなんでも妄想が過ぎる。

 第一、昨日まで全然そんなこと言ってなかったし、そもそも――。


「そもそも、あたしは死んだんだよ! 今さっき!」

「は?」


 考え事を中断した言葉を聞いても、ますますわからない。

 一度死んだ? 今さっき、何の脈絡もなく倒れたこと? お姉ちゃんの独自言語で、あれは死なの? それで頭もおかしくなったの?


「一旦帰って、お父さんとお母さんに……」

「お願いロモロ! 信じて! お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い!」

「いや、でも……」

「みんなに『賢者の神子』とか言われてた癖に、頭が固い!」

「子供のくせに背伸びをして大人のような振る舞いをする『大人ぶった厄介なガキ』って嫌味じゃないか!」

「『賢者の知識を持った子供』って意味でしょ!? あたしちゃんと知ってるんだからね」


 まあ『賢者の神子』に、いい意味と悪い意味の両面があるのは事実だ。

 確かにお姉ちゃんは嫌味を言えるような人間じゃないけど。


 ただ……『賢者の知識が入り込んだ』というのは、あながち間違ってもいないかもしれないのが返答に困るところだ。

 親にもお姉ちゃんにも言ってないし、誰にも言えない。それこそ頭が変になったと思われかねないし。言うのはちゃんとはっきりしたことがわかってからだ。


「……えーと、ただ本を読めるだけでそう言われるのはどうかと思うけど……」

「考え方が子供離れしてるって言われてたでしょ!?」

「関係あるかなぁ……」

「せめてもうちょっと話を聞いて! お姉ちゃんの一生のお願い!」


 鬼気迫る顔で服を掴まれ、僕は立てなくなってしまった。一生のお願いはいつものことだからいいとして。

 このお姉ちゃんを振り払うのはちょっと罪悪感がある。そもそもたぶん力の差で振り払えない。


「わかった。わかったから。話聞くから……」


 こうなってしまったからには仕方ない。話だけは最後まで聞こう。

 ひとまず、振り返ってお互いに座ったまま向かい合った。

 お姉ちゃんは一安心しつつ、いい子いい子と言いたげに笑みを浮かべる。


「えーと。どこから話せばいいのかなぁ……」


 しかし、説明下手なお姉ちゃんなので、見るからに悩んだ顔をし始めた。

 以前、森にモンスターが出て、『モンスターの中に森が!』とか『四つん這いで、ハァハァ言ってた!』『黒くて白くて、口開いてた!』と要領を得ない説明をしたことを思い出す。慌てていたということを考慮すれば仕方ないとも言えるけど。

 ちなみにこの話、実はモンスターではなく、黒に白斑なただの害獣だったというオチが付いている。


「二年後に兵士さんたちがぞろぞろやって来て、あたしを鏡に映したら、『この子こそが勇者だ!』とか言いだしてね」


 悩みに悩み抜いてから、出てきたお姉ちゃんの言葉にちょっと驚く。

 吟遊詩人の詩では、どんな物語でも必ず出てくる勇者選定の鏡。

 お姉ちゃんはこれまで本はおろか、吟遊詩人の詩にすら興味を示したことがない。つまり勇者について、親からの伝聞である『強い』『カッコいい』『世界を救う』以外、何も知らないはずなのだ。


「勇者の選定の鏡についてよく知ってるね」

「だって、目の前で照らされたし」

「吟遊詩人の人が謡ってる序盤で我慢できなくなって、勇者選定のシーンまで座っていたことがないじゃないか。そこが序盤最大の聞き所なのに」

「だーかーらー! あたしはそれを体験したの!」

「……それから?」

「勇者ってわかってからは慌ただしかったよ。あたしだけ貴族に引き取られて養子になって……で、敵と戦ったり、他の国の人たちと戦ったり……」


 お姉ちゃんの声が少しずつトーンダウンしていく。語りたくないことだというように。

 これも僕の違和感を強くしていった。

 貴族に引き取られるとか、お姉ちゃんの頭の中にあった教養とは思えない。

 そして、主立った吟遊詩人の詩にもそんな話はない。


「それからさらに五年後ぐらいに一大決戦があったんだよね。そこで捕まっちゃって。あたし死んじゃったと思ったら、ここにいたんだよ。なんか子供の身体になってるし。ロモロの言う、あたしが十歳って言葉を信じるなら、昔に戻ってきたってことだよね」


 僕の言葉を信じてないのかとか、色々と言いたいことはあるが、まずはこれを聞いておかないと話にならない。


「夢だったんじゃないの?」

「夢じゃないよ!」


 ブンブンと首を振り、心外だとばかりにプンプンと怒り顔になる。

 うーん。どう考えても夢だと思うんだよなぁ。


「あの時のことは絶対夢じゃない。感触も全部残ってる。勇者だって言われた時、自分でも信じられなくて、何度も頬をつねったりして夢じゃないことを確認してたし」

「夢の中でも痛いと感じれば痛いような気はするけど……。要は思い込みなわけだし」


 ひとまず話を統括しよう。


「つまり、お姉ちゃんは二年後になぜか勇者になって、そこからさらに五年後の戦いで死んだ……。それで、なぜかここに戻ってきたと。で、なぜか今から七年後までの記憶が残ってるってこと?」

「そう! そんな感じ! その通りだよ、ロモロ! さすが、あったまいい!」

「お姉ちゃんの言葉足らずな説明を補足していくのは初めてじゃないし」


 この街――バグナイアの人たちにはそこを補完していくのが僕の役目と思われている節がある。不本意だ。


「でも、その割には成長してないね……」

「だーかーらー、子供に戻ったんだってば。背が小さいのは仕方ないでしょ。変なこと言うなー、ロモロってば」

「そうじゃなくって精神的にだよ。話が事実だとすれば、お姉ちゃんは波瀾万丈な七年を過ごしてきたということになるでしょ」


 しかし、この今目の前にいるお姉ちゃんが七年を過ごしてきたとは思えない。

 なんというか、昨日とまったく変わっていない。


「十七歳になったんだったら、もう少し落ち着くもんじゃないの? 僕の偏見?」

「ひどーい! あたしだって、ちゃんと成長してるんだからね! 覚えたくもない貴族の礼儀とか作法とか言葉遣いとか覚えさせられたし!」

「じゃあ、それ見せてよ」

「よーし、大人になったお姉ちゃんを今から見せてあげるんだから」


 そして、お姉ちゃんはすっくと立ち上がろうとして、膝を立てた瞬間に勢い余ってすっころんだ。

 地面に顔から突っ込んだ。痛そう。


「……それが貴族の作法? 本で読んだものと随分と違うけど……」

「ちっ、ちがっ……! いきなり子供の身体になったせいで、バランスが取れな――」


 再び立ち上がろうとして転がる。

 腰が抜けてるのかどうか知らないけど、見ていられない。

 お姉ちゃんに手を差し出すと、すぐに掴んできた。

 そのままふらふらと立ち上がる。

 だが、まだ不思議そうな顔をして、未だにふらつく自分の身体を見つめていた。


「あたしの身体、こんなに弱々しかったんだ……」

「何と比べてるのか知らないけど、一旦家に帰ろうよ」

「やだ! 家に帰るよりもまず先にロモロに信じてもらうまで帰らないから!」


 ……少なくともお姉ちゃんに何かしらの異変が起こっているのは確かだ。いざとなれば薬師に診せなきゃいけない。


「信じてもらうまでって……」

「どうすれば信じてもらえるの?」

「こんな与太話を信じるに値する証拠を見せられれば信じるよ」

「証拠?」

「そう。未来から戻ってきたならこれから何が起こるかとか、未来で得てきた知識とか、今まで持ってない技能があるんじゃないの?」


 それこそお姉ちゃんの苦手な裁縫とか。

 うちのお母さんが裁縫を生業としているから、お姉ちゃんはその跡を継ぐことになる。

 この街じゃ女の子は裁縫の技術が必須になるからね。お姉ちゃんは不器用だけど、そこからは逃れられないはず……。


「裁縫はできないなぁ」

「それじゃ話にならないよ……」

「でも、別のことならできるよ」

「貴族の作法ってやつ?」

「違う違う。もっとわかりやすいのだよ」


 何を見せてくれるんだろうと、半ば呆れながら考えていると――。


「なんだ、ガキども。ここはオレたちの縄張りだぞ」


 どう控えめに表現してもカタギの者とは思えない厳つい連中が僕らの前に現れた。

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