第3話「Scramble」

「嘘でしょ……」


 車に戻る途中、道路の中央に差し掛かったところでエリスは目の前の光景に愕然とした。

 路肩に止めておいた車が炎を巻き上げながら燃えている。シートはもちろんタイヤも焦げて黒い煙を上げ、辺りにはトランクに入っていたものが夏の熱い道路一面に飛び散り酷い有様だ。

 だが、もっと酷いのは車を燃やしたであろう男達が今この場に居る事だろう。

 男達はエリス達の行く手を阻むように1列に武器を構えて並んでいた。全員いかにもギャングですと言わんばかりの薄汚い恰好だが、銃を持っている男達は構え方でプロだとすぐにわかる。どうやらエリスとカインを殺す為にドルバコのエリート部下達が集結したようだ。

 突然の出来事に驚いていると、今度はどこからか赤と青のランプを光らせながら警察車両が団体で駆けつけてきた。

 警察はドルバコの部下達とは逆側の道に数十台のパトカーとトレーラーでバリケードを作ると、車両の中から警察官や重武装した特殊部隊が出て来てドルバコの部下達とエリス達に向かって銃を向ける。

 それに対してドルバコの部下達も乗って来た黒塗りの車の後ろに隠れて徹底交戦の準備に入った。

 こうして頭が追いつかないまま2人は道路の中央でマフィアと警察の板挟みになったのだった。


「大人しく武器を捨てて投降しろ! さもないと撃つぞ!」

「公僕は引っ込んでいてもらおうか! 用があるのは彼らだけだ!」


 唖然としている2人の左右でよくある不毛なやり取りが行われている。

 エリスはふと「オールスター感謝祭」という単語が頭に浮かんだ。同時に延々と喚き合う両陣営に沸々と怒りが込み上げてくる。

 大きく息を吸い、エリスは感情に任せて目一杯の大声で訴えた。


「皆ちょっとタイム!もう訳わかんないから!」


 エリスの声が響き渡り、広場全体が静かになる。

 その隙にマフィア側に目的を聞くと、エリスとカインをアジトに連行する為に来たとリーダーらしき男が答える。対して警察側は当然この場に居る全員を逮捕するために来たと口を揃えて言う。


 さて、両陣営の話を聞いたところでエリスは顎に手を当てて考えをまとめる。

 マフィアは自分達を狙っている。警察は自分達とマフィアを狙っている。そんな両陣営に挟まれたエリスとカインは武器もなく車も燃やされた。

 これらの情報から推測されることは……


「これ絶体絶命ってやつ?」

「ああ、間違いなくな」


 話を整理し終えたエリスはカインと背中合わせになり、互いの背中を守り合う。

 カインの魔法が使えればこの状況を簡単に切り抜けられるだろうが、今は魔法を使える条件を満たしていない。

 よって、ここからは特に慎重に動かなければならない。どちらかが一発でも弾丸を発射すれば乱戦になり2人の命は終わる。

 そう考えたエリスは背中に冷たいものが走った。

 恐怖を誤魔化すように震えた後ろ手でカインの手に触れれば彼も冷たい手で握り返してくる。

 幾度となく触れて来たカインの手。エリスの手よりも大きく堅くて何故か安心する手。特に、もこもことした感覚がとても……


「は?もこもこ?」

「……どうしたエリス」


 違和感を覚えたエリスは握っていた手を見る。すると指の間に小さな鳥の羽が挟まっていた。さっきの広場で付いただろう海鳥の羽だ。

 その羽を見た瞬間、エリスはあることを閃いた。

 マインド・ハックは人間を操ることは出来ないが、動物ならば呼び寄せたり敵を襲わせたりする程度のことなら出来る。しかも、ここは幸運なことに海が近くて常に海鳥の群れが飛んでいる。これを利用しない手はない。

 ただ相手はプロの殺し屋と警官だ。海鳥に突(つつ)かれた程度で混乱するとは考えにくい。強いて作戦の良い所を挙げるとすれば決まれば最高にカッコイイ作戦ということだろうか。

 絶対に助かる保証はないだけあって相棒のカインに説明することさえエリスは躊躇(ためら)われる。

 そんな時カインがエリスの手を強く握ってきた。


「エリス何か考えがあるんだろ? 教えてくれるか?」

「うっそ、どうしてわかったの?」

「手の震えが少し強くなった。それに汗もかいている。あと呼吸が乱れているのと、少しずつ後ろに下がってきていること……」

「ごめん、もういい。ていうか、恥ずかしいからもうやめて」


 冷静な指摘に堪えられず顔を赤くしながら俯く。そして、やはりカインには敵わないと自嘲するようにクスリと笑った。

 緊張が解けたエリスはカインに作戦の事を話した。

 その間カインは黙ってエリスの話に耳を傾け、話が終わると作戦に賛同し、自信がないと言えば何もしないよりマシだと勇気づけてくれる。

 そして最後にカインは手を強く握って言った。


「俺はいつだってお前を信じてる。お前は? 俺を信じてくれるか?」

「うんボクも信じてる」


 そう言ってエリスはカインの手を握り返し、目を閉じて意識を集中させた。

 周りには無数の魔法力がある。おそらく強い者は魔法使い、弱い者は戦士かもしくは銃士だろう。その中で最も弱く小さい魔法力が海鳥の魔法力だ。

 広場の方に十数羽。上空にはもっといる。それらを操れるよう、さらに意識を集中させて魔法力をためる。

 魔法力の高まりに応じてエリスの赤髪が同色の光を帯びながら揺れて頬が紅潮。

 そして、魔法力が頂点に達するとエリスはゆっくりと告げた。


――突っつけ!


 エリスの声に反応して海鳥達は上空からマフィアと警察たちに降り注ぎ、1人につき十数羽という大群で彼らの顔や腕を突(つつ)き始める。

 襲われたマフィアや警察は腕や武器で必死に振り払うが、魔法のせいか海鳥達は怯むことなく果敢に立ち向ってくるため大柄の男でさえ怯み、中には地面で転げまわっている者も居る。

 どうやら計画は成功したらしい。エリスはホッと胸を撫で下ろしたが、同時に異変にも気付いた。

 頭がボーっとする。泥酔した時のように気分も悪い。おまけに視界も歪んで立っていられない。魔法力を使いすぎたようだ。

 エリスがフラフラしていると異変を感じたカインがエリスを両手で抱えて走る。

 そんな相棒の腕の中で昔と同じ状況に懐かしさを覚えながらエリスは目の前が真っ暗になった。

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