第5章:誰のために18(第1部完結)

 いわゆる、レオネスク大火事戦争と呼ばれる、ノーシュ王国とベアトリウス帝国のゲルヴァ引き渡し戦争はこうして終結した。終結後ソームは、行方は知らないままどこかに旅だったという。ラムウェルも……。シグマは彼らの事(特にソーム)が気になったが、初任務である大火事事件の再調査を無事にやり遂げ、達成感を味わっている最中で、他の事を考えるのを少し中断したい気分でいた。

 成人の儀を終えてすぐ大火事事件の再調査を命じられたシグマとメイは、事件の解決により、晴れてスピアリアフォース入りし、無事に正式な騎士となり皆に歓迎された。

 メイが連れてきて、現在ノーシュの牢屋にいるゲルヴァは、それらの報告をわざわざランドルフから言われ、まじまじと反省されている最中だった。



「やあ、待たせたな」


「……」


 ゲルヴァが何だお前か、みたいな顔でランドルフを見る。ランドルフはいつものように、雑務をこなすつもりで城の地下にある牢屋に来ていた。

「改めて紹介しよう。現ノーシュ国騎士団長、ランドルフ・サンダリアだ。亡命をしてノーシュを捨てたお前にとって、ある意味屈辱的なセリフだと思うが?」

 現騎士団長という肩書きは、ゲルヴァにとって重要な意味を持つ。過去自分もその座を目指した事があるからだ。

「ふんっ、自己紹介なんぞいい。生かして事情聴取だと?俺は戦場で全てを話した。死ぬつもりだった俺を生かしてどうするつもりだ?」

 自分のやりたい事はやった。メッセージも投げた。今までの事を清算したので、生きる理由がないのだ。だから戦争で輝かしく死のうとした。だがノーシュが死なせてくれない。ゲルヴァはうんざりしながらランドルフに返事をする。

「悪いが、もう昔のルールは今のノーシュには通用しないんだ。特にお前みたいな過去の出来事が原因で何かした奴にはな」

 同胞殺しは元々ノーシュでは重い処罰に該当する。しかも騎士団という人々を守る立場で人を殺したのなら尚更だ。しかし、簡単に死刑にしたら反省させる意味がないので、こうして生きさせている。ゲルヴァの罪は少なくとも終身刑以上なのは間違いない。

「ふん、自業自得だろ……」

「確かにそれは否定できない」

 過去を知っている者と、若い集団の中ではある程度過去を知っている者。過去と今の交差がノーシュの牢屋で行われていた。


「それで?あんたにとっては俺も若造なんだろうが、そんなに当時は糞みたいな国だったのか?」


 自分も当時はまだ子供だったので、新鮮な気持ちでゲルヴァに質問するランドルフ。

「……」

「レドナール紛争は今から30年前で、俺は37歳だからな。記憶自体は、ある。もちろんはっきり覚えているわけじゃないけどな」

「若い奴しかいないと思ったら、お前みたいな奴もいるんじゃないか……」

 過去の歴史を知っていないと、ゲルヴァみたいな奴にあれこれ言われるので、ノーシュの騎士団はかなり厳密に歴史を勉強して騎士の仕事をしている。ランドルフはその騎士の長なので、どんな立場の人が来てもいいように一部の人しか知らない貴重な資料にも目を通している(通す事ができる立場にいる)。ゲルヴァの反応は若い奴がきちんと歴史を勉強しているという今のノーシュへの喜びの評価だった。

「ウェイザー前国王がどのような施策をしたか知らないんだろう?お前みたいなあの時代の人は、俺の先輩でもあるから、偉そうな事は言えないが、お前はこうして犯罪者になったんだ。当然、これからシグマみたいな騎士になる者向けに教訓として教えるつもりだ。わかったらさっさと話してもらおうか」

 30年前のあの時、騎士を辞めて去らなければ、ノーシュが改編していく姿を見届ける事が出来たのである。もうしばらくの負担が騎士にかかるのは確かだが。ゲルヴァはそれが嫌だからこそやめた。


「資料に残っているんだったら、わざわざ話す事もあまり無いと思うが……。あれは酷いとかそういう物じゃなかったよ」

「……」


「皆が違う物を見て、それを追いかけていた。いわば統率がとれていなかった。好き勝手やれる、という意味では肯定する奴もいるのだろうが、普通の善良な愛国心がある人には糞みたいな時代さ。モラルも糞も無い。ノーシュにはなかったが、他国によっては村人や他民族の虐殺が当たり前のようにあったんだぞ。そりゃレドナール紛争も起こるわ」

「ああ、最近あまり見なくなったが、もっともっと前の時代はそうだったな。それが当たり前だった。弱者はとことん死ぬ時代だ」

 とにかく陰謀や暗殺、支配と企みがたくさんあった。見方を変えれば刺激的ともとれるが、大半の人はうんざりする時代だろう。数百年間の数々の戦いと平和を繰り返し、ようやく世界は数十年前の戦争で平和を望んだ。あの時代は最後の戦争とも呼ばれている。だからこそ、皆が平和になっていく中、自分だけ平和になる順番が一番最後かのように感じられるあの時代は、よほど辛抱強くないと耐えようとは思わない。

「俺はノーシュで騎士になったが、成人する前は別の大陸にいて、そこで生まれたんだ。昔は地理の知識がいくらか役に立った。だからノーシュやベアトリウスは糞だ、と言いたいわけじゃないが、騎士になったのを辞めるには十分すぎるような現実が、周りにはあった」

 ゲルヴァは騎士の仕事をしながら、きちんと世の情勢を追いかけていた。酒場に入ったり、外国人を見つけてはなるべくその近くで話を聞くようにしていたり。テロを起こした時、ノーシュ生まれではないからこそ、ベアトリウスにすんなり行こうとした。

「レドナール紛争だけじゃない。あの時代に生きた者ならば、これからどういう時代になるのかぐらい予想ついた。当然それを歓迎する者もいた。だが俺はそうじゃなかった」


「だから大火事事件を起こしたと?」


 歓迎する者もいれば、そうじゃない者もいる。ただそれだけの事。ゲルヴァはそう言いたいようだった。

「何かしらの、時代を象徴する出来事が欲しかったのさ。新しい時代は、お前達にとって良い物か?ってな。だって、すぐ上にはそうじゃない世代の人間がいるんだぞ?新しい時代になったって、理不尽がなくなるわけじゃない。不条理がなくなるわけじゃない。それを味あわせるためには、自分で理不尽だと思うような事をさせるしかあるまい?」

「なるほどね?理解はできないが納得はしたよ」

 ノーシュの戦後の時代を象徴する出来事といえば、ウェイザー国王の死である。ゲルヴァが彼の死を見届けなかった事で、世界線が変わり、このような状態になった可能性は十分ある。お互い、味方にはなれなかった。今更そんな事気にはしていないが、これはノーシュの国内問題である。ノーシュ人として、共に反省しなければならない。


「じゃあ、今の人間を代表して、セレナ王女からお前に伝言だ」

「何っ!?」


 だから、出てくるべき人間がいるのだ。


「どうも、哀れな犯人さん」


「……」


 セレナ王女はゲルヴァに軽く手を振って、ミネアと母のナルセと共に牢屋にやってきた。

「うちのシグマが世話になったようね。彼を普通の精神状態に戻すのは苦労したわ。なんてことをしてくれたのよ、と言えば私の気持ちが伝わるかしら?」

「……ふん」

 ゲルヴァは当然、起こした者としてそれがどうなるのかを理解していた。だからこそセレナはあまり表では言えないシグマの当時の精神状態を間近で見た者として本人に報告した。いや、言い返したのである。

「レドナール紛争以降、父はより仕事に没頭するようになったって聞かされているわ。死後は母が数年引き継いで、に私が6歳で王の座についた。それが、ノーシュのレドナール紛争以降の歴史。まぎれもない本当の歴史。なわけだけど……」

 セレナも成人しているので理解している事だが、過去の戦争のせいでレドナール紛争が起き、戦後の処理の一つであるレドナール紛争をいつもの雑務のように父親のウェイザー国王はこなし、過労で死んだという事実は、しょうがないという気持ちと共に仕事への没頭を怖がらせる物だった。その後、大火事事件まで起きて、義理の弟の精神崩壊まで見届けたので、かなり人を不幸にさせる存在に腹が立っている。

「私は過去から教訓を得るのは大事だと思ってるけど人を縛るぐらいなら過去なんていらないと思っているわ。私は父上の言う通り、皆を大切にする国にしてみせる!」

 父親の事は顔も含めよく知らなくても、皆から言われて知っているのだ。素晴らしい人だったと。


「(若造が……)」


 セレナはゲルヴァの最近の若い者は……という顔をしたのを見て追撃をする。

「あなただってあの時は若かったんでしょう!?若かったから父上の苦労がわからないのよ!あの当時、どれだけのベテランが父の政策に賛成したか、亡命したあなたは知らないんでしょうね?」

「……」

 確かに知らない。ゲルヴァはそういう顔でセレナを見つめた。

「あなたのせいで2名、追加で面倒を見なくちゃいけない人が出来たわ。結果的にだけど、普通の一般人だったかも知れない人を、国の人間にするのは痛い失費だったわ。2度と、こんな事は起こさせないわ。あなたはこれからノーシュが変わっていく事をここで見ているべきよ!」

 毎年騎士になろうとノーシュの騎士団に入ってくる者はいるので、別にどこかのタイミングで想定より上回ろうが対して気にしていないが、本人の希望もなく騎士に育て上げるのはノーシュとして推奨している事ではない。ましてやスピアリアフォースは特殊な組織であり、ほぼ定年で引退するまで、王を守るために働き続ける。他の騎士団の見張りなどの仕事の方が楽かつ給料もいいのだ。死ぬリスクも低いから。ランドルフ達スピアリアフォースの部下は、その性質上かなり愛国心があり仕事へのモチベーションが高い。その中に、シグマとメイを加えた。これがどういう意味を持つか。


「あなたのような人は、世界が革命に目覚める時が一番胸に刺さりそうだからね」

「……」


 ノーシュとベアトリウス帝国があるルミナス大陸は、地図から見て西南西にある。他の大陸とはそこそこ距離が離れている。ノーシュ城がある首都レオネスクは、すぐ近くに洞窟があり、レオネスク内に港があり、そこから外国に行く。外敵が来ても倒しやすいように、一種の要塞のようになっている。セレナのこの発言は、人と人が活発に交流し始める時代の到来を宣言しているようなものだった。


「私からも少し良いですか」

「ナルセ、女王……!?」


 ゲルヴァがナルセが自分の前に出てきた事に驚愕する。そりゃそうだ、この中で唯一当時から知っている人間だから。若い時はそりゃあもうおしとやかで奇麗だと有名だった。


「夫が世話になったようね」

「……」

 ゲルヴァはなにも言えず黙る。

「あの時は私が恋人、もしくは新婚したばかりじゃなかったかしら?名前だけは知ってたのかしら?」

「……」

「まぁどっちでもいいわ。あなたは12年前に再びこの国にやってきたものね。セレナから言われた通り、この国はこういう状況よ。女王が国を引っ張る国ではなかったのにね。私はよくやった方だと思ってる。これからももっとこの国を良くしていくわ。セレナと一緒に」

 我々ノーシュは、レオネスク大火事事件が起きるまで、戦後だと思っていた。しかし、ゲルヴァが大火事事件を起こしたせい(おかげ)で、そうではないを気づいた。気づかされた。気づいてしまった。一度目覚めてしまった以上、再び眠る事はない。きちんと終わったかどうか、眠ってもいいかを確認しなきゃ、安心はできないのだ。

「……私からは以上よ」


「——あなたがレドナール紛争を経験しなければ、大火事事件は起きなかったのでしょうか?」


 ナルセ女王が語っている姿を見て自分も言いたくなったのか、ミネアも一言ゲルヴァに言おうと前に出る。

「どうだったかにせよ、あなたが大火事事件を起こした事によって、国は復讐されるという事実が出来上がってしまった。あなただって昔は人が死ぬのは嫌だったはずです」

「……」

 次々にどんどん語るので、ゲルヴァは黙り続けるしかない。ミネアの言葉でもゲルヴァは黙って聞いていた。

「この世界がどのようにできているかはわかりません。私達はできる限りの事をするしかない。あなたのような人もいるのは理解できますが、今回のような人が犠牲になるのは、これが最初で最後です。次はありません。人の怒り的にも、国の誇りにかけても。あなたの素行が良ければ、死ぬ数年間は自由に生きられるでしょう。どうか更生する事を願っています」

 ゲルヴァがテロを起こさなければ、いらない死者は出なかったのだ。その部分はきつく指摘し、責めなければならない。

「セレナ王女だけかと思ったら、皆色々言いたい事があったようだな。で……どうだった?何か思う所はあったんじゃないか?」

 セレナ達が去っていく。それを見ながらランドルフは、ゲルヴァに配慮し肩をもって話す。


「これで人が簡単に説得されるなんて思うなよ……」


 なんとまぁ明るく甘い国になったものだ。まぁ、ウェイザー国王がそれを望んだのだから仕方ないが……。ゲルヴァはそんな気分だった。

「テロを実際に実行するには覚悟も必要だからな。だがお前はやった。そういう意味ではとんでもない人間さ。まぁ、もしお前に人を許せる心がもっとあれば、俺の上司とかになっていた可能性はあったのかもな。お前がノーシュの騎士にならなくても、お前は大火事事件を起こしたか?もしレドナール紛争がきっかけでやったなら、確かにあれは騎士にしか影響なかった事だ。だからお前は、そのまま騎士にならないまま、どこかにいけば、お前もノーシュも良かったのかもな。ただそれだと、お前はつまらなさそうだ」

 ゲルヴァがノーシュにやってきて、居心地がよさそうだから騎士になった。それは事実である。だからこそ、定着せずにテロを起こした部分は、時代のせいもあるがノーシュが反省するべき所だろう。しかしゲルヴァは、元々世界を旅する事に関心があった。レドナール紛争の事もあって。牢屋にいるから旅ができないのは、後々ストレスになるかもしれない。

「人が関わる以上なにかが起こるのは必然だ。レドナール紛争も大火事事件も運命だったんだと俺は思う事にするよ。だがお前はもう世界に関与できない。悪いがしばらくここにいてもらうぞ」


「シグマとメイは、引き続き俺達が面倒見るんだからな」


 お前のせいで発生した二名の新人は、お前が面倒を見るのではなく俺達が見る。それがどういう事か、きちんと考え、理解し、受け止めろ。そういってランドルフ騎士団長はゲルヴァから去っていった。


「(あんな奴にノーシュの未来を託したのか、ウェイザー国王は……)」


 国家改造計画を知らないゲルヴァでも、話し方や立場、置かれている役職から、ランドルフが今のノーシュのエースだという事をすぐに見抜いた(割と簡単な部類ではある)。だからこそ、強そうだが若い奴に託した事がよく理解できず、受け止めきれないでいた。


「(たった30年で何もかも違う国になっている。これは革命なんじゃないのか?だとしたら既に革命は起きているじゃないか……。何が革命が起きる、だ……)」


 ウェイザー国王が倒れ、死去したのは、革命のようなものだったのは間違いない。

 しかし、彼の死もある意味必然。戦後の時代なのだから、起こべくして起こった出来事である。


「(セレナ王女……。こんな事が出来るなら、なぜあの紛争を止められなかったんだ……)」


 ゲルヴァはそれがとことん理解できず、未だ過去に一人、縛られていた。










「ふぅ……。ようやく片付けが終わりましたねぇ」

 ワイトが謁見の間にやってきて、ゲルヴァを捕まえて牢屋に入れた事、戦争終結した事を記す公式の書類、ベアトリウスへの手紙、その他掃除などの雑務を一通り終え、ようやくの休憩をし始める。

「まっ、表には出ない戦争だからな。バレないで作業するというのは案外大変さ」

 謁見の間に最初からいたバリウスが返事をする。今は自分達以外いない状況だ。ゲルヴァに会いに行ってるから。

「ベアトリウスは厄介な奴を処分できたと思っているでしょうね……」

 12年前の大火事事件の犯人が、まさかあんな形で捕まえなきゃいけないとは、当時は思っていなかった。打ち切りしない方が、良かった可能性もある。しかし結果的には良かった事だ。気にしすぎない方がいいのだろう。

「俺達も30年前に人員整理が行われて入ってきた人間だ。仕事をしているだけなのに、実はレドナール紛争の奴がベアトリウスにいました、なんて言っても、上の世代にしかわかるわけがない」

「結果的に12年も放置していたわけですからね。流石に細かい事情まで共有できてませんよ、それこそ、人が去った後の事なんて友人レベルの関係じゃないとわかるわけないわけで……」

 公式の記録に残っているから良かったものの、改編をして本当にこれでよかったのかと思っている最中あの事件が起きて、見事引継ぎがうまくいってない所が露呈した。どうすればよかったというのか。何を反省すればいいというんだ。ゲルヴァは正式な手続きで普通にやめ、自分の心情をあまり表に出す事もなかった。あの当時ゲルヴァを牢屋に入れるという発想は出てこないだろう。

「これから国力を再びつけていけば、スパイ等を派遣する事も考えるが、今はまだ国内の強化に注力しているからな。仕方がなかったと思う事にするさ」

 シグマの精神状態は普通に戻っている。心配するべき事はない、終わった事は終わったのだ。だから考えるべきは次の事だ。バリウスが気持ちを切り替えるようワイトに促す。

「シグマの協力者の皆さんには感謝しないといけませんね……。おかげで楽に作業が進みましたから」

「ああ。シグマにとっては寂しいだろうが、俺はあのマルクとかいううるさい奴がいなくなってせいせいしてるぞ。……また来るんだろうけどな」

「ははは。喜んでいましたからねぇ……」


「なになに?なんの話をしてたの?」


 ドォンと、扉を開け、堂々と謁見の間に戻ってくるセレナ達。セレナはワイトとバリウスの会話が気になり間に入った。

「ノーシュは良い国だなぁっていう話ですよ」

「そりゃあそうよ。私が王なんだもの。そうでなくちゃ困るわ」

「ダメよ、セレナ。調子に乗っちゃ。あなたはこれから何年も頑張らなくちゃいけないんだから」

「わかってるわ、母上」

 ナルセ女王が娘を見張る。もうしばらくは見守らなきゃいけない。今現在の王とはいえ、まだ成人したばかりだから。


「でも、なんか私すごくいい気分なの。大火事事件が無事に解決して、シグマとメイが活き活きして……。これから何が起こるのかしらってわくわくしてるの。だから、このまましばらく突き進んでみたいの」


 セレナ王女の言葉は、心の底から思っている事だった。自分はずっと城でノーシュを見てきた。大火事事件が起きなければ、結果的にシグマもメイも姉弟にはならなかった。自分にはミネア達スピアリアフォース意外に大切にしたいと思える人達がいる。ゲルヴァが自分にくれた、唯一の誤算にして財産。大事にしないわけがない。

「まあまあ、ナルセ様。大火事事件の事から遡りますと、セレナ王女もシグマのサポートとかで活躍はされましたから……」

「全く……。戦闘が出来ないのに活発なんだから。いっその事今からでも教えようかしら」

「慎重にした方がよろしいかと。華奢な体ではあるので……」

「わかってるわ。だから訓練させなかったんだもの」

 過去、ノーシュの王族が戦っていた歴史はある。しかし今はしてない(かなり)。王がやるべき事は、民を守り導く事であり、戦う事じゃない。戦闘する事は、結果的に死ぬリスクを上げるだけ。そう判断しこうなっている。セレナが女性なので尚更だ。しかしセレナ王女をずっと城にいさせるわけにはいかない。本人があまりにも退屈しているからだ。


「——私、決めたわ。いつか絶対に世界を旅する!美味しい物とか、珍しい所とかに行って、世界を楽しんでくるわ!」


「その時は皆、護衛よろしくね!大勢で行ってわいわい楽しみましょ!」

 セレナ王女が手を背中で組んで皆を見てニコッと笑う。いつもの明るいセレナに、皆がほほ笑む。

「ははは、とんでもない長旅になりそうですねぇ……」

「たまにはそうさせた方が良いだろうしな。否定はせんよ」

「だけど今は……しばらく動けないかしらね。残念だけど。でもいつかは絶対に行くわ。決定事項よ、有言実行するわ」

「我々スピアリアフォースはその日を待ち望んでいますよ……」

 セレナ王女が旅する事を望んでいるのは、使用人の間ではわかりきっている事だった。ノーシュ城が広いからって、色んなものがあるとはいえ、外部を見る経験があまりにも足りてない。老人になるまで、何回か外に出て長期の休暇を取る必要があるだろう。


「そういえばシグマとメイは?なにしてるの?」


 セレナ王女がいるはずの二名がいない事に気づき質問する。

「2人なら協力者の皆さんに別れの挨拶をしに行きましたよ。後シャラちゃんのお参りに」

「あ~、そろそろかぁ……」

 大火事事件が解決したもんね、と納得のセレナ。

「でもお参りの方は言ってくれればよかったのに」

 言わなくてもわかるだろうと判断したのか、シグマとメイは協力者の皆に別れを告げるついでに墓参りをしようと、無言で外に出たのだ。

「まあまあ。いつもシグマが1人でやっている事ですから……」

「まぁいいわ。私もお参りはしているんだし」

 メイは年に一度から数回程度だが、シグマは1週間1回、もしくは1か月に1回の頻度でシャラの墓参りをしている。この差が、シャラと関わった事がある人とそうでない人の違いだった。もちろんセレナもシャラの墓参りはたまにしているのだ。流石に二人よりも事務的で回数は少ないが、それでもシグマとメイは喜んでいる。

「んじゃあ、待つしかないわね。ランドルフはしばらく自分の部屋から出てこなさそうだし」

 ゲルヴァと会話した後、ランドルフは自分の部屋に戻り、これからのノーシュのスケジュール表を組もうとしていた。色んなプランを考えながら。彼だけが、スピアリアフォースの中で唯一謁見の間でセレナ王女親子を守らなくてもなんとかなる(と本人が思っている)存在である。

「流石に次に何か起こるんだったら、我々ノーシュは巻き込まれないでほしいな……」

「そうですね……」

 そう願うばかりである。

「大丈夫大丈夫。だって私達は大火事事件を解決したんだもの!なんとかなるわ!」

「はは、セレナ王女はポジティブですね……」

 ミネアがセレナをほめる。本当、父親が死んでいるというのに、見習いたい明るさだ。

「まぁ、他の国と協調しないといけない相手だったらそうしますけど、そういう時が訪れるまでは我々だけでいいですかね。しばらくは巻き込まれる事自体避けて、ゆっくりしたいでしょうし」

「ああ。何があろうと、ランドルフ騎士団長がいないとな。あの人がいる間は、なるべく従わないと。兵力の教育方針は全てあの人が握っているんだし」

「またなにかあったら協力しますよ。私も一応、戦えるのでね……」

「そういやワイトは戦えるんだったな……」

 権限の種類や数は少なく、なおかつするべき時にするべき事だけを与える。これを徹底しているおかげで、比較的若い組織である首都護衛部隊スピアリアフォースでも何年も変なトラブル等が起きず無事に過ごせてきたのである。ランドルフだけ、騎士団長としていくつかの特権が与えられている。彼はある日突然気になる事があるからと急に何か月何年も旅をしても変に思われない。そういう立場(役職)にいる。

 バリウスはウェイジ―地帯での戦争でワイトが一人遠くで戦ったのを、今更思い出していた。










「マルクさん、イリーナさん、アリアさん、ルーカスさん、アイカさん。今回はありがとうございました!」


「いえいえ、それほどでも~。またなにかあったらお呼びください!」

「引退して、久しぶりに人のために何かしたけど、 良い気分で帰れそうで嬉しいわ。こっちこそ、何かあったらよろしく頼むわ。ベアトリウスを良くするために、ね」

 イリーナをはじめとした協力者のおかげがなかったら、大火事事件の解決はなかった。シグマは彼らに大いに感謝し、成人したばかりの当時の状態に戻りつつあった。

「……はい」

 それは、全くゼロの状態で、新鮮な気持ちで騎士の仕事ができるという事だ。ようやく過去の事をネガティブに考えないで済むのだ。

「わいは臨時収入がもらえて嬉しいで?やっ物とさっき報酬が手に入ったしなぁ!」

 もらったばかりの金を見せながらマルクがキャッキャと喜んでいる。この光景を見る事が、シグマにとってある意味本当に大火事事件が終わった事を証明する物だった。

「相場は知らないけど、そこそこの金額をもらったわよね。その金でなにするつもりなの?」

「は?そんなもん、貯金と活動資金に決まってるやんか。仕事やから絶対黒字にしないといけないけど、次の仕事が見つかるまで飯の種に使うつもりや。3割、4割残ってるといいな程度やで?安くはないやろ」

「そんなものなのね……情報屋って」

 意外と金が残らない事にアリアは驚く。

「特殊な仕事やからなぁ、情報屋は。一人でやるとただのスパイ、集団でやると確実だが美味しくはない、が合言葉や。ただ聞くだけでええんやけど、美味しい話のためには結局ある程度の力が必要なんよ」

「ああ、なんかコミュニティがあるんだっけ?世間話から世界を揺るがすとんでも事情まで、なんでも扱ってる所があるらしいじゃない?あんた、そこ所属なの?」

 情報屋が出来た経緯は詳しくは不明だが、それぞれの大陸が自国の事を何とかしようと思って、他国の人間を頼ろうとした事が始まりだ。お互いの事情を話しているうちに、裏にある闇を何とかした方がいいんじゃないかという結論に至り、現在の状態になっている。

「そこもなにも、ノーシュはそこしかあらへんよ。わい、一応ノーシュ人やし。たまに他の大陸に行ったりするけど、ここ数年はずっと国内ばかりや」

「へぇ……」

 マルクはシグマと違って、成人して数年が経っているので、当然ノーシュ以外の国に行った経験がある。

「あたしは食うに困らない金があるから良いけど、資産が尽きたら情報屋の仕事をしてもいいかしらね」

「するのはかまへんが、容赦はしないで?相性とかもあるしな……」

「そんなの脅迫して聞き出せばいいのよ。都合の悪い奴しか相手にしないもの」

「そ、そういうやり方なんか、お前……」

 貴族のお嬢様がスパイで情報屋なんて、小説にできそうな格好のネタになりそうだ。

「俺もしばらくはアリアと同じようにベアトリウスでゆっくりするつもりだ。もしかしたら数年後、コンビで情報屋になっているかもな。とくに予定とか無かったら旅をしてると思う。シグマ、そうなったらしばらくの間さよならだ。またどこかで会ったらよろしくな」

「はい」

 ルーカスが、最初に別れを告げて去っていく。特に話す事がない者から去っていくのだ。

「マイニィちゃんも、子供の時の僕とメイのように一応国から保護されたけど、僕と違ってマイニィちゃんには自由行動が与えられたよ。家に好きに帰れるメイと似たようなものだね。学校に行くのも、どこかで暮らすのも自由にしていいよ!僕もメイも、セレナ王女達も城の近くにいるから!」

「はい……ありがとうございます。 でも、いいんですか?私だけそんな待遇で……。なんかセレナ王女の話を聞く限りだと、これからの時代的に大火事事件みたいな保護はしない方がいいのでは……」

 マイニィちゃんには少し特殊な権利が与えられた。事実上の大人扱いである。シグマのように両親が死んでおり、金や使用人との付き合いがあり、成人まで不自由なく過ごせる事が確定しているマイニィにとって、何もせず自由に生きる事が最善だと判断した。セレナ王女がこれ以上面倒事を増やしたくないと、マイニィの完全自由意思にまかせたというのもあるが、とにかくマイニィは学校に行こうがどこかでのんびり過ごしたり旅をしていようが好きにやって構わない事になった。一応子供なので、外国に行く際はボディガードをつける事を推奨している。

「一応、国から保護しておかないと何かあった時に手続きとか面倒だからね。僕もセレナ王女に言われて保護者代わりをして旅をしたとはいえ、あれ自体が事実上国から保護しているようなものだし。まぁ、言ってしまえば、マイニィちゃんはまだ幼いから、そのせいだよ。ノーシュはまだまだ、マイニィちゃんのような人がいるから……」

「そう、ですか……」

 シグマとメイは大火事事件の時に火傷を負った負傷者の事を見た事がある。被害の大きさは人によるのでそんなに騒ぐ事ではないのだが、数年で完治する者もいれば、ダイレクトな部分が火傷し、治すのにかなりの時間が掛かる者もいるのだ。シグマは急な事件にも対応できるよう、見張りを増やした方がいいんじゃないかと思っていた。

「なら、ちょっと複雑ですが、ありがたくその待遇を享受させてもらいますね……」

「うん、そうしてくれると嬉しい……。僕も色々言われずに済むし」

「なんや、あれこれ言われるのは面倒だ、なんてセリフをシグマの口から言われるとは珍しいな。実はシグマもそういうのは内心嫌だったりするんか?」

 珍しい事を聞いたのでマルクがシグマに話しかける。

「そうじゃないけど、マイニィちゃんは僕の場合と違って自由に行動できる権利があるから。セレナ王女にうるさく言われてこうなってるわけだし」

「相変わらずお前はあの王女が苦手なんやな……」

「まぁ、自分を立ち直らせた奴だから、頭が上がらないんでしょ」

 アリアがやれやれと両手を振って呆れる。


「——それじゃ、そろそろお別れね。皆元気でね」


「ええ。皆さんも」

 皆が去ろうとする。本当にお別れだ。

「私やマルクはノーシュにいるんです。いつでも気軽に呼んでください。なにかあったら必ずかけつけますから……」

「うん。助かるよ」

 同じ国に仲間

「レバニアルの事は本当に感謝してる。旅の協力でちゃらになったけど……。まぁ、せっかくできた縁だしね。あたしもなにかあったらよろしく頼むわ。あたしの事だから、あまりないだろうけどね」

 自信満々に言うアリア。


「——アリアお嬢様ー!やっぱりファルペはあなたと共にいたいですぅー!」


「うわっ、あんた、どこから出てきてんのよ!たまに来るから好きにしなさいって言ったでしょ!」

 レオネスクでぶらぶらしていたらしいレバニアルの三人が現れ、そのうちの一人であるファルペがアリアに急に抱き着く。

「でも、私お嬢様がいないと退屈なんですぅー!」

 なんか、泣き言を言っている。

「元々あんたとあたしは他人同士でしょうが!元使用人でもないのにべたべた触ら、ないでっ、よ!」

「やれやれ、全く……」

「賑やかだが、面倒な事になりそうじゃのう……」

 ゲロニカとディスカーは、そんなファルペを見ながら、のんびり過ごせる平穏な日常を久々だと思いながら嚙み締めていた。


 シグマ達も、彼らを見て笑いながら手を振り、またいつか……と思いながら別れを告げ、それぞれの人生に戻っていった。










 シグマとメイは、皆と別れた後、シャラのお墓にお参りをしに、レオネスクの東にある墓場までやってきた。


「シャラ……君のおかげで、僕とメイは無事に成人したよ。ゲルヴァと出会って……大火事事件を解決した。君の仇はとれたよ。父さんと母さんもそっちで元気にしてるかな?」

 膝をついて、目をつむりシャラに話しかける。どうか届くようにと。


「僕はこれからも頑張る。皆に誇れるような……君の言った、皆を守れる素敵な騎士になってみせる」

「……」


「だからこれからも、僕達を見持っていてくれ。僕が毎年ここに来なくてすむぐらい強くなるまで……」


 シャラの墓参りの回数は、皆から突っ込まれていた。ほんのちょっと回数を減らしても問題ないんじゃないかと。シグマもそれはわかっているのだが、なんかどうしても減らせなくて結局成人しても、ふとした時に墓場に来ては、まるで生きてるかのようにシャラの墓に話しかけ、近況を報告するのがルーティーンになっていた。


「ふぅ……。……メイ。墓参りは終わったよ。それで……話したい事ってなんだっけ。といってもあの会話の流れで予想はついちゃうんだけどさ」


「あ、あはは……」


 シグマがシャラの墓の前で体をメイの方に向ける。今更だなと思いながら。


「……」

「……」


 メイがシグマの顔を見て、いつものシグマだと思い安心して、喋り始める。


「あのね、シグマ」

「……うん」


 そして、ずっと前から言おうとしていたその言葉を、ようやく口に出したのだった。


「あたし、あなたの事が好き。訓練し始めた時から……」


「あ、あの時から!?」


 告白されるのはわかってたけど、そんなに前からだとは思っていなかったので、シグマは引き気味に驚く。それぐらい驚いているという事だ。

「あ、ううん、最初からじゃないの。必死に鍛錬しているのを見て、見惚れてって……。いつのまにか好きになったというか、そんな感じで……。というか、あたしが自分の意志でゲルヴァのような悪い犯人を捕まえたくて騎士になったのに、いつのまにか目で追うようになったのが変だなっていうか……」

 シグマが騎士の仕事をして犯罪者を捕まえる時にちょいちょいメイはシグマの事を見てはかっこいいなと思っていたのだが、肝心のシグマは仕事中という事もあり気づいていなかった。もちろんメイも仕事の事は頭の中にずっとあり、見ていたのはほんの数秒である。気づかれてはいけないからそれぐらいしか見ていないし見るつもりもなかった。


「と、とにかく、必死になっている姿がカッコいいなって思ってたの……!」


「そ、そうだったんだ……。気づかなくて、ごめん……」


 本当にメイの気持ちには気づかなかったので、なんか申し訳なくなり、シグマはつい謝る。

「ううん、別にいいの!あたしがずっと言い出せなかっただけだから……。それより、その……。シャラちゃんの事なんだけど……」

「うん……わかってるよ」

 ネイナスに言われたあの言葉。メイが実はシャラの事を嫉妬していたんじゃないかと言う奴だ。死んでいる者に嫉妬なんて、馬鹿馬鹿しい話だ。確かに自分はシャラの事を想っているし話題にも出しているが、恋愛の奴とは別なのだ。想ってて当然、大事にして当然の、人として当然の事を自分はやっているだけ。子供の時に永遠に肉体的に別れて、成人している姿を拝めなくなったというのに、恋愛も糞もない。自分はあの時から3倍生きた。成人もしている。だからネイナスの言葉には全然揺さぶられる事なく、戦う事が出来た。


「あたし、シャラちゃんの事が羨ましかったの!シグマからそんなに大切にされて……。あたしも一応幼馴染で、一緒に成長してきたはずなのに、変だよね?それにもうシャラちゃんは亡くなっているのに……。だからネイナスにあんな事言われて、不安に思ってシグマにあんな事言っちゃって……本当にごめん!油断してた!次はあんな失態しないから……」

 メイが必死に、涙目になりながら訴える。本当に勘弁してほしい感じだ。


「だから……!だからあたしの事……!」


 嫌いにならないで……。そしてもしよかったらずっとそばにいさせてほしい……。そんなメイの奥底にある気持ちは、シグマからは見え隠れしていた。ここで初めて、シグマは目の前にいる恋する乙女の事を可愛いなと思った。今まで見た事がなかったから、新鮮に映っているのである。


「……」


 シグマはそれを、そこそこじっくり見て楽しんだ後、返事をした。


「……メイ」

「な、なに?(どういう返事をしてくれるんだろう……)」

「思えば僕とメイがこうして人で何かを話す事って、あまりなかったよね。訓練とか勉強とかはしてたけど、あれは結局騎士としての活動だから」

「う、うん……そうだね……(返事は?返事は?)」

 メイが不安になりながらもつい期待してシグマの話を聞く。成功率は高いと思っている。じゃなきゃ告白はしない。


「僕もまさか最初の任務が大火事事件の再調査だとは思わなくて……。過去が過去なだけに、どうしてもシャラ!シャラ!って、シャラの事ばかり考えていた」

 協力者の皆からも言われた事だが、本当に目の前の事で必死になっていた。驚きながら対応するしかなかったし、犯人(ゲルヴァ)の事をずっと恨みながら仕事をしていたのだ。当事者である自分からしたら、感情的になって何が悪いのかと言いたい。見捨てようと思えばいつでも見捨てられたのに、結局助ける事を皆が選んだじゃないか。それは自分の心境を理解しているからじゃないのか?


「もちろんシャラは大切なんだけど!大切なんだけど……。あやうく猪突猛進で、我を忘れてしまう所だったのかも知れない。皆を振り回してはいないけど、それは皆がいたからだから……」

 反省したけど、自分が悪いとは思ってない。それが、シグマの大火事事件の再調査の仕事の自分なりの評価だった。

「僕とメイ……当初の予定通り、2人だけでやっていたら、再調査はうまくいっていたのかわからない。少なくとも、勝てたか怪しい戦いはあった。……結果論だけど」

 戦争になるのなら、事前に対策していただろう。しかし、結果は見ての通り、ゆっくり休んで、きちんと準備したうえでやる事になった。大規模な戦争をしているわけじゃないのに、今からとんでもない事が起きるような立ち振る舞いを皆していたのである。ただ一人、ゲルヴァを捕まえるためだけに。ベリアルやエドガーと戦う必要なんてなかったが、出会いがそうさせた。良い経験にはなったが、二度はごめんである。


「だから……」


「……」


「だから、メイがそうやって僕の事を大切にしてくれているって、言ってくれるのは、本当に嬉しいんだ……。もちろんセレナ王女達も大切にしてくれているだろうけど、僕はずっと自分の中にどこか空いた穴があるのを自覚していたから……。こうやってゲルヴァと戦って、大火事事件を終わらせて、シャラの見舞いをすると、僕はずっとシャラの事を追いかけていたんだなって思うんだ。もう、亡くなっているのにね」

 シャラの願い(約束)を叶えるために騎士になり、そのためにこの命を使う。それは変わらない。でも、それだけじゃダメなんだという事を、嫌でも経験したのが、今回の大火事事件だった。


「だからもう、自分を出していいんだなって……。自分を大切にしていいんだなって思う。これからは、そうしていくつもりだよ」


 清々しい気分なのだ。何か新しい事をしても、誰もが歓迎してくれる。そんな気がする。

 シグマはメイに手をさし伸ばそうとしていた。


「じゃ、じゃあ……!」


 メイがぱぁっと顔が明るくなり、返事の内容を確信する。


「うん……!そう気づかせてくれたのは他でもない、メイ、君のおかげだ!だからメイ、君の告白……受け入れる事にするよ」


「——シグマ……!」


 ギュッ。

 メイがシグマの元にかけより、勢いのまま抱き着く。ずっと、これが望みだった。

 恋したのだから仕方ない。良い結末を迎えたいと、メイは思っていた。


 告白は見事成功し、結ばれる。これが幸せじゃなくて何なのか。


「ありがとうシグマ……!本当にありがとう!」

「うん、気づけなくて本当にごめん……」

 笑顔で抱き着きながら、抱擁でお互いの体温を感じ取る二人。この時間は一生忘れないだろう。

「それはいいの!あたしはただ、自分の中にどろどろとした感情が生まれるのが怖くて!」

「それは僕もだよ……。ネイナスと戦った時は本気で何かを消すつもりやったから……。生き物と対峙した感覚じゃないよ、あれは……」

 全ての生物がもつ、本能的な恐怖。大火事事件の時に感じた恐怖とはまた違う、とにかく嫌な気分になるあの感じ。ああいう存在がいるという事を、シグマは頭の片隅に入れておかなくてはならなくなった。そういう意味ではすごくもやもやするが、死んだネイナスのおかげで、今のこの結びがある。皮肉にも彼は恋のキューピットの役目を果たしたのだった。


「は、はは……グスッ。ならお互い様か」


「そうだよ、お互い様だよ。僕とメイは一緒。同じ気持ちを共有できる、どこにでもいる人間だからね」


「そっか……ならいいんだ、安心して……」


「うん……メイ……。君の嫌な事は、なるべく僕が守って見せる……」

 なるべく、と言ったのは今までの言動的に、絶対だと嘘になるから、正直に言おうとして、言葉にした。自分が遠くにいるような状況になった時は、守りたくても守れない、という意味もある。


「(いや、守ろうとしないといけないんだろう……これからのためにも。いつか、他の人のように結婚して、子供を産むとしたら、そうならないといけないんだ……)」


 決意する。愛する者を守るために。



「(なぜなら僕は!騎士なんだから!)」


 これからは自分のためにも生きる。シグマはそう決意し、メイと結ばれた。

 

 無事大火事事件を解決し、ハッピーエンドを迎えたシグマだったが、しばしの休暇が与えられただけで、しばらくしたら再び任務に取り掛かる事になる。


 それでもシグマはメイやこの貴重な休みの時間を大切にしていた。旅の合間に休んでいた時間じゃないのだ。大火事事件が終わり、色んな事をのんびり考える時間。昔子供の時に好きに本を読み漁っていた、あの時のような……余計な事を考えなくていい、素敵な時間。


 シグマはあの頃に戻ったようだと、メイを抱きしめながら思っていた。


 シグマとメイは晴れて恋人同士となったが、世界は二人を待ってくれない。任務の内容次第だが、離れる時もあるだろう。大人のだから、わりきらないといけない。


 次の任務はどんなものなのか?二人の絆を試すようなものなのか?

 

 それはわからないが、二人の愛を祝福するささやかな風が流れながら、新しい世界への扉を開き、歓迎しようと、両手を広げるように鐘がなった。

 






              約束のリアライズ第2部

                ~情熱の結晶~


                 に続く……。




To Be continued......

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