第5章:誰のために17
「あたし、シャラちゃんが死んで良かったなんて思ってない!ライバルがいなくてよかったなんて思ってない!あたしはただ、純粋にあなたのそばにいられればそれで……」
「シャラ?何の事?メイにはシャラの話は既にしているし……」
シグマは意味が分からなかった。ネイナスの後ろから出てきたメイが落ち込んで泣き叫んでいる姿が。どうして急にそんな事を言うのかが。
「いやぁ~、べらべら喋ってくれましたよ。彼女とたまたまばったりと会いましてね。大火事事件の事を聞いてみたらもう解決したと。そしてシグマさん、あなたがここにいるって教えてくれたんですよ。そしたら他人だから気が緩んだのか、私でもわかるくらいシグマさんを持ち上げてね!それを見てああ好きなんだなぁと思ったんですよ」
ネイナスがべらべらと喋り始める。メイがたまたまこいつと出会っていたらしい。それだけならまだいいが、こいつは先程ソームに対して攻撃をしたばかりだ。それもすぐにわかる変な嘘をついて。なんか嫌な奴だと思っていたら、メイが落ち込んでいて、自分の事が好きだのシャラがどうなの言っている。全部ネイナス自身がやった事なのに、自分の事として言われているのがシグマは嫌だった。確かに自分の事だが、そっちが何かしらの思惑があってやった事なのだ。こっちからしたらいい迷惑だ。しかも恐らく、ろくでもない事なんだろうし。
「だから私は彼女の恋が少しでも実るためにアドバイスをと思って、【シグマは別(シャラ)な人が好きなんじゃない?】とか【あなたには感謝していないかもよ。だって努力したのは自分だもの】って言ったんですよ」
「なんでそんな事を……」
「だからアドバイスって言ってるじゃないですかぁ」
ネイナスは口を歪ませ、眉毛を八の字にしてシグマに言う。すごくうざったい顔をしている。
「そうじゃない!なんでそう疑心暗鬼になるような事ばかり言うんだ!僕がメイに感謝していないだと!?ふざけるな!感謝しているに決まっているだろ!」
「シグマ……」
メイがシグマの言葉を聞いて笑顔を取り戻す。
「……もう1度言う。何が目的だ?仮にメイが僕の事を好きな事が本当だとして、なぜそれをこの場で、それも戦争中に教えるんだ?」
「いけなかったんですか?」
「……少なくとも必要性は低いよね」
戦争をしている以上、好きな人が無事に帰って来るかどうかの話す事はいけない事なのか。と、ネイナスは戦場で恋バナをするのは当然とばかりにシグマに主張する。
「なら別に言ってもいいじゃないですか。私はただ教えたかっただけです。こういう可能性はあるかもねってね」
「それはお前には関係のない事だ。人の複雑な心境に入り込んで、聞き出したかった事がそれなのか?」
シグマは怒りをあらわにしながら、ネイナスの方を向き一歩踏み出した。
「ソームを攻撃して、瀕死にしておいて!なんとか生きてるけど、当たり所が悪かったら死んでたんだぞ!」
「(そのまま死んでいれば面白かったのに)」
「——今、そのまま死んでいれば良かったのにとか思っただろ?」
「!」
「やっぱり……」
ネイナスにとって、自分の心情が見破られたのはこれが初めてだった。驚き、喜びつつも、こんな奴に見破られるとは……と、ネイナスは悔しい気持ちになった。顔には出てはいないが。
「ネイナス。二度と僕に関わらないでくれ。ソームやメイ、そして皆に変な事をしたら、容赦はしない。僕は急に割って入ってきて、べらべら好き勝手言う人間は好きじゃない。ましてや、力があるって言うならなおさらだ。何されるか分かったものじゃない」
シグマが今までの経験で十分に学んだ事である。相手の企みがわからず、なおかつ自分よりも戦力が高そうなら、逃げに徹するべきだと。戦うなら慎重に戦うべきだと。戦うのが目的じゃない可能性が高いので、警戒しないと痛い目を見るのだ。
「そうですか…………残念ですね。私はそこまで嫌いじゃなかったんですけどね。大火事事件をきっかけにあなた方の事を知ったのに、その大火事事件はもう解決したようですし。まぁ、事のきっかけが奇麗に終わってしまったのなら仕方ない。次に行くしかありません」
ネイナスはシグマの自分をとことん否定する姿勢を見て、つまらない奴と思いながらシグマの方に近づいた。
そして……。
「——あなた方を殺して!」
剣を構え、ニヤァ……と笑い目を見開き、叫んだ。どうやら自分の存在は知られたくないらしい。
「もうわかっているんでしょう?私がベアトリウスで傭兵として戦争に参加した事も!私がこうして人を錯乱させて面白がる事が好きな事も!全部自分でやって見せましたもんねぇ!?」
「ああ、そうだよ。メイをたぶらかし、友人になれるかもしれないソームを攻撃した事は許さない。今、もやもやがわかったよ。ネイナス、お前のような奴がいるから戦争が起こるんだ」
「(へぇ?もやもや、ね……)」
ネイナスはシグマの心境が気になっていた。すぐ傍にいるメイは自分を攻撃してこようとしない。落ち込んでいる状態から普通の精神状態に戻るにはまだ時間が掛かる。自分がメイを行動不能にしておく間、こいつはいったい何を考えていたのだろうかと。一丁前に騎士道について考えていたのだろうか。わざわざテロリストを説得するような奴だし。馬鹿な奴だ、そんな事をしたって底辺は底辺だというのに。
だんだんとネイナスの本性が表に出てきて、シグマにもわかるようになる。シグマはそれを見て、畏怖しそうになったのをぐっとこらえた。
「ほう、それはまた酷い言い草ですね。私が全ての不幸の原因だと?」
ネイナスはまだとぼける。
「ああ。人の感情をもてあそび、自分はきゃっきゃと笑っている。都合が悪くなったら容赦なく捨て、殺す事もなんともいとわない。そしてまた新しいおもちゃを探す。……十分だと思うけど?」
「ああ、確かにそれは言い当て妙ですね。私は少なからずそんな事をやってきた……」
ネイナスはシグマに言われて、今まで自分がしてきた数々の残虐非道の行いを振り返った。人陥れるのは最高に気持ちがいいのだ。
ネイナスは、特定の表情ばかりしている人間の事が好きになれない、特殊な人間だった。だからこそ、平和に生きている、よく笑う人間を狙っては、ちょっとした不幸にさせるのが趣味だった。昔は今ほど酷くはなかったが、今となってはただのサディスト、サイコパスである。ネイナスと出会った人は皆、ネイナスと出会った嫌な事をすぐに忘れようとするため、今までたくさん人を不幸にしてきたのにもかかわらず、ネイナスという名、存在は世界でも全然知られていなかった。ゆえに、今日
しかし、彼の行いもこれまでである。
「なら!」
シグマはネイナスが自分(達)を殺すと言ったので、戦争だからという名目で自分も容赦なく相手(ネイナス)を殺そうと決意した。
「だがちょっと違う!」
「どう違うと言うんだ!」
自分がどういう存在かはネイナス自身も理解しているはず。シグマはそう思い、ならと発言した。しかしネイナスはどうやらそう思っていないらしい。だったらなんだというのだ。
「私は神の目なのだよ!私はただ面白い好きなのではない!人をコントロールし、カオスにさせるのが好きなのだ!そしてそれを観察したい!それが神の目ではなくて、いったいなんだというんだ!?」
「神の目?馬鹿馬鹿しい……」
まるで人を不幸にさせる権限が自分にあり、特権階級だからこそ罰則されない、そういう言い方だった。シグマはもう付き合ってられないと、これ以上ネイナスと会話する事を拒否する。
「もう、お前と話す必要はない。ベアトリウスで初めて会ったけど、まさかこういう性格だとは思わなかったよ。……反吐が出る」
初めて出会った時はお金もくれたのに……という気持ちも、今や薄れてきている。シグマはネイナスの顔を見るのがもう限界だった。早く倒したい。そういう気持ちでいっぱいになりつつある。
「クヒャヒャ。アハハ、アーーーハッハッハッハ!」
「なにがおかしい!?」
とことん気味が悪い奴だ。こんな時に、こんなタイミングで笑う理由がどこにある?
「笑わずにはいられませんよ。シグマさん、あなたのその表情こそ私がみたかったもの!」
そう、シグマは今、ネイナスが求めている顔が歪んでいる状態になっていた。ただ忌み嫌われているだけだというのに、その状態自体があまり見かけないからこそ、ネイナスは求めているのだ。そして失礼な奴だったなと思いながら殺す。ネイナスに自分のせいという概念は存在しない。だからこそ不幸にさせ続ける事ができる。
「私のおかげ(せい)でそうなったんですよ!私は私のためにあなたを興奮させた、怒らせた!これが嬉しくてなんだというんですか!」
「そうか……そういう奴なんだな」
「ええ、そうです」
ネイナスの言葉を聞いて、シグマは完全に事務処理をするように、淡々と戦う事を決意した。
そして、ネイナスが不意打ちをする準備をしたのを見て、攻撃される前に走り出し、ネイナスに剣で攻撃し始めた。
シグマとネイナスの戦いは、終始ネイナスがリードしていた。シグマは、ゲルヴァからソームまでの連戦で、体力がつきかけていた。それをネイナスも理解しており、へたに攻撃はせず、じわじわ追い込まれていくような戦い方をしている。シグマは、一人では勝てないと悟り、拠点がいる方向へメイも連れて後退しようとしていた。
「くくく、そうするのはわかっていたんですよぉ!」
ネイナスがシグマの足をくじかせるために、わざと魔法で地面を泥にする。シグマもシグマで、立ち回り、つまり移動の仕方を変え、時間が掛かりつつも必ず拠点に手取りつきそうなルートを通り、逃げながら戦っていた。
「(万全の状態ならまだあの興奮状態でもそこそこ戦えるのに……)」
ネイナスとの戦いは、初めからシグマが拠点にいるであろう協力者の皆の元にたどり着けるかどうかにかかっていた。
「展開!疾風の陣!」
メイがようやくサポートしてくれる。ほんの少し体重が軽くなり、移動速度が上がる風の魔法だ。しかしこれでも、ないよりましな程度。ネイナスの体力は十分あるようで、歩きながら魔法を放っている。シグマはそれに避けながら、はじきながら、時に食らいながら応戦している。妨害用の炎の魔法は、最初の一発以外(ネイナスが興味本位でわざと食らった)当たっていない。
シグマはやむをえず、一時的にこのウェイジ―地帯を山火事にするかどうか考えていた。あの魔力じゃあ、多少の目くらましになる程度だろうが、やらないよりましだろう。
「メイ、皆の元へはあとどれくらい!?」
「わかんない!だけど、そう遠くはないはず!方角はあってるから……」
シグマとメイが二人で走って逃げながら作戦会議をする。メイはシグマの表情を見て、これが終わったら……とは言えなかった。あまりにも真剣だったから。
シグマはメイから拠点までの距離をざっくりと教えられ、すぐにウェイジ―地帯の森林に火をつけ、山火事にさせた。拠点の皆に届くように、わざと……。
メイがいたおかげか、ネイナスに殆どダメージを与えられていないにも関わらず、何分も逃亡する事に成功した。シグマは息切れをし、疲弊し始めている自分を自覚し、早くついてくれと願っていた。向こう(拠点)は山火事に気づいているはずなのに……。
「——山火事とはやるじゃないですか、シグマさん。私も急に周囲が熱くなったのて思わず避けましたよ。しかし、残念でしたねぇ?逃げる方向がわかりきっているから、すぐに追いつけましたよ。クヒャヒャヒャ!」
「……」
そんな事、言われなくてもわかっている。
余裕はなかった。メイが先導してくれるおかげで、後ろ走りをしても、木などの障害物には当たらないで済む。しかし、目の前のネイナスに対峙した所で、多少ダメージを与えられる程度なのだ。接近しても、すぐにヒット&アウェイで下がらなければならない。なら、最初から逃げに徹した方がいいのだが、シグマが走る速度よりネイナスが追いつく速度の方が早い。体力の差が露骨に表れ始めていた。
このままではまずい。
「ニィ!」
ネイナスの攻撃が来る。そんな時だった。
「——待たせたな、シグマ!」
遠くから、小さなマルクの声がする。なんとか間に合ったようだ。
「マルクさん!?皆も!」
シグマはすぐに後ろに振り返って確認する。確かにマルク達がいた。だんだん大きくなっているのがわかる。こちらに近づいてきているのだ。もう何十メートルもないだろう。なんとか間に合った……。
シグマはとりあえず安堵する。思わず四つん這いしたくなるくらいに。
「あらかた戦って、もうベアトリウス兵士はあまりいないで。そしてランドルフ騎士団長と会話して、ギウル帝王が軍を引き下げる事を決めたらしいわ。大方の予想通り、戦争はこれで終結や。誰も死なずに済みそうやな。負傷者は多少いるだろうけど」
「ありがとうございます!」
マルクの大声は、きちんとシグマの元へ届いた。マルクの言葉に、シグマも何とか声を出し、返事をする。
「それで、そいつなんやけど……。ワイトがなんか言ってたらしいわ。怪しい奴と戦ったってね。もしかしてそいつがそうなんか?」
「(ちっ……やはりあそこで殺すべきだったか)」
皆がシグマの元へたどり着く。形勢逆転だった。ネイナスは一人、ワイトを倒し損ねた(ワイトは食らいすぎないよう防御に徹した)事を後悔していた。
「彼って……ベアトリウスの酒場であった、ネイナス……よね?なんでこんな所にいるの?」
アリアが素朴な疑問をシグマに言う。
「実は……僕はあの後、二人のベアトリウス兵士と戦ったんだ。そのうちの一人であるソームという人と戦って説得している最中、あいつが出てきて……まぁ、色々あって今このように戦ってる。殺意むき出しなのは見てわかると思う」
シグマは皆に説明しながら、ちら……とメイの方を見た。流石にメイの自分が好きだという話は口にできなかった。そういう場合じゃないし。メイはシグマの視線に気づき、バツが悪そうに眼をそらした。そういや、ソームを連れて帰るべきだったな……とシグマは話しながら思っていた。
「なるほど……そういうわけね」
アリアがシグマより前に出てネイナスと対峙する。これほど心強い事はない。
「悪いけど、シグマは殺させはしないわ。……メイの為にもね」
もちろん、同胞であり同僚だから、と言う意味である。
「やっぱりシグマの方に戻ってきて正解だったみたいね。あなたのような人がいるんだもの。撤退を決めたとはいえ、今はまだ戦争中よ?死なせても罪にはならないわ。覚悟はできてるんでしょうね?」
「私は単純にあなたのように人の卑しさの塊のような人が大っ嫌いなんですよ。あなたのような人から救い導くために私はフェルミナ教に入信したんです。だから……死んでください。もしくは成仏してください」
女性陣達が支援魔法をかけてくれる。イリーナの回復魔法でシグマもようやく調子を取り戻した。ほんと、生き返ったような気分だ。
「お前が何者かなんてどうでもいい。俺達のために死ね。逃がしても誰かに何かをするというのなら、ここで殺しておいた方が良いだろう。ここがお前の墓場だ」
「あなたのような人とは話さない方が身のためだと教わりました。だから……あなたには何もしゃべりません」
「……」
協力者の皆が、シグマを守るように自分の前に立ちふさがったのを見て、ネイナスは苦虫をかみつぶしていた。なんともつまらない光景だ。ご都合主義みたいに、仲間が駆けつけてくるなんて。まるで自分が悪者みたいじゃないか(実際悪者)。
「僕は、皆と力を合わせてこの世の悪を滅ぼしつくす。たとえそれがなんだろうと、おじけない。人は賢くなるべきだ!色んな事と繋がるべきだ!人を煽り、どんな結果だろうと面白ければいいだなんて、僕はそんな生き方認めない。誰かを傷つけていい理由にはならない!人は誰かと分かり合うために生きてるんだと僕は信じてる!だからこの世の全ての孤独にするものを僕は許さない!お前が他人を操り、不幸にするというのなら……。国の為じゃなく、世界のために、死んでくれ!」
「~~~~~~っ」
ネイナスのオーラが膨れ上がる。
向こうもついに本気になったようだ。ここからが本番。
シグマは後方支援に回っていた。体力はある程度回復したが、それでも筋力は限界に近い状態だった。きちんと集中して、なんとか数撃攻撃が当たるかといった状態。流石に連戦した以上、本調子には程遠かった。
メイは、そんなシグマの傍にいながら、自分も後方で魔法をうっていた。完全に仲間を頼る布陣だ。
協力者の皆はシグマと違って体力がほぼ回復しているようで、本気の立ち回りをしている。向こうも本気だからか、最初からフルスロットルだ。しかし、皆が本気でようやく互角……このネイナスの底力、恐ろしすぎる。覇気がないように隠し通せることも含めて、シグマは冷静にネイナスの事を分析していた。
あまりにも暗殺に向きすぎているのである。
見た目が若いので、幼少期から訓練しないとああはならない。最初から壊れていたのか、後天的に壊れたのか……それはわからないが、ネイナスが滅ぶべき存在なのはわかる。今が戦争中で、わざわざ嫌がらせをしてくれなかったら、ここまで気持ちよく殺そうとは思わなかっただろう。なんとかなりそうでよかった。
協力者とシグマ達の相次ぐ攻撃に、戦って数分後、ネイナスの表情がようやく崩れ始める。
「~~~~~っ」
ネイナスがイライラしているのが見て取れる。なぜ自分がこんな奴らに苦戦している、といった様子だ。
「ふっ!」
それを見て、シグマもようやく前衛として戦い始める。後はメイだけ……。
ネイナスが普通の人間じゃない事は、ワイトを含め、戦った誰もが理解していた。魔法の複数同時詠唱、素での身体能力のパフォーマンスの高さ。改造でもしない限りこうはならない。ベリアルでさえ3、4人相手をするのが精いっぱいだったのに、8人で互角かそれ以上。常識的に考えてあり得ない。遭遇する事も含めて。
皆、こんな奴を押し殺せそうでよかった、と思いながら戦っていた。
「——皆、ごめん。ちょっと油断しちゃった」
メイ がようやく前に出る。覚悟ができたようだ。
「あたしはこの程度ではやられない。ゲルヴァをきっかけに、悪を滅ぶすって決めたんだもの。この程度でやられちゃいけないよね。皆、ありがとう」
歩きながら、ネイナスに魔法を放ち、シグマの隣で立ち止まるメイ。
「そしてシグマ……。帰ったらあなたに伝えたい事があるの。だから……」
「だからまずは、こいつを倒しましょう!」
「……」
武器を構えたメイを見て、シグマは安堵した。そう、嫌がらせをされて、泣いたからって、この程度でトラウマになるほど弱くはないのだ。
「うん、もちろん!」
だから、シグマは明るく元気に返事をした。それがメイの良さだから。
「ふっ……」
「(さあて、帰ったら空気読まないとね……)」
「あははっ♪」
メイの心境を理解できているのは、表情で察したアリアのみ。しかし、皆メイが元に戻ったのを素直に喜んでいた。他の事を考える余裕は、もうしばらく程無かった。
「(どいつもこいつも希望に溢れている上で私を拒絶しているだと?今まで他人は私に都合よく操られているばかりだったのに……)」
「(おのれ、シグマ・アインセルク。大火事事件でトラウマのまま成長すれば、こんな事にはならなかったものを!)」
ネイナスが、恨み節を言う。心の中で。表情にも、怒っているのがはっきりと伝わった。
ネイナスは理解できなかった。シグマとメイがなぜ強くなれたのかを。弱かった事を見破る事は出来ても、なぜ強くなれたのかは理解できていなかった。当然である。セレナはこのネイナスと一度も会った事がないのだから……。
「ぐわあああああああああああああああああ!」
「……」
滅びる瞬間は突如訪れた。あれほどたくさん魔法を放っていたのに、急に放てなくなったのだ。近接攻撃も、はじく事が出来ない。シグマ達はそれを見て、すぐに一斉攻撃をした。
ネイナスは、断末魔を叫び、血を周囲に噴出しながら、盛大に倒れ、死んだ。
「終わった……」
「あ、そうだ!ソーム!」
シグマが走る。ソームの元へ。皆もシグマの後を追った。
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「ソーム、大丈夫か!?」
「あ、ああ……」
ソームは、杖を使って、じりじりと自分の方へ歩いていた。そんな時に再会した。明らかに致命傷である。
「すまない、手を貸してくれないか……。自分ではこうじゃないと歩けないんだ……」
「ああ、いいよ」
シグマは当然とばかりに肩で担いで拠点までソームを移動させる。
「ふう……。これで、わい達の仕事も終わりやなぁ。後は帰るだけや」
「ほんと、なんだったのかしら。あのネイナスって男は。ゼルガ同様、得体のしれない奴だったわ……」
「自分の国に怪しい奴を放置しているというのは、民衆の不安に繋がる。自警団でも作って、治安を何とかするべきだな」
皆がようやくこの戦争の終わりを実感し始める。ルーカスは今後の活動をどうするか、一つの案を採用しようとしていた。
「久しぶりの仕事かしら?あたしでよければやるわよ」
「これからの案を言っただけだ。悪いがやるなら一人でやってくれ、俺はまだこの後自分をどうするか決めてないからな」
「あら、あたしだって決めてないわ。この戦争で精いっぱいだったもの」
そう、とりあえずお疲れパーティーでも開きたい気分だ。皆よく頑張ったのだから。
「シグマさん……。終わったんですよ……」
最初の協力者であるイリーナが、無事大火事事件と戦争の終結が終わった事をシグマに報告し、感極まっていた。
「うん……。ありがとう……」
「大火事事件はこれで終わりですけど、ゲルヴァはまだ生きてます。これから色々変化すると思いますよ。私の予想ですけど」
「うん。きっと、これで終わりじゃない。ここから始まるんだろう……」
自分が成人したばかりだからこそ思う。この程度じゃないのだと。先程怪しいネイナスを倒したばかりだからなおさら。この世界はきっと、謎がいっぱいだ。
「まっ、何があってもわい達なら余裕や!だって戦争で生き残ったんやで!?」
マルクはポジティブだった。疲れているシグマにとっては、それが今はありがたい。
「流石にそれは調子乗りすぎじゃない?」
アリアが冷静に言う。
「いいチームワークだったやんか。こんな事中々ないで?次集まれるのいつになるのかわからんのやし。良い思い出になったわ」
それは確かに。とシグマは思っていた。
「まぁ、その時はその時だ。俺達はノーシュかベアトリウスのどこかにいるんだ。またなにかあったらよろしく頼む。だがとりあえずは……」
「解散、ね!」
元気を取り戻したメイがウィンクして皆に言う。
「今度は本当に解散なんやろな?ネイナスみたいなんは勘弁やで……」
出会うとは限らないので一応警戒。首都に帰るまでが戦争である。
「流石にないと思うわよ。人の気配とかなかったもの」
「ならええんやけどな」
「あの、し、シグマ……」
「……」
皆が歩き出したのを見て、メイがシグマに話しかける。ネイナスと対峙した時に言った話の事だ。
「まずは、帰ろうか(ニコッ)」
「!……うんっ!」
シグマがいつものように笑顔で答えたのを見て、メイは自分も思わず笑顔で返事をする。この様子なら安心だと。
これが、シグマが皆と再会するまでに戦った相手とその内容である。シグマは死ぬ寸前、とまでじゃないが、追い込まれた。ネイナスに。ラムウェルとソームに出会った事は、シグマの人生に大きな影響を与えた。成人として、どう生きていくかを決定ずけた。
この後ソームは無事ノーシュの拠点にたどり着き、治療されて、ベアトリウスに戻っていった……。ラムウェルと同じく、戦争終結宣言後、どうしているかはわからない……。
シグマ達は、無事ゲルヴァを捕まえ、死者数0人(イレギュラー扱いのネイナス以外)を達成し、ようやく大火事事件に終止符を打つことができたのだった。
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