第5章:誰のために14
「はぁ……はぁ……」
シグマは一人、剣を斜め下に持ちながら肩で息を吐き状況を確認する。そして……。
「僕達の、勝ちだ」
12年越しの決着を、大火事事件当事者として果たしたのだった。
「……。まさか、俺が負けるとはな……」
「さぁ、ついてきてもらうわよ」
気絶から目を覚まし、冷静になったゲルヴァが負け惜しみのセリフを吐く。しかし、以外にも落ち込んではなく、こういう可能性もあったなといった様子だった。
「連れて行くのは良いが、お前達は本当にそれでいいのか?」
「どういう意味だ?」
ルーカスが怪訝な顔で不愉快そうに質問する。それでいいもなにも、自分達の意思で戦おうとしてこうなったのだ。いいも糞もない。
「言っただろ。この戦争は俺がきっかけで起きた戦争だとしても、ベアトリウス帝国は昔から変わらん。戦争である以上、何人かは死ぬかもな。俺は牢屋に入る。お前は復讐が終わる。それでレドナール紛争を真の意味で解決した気になるのか?俺がどういう気持ちで生きていたのかも知らないくせに」
何も変わらないから自分も大火事事件を起こした。それをとにかく強く主張したいらしい。ゲルヴァにはまだ言いたい事がたくさんあるが、とりあえずは……。
「——それはこれから考えるよ。僕だってお前にはまだ言いたい事がたくさんあるのを、我慢しているんだ」
牢屋に入ってくれ。シグマをはじめ、協力者達全員がそう思っていた。
「ふんっ、なら精々やってみるんだな。俺はお前の言う通り、ノーシュで少し昔話でもしているよ……」
ゲルヴァはぼろぼろになっても活気だけはあった。シグマ達に恨み節をつぶやいて、メイに連れていかれた。動けなくなるぐらい体力を減らしたが、万が一回復されて逃げられたら今までの苦労が無意味になってしまうので、さっさとやるべき事をしてしまった方がいいのだ。後でいくらでも牢屋で話せるのだから。
「これで……あたし達の協力関係も、とりあえずは終わりを迎えるわけだけど、この後はどうするつもりなの?」
メイを見送って、アリアがシグマに質問をする。役目を終えたので、ノーシュに帰ったら協力者の皆とはしばしの別れとなる。
「ゲルヴァに勝った事をランドルフ騎士団長達が知れば、おのずと終結になると思う。ただそれまでは、騎士としてできる限りの事をしなければ」
「なら、ここからは単独行動をした方が良さそうやな。もう集団で行動する理由もないやろ?」
「確かにな」
ランドルフ騎士団長達と今自分達がいる場所がどのくらい離れているかわからない。歩くなら数十分はかかるだろう。メイの後を追いたい人もいるだろうし、一般のただの協力者に過ぎないシグマ以外の人が戦場に参加しているのはノーシュの騎士道的に認められない。なら、ここで解散して一人シグマだけ戦場に残すのが本人の意思を尊重するという意味でも最善だろうと思われる。
「でもいいんですか?言ってしまえば時間稼ぎで、集団でいた方が報告しやすいと思いますけど」
イリーナがつい正論を言う。それはその通りだ。
「僕もそこまで不安に思っているわけではないけど、何か嫌な予感がするんだ。もう少しこの戦争の空気を吸っておこうと思って」
「はぁ……しょうがないですね。まぁ、戦争すれば捕虜とか出るんです。私達も立場上は傭兵にあたります、 ここからは国と国の人達だけでいいでしょう。下手に目立たない方が良いのかもしれませんね」
「まぁ、マイニィちゃんとかもいるしね。戦える人は戦うという形にした方が良いでしょう」
「はい……」
ベリアルのあの一言がなければ、自分も素直にランドルフ達の元へ戻っていたかもしれない。でも、せっかく協力者達がいたとはいえ、戦争の空気を味わったのだ、ベアトリウス軍の兵士がどれだけいるかを確認しても変じゃない。なにより自分はここから遠くまで行くつもりはなく、きちんと帰る事を視野に入れている。皆が帰る方向と自分が進む方向を間違える方向音痴でもない。大丈夫、やれる。
シグマの意思は固かった。
「んじゃ、解散やな。夜になるまでに拠点に集合や。皆おるやろうしな」
「ああ、好きにさせてもらおう。……シグマ、無理はするなよ」
「はい……」
言って、皆が去っていく。一件落着な事件を終え、ほっとしながら拠点へ戻っていった。戦ったから単純に素直に休憩したいのだろう。
「(後は消化不良だ。歩いて出会ったベアトリウスを倒す程度で良いだろう……)」
しかしシグマだけは、己に鞭を打つように、勉強するために時間稼ぎという名の探索を続けたのだった。
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「はぁ……はぁ……っ、あなた、本当に何者なんですか?なぜこんなに強い?なぜこんな意味の分からない事を……」
ワイトがネイナスと戦い始めて2、3時間。流石に体力の限界が見え始めていた。ワイトから見て得体のしれない怪しさ満点のネイナスは、それはそれは嬉しそうにワイトとの戦いを愉しんでいた。
「そんなの楽しいからに決まっているじゃないですか!私は人の感情が大好きなんですよ!必死な表情が好きなんですよ!……多少、嫌がらせとかしないと面白い表情は見れませんからねぇ……。そうすると力はある程度なくてはならないので」
ネイナスは、ずっと人の色んな感情を見るためにあちこちを旅してまわっている。自分の感情は捨てたか、出しまくって飽きた、とでも言いたいのか、己の欲求を満たすために実力行使をする事を容認する発言をした。それはノーシュにとってあまり良い意味として捉えられない。パワーハラスメントは部下が上司の上司に報告してすぐに処罰されるからだ。文化的にも。
「私はあなたのような快楽主義者は好きではありません。ですが……我々へ手を出すわけではないのなら、身を引きましょう。もちろんベアトリウス帝国にもです」
ネイナスがノーシュの騎士だと思われたらまずいので、ワイトはきちんとベアトリウスにも手を出すなと発言する。戦った以上、まずい所じゃないのではとワイトは思うが、それは自分の中だけに押し込める事にした。
「ええ、私も約束しますよ。あなたのような人が来たからには、下手な事はできそうにないのでね」
「それは私が来なかったら誰かにこのような事をしていたという事ですか?」
今までの流れ的に、ネイナスの発言は逃げるという事を意味する。あなたがいるとやりたい事ができないからさっさと帰れ、と暗に言っているのだ。
「まさか。一人で自由にしていたら、たとえ犯罪をしていてもバレてしまうだろうな、という意味ですよ」
「ならいいですけど……」
ワイトは去る。去り際にネイナスをちらちら見ながら……。
「(一応マークはしておこう。ランドルフさん達にはまだ言わなくていいな……)」
ワイトを含め、ノーシュの騎士は全員何かあったら必ず報告し協力するように訓練、教育されている。しかし何を告げるかは本人の意思次第なので、ノーシュに被害を加えないなら捜索する事もないので報告しない事にした。ノーシュの城は昔暗殺が行われた事もあって厳重な警備がなされている。
「ま、嘘なんだけどね」
ネイナスは顔を歪ませ、相手が驚いている表情を想像しながら、ゲハハと笑い始めた。
「手を出すに決まっているじゃないですかぁ。じゃないとなんのために戦場に来たと思っているんだか。帝王達の方はなんか終わりそうだしぃ~、
ネイナスにとって、自分が他人に被害を加えたかどうかなどどうでもいいのだ。相手が自分が望む感情を抱いてくれたかどうか、顔に出してくれたかどうか。それが全てである。その為に、嘘だろうと何だろうとやる。そういう人間。
「あー楽しみ楽しみ。これだから人生はやめられないんだよなぁ!」
今まで散々嘘をつき、相手を騙してきた人達の怨念が、自身に漂っている事を、ネイナスは知らなかった。
「おおおおおおおおおお!」
「ふぅん!」
「……」
「……ふっ、露骨にやる気がないようだな」
「!」
「——まさか、ベアトリウスに新世代がいるとは思わなかったよ。いつのまに産み育てた?歴史では、ベアトリウスはウーザンの世代で終わったはずだ。どう立て直したんだ?」
ランドルフとギウル帝王が戦っている最中、バリウスは息子のジェイドが戦う意思を見せずながら作業のように見せかけだけの戦闘をしているのを見てピクニックに行くかのように提案するようにジェイドに話しかけた。
「それはあなた達と同じですよ。ベアトリウスはあれで痛い目を見た。国民に何もできない時期が何年かあった。そして反省して……今に至っている。全ては祖父のウーザンのせいですが……。あの人は自分が死ぬ前に国が亡ぶのを見たくはなかった。それで父に継がせたが……結果としては良かった。それでこうなっている」
「なるほど?ベアトリウスの事なんてそこまで興味があるわけじゃないが、レドナール紛争が起きていた時、そっちはそうだったのか」
ノーシュにも、他の大陸の国々にも、ベアトリウスに跡取りがいた、というニュースは報告されていない。ジェイドの祖父、ウーザンの時代から、いつの間にか王妃がいて、いつのまにかいなくなっている(死んだか愛想がついて逃げた)、という状態が続いている。ノーシュはてっきり、ベアトリウスは結婚できないから衰退していると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「なら帝王になる予定の男よ。こっちも正直に言おう。我々ノーシュは見ての通りだ。今まで帝王と互角に戦える兵士がいたか?いないだろう?うちの騎士団長はすごいんだ」
「残念です。お互いが歩みよれずここまで来てしまったのは。俺達は自分達の事で精一杯で、他国の面倒を見る余裕がなかった。余裕があればゲルヴァが大火事事件を起こすのを、阻止できたのかもしれない……」
「結果論だな」
ギウル帝王から距離を取って、バリウスとジェイドの話を聞く余裕が少しできたランドルフが感想を言う。その言葉は意外と厳しかった。
「俺達からしたら、30年前に起きた事が原因でやった事など知った事か。大火事事件は残念だったが、それもこれでおしまいだ。俺達は自分達のつけは自分達で払う。そのためにここにいる!」
ギウル帝王に襲い掛かり、そして声高らかに叫んだ。
「茶番はおしまいだ!お互い、本当にためになる事をするべきだろう!?」
「ゲルヴァが負けたら、な!」
自分が負ける条件と退散する条件は既に理解している。だからこそギウル帝王は久々の戦場だと楽しんでいた。
「子供の時は、私もあなた達のように世界にそこまで期待してはいませんでした。ですがシグマとメイ、そしてセレナ王女に会った事で、少し期待するようになったんです。騎士になった以上は、やれるだけやってみようと。人は人に、勇気を与えられる。希望を与えられる。それをあの3人は証明した。私は、いえ、私達は、守りたいもののために、これからも戦い続けるつもりです」
今がベアトリウスとの外交としての対話の時間でもあるなら、とミネアが普段は同胞にさえあまり出さない本音を口に出す。どうか伝わるようにと。
「あなたはどうなんですか。ネール・ラトナリア!」
「……羨ましいわ。嫉妬するぐらいに、ね!」
ガキィン!武器同士の金属の音がする。
「昔はこんな国ではなかった!昔は誇りを持てる国だったわ!なのにこんな国になってしまって……。責任を感じられずにいられるわけないじゃない!だから私は軍人を辞めない、辞めれない!」
「お互いどちらかが死ぬまでに、あなたと友人になれる事を私は願っていますよ」
「私はお断りよ。マキナやアイカで十分だもの」
「はは、でしょうね」
外国人にあまり良い思い入れがないのか、ネールはミネアと仲良くなるのを拒否した。
そして……。
「みなさーん!ランドルフ騎士団長ー!」
メイの小さな声が聞こえる。それだけで、何が起こった(進んだ)のか理解できる。
「きたか!」
「!」
「父上……」
ギウル帝王は予想外の驚きの表情で聞こえた方角に体を向ける。意外と早かったと思っているのか、ゲルヴァが負けるとは思っていなかったのかはわからない。
「——見ての通りです!ゲルヴァ、連れてきました!」
「……」
ランドルフ達の前までようやく連れてきて、メイがゲルヴァを紹介する。ゲルヴァはずっと黙っていた。今から牢屋に入るというのに、何を話す事があるのか、とは思っているだろうが……。
「シグマはどうしている?」
「ランドルフ騎士団長の命令を待っています。それまでベアトリウス兵と戦っているかと。他の皆も同じです」
「そうか……」
メイがランドルフ達にゲルヴァを紹介するまで、協力者達は実は一度拠点へと戻り、メイとも話をしていた。それぞれ思い思いの事をしている。今はいないが、後から皆もやって来る。拠点の近くまでメイが来たという事は、そこからそう遠くない所にいるランドルフ達まであとわずかの距離だからだ。
「俺は無意味な戦いは好まない。戦争という名の喧嘩はこれで終了だ!」
ランドルフはゲルヴァ引き渡し戦争の終結を宣言した。戦争というほどの規模じゃないのは誰もが理解している。
「ゲルヴァよ。今回のこの戦争で、お前を歓迎した事がバレる。ベアトリウスはまた世界から馬鹿にされるだろう。だがそれはお前が善人だったらの話だ。ノーシュに復讐したかったら勝手にしろ!俺達を巻き込むな!お前が当初胡散臭かった事は言わせてもらうぞ!まぁ、お前はついさっき復讐され返されたみたいで、それについてはいい気味だがな……」
「……」
自分があの時、きちんと身元を調査していたら、こんな事には……と、全てが終わった後でギウルが心の中で少し思う。だが今はもう後の祭り、恥がまた出るのを承知で、言えるうちに愚痴を本人にしゃべっておいた。
「では、行きます」
「頼む」
メイがランドルフ達の部下にゲルヴァを引き継がせ、手続きをする事もかねてノーシュまで一足先に戻る。それを見送って、ようやくランドルフ達も一息付ける事が出来た。
「ふぅ……。なんとか終わりそうですね……」
「ああ……。だが、終わるまでにシグマと少し距離が出来てしまったな。俺達は拠点に戻る方が近い。下手な事はせずにシグマを待っていた方が良いだろう。メイから再び報告があるまでしばらくタイムラグがあるが、今のあいつなら大丈夫だろう。無事にここまでこれるはずだ」
「ええ。ワイトもそろそろ戻ってくるでしょうしね……」
「そうだ、それもあったな……」
「……」
ランドルフとミネアの会話を聞いて、バリウスはウェイジ―地帯にある自分達の拠点へ歩いて行った。協力者達に報告し、撤収の準備をするためだ。
こうして、ゲルヴァ引き渡し戦争と後の資料で書かれる事になるこの戦争は、無事、誰も死者が出ず素早い決戦で幕を閉じる。しかし、シグマはランドルフによる戦争終結宣言を聞くまで、
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