第5章:誰のために11

「……!いたぞ!」

 

 シグマ達と離れたスピアリアフォースは、目的であるギウル帝王達ベアトリウスの軍人を探していた。進軍してきたので、出会うのはもうまもなくだったが、夜を迎える前に無事に発見する事が出来た。


「!」


「向こうも気づいたようですね……!」

「今のうちだ。シグマ達にはゲルヴァと戦う事だけを優先してもらわねば」


「……」

「……?」


 ミネアやバリウスもベアトリウスの軍勢の方を見ていた時、ワイトは一人歩いている最中、をしている一人の人間を発見する。

「——すいません、少し向こうの方で怪しい軍人を発見したので僕そっちに行っても良いですか?」

「一人か?」

 気になったので、ランドルフに許可を求めた。

「はい」

「なら行ってこい。罠かも知れないから慎重に行けよ」

「わかりました」

 ザッザッ、とマイペースに謎の人間の後を追いかけていくワイト。

「……良いんですか?あっちの方面、シグマ達の方じゃないですけど……」

 それを見てミネアは少し心配した。

「こんな場所で怪しい動きをする奴なんて限られている。行かせた方が良いだろう。もしかしたらノーシュやベアトリウス以外の国の人間がいる可能性もあるからな」


「「!」」


 ワイトが別行動をしたのを見送ったら、ベアトリウスの方もシグマ達がいない事に気づき、別れるものが出始めた。ベリアルとエドガーだ。

「どうやら向こうの方もシグマ達に気づいたようで別れるみたいですね」

「ワイトには気づいて…………ないな。敵に気づいたのは俺達の方が先だったようだ。くく、これは好都合。向こうの人数も減るならやりやすい。このまま俺達はギウル帝王と戦うぞ」

「はい。バリウス」

「(シグマ……そっちに人行ったぞ……)」

 バリウスだけ、2、3秒長くシグマ達の元へ向かっていったベリアルとエドガーの後姿を眺めていた。自分はランドルフの元を離れるわけにはいかない。ワイトも(おそらく一時的に)いなくなった以上、これ以上戦力を減らすわけにはいかない。

 大丈夫だと思っているが、バリウスはちょっとだけ、普段はあまりしない後輩への気配りをして、ギウル帝王の元へ行った。







「……」

「ノーシュ国騎士団長、ランドルフ・サンダリアだ。お前達にノーシュに足を踏み入れさせるつもりはない。ここで徹底してもらおうか」

「ふっ……」

 対峙して。ランドルフがテンプレートな発言をした後、ギウル帝王は薄ら気味が悪い笑みを浮かべた。

「何がおかしい!?」

 それを見てバリウスが怒る。こちらに笑える要素などないからだ。戦うのだから。

「いやなに、いかにもな奴らが来たと思ってな。お前達はブラフなんだろ?」

「(こいつ……やはり全てを理解して?)」

 帝王は当然、自分達のように全てを理解している。ノーシュの騎士でゲルヴァと友人だったベリアルが今そっちの軍人をしているのだから。長年ベアトリウスにずっといたゲルヴァは間違いなく、ギウル帝王と少なくとも1回は会っているはずだ。

「シグマの事か?そっちの城の事は世話になったな。まさか30年前のレドナール紛争の奴らがそっちにいるとは思わなくてな」

「父さん……」

「マキナとアイカはどうしてるのかしら?そっちにいるのよね?」

「あの人の事なら変わらずですよ。アイカさんは引き続きシグマの協力を、マキナさんは城にいます。もちろん人質や捕虜ではありません」

「そう……」

 亡命である事は察しているだろう。戦争をする前に、マキナという予想外の客がこっちに来てしまって、ベアトリウスも気になっているようだ。

「こちら側としては、 戦争を茶番劇にしたてあげるのはやめていただきたいんだがね」

 バリウスがギウル帝王にノーシュの本音を愚痴として言う。

「何のことだ?」

「とぼけないでください、ゲルヴァの事ですよ。急に出てきて……彼のせいで戦争になったと、我々は聞いている」

「くくく……」

 バリウスの話を聞いて、ギウル帝王は再び不気味な笑みを浮かべた。

「——なぜノーシュ人がベアトリウスで十数年住んでいただけの事が、俺が茶番劇にした事になるんだ?奴が住んでいいかと言われたからいいぞと言っただけだ」

「奴は30年前にレドナール紛争が起きて、解決後すぐにノーシュから亡命している。その十数年後、大火事事件を起こした。その間どこで何をしていたのかは、ベアトリウスしか知らないんですよ?我々からしたら、ノーシュへの復讐を計画していたんじゃないのかと、それを知って、協力さえしていたんじゃないのかと、勘ぐるのは当然の事だと思いますが」

 わざわざ言い分を要求する奴だ、と思いながら、バリウスはギウル帝王にノーシュとしてそっちが起こした戦争をどう思っているか素直に話す。

「……なるほど?よく教育されているようだ」

 それを聞いて、ギウル帝王は素直に自分達(ベアトリウス)の言い分を答え始めた。

「では質問に答えよう。確かにゲルヴァとは十数年の付き合いだ。会ったのは数回、交流した時間は数時間だがな。しかし我々は奴の計画さえ知らなかった。その証拠は大火事事件の調査を当時から歓迎していた事だ。大人なお前達には理解できるはずだ」

 事情を知らない人は予想外と思うかもしれないが、ベアトリウスは昔と違って好き勝手する人はもう殆どいないので、国の不幸、ましてや隣国に何かあったら素直に協力する体制が整っている(国柄がある)。当時も調査は歓迎だとアピールしていた。しかしノーシュ側が一方的に打ち切ったから疑問に思い、その後記憶から消え無関心となったのだ。今蒸し返されているが。

「だったらなぜ当時から監視役をつけていたのにも関わらず、大火事事件の事を防げなかったんです?なぜ彼を追いかけなかった?」

 こっちが打ち切ったとはいえ、犯人がどこに逃亡したのかを考えられないベアトリウスじゃない。数日間だけかもしれないが、国境から出入りする人間の事は注意深く見ていたはずだ。なのにゲルヴァはなぜあんなにも完璧に犯行が出来たのか。ノーシュ一同不思議に思っていた。

「報告では、少しノーシュに行ってくるとだけ言ったそうだ。亡命したはずのノーシュになぜ行くとは思ったが、精々数十分~数時間だけだと思ったらしい。もちろん何をするのかも聞いた。……その結果はもちろんああだったけどな」

 ギウル帝王は部下から聞いた話をそのままランドルフ達に説明した。ギウル帝王にとって、勝手にやってきて勝手に去っていった奴の事はかなり低い関心事として扱われる。だからこういう話し方になる。

「当然ノーシュで我が国の兵士が好き勝手するには、お前達から許可が必要だ。それをとっていない以上、奴のノーシュ行きを阻止する権限はなかった。昔はいたんだがな……」

「チッ……ゲルヴァがしらばっくれたのは間違いなさそうだな……」

「ベアトリウス帝国は昇級によって権限がはっきり分かれているみたいですね。ゲルヴァにネールやベリアル、マキナレベルの人を就けさせたかったがいなかったから起きたのでしょう……」

「戦争の最後の世代のなごりとはよく言ったものだ」

 お互い、犯罪を阻止できなかったという意味では仲間ではある。しかし、ベアトリウスの方はあまりにもガバガバだったのに犯人かどうか疑う事さえしていなかった。する必要性をあまり感じていなかったのだろう。


「……過去を惜しんでも仕方がない。茶番だろうと何だろうと戦争は戦争だ。半殺しにはさせてもらうぞ」

「くくく……できるといいがな……」

 両陣営ともに武器を抜き、取り、戦闘態勢に入る。


「こちらは被害を喰らうつもりはない。部下の兵士もたくさん使うつもりだ。だから最初から本気で来た方が良いぞ?」

「ほう?そいつは楽しみだな……」

「(父上が戦争でここまで楽しそうにしているとは……。やはり昔はこんな感じだったのか……。帝国の時代は俺の時代で終わりそうだが、ベアトリウスの再編には今しばらくかかりそうだな……)」

 ジェイド王子は一人、冷静に父ギウルとノーシュの会話を眺め、ため息をついていた。自分が王の座を継いでからも引き続きベアトリウス帝国の受難の時代は続くのだから。

 価値観が違う親と祖父を持って、なんとか仲違いにならずにそこそこ良好な関係ができているだけでも上出来だろう。誰か褒めてくれ、とジェイド王子は陰ながら思っていた。人によってはすごく反発するだろうから……。

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