第5章:誰のために10

「お待たせしました」

「きたか」

 レオネスクの広間。城の近くでワイトを待っていたシグマ達とランドルフ(スピアリアフォース)達は、作戦の最終確認をするために集まっていた。

「というわけで俺達は、ベアトリウス帝国のウェイジー地帯に行く」

「ウェイジー地帯?」

「なんでそんな所に……」

 マイニィが首をかしげ、マルクが質問をする。

「あそこから進軍してくると分かったんでな。あそこは、ベアトリウスが隣国であるせいで俺達の北の森林地帯と直で繋がっている。もちろん国境があるが、自由に行き来できる。お前達も1度ルンバで経験しているはずだ」

「あそこから……」

 国境沿いにあった列車は、なにを隠そう、このウェイジ―地帯に整備されたものだ。ルンバからすぐ近くにあるが、ややこしくならないために区分けしてある。あの部分はノーシュはルンバ駅として数年~十数年後に使用する事になる。

「まぁ、実際はルンバから少し北がウェイジー地帯なのだが、似たようなものだ。ダグラスやアギスバベルの北からも行ける。着いたら直接対峙するだろう。 一応、着いたら補給や拠点は置いておくが、あまり意味をなさないと思っている。向こうの部下の兵士には用が無いからだ。向こうも無駄な殺生は好まないだろうしな」

「だと良いんだけどね」

「……」

 戦国時代終結後、目立った噂話はベアトリウスからは聞いた事がない。しかし、昔の事を思うと万が一が心配になってくるのだ。アイカはアリアの言葉を聞いて笑えなかった。

「……おかしな奴がいるのは否定しないが、そいつらが実権を握っていたのは過去の話だ。今は違う。まぁ、今だって過去の積み重ねだし影響を受けてはいるが、それでも昔とは違う戦争だ。ベテランはあまりいないし、戦争理由も特殊だ。だからさっさと終わらせられるはず。心配するな」

「まぁ、着いたら倒して突き進むだけ、というのは簡単だな。問題はそれで無事に終わるか、だが」

「……」

 シグマやメイをはじめ、戦場に行くのは先輩であるバリウスやミネア達も同じだ。実践の空気を味わっている分、慣れは多少あるだろうが、血はもしかしたら浴びるかもしれない。

「そのために俺達も行くんだ、。ギウル帝王も俺達で何とかする」

「本当に大丈夫なんですか?相手は一応国の王ですよ?」

 ベアトリウス帝国は、王族が戦える事で有名なのでシグマが心配する。そういう存在だと、子供の時にランドルフ直々に教えられたからなおさらだ。

「元々無理に勝利する必要はないからな。こちらは時間稼ぎをすればいいし、一人で戦うつもりもない。策はいくらでも練っている、とにかくまかせてくれ」

「うちの騎士団長です、まかせましょう。相手の強さもまだよくわかりませんから。一応強いと想定しているとはいえ」

 ウーザンは息子のギウルが成人して戦争に参加するまで、戦国時代を長引かせたいと思っていた。しかしその余裕はなく、今の状態があらわしているように衰退し、長年鍛錬を積んでいたはずのギウルは帝王として日々国の実情に苦悩する毎日を送っている。勝機はあるのだろう。

「ゲルヴァの捜索までは一緒とはいえ、見つけたらその瞬間二手に分かれるんだ。お前達はお前達の事をしろ」

「……まぁ、そこまで言うなら……」

 バリウスに念を押され、シグマが身を引く。精神的な衝撃が大きい人生を送ってきたので、どうしても気になるのだ。

「ホント、シグマって心配性よね」

 そんなシグマを見てアリアが苦笑しながら呆れる。ほんと良く犯人を見つけられたものだ。

「……行きましょう。もう戦争は始まっています。進軍に追いついていないなんて馬鹿な事があってはなりませんから。ついたら状況確認して進軍。ベアトリウスの軍人を見つけたら散開。これだけ覚えておけば大丈夫です」

 ウェイジー地帯には、ルンバの国境沿いから行く。森林として繋がっているのだから当たり前だ。 ダグラスとアギスバベルの間にある街道からでもウェイジー地帯に行けるが、 そこはどちらかというとベアトリウス人用だ。わざわざ遠回りしてまで行く理由がないので、普通にルンバから行くのが望ましい。

「ああ。……とにかくギウル帝王はまかせろ。ゲルヴァはお前達がなんとか捕まえてくれ」

「……はい」

「(待ってなさい、ゲルヴァ……。大火事事件の被害者として、あんたには言いたい事がたくさんあるんだから……)」

「(め、メイさんのすごい殺気!珍しい……やっぱり家族が亡くなられているから?なのかな……)」

 一人子供のマイニィは、アウェーを感じながら、同年代の子供達とは違う、数年早い大人の世界を感じながら、ピリピリした空気を少しでも楽しむよう努めていた。






 ザッザッザッ。

「着いたぞ」


 レオネスクを出発して数時間後。馬車を使ってショートカットし、作っておいた拠点にたどり着く。

 ウェイジ―地帯は、木の長さがそこそこあり、高く、迷いやすくもある森林地帯だ。ここで採集して手に入れた木材を加工したり、ちょっとした小さな村を作って畑を耕しベアトリウスの各町へと野菜を送っている。……昔、マキナが新人だった時に飢餓で何人かが死者を出したのもこのウェイジ―地帯に住む人々だった。

「既に準備している人がいますね」

「そりゃあ、進軍が確認された次第、戦争の始まりやからな。ここから来るなら、待機していないとおかしいで」

「ここはただの森林地帯だが、人が通る事もあって工事をして平地にさせた所も多い。でこぼこしている所ばかりじゃないという点に注意しろ。木から身を隠す事も出来るからな。あと、向こうの兵士は俺達を見つけ次第襲い掛かってくると思え。お前達はさっさとゲルヴァだけを倒して捕まえたいだろうが、これは城で言った通りだ。応戦してさっさと先に行け。回復はこの拠点でいくらでも用意している」

「助かります」

「私達の事は心配しないでください。負けるつもりも死ぬつもりもありません。先輩としてきちんと役目を全うしますよ」

 紅一点であるミネアが頼もしい事を言っている。女性人達もそれを聞いてほっとしている。

「部下の兵士を活用し、活用した分だけ規模が大きくなる。結果的にそこそこ大規模な戦いにはなるだろうからな。個人と戦うだけのお前達と違って俺達は戦い方が違う。正直、気を使わない方が暴れまわれる。だから気にするな。まぁ、そっちが早く終わったら応戦しに来てくれ。ゲルヴァが負けたら向こうの帝王も引くだろうさ」

「はい」

 それが、先輩達スピアリアフォースの頼み(願い)だ。早急撃破が、戦争終結の決め手となる。


「うっしゃあ、やったるでぇ!これが終われば報酬や!やってやろうやないの!」


「ホント、金がもらえるからって素直ね」

 協力者がいなければ、シグマとメイだけで戦わせるわけにはいかなかったというのが、ノーシュの本音である。マルク達も来るだろうというのは、恐らく向こうもわかっているが、性格等はマキナぐらいしかろくに知らないはずだ。そのマキナもシグマ側につき、戦場に参加する事を拒否しているので、圧倒的な戦力差さえなければ何とかなる、というのがスピアリアフォースが下した判断だった。

「俺達はベアトリウス人だからな。向こうからしたら裏切り者さ。流石に、ベアトリウス人でコリエーヌ家が生きていたという事を知る人間は少ない。俺達の事はスピアリアフォースに伏せてもらった。城で出会った軍人以外で俺達の事を知る奴はいないさ。情報共有していたら話は別だが」

 軍人だったら大問題だが、一国民なので、いわゆる後の方が怖い面倒な問題は回避している。スピアリアフォースに事情を説明してあるので、ルーカス達ベアトリウス人の協力者に何かあったらランドルフ達が出てくる。これで余計な事を気にせず戦えるってわけだ。

「まぁ、それが良い士気が上がる格好の理由になっているって事よね。どういう事情でシグマの協力者になったか知っているからそこまでじゃないとは思うけど……」

「すいません、なんか……」

「シグマのせいじゃないわ。あたしもマキナの事で言いたい事があるから。お互い様よ、こんなの」

 たまたま会って少し関わっていたら友人が亡命していた。アイカが一番複雑で腹が立っているだろう。

「やる気がある人は良いですねぇ。普通の協力者を代表して言わせてもらうと、早く終わらないかなとしか思いません」

「ははは。それが普通だよ」

 イリーナは典型的な平和主義者なので、戦う事自体あまり支持していない。いつものようにマイニィの保護者として同行している。

「しばらくは一緒でしょうが、途中で別れるだろうから今のうちに別れを言っておきます。そっちは任せましたよ。とにかく、そちらは勝ってください。皆さんのためにあるようなものなのですから」

「はい」

「よし、後は戦うだけだな」

「そうですね」

 戦場についた以上、各個人が己の役割を果たすために行動する。戦場と言っても、肉体の距離は遠く、心で通じ合わなければならない。成人した以上、きちんと仕事をこなすのだ。


「おい、最終確認だ。ちゃんと戦えるだけの物資はあるだろうな?」

「はっ!この通りです!」

「……よし」

 

 バリウスが部下に物資の確認をする。シグマ達はここにしか戻って来てはいけないのだ。拠点の場所は気づかれてはいけないし、頻繁に戻る事も気づかれるリスクが増えるだけだからだ。

「マイニィちゃん、大丈夫?緊張してない?」

「皆さんがいますから大丈夫です……。ただ、流石に少し怖いですが……」

 マイニィはずっと足がぶるぶる震えていた。歩けないほどではないが、その足どりは頼りない。まぁ頼りなくて当然なのだが。

「あたしも戦場は初めてよ。まぁ、流石に殺す事はないでしょう。多分」

「そこらへんは祈るしかないな」


「あっ!進軍してきました!」


「来たか!」

 マルクが自分に喝を入れる。報酬がもらえるからか(報酬自体はイリーナ達他の協力者ももらえるのだが)、シグマの次にモチベーションが高いのは間違いなくマルクだろう。

「ここから先はあるのは戦いだけだ。緊張感をもって行くぞ」

「はい」

「……頑張ってきてください」


「……はい!」


 スピアリアフォースは相手のベアトリウス軍でさえ死者数ゼロを目標としている。既に仕事モードに入っているランドルフには話しかけられる空気じゃなかった。ワイトから別れの言葉を言われ、シグマが元気に答える。

「行くわよ皆!やってやりましょう!」

「まずはゲルヴァを見つけないとですね」

「ええ……」

 ゲルヴァは、レドナール紛争が原因となり、ノーシュの騎士を辞め、ベアトリウスへとたどり着いた。人に絶望し、絶望したからこそ人を試すために、あのレオネスク大火事事件を起こした。ベリアルもノーシュの騎士はやめたが、あくまで個人の問題だと認識している。あの紛争の時、表情にはあまり出さずにいたが終始嫌気がさしていたのはゲルヴァの方だった。自分達が周囲から(特に目上から)戦後の後片付け世代と呼ばれている事も、国民が与えられて当然の顔をしている事も、戦後という呼び名をしているだけで、昔からあまり変わっていない(ように見える)事も、何もかもが嫌いだった。

 だからあの大火事事件を起こした。ゲルヴァは、ベアトリウスに行ってベリアルと違って癒される事はなかった。人にあまり出会わず隠居していた、というのももちろんある。しかし、彼はどうしても、自分が憎い相手となり、同胞から敵視される事を望んでいた。それが、自分達が体験してきた事だったから。

 なぜ自分だけ……という気持ちは、かなり人を変え、行動させる。ゲルヴァの良心は、なんとか怒りを鎮め、狂気的な行動をせず、とことん怒りをぶつけられる存在を自ら創り出した。ゲルヴァは待っている。シグマの事を。自分に怒りが向けられ、ノーシュと戦える事を。この戦争は、ノーシュの組織問題だった。

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