第5章:誰のために9
戦争当日。ナルセ女王は、亡き夫の言葉を思い出していた。セレナを産んだばかりで、どうしてもあまり働けなかった時期の話だ。当時のウェイザー国王は、セレナを生み見届けた数か月後死ぬという史実どうり、見るからに疲労がわかる様子で日々を過ごしていた。それを、周囲は止めたくても止められなかった。……仕事熱心なウェイザー国王の事を皆が尊敬していたのは言うまでもない。
「……世話を掛けるな、ナルセよ」
「いえ……。こういう時こそ王妃として働かなくてはなりませんから……」
王族という特殊な立場にいる夫婦であるため、いくら王妃といえど、国王のサポートはする。基本的に仕事はしていないが、ほんの少しはしている。そういう微妙な立ち位置。ナルセはまだ赤ちゃん状態のセレナを絶対に死なせないよう、慎重に生活していた。
「私がいなくなった後のノーシュは頼んだぞ……」
「はい……。お任せください……」
このウェイザー国王のセリフは、どこかに行った時と文字通り逝った時の両方の意味がある。自分の死期を薄々気づいていたウェイザーは妻に全てを任せるしかなかった。
「しかし……こんな形でセレナに王の座を渡す(託す)なんて……いくらなんでも幼すぎでは……」
既にランドルフに国家改造計画の命令を出している。騎士団がどうなるかは、ウェイザー国王にはわからない。ナルセ女王もセレナが独り立ちをする間、女王として頑張らなければならないのだ。
「新しい時代には、新しい人間が必要だ。彼らが時代を引っ張っていくのだから。まぁ、私とて新しい時代がやってきても生きていくつもりだったのだが……こういう事が起きるのが王族だ。宿命として受け入れるさ」
ウェイザー国王の良さはどんな事が起きてもそれを楽しもうと努めた事だ。どうしても少し心配している妻の前でもこのような事を言うのだから。
「忘れるな、我妻ナルセよ。私のような人間は今後必要ないのだ。これからの時代、本当に必要なのは、弱者に寄り添い、人を説得し本当の意味で導かせられる人物だ」
「あなただって……悪い事はせず誠実でした……!」
「……ふふ、ありがとう」
その時、ウェイザー国王から急に咳が出る。
「——ゴホッ。ガハッ!」
「はぁ……。とにかくだ。娘の教育も頼んだぞ。カーランド家から専属の護衛騎士を用意しておいた。彼女なら私の代わりをしてくれるはずだ……。二人で仲良く、頼んだぞ……」
「あなた……」
ウェイザー国王は足を引きずりながら自分の部屋のベッドに行き休む。
「(なにもそこまで身を苦しめる必要はないのに……)」
それを妻は、どうしてこんなに頑張るのだろうかともやもやしながら見つめていた。ウェイザー国王の頑張りようは、妻のナルセから見ても異常だったのである。
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「……」
「どうしました。ナルセ女王様」
「いえ、なんでもないわ……」
謁見の間に皆が集まる間、ナルセ女王は自分が王の座に座る理由を思い出していた。正直な話、こんな座に座りたくなどないのだ。今までだれかに命令をした事などほとんどないのだから。使用人にさえ物を探している時はきちんと~はありませんか?と言うのだから。ナルセ女王は王族らしく礼儀に厳しい家庭で育ったため、煌びやかで優雅な口調が染みついている。自分の印象を変えたくもないので、変な誤解されないように必ず親しい部下を連れて仕事するのが常だった。
「(娘はきちんと成人した……。でもここからが本当の新しい時代よね、あなた……)」
ウェイザー国王は見届ける事をせず、去っていった。この時代を何としても人々にもたらすために。何も知らずに謳歌しているセレナ達のためにも、ナルセ女王は張り切って宣言を出した。
「これより、ベアトリウス帝国からの宣戦布告を受け、それに対する作戦会議を始める!」
「(ついに来た!)」
「(大火事事件の犯人、ゲルヴァを捕まえるための戦争が……)」
「このまま道具などの用意が出来次第、ウェイジー地帯に行くんやろ?楽しみやで」
「シグマを中心に動いているとはいえ、俺達も戦場に行くんだ。ゲルヴァからしたら予想外の扱いなんだろうな……」
当事者であるシグマ達は、会議の数十分前には謁見の間に集まって来ていた。皆十分に休憩できたようで、目が輝いている。やる気は十分なようだ。
「ゲルヴァはノーシュ人らしいけど、ベアトリウス人じゃなく一人の人間として言いたい事があるわ!とにかく会って話さないと!」
「説明を始めます。今回、この戦争はマキナやシグマ達の再調査のおかげで、大火事事件の犯人であるゲルヴァが起こしたものです」
「……」
ワイトの手がマキナの方を向く。マキナはそれを見て目をつむって黙って腕を組んで存在感だけをアピールしていた。
「正確には、都合の悪い事を聞かれたくないギウル帝王が、無理やりゲルヴァを我々ノーシュに渡してきた、ですが……。まぁ、我々からしたら似たような意味です。なのでシグマ達再調査組は、当然ゲルヴァを戦場で見つけ、見つけ次第戦って、
当時だったら死刑でもおかしくないのだが、12年経っている事と、孤児であるシグマの精神面が回復しているせいで死刑にはぎりぎり当てはまらないというのが大まかの予想だ。なによりゲルヴァには反省してもらわないといけないので、そういう意味では生きてもらわないと困る。死なせようと思えばいつでも死なせるので、とりあえずは終身刑で逮捕優先となった。
「まぁ、当然よね。シグマからしたら復讐の敵討ちだけど、国としては今後の為にも聞いておきたいわよね」
「ええ。なので協力者の皆さんは、ぜひシグマが怒りに身を任せていても自分を忘れることなく、戦いにフォローしていただくようお願いします」
「言われなくてもそのつもりですよ!」
「はい」
「……」
シグマが僕そんなに身を任せていたかなぁと頭をポリポリかいて苦笑する。しかしあまり否定できないのも事実であった。ゲルヴァとはすれ違いで見かけただけで、きちんと会ってはいないのだから。お互いが初めましてである以上、そういう事も想定しなければならない。
「次に、ベアトリウスの軍人に関してです。ここにもいるマキナは先日この場で正式に亡命を発表、戦いには参加しないと言いました」
ベアトリウスにいるネール等の同僚がギウル帝王に説得している事を期待していたが、結果は変わらず、当初の報告通り淡々と戦争準備が進められたようだ。それを知り、マキナは戦争終結(ゲルヴァの完全なる逮捕)まで亡命宣言をした。戦いが終わったらマキナはベアトリウスに帰る。
「しかし、マキナ以外の軍人のベリアル、エドガー、ネール。ジェイド王子にギウル帝王。この5名はおそらく、戦場で戦う事になります。彼らの相手は我々スピアリアフォースが相手をする事になりました」
「おそらくレベルは同じくらいだろうからな。油断はしないようにこうさせた。まぁ、心配しなくてもやられはしないよ。部下はたくさん連れていくつもりだからな」
「ただ、相手をすると言っても誰がどこにいるかまではわかりません。もしかしたらシグマとギウル帝王が戦うなんて事も 一時的にとはいえあるかもしれません。そうなったら速やかに報告し戦う相手を切り替えてください」
「戦う必要はないって事ね」
「はい、そうです」
戦力差があるであろう事と、与えられた任務が違うので、必然的にギウル帝王達を相手にするのはスピアリアフォースであるランドルフ達、という事になる。ノーシュにとっては、わざわざ格下が格上と相手にする事がなくてほっとしている、という意味になる。
「まぁ、これはあくまでこちら側の方針であって向こうは問答無用で切りかかってくるでしょうが、その時は応戦をお願いします。流石に一方的に負けはしないでしょうから」
そうなったら日頃の鍛錬の成果を見せろ。と、ワイト達スピアリアフォースは言っている。当然シグマ達が死ぬだなんて想定していないし考えてない。これぐらいできなきゃいけないし、できるように鍛錬してきたのだから。
「また、向こうから進軍してくるとはいえ、シグマ達だけはゲルヴァを探すために戦場であるウェイジ―地帯を駆け回り、走り抜ける事になります。この間狙われてはたまりません。なので途中までは我々スピアリアフォースが同行します」
「ありがとうございます」
ゲルヴァがどこにいるかわからない以上、捜索班と護衛班を分け、効率的に進める事になる。
「もしその時に鉢合わせしたらその時だ。一気に一斉に戦う事になるだろうが、やるしかない。臨戦態勢だけはとっておけよ」
「はい!」
バリウスがシグマ達にはっぱをかける。
「もしゲルヴァを倒せてもギウル帝王達が勝って後退してきたら、またはその逆が起きたら応戦してください。負けては意味がありません。こちらの最低条件はゲルヴァを連れて帰る事です」
「だからとにかく勝てって事さ。ベアトリウスの兵士とは必然的に何回か戦うだろうが、そっちは8人もいるんだ。そこまで疲弊せずにゲルヴァまでいけるはずだ。……とにかく連れて帰ってこい」
「……。はい!」
今までランドルフ達に指導されてきたシグマは、大声ではっきりと返事をする。これはグループに分かれた協力任務なので、先輩や上司の活躍が見れるのがシグマは嬉しいのだ。
「以上で大まかな説明は終わりです。つい先ほどベアトリウス帝国が進軍の準備をしたとの報告が来たので、開戦は近いかと思われます」
「いよいよ始まるのね……」
「ははは。緊張していますか?」
ミネアがセレナ王女にしばしの別れを告げるために会話をする。
「まさか。今まで気になっていた大火事事件の犯人と直接会えるのよ?シグマとメイからしたら願ったりかなったりでしょう」
「まぁ、そうですね。二人とも親を亡くしていますからね……」
セレナ王女も親を亡くしているが、自主的な労働による過労なので、シグマとメイの二人とは事情が少し違うのだ。セレナ王女は誰かを責める事ができない。
「レドナール紛争だかなんだか知らないけど、私のお父さんが過労した原因だっていうなら容赦しないわ。私にもそのゲルヴァとやらに言いたい事があるの、必ず連れてきてよね!」
「(そうか……。僕とメイにとっては敵討ちだけど、セレナ王女にとっては国の責任なのか……)」
「シグマ……」
しかし、遠因ではあるので、気にはなっている。王族として、ゲルヴァは何としても捕まえたいのだ。
「何か質問はありますか?何もなかったらこれで会議は終了します。各自戦場へ行く準備をし、進軍してくるという1時までに終わらせてください」
「俺はないぞ」
「あたしも」
「スピアリアフォースもない」
「あー、質問というか確認なんやけど……」
「何ですか?」
「本当に、本っ当に報酬としてお金もらえるんよな?」
マルクが最終確認をする。
「はい、上げますよ。きちんと」
「良かった。それだけ聞きたかったんや」
少しあきれていたが、ワイトはきちんと笑顔で答え、マルクを安堵させた。貴重な臨時収入を得て、マルクがシグマとは別の意味でワクワクしているのは言うまでもない。
「ではこれで会議を終了します。各自、よろしくお願いします。これは戦争です。緊張感をもって行動してください」
「(いよいよね……)」
「(まだ終わってない。僕達の手で終わらせる……。そのためにも、まずはきちんとゲルヴァと会う事からだ……)」
「いけるよな、皆」
「今までと同じ事をすればいいのですから、私は楽ですよ~」
「向こうの軍部を知っている人間として、ギウル帝王にはガツンと言っておこうかしらね。色々変わらないと」
「行ってきます、セレナ王女様」
「いってらっしゃいミネア。シグマのサポートよろしくね」
「はい」
「行くぞ」
「(うまくいくといいが……)」
「スピアリアフォース、突撃!」
ノーシュにとって、ベアトリウスの行動は少しだけだが腹が立つように映る。なぜなら戦争じゃなくて済む事をわざわざ戦争の形でやってきたから。そっちの都合に、兵士達が合わせなきゃいけないのだ。何も事情を知らない一般人達を尻目に国境線がある向こうの森林地帯まで足を運ばなければならない。これが面倒でなければ何なのか。
今までの付き合いがあるからこうしているが、あまり良い行動とは言えない。戦後、ベアトリウス帝国がいかに落ちぶれたかをセレナ達は感じていた。
そして、死傷者がゼロである事がある意味当然な戦いをしなければならないという事は、無駄に神経質になって配慮しなければならないという事だ。スピアリアフォースを含むシグマ達はわざわざ疲れるために行くわけじゃないので、ベアトリウスのこの決定に少しうんざりしている。
かくて、戦争は始まった。この戦後という時代を良い時代かどうか、大火事事件を通して問われている。良い時代だと思っている方、かたや良い時代にしなければならないと思っている方。同じ良い時代でも、見ている物が違かった。
価値観が違うがゆえに、尊重し、そして……激突する。
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