第5章:誰のために8

「ふう……」

「セレナ王女から今回はあんた達が主役なんだからゆっくり休みなさい、って言われたけど、ぶっちゃけ普段とあまり変わらないわよね。少し長い休日って感じで」

「はは、そうだね」


 シグマとメイは、戦争開始前の最後の日、外に出て首都レオネスクの光景を眺めていた。広場にあるベンチに座り、のんびり休憩していた。それこそ、ちょっとしたお菓子でも食べながら。この行動は、たまによくする事だった。自分も、セレナ王女も、スピアリアフォースの皆も。城に住んでいたら嫌でも目に入ってくる事なので、どうせならと近くで見たくて、こうするのだ。


「でも、今回の旅でまさかあのゲルヴァが大火事事件の犯人だとは思わなかったよ……」

「そうね……」


「僕達がやった事は無駄じゃなかった……」


 ベアトリウスでの調査は、散々注意しろと言われたからか変に寄り道せず淡々と進んだが、皆の協力のおかげが強く、申し訳ない気持ちがないわけじゃなかった。ベアトリウス人は国民も当然軍人も、覇気があり敵には容赦しないという鋭い目をしていた。昔全盛期の時に各地で好き勝手していたのは伊達じゃない。たとえ衰退してても、弱小国には負けられんのだという意地が感じられた。


「ねえ、シグマはさ。城で育てられて……このノーシュの事をどう思った?好きになれた?」

「う~ん……。まだよくわからないや」

 何で急にそんな事を、と思ったが素直に答える。

「でも、住民が大切なのは理解しているよ。農業してくれて、建築してくれて、掃除や管理をしてくれて……。「僕達が普段考えない事を考えて生活できているのは、彼らのおかげだ」

「そうね……」

 今までは自分の事で精一杯だけど、これからは違う。ゲルヴァを捕まえたらそれこそ、だ。

「あたし、自分の意思で騎士になって良かったと思っているの。こうしてシグマと会えたし、セレナ王女に、スピアリアフォースの皆とだって……。12年前の事が、これで終わるんだと思うと、色々あったなぁって、思うんだ……」

「——そうだね。僕達の始まりが、本当に終わると思うと、ね……。まぁ、まだ終わってないんだけど。なにより僕達にとっては初の戦場だ。皆がサポートしてくれるとはいえ、生きて帰ってこないとね」

「うん……」



「ねぇ、待ってよぉ~」

「へへ~ん、こっちだよ~」


「また、顔に食べかすがついてる。ホントにこの子ったらもう……」


「それ、こっちに。あとこれも」

「ういっス」



 国民達のいつもの日常。自分達もああいう事をして育ったのだ。遊びも、雑用も。誰もがやる営み。普遍的なサイクル。この何気ない日常を惑星フェルミナの国の中でも大事にしているのが、このノーシュという国だった。真ん中を大切にする。底辺も天才もそれはそれで大事しているが、いったいどこに向かっているのかを何よりも大切にする。変な事はしないしさせない、それがノーシュだった。

 城下町である首都レオネスクが大火事事件を経験してもこのような光景でいられるのは、スピアリアフォースはもちろん、各町に配備されている兵士がきちんと愛国心を持って仕事しているからだ。安定してこそ、このような状態が普通となる。

 裏で国家改造計画を実行中の今のノーシュにとって、騎士団の改編は安定性を向上させるためにあらゆる策を練り、実行され、試行錯誤の上で成り立っている。シグマとメイは、騎士としてそれを見てきたしやってきた。だからこそ、かけがえのない物だという事が直で実感できる。


「……あの大火事事件が起きていなかったら、僕もメイも、ああいう風に過ごしていたのかな……」


「(シグマ……)」


「——なぁ~に辛気臭い顔してるのよ、シグマ」


「う、うわぁっとと、セレナ王女!?いつからいたんですか!?」

「今さっきよ。だからあんた達の会話は聞いていないわ、安心しなさい。まぁ、何を話していたのかは気になる所だけどね」

「ついでに私達もいます」

「ワイトさんに、バリウスさん、ランドルフ騎士団長まで!どうしたんですか?」

 ふと、いいなぁと思っていたら、普段は来ないセレナ達がやってきた。まぁ、自分が今座っている場所は城から見ればすぐに見つかる所ではあるのだが。明日は戦場に行くので、何かにふけっていても、城にいた方がいいという事なのだろう。 

「別にどうってことは無い。やっている仕事に楽が出来たんでな、俺達も休みに来ただけの事」

「まぁ、そのためのリフレッシュという事ですよ。私達も疲れないわけではないのでね。それに、馬鹿馬鹿しい事だとはいえ戦争です。我々スピアリアフォース一同、こうして集まったのですから、国のために真面目に話すのも仕事の一つかなと」

「という名目で、ただ休みたいだけのはここだけの秘密だぞ。後でアリア達も来る」

「アリアさん達も?なぜですか?城内で好きに過ごしているはずでは……?」

 自分が普段見ているように、皆あちこち行っているはずだ。珍しい。

「外に出る途中ばったりあったんですよ。そして休む事を告げたら自分達も来ると。まぁ、向こうは気分転換でしょう」

「なるほど……」


「——しかし、国が変化したら我々も巻き込まれるとはいえ、本当にこれで良かったんですかね。体制はウェイザー国王の時のままでも良かったと思うんですが」


「そう思えるようにしろと我々に託してウェイザー国王は亡くなられたのだ。やっていくしかあるまい」

 急にワイトは昔話をし始めた。スピアリアフォースが設立された時の話を。そういや自分やメイは所属しているのに知らない。ワイトもミネアも、一人は王女専用の侍女とはいえ、スピアリアフォースに所属し(でき)た背景(事情)をしらない。シグマは気になって二人の話を黙って聞いていた。

「わがままな事を言っていいのなら、少しで良いからベテランの人を残してほしかったですよ。ほぼ皆、いなくなりました。権限がある分、頼れるものがないというのはやっぱり少し不安ですよ……」

「まぁ、実はうまくいっているようで、もろく崩れやすいのかもな。まさかセレナ王女体制で若くなっただけだとは他国は思うまい」

 ノーシュの国家改造計画は、戦後の処理で金がなくなったせいでうまく経済と国家運営が回らなくなり、やむをえずしなきゃならなかった事だとノーシュ自身が発表、周知されている。もちろん国の代表だけが知っているようなシークレット情報だ。

「それが今回の戦争でついにバレるわけですからワイトは心配しているのですね。……まぁ、時間の問題ではあった事なのですが」

「騎士団が改編され、大火事事件が起きて唯一嬉しかった事と言っても過言ではないぞ。セレナ王女が王の座についてから、まだ数か月しか経っていなかった時だったんだから」

「シグマとマキナの話を聞いて、あのレドナール紛争の事だ良くわかっただけでも嬉しいですよ。あの紛争後、ウェイザー国王は少しずつ、そして確実に衰弱していったと言われています……。死んだ時、周囲が割と混乱していたのを、我々はよく覚えているはずです。そんな時に大火事事件ですよ。ベテランは既にいなくなって若い人達でなんとかするしかなかった。我々若い世代からしたら勘弁してほしい事件でしたよ」

 ランドルフさん達にそんな事情があったとは。当時二十代ですらない若すぎる子供だった自分には当然知らない事だった。シグマは聞いていて驚く。

「でも、なんとかここまで来た。12年でよくやってきた方じゃないか?」

「だと思いたいです……」


「おっ、いたいた」


「いやー探したで。まさか外にいるとはな」

「皆……」

 ランドルフが言っていたように、アリア達もやってきた。

「そろそろご飯の時間ですよ。今日の料理はスパゲッティとステーキですって。早く食べたいですね~」

「ホント楽しく過ごさせてもらってるわ。あたしはマキナもいるから、真面目モードは完全には解けないけど、それでも問題なく過ごせているからありがたいわ」

 シグマとメイが出会った仲間。協力者達。皆元々の行動している理由を忘れず、きちんと当事者であるシグマの元へやってきた。シグマはそれを見て、なんて真面目なんだろうと感心する。

「それは良かったわ。用意したかいがあったわね」

「やはり、皆と集まって何かをするというのは良いな」

「そうですね……」

 シグマが旅をしなければこんなに集まる事もなかったのだ。この時だけの人もいるとはいえ。皆と一緒に共通の何かをやったのは貴重ないい経験としてシグマの心の中に刻まれるだろう。


「僕達、本当にベアトリウス帝国と戦うんですよね……」


「——ああ」

「今までやってきた事をするだけです。心配はいりませんよ」

「ええ……わかってます……」

「……」

「まぁ、わいらも戦うんや。大船に乗った気分でいけ」

「えっ、協力者とはいえ、マルクさん達も戦場に行くんですか?そこまでしなくてもいいのに……」

 ノーシュには国民を戦場に誘う行為、行かせるような言動を禁止している。本人がどうしても、というケース以外、どんなに建前であっても行かせない行動をするようにと教育される。皆行くだろうなぁとは心の中に薄っすらと会ったが、行く気満々だとは思わなかった。

「一応、契約的には最後まで付き合う、やからなぁ。筋は通しておきたいねん。まぁ、ここまで来て結果だけ聞くというのはないやろ。ベアトリウスの城まできちんと行ったんやぞ、わい達は」

「……流石に自己責任でお願いしますよ……守れるかどうか不安なので……」

「わかってるで。生きて帰る事が最優先ならそうするだけや。泥臭く行くで」


「皆、わかってるわよね。生きて帰ってくるのよ。なんのために来たと思ってるの」


 セレナ王女が喝を入れる。自分の国民が死ぬなんて言うニュースは聞きたくないので、王女として当然の発言だ。しかしセレナ王女にとって、この発言は少し意味が異なる。せっかく出会えた仲間がいなくなるのは寂しいという意味だ。

「ええ」

「後はやるだけですから、結果を出すしかないです。向こうの軍人相手はお任せください」

「住民に知られない事を祈ってるわ。私は城で見守ってるから、後は全部任せたわよ」

「かしこまりました」


「シグマ……」


 メイがシグマ方を向く。

「うん……」

「僕には忘れたくない事がある。守らなくちゃならない物がある。だから、今回のこの戦争で、あの大火事事件を、僕達の手で終わらせる。そしてきちんと騎士として人生を謳歌するんだ……」

「頑張りましょう。私達がついています」

「……」

 元同僚が一時的に亡命しているアイカ以外、やる事は単純だからか戦争へのモチベーションは高かった。ノーシュの首都護衛部隊スピアリア・フォースは結束のため、お互いを鼓舞した。大火事事件を終わらせる(ゲルヴァを無事に捕まえる)ために。

 ベアトリウスが今後どうなるかはわからないが、なんとか困難の道を突破してほしいとシグマは思っていた。

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