第5章:誰のために7

「(いつからだろう。彼を好きになっていたのは。いつからだろう。目で追いかけるようになっていたのは)」


 戦争準備の何日目かの夜。メイは自分の部屋のベッドで、眠る前に、いつものように一日を振り返っていた。


「……」


 思い出すのは初めて会った時から今までの事全て。その全てが彩り豊かな楽しい思い出として彼女の心に刻まれている。大火事事件で父親を失ったメイだったが、シグマとセレナに出会えた事であまり落ち込みはせずに済んだ。


 シグマと初めて会った時に思ったのは、単純に可哀そう、だった。両親だけではなく、幼馴染も亡くした。自分も完全に心が壊れたのを見ている。あれを見なかったら、騎士になろうとは思わなかった。

 子供の頃、城で遊んでいた思ったのはシグマが立ち直ってくれてなにより、という安心だった。セレナが自分達の事を姉弟妹の順で位置づけているが、シグマに対する目線はセレナのように完全に姉だった。聞けばシャラとの関係もそんな感じだったようで、シグマが元々後をついていくタイプなのは間違いないだろう。


 でも、ランドルフ騎士団長と鍛錬をし始めたからか。後追いで騎士になるといったからか。体の出来がそうであるように、シグマは自分に追いてきた。最初はあんなに離れていたのに。


 それがすごいと思ったのか。二人だけの大火事事件の死傷者遺族だからか。気が付けば目でシグマの事を追いかけるようになった。それが恋だと気づくのは、また数か月ほど掛かった。


 おそらく自分には、中途半端に強がりがあるのだろう。自分はシグマと違って子供だからこそシャラのような特定の誰かと遊ばず色んな人と遊んでいたし、父親が死んだ事には悲しいんだけど、いつまでも泣いてはいられないとなぜか自然に立ち上がれた。シグマはそうじゃなかったのに。女々しく泣いていたシグマの顔を見て、女性らしいと思ったのだろうか。少なくともあの顔を見て、自分はああなるはずだったがたまたまならなかったという事実を認識したのだ。

 そして、シグマが自分に追いつき、追い越したからこそ、素直に自分の女性らしさが出せる。自分の周囲には、セレナやナルセ女王、ミネアさんをはじめ、男にも強気に出れる女しかいない。自分も普段親しいスピアリアフォースなどの人間にしか表情を緩める事はないので、冷たい印象を抱かれやすいのだ。それが緩和される事に安堵したのか。今となってはわからない。

 ただ、成人して旅に出る数か月前に、セレナから裏で大火事事件の事を言われ、これから自分の身に何が起こるのかは予想ついていた。だから思うのだ。シグマはきっと熱心に働くだろうと。それがかっこよくも、情けなくにも見えるだろうと。


 義理の家族(姉弟妹きょうだいとして、精神的な支えを日常的にしていたメイは、すごく自然な流れでシグマに片思いをしていた。半分妻のような事をしていたのを、メイは自覚していた。


 だからいつか言おう。自分のこの気持ちを。シグマならきっと、受け入れてくれるはずだから……。











「はぁ~、こんな時もシグマ鍛錬してるわ。真面目ねぇ」

「真面目な事は良い事ですよ、セレナ様」

「そうはいうけど、大火事事件はもう後、3年したら10年も前になるのよ?亡くなった幼馴染のためとはいえ、普通ああまで鍛錬する?」

「……」

「ふむ……」

 シグマがランドルフにシャラの話をした後、セレナ、ミネア、メイの三人は定期的にシグマの鍛錬する姿を隠れて様子を見ていた(ただしメイはセレナとミネアからも少し距離を取って見ている)。ベアトリウス帝国に何があるんだろうと期待しながら素振りをしているシグマは、馬鹿真面目だと映っていた。

「まぁ、シグマはシャラとの約束をただ純粋に果たしたいだけなのでしょう。それでもあの頑張りようはかなり感情が揺さぶられるものがありますが。それだけシャラとの仲が良く、亡くなったのが悔しかったのでしょう……」

 ランドルフ達他のスピアリアフォースもこの事を知っているが、だからってわざわざ見には来ない。ただ未来が決まっただけである。犯人が見つからずに終わった大火事事件の事が気になって当事者であるシグマ本人のやる気がありまくりでなによりだと。だから直接本人に再調査を命じようと。ここ最近、シグマやメイには言わずに、セレナ王女親子とスピアリアフォース内だけでひそかに話し合われた事である。セレナもあの様子だと成人してもそのまんま騎士に所属するだろうという事が改めて認識できたので、喜んで予定を変更して騎士として育て上げるために策を練った。あのまま普通に暮らしてほしかったとは王族一同思っている事だが、今となっては贅沢な悩みだ。三年間懸命に調査をして、見つからなかったという事実が、シグマをこうさせている。なるようにしかならないのだ。


「……もしかして、好きだったりして?」


「ありえたでしょうね。まぁ、まだ6歳までの関係ですから自覚していたとしても可愛いものですけど」

「いやぁー、気が付かなかったなぁ。そうか、好きだったかぁ。そりゃああそこまで頑張るわよね……」

 シャラとシグマの仲がすごく良かったというのは、後でわかった話。家族ぐるみの付き合いをしていて、嫌いとかならずに両親双方が安堵していた時にあの大火事事件が起きた。幸せが奪われた事に対する怒りは、セレナもひしひしと感じている。許せるものではない。


「で、約束って何?」


「え、知らないんですか!?」

 でも約束は知らない。死ぬ間際に会話した事など、シグマは教えてくれなかった。大事な事言われた、とだけ。その大事が何なのかこっちは聞きたいというのに……結局ミネアに聞いてしまった。

「逆に聞きたいんだけど普通聞く?シグマだってランドルフにしか言ってないでしょ。亡くなったシャラちゃんのためだという事はわかるけど」

 デリケートな部分だからか、聞かない方がいいかなとも思ったが、やっぱりどうしても聞き(知り)たいのだ。

「はぁ……。立派な騎士になってほしい、だそうですよ。後私の分まで生きて幸せになってほしいと。後者はシグマにシャラちゃんが託したって感じですね。彼女も死ぬのが悔しかったのでしょう」

「ふ~ん、立派な騎士ねぇ……」

 まさかシャラちゃんがそのような事をシグマに言っていたとは。もし生きていたらどういう子だったのか、想像がつく。彼女の子供ながらの国に対する価値観が何なのか、セレナは知りたくなり、もう今はいない死者に想いをはせる。

「大火事事件さえなければ、騎士にもならずに普通に過ごしていたであろうシグマが、孤独になって騎士を目指すというのが私にはよくわからないわね。だって言われたからなっているようなものでしょ?なりたい夢なわけではないのに、なんであそこまで頑張れるのよ」

「本人も目的がなくただやってみようと思っただけなんでしょう、最初は。時間だけはある状況で、この城の中では皆多少は鍛錬しているのを見かけますから、影響されるのも無理はないかと」

「……6歳じゃなく10歳のシグマに会いたかったわね。もう少しまともに話せたと思うし」

 物心ついてすぐに両親が死んだら、そりゃああなるだろう。全てが無くなった事をシグマは感じたはずだ。あの時、自分達がどれだけシグマに優しく接したか。感謝してほしいものだ。いや、実際に感謝しているのだけど……毎日すごく感謝してほしいのだ。それだけの事を自分は彼にやったはずなのだから。

「そうですね……。小さい頃は一人で風呂に入る時とか、心配して見張らせていましたからね」

「はぁ~あ。ちょっと心配して損したなぁ。せっかく弟にしたのに、騎士道教育したらすぐにセレナ王女呼びに戻っちゃって。つまんないの」

 家族(父親)が死んで、今はこの世にいないというのは、何を隠そう、セレナ王女自身がシグマとメイよりも先に経験している事だ。自分が産まれて数か月後。記憶(思い出)があるだけましではないか?実際過去に自分が産まれたのを見届け安堵して死んでいったと言われたが、顔を知らないので共感できないのだ。資料にある絵や写真を見て思いをはせるだけ。シグマがシャラにやっているように……。つくづくこういう所は似てしまったなと思う。

「ははは。遠くに行ってしまった感じですか?」

 自分達の事をずっと見てきたミネアが配慮した事を言ってくれる。

「そんな間柄じゃないのに、形を大事にするんだから、たまにぶっ壊したくはなるわね」

「まぁ、気持ちは少しわかりますよ。私達以外、皆部下の兵士だったり使用人だったりで、いわば外部の労働者ですからね。仮とはいえ王の弟だった人間が一般人面するのは少し違いますよね」

「結局、あいつの始まりは全て大火事事件って事よ。じゃなかったら城にいなかったわけだし。大人になったら見ていなさいよ……」

 家族じゃなく、王女として堂々と好きに命令できるのだ。これが楽しくなけりゃ何なのか。

「私は楽しみですよ。一緒に同じ仕事で働くのが」

「でしょうね……」


「あ、あの!」


「あら、メイ。あなたも身に来たの?」

「ま、まぁ……」

 二人がシグマを見守るようになってから、自分もこっそり見るようになっていたのだが、この二人にずっと見ていましたとは言えない。自分がシグマを見るのとは二人と意味が違うのだから。

「忘れないでよね。あなたとシグマは……ずっと私の妹弟なんだから。王の権限を使って……無理やりそうしたけど……後悔はしてないわ。こうするべきだったと今でも思ってる。ずっと一緒よ。私の許可なくいなくなるなんて……許さないんだから」

「セレナ……」

「(珍しい……。一人の人間としての顔はあまり見せないはずなのに……。すみませんセレナ王女。あなたもまだ子供でしたね……)」


「ふう……。今日はこのぐらいかな。……あれ、3人とも。一緒になんて珍しいね。僕の事見てたの?鍛錬の相手でもしてくれればよかったのに」


「ちょっと見てただけよ。ていうか丁度終わる頃だったのね」

「まぁ、もうすぐ飯の時間だし……。その後は本でも読もうかなと」

 メイと話していたら、シグマの自主練が終わった。当然こっちの存在に気づき歩み寄って来る。

「あ、あたしも付き合っていいかな?」

「え?もちろんいいけど……」

「じゃ、じゃあ先に食堂行ってるね。鍛錬お疲れ様!」

「?あんなに先走る必要あったっけ?」

 ばたたたた、とメイが走り去る。普段あんな態度はとらないので、シグマが疑問に思い首をかしげる。


「はは~ん。ミネア、これは……」

「ええ、おそらく。でも変な事はしてはいけませんよ。バレたら流石にショックを受けるでしょうから」

「そうきたか……シャラが亡くなってどうなったかって、こうなるのね。神様っていうのは悪戯とか運命ってのが好きねぇ」


「……今シャラって言った?」

「ううん、言ってない言ってない!」

 女だけにわかる勘。自分はシグマの事をいつまでも義理の弟だと思っているのに、そうじゃない人がいたらしい。それもすごく近くに。


「——はぁー、どんな地獄耳してるのよあいつ!これだから無くなっている女にいつまでも執着している奴は……」


 自分もそうだ、とは言えない。そもそも二人を家族として歓迎した理由が父親がいなくて寂しいから、なのに。だけど王女として、姉として、二人に弱さを見せるわけにはいかなかった。自分は満たされている。それだけでいいのだ。二人の前では強く頼れる女でいなければ。ただでさえ鍛錬する事を断られているのに、精神的な支えをしてやれなかったら何が残るというのだ。


 この件があって以降、シグマとメイは一緒に過ごす時間が、前より少し増えた。そしてお互い騎士として、鍛錬をする間柄にもなった。













 成人の儀をする数か月前。


「今年で成人かぁ……。あっという間だったなぁ……」

「そう?僕は結構長く感じたよ」

「これからは城の人間じゃなくなるからね。しっかりしないと。あたしも家に帰っていい許可がおりたし」

「そう……」

 シグマが寂しそうな顔をする。わかりきっている、シグマは自分と違って帰る所がないのだ。いこごちがいいから自然と白の中で暮らす事にしただけ。そして今にまで至っている。

「あ、ああ、別にそういう意味じゃないよ。もちろんシグマは一人だからずっと城の中で生活していい事になってるけど、あたしも普段はそうするつもりだし、なんだったら居候しても別に構わないというか……!」

「はは、大丈夫だよ。メイがそういう人じゃないというのはわかってるから」

「……」

 あのシグマが冗談を言うとは。でもあの顔は本気の顔だった。言って自分でも悪かったと思ったのか。わざわざ自分をフォローしてくれた。やらかしたのは自分の方なのに。

「(あ、危なかった……。言葉には気を付けないと……変な事を言って傷つけてはいけない……。シグマにとって、シャラの話はデリケートな部分。慎重にならないと……)」

 片思いをしているが、気持ちでシャラに勝たないといけない。自分はメイであってシャラではない。シャラのような性格でもない。自分がシャラのようになっては、意味がないのだ。

「(大火事事件……解決すれば、少しは楽になるのかな?)」


「シグマも……あたしも」


 つい口に出た言葉は、シグマには聞こえなくて済んだ。


「シグマー、メイー。聞こえてるー?今日はあんた達の成人お祝いパーティーなんだから、早くしなさいよー」


「「はーい」」

 セレナが呼んでいる。遅刻しないようにいかなきゃ。

「(どうか、見守っていて……。父さん、フェルミナ様、シャラちゃん……)」

「さぁ、行きますよ。二人とも」

 こうして大火事事件の再調査の旅は始まった。結果はよかったが、過程は色々反省する所があった。運よく協力者ができなかったら、もっと遅れていたのは間違いない。

 シグマは気づいていない。メイの片思いも、セレナからの信頼と心配も。しかし問題ない。いずれ気づく。シグマはノーシュの国家改造計画のれっきとした一員なのだから(半分強制拒否権なし)……。

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