第5章:誰のために6
シグマ達は、久しぶりに帰ってきたノーシュ城でゆっくり休んでいた。シグマの協力者となったイリーナ達も同様である。結果的にだが、シグマとメイ、そしてノーシュは大火事事件の犯人を知り、旅の目的を無事果たせた事になる。それのおかげか、ノーシュには安堵した空気が流れていた。当事者であるシグマとメイは特にそういう気持ちになっていた。
そんな中、着々とベアトリウスとの戦争の準備は進んでいる。シグマ達は、当事者としてベリアルとゲルヴァの関係性について調べていた。ハイネから言われた、レドナール紛争の事を……。
【レドナール紛争の全記録。その騒乱について】
「これだな……」
ランドルフが真面目な顔で本棚から手に取った本を確認する。シグマ達はノーシュ上の保管庫、資料室にスピアリアフォースと共に集まっていた。
「他にも良い情報が乗っているものはありそうですが、一番信用できるのはそれでしょうね」
「では、調べてみましょう」
「レドナール紛争について。レドナール紛争とは、今から7年前に起きた(執筆時1552年)、南にあるレドナールで起きた一連の事件の事である。当時の時代背景が強く影響し、一時は封鎖までするなど、事実上壊滅状態に陥った。
「「……」 」
裏が取れた事で、ベリアルとゲルヴァがノーシュ人であった事が証明された。これは、ノーシュの国内問題に該当する。責任感があれば、の話だが……。
「なるほど?そういう事か……」
レドナール紛争についてはシグマ達ノーシュ人なら全員知っている。しかし、個人単位で誰が何をしたのかまで知りたいのなら、このように本などで多少調べたりする必要がある。
「執筆者は恐らくベリアルとゲルヴァの事を知らない。書いてある内容は国の人間じゃないと知らない事も多いですから、城の人間ではあるのでしょうが、二人は間違いなくノーシュ人で騎士だった……」
「……内容を読めばわかるが、当時の状況がいかに酷かったかが書いてある。俺は昔習った。知らない奴は読め」
スピアリアフォース、特にランドルフはこの資料室に出入りする事が珍しくない。ノーシュの歴史書の管理は彼一人に任せてある状況だ。
「——へぇ~、こういう事が起きていたのねぇ……」
ベアトリウス人であるアリアが素直な感想を口にする。
「これは……。きちんと読むのはそこそこ時間が掛かるぞ。感情にふける事も考えると、3日では無理だ……」
「だからこういう所に保管されているんだ」
ランドルフがルーカスに当然、というような顔で答える。
「どうやら、ベリアルとゲルヴァがレドナールで具体的に何をしていたのかについても乗っているようですね。 まとめたものを欲しいのなら私がやりますよ」
「頼む」
「しかし、これで相手がどういう奴かわかったわけやな。わいらはあの紛争の時代を知らへん。 だからこうする事になったわけやけども……。まっ、知れて良かったんでないの?これで戦争に本気で立ち向かえるやろ」
「そうだけど、その人が今ベアトリウスにいるのよ?ノーシュからしてみれば惜しい人材のはずなのに……」
昔の事を何年も引きずっているのはシグマも同じだ。しかしこっちは内容が内容だ。シグマとメイはそもそも大火事事件が起きなかったら普通に平和に暮らせていたのだ。まさかこのレドナール紛争の事を黙って隣国にいるなど、それこそ調べないとわからなかった事だろう。
「それに関しては、しょうがなかったと言うしかないな。当時はレドナール紛争以外も色々と酷くて、人事の事なんてそこまで考える余裕なんてなかった。まぁ、だから大火事事件が起きた時も、対応は後手後手で、被害こそ抑えられたもの、迅速に動かなければ責任問題になっていた」
「大火事事件は、初めからレオネスクだけが狙いだったんじゃないかと言われていましたね。実際の調査中に1度も似た事が起きなかったので」
「ああ」
我々は戦後の時代を生きている。この、一見平和そうに見える時代を……。どこの国でも昔より犯罪率が低下している。しかし比例して活気が昔よりなくなった。これはもちろん、良い意味で静穏になったという事だが、刺激が足りないと思っている中高年は少なくない。
「ふ~ん……。まっ、確かにノーシュ人って事を抜けば、ベアトリウスにとっては有益か……」
「皆さん、そろそろ大丈夫ですか?この後マキナさんの亡命宣言ですよ」
マキナはノーシュから保護観察の身を受けている。もちろん犯罪を犯したわけでもない。正式に亡命と発表するには、あまりにも急すぎるからそうしているだけである。この亡命の発表は表向きの、ノーシュの一般国民に向けたものだ。大々的に発表するわけじゃなく、ニュースとしてきちんと報道するタイプの。
「問題ないわ。だいたいの事はわかったし」
「俺もだ。確かな情報がノーシュにあってよかったよ」
「シグマさんは……」
「うん……ちょっとまだ落ち着かないけど、状況は呑み込めたよ」
イリーナがシグマを心配して言う。
「言いたい事は全部、戦争中に言うよ」
「そうですか……」
戦場では、どんな軽い被害でも油断はしない戦い方を心掛けなければならない。よって、自分の身を守るので精一杯な人も多く出る。イリーナは自分達を無視してシグマがゲルヴァと二人きりで戦わないか心配していた。
「じゃあ皆、行きましょ」
「はい」
「――私、マキナ・レトラーは、ベアトリウス人の軍人として、ギウル帝王のノーシュ侵攻に反対する。ってその意思表示として、終わるまで敵国のノーシュに亡命する」
「今回の事はこれで終了です。戦争は何も変な事が起きないなら3日後、始まります。各自、引き続き注意するように」
マキナについては、一般には伏せておく事も視野に入れていた。しかし、大きく広めていないだけで、ノーシュの皆が知る可能性がないわけじゃない。なので存在をアピールしておいた方がいい、という事で発表した。これで変なトラブルは回避できるのだ。少なくともノーシュの田舎はベアトリウスと引き渡しのために戦争するなどというわけのわからない琴など知らないし、知らなくていい。
「ワイトはああ言ったけど、この戦争は一応表向きには起きてない事になるんやから、注意とかせえへんやろっていう話なんやけどな」
「ふっ……国の人間が国の人間に言った事が分かればいいのさ、こんなのただの確認したという手続きに過ぎないんだから」
「一応、向こうから見れば人質でもあります。変な事を言えば、シグマが標的にされますからね。お前のせいで戦争が起きたのかと」
「まぁ、ありえない話だが、名目はそうだな」
関係性は明らかにしておくに越したことはない。メリットにはなっても、デメリットになどならないのだ。
「さっ、これで面倒な事は全て終わった。後は当日を待つだけだ。君もゆっくりしていいぞ」
「助かる。と言いたい所だが……状況はここで眺めさせてもらうよ。ゆっくりは、させてもらうがな……」
「立場上離れられないならそうした方が良いだろう、俺と似たようなポジションなら行動制限もできないだろうしな」
「外交交流みたいなもので楽しいんですけどね。戦争じゃなかったらお茶でも飲めたのでしょうが……」
「(全くだ……)」
ノーシュはベリアルとゲルヴァに終止符を打つため、ベアトリウスは恥を国民に知られないために戦争をする事になる。どちらもあまり良い理由じゃない。相手側を馬鹿にするとか、そういう気持ちすらない。ただの流れ。大火事事件を再調査したらこうなったのだ、最後までやり遂げるのみ。マキナ含め、ノース上の謁見のまではそういう空気が流れていた。
「……」
「(気持ちは変わらない。ゲルヴァは絶対に捕まえる。だけど……マキナには世話になった。ああいうの見ると複雑だな……)」
ベアトリウス帝国の事を地理の一般常識としてしか知らないシグマにとって、ベアトリウスの軍部にマキナのような愛国者がいたのは幸運だった。彼女の存在を知れただけで、あまり近づきたくない国ではなくなったのだから。
「(今シグマが抱いている気持ちはあたしと同じかしらね。マキナについて……。このような形で捕まえる日が来るとは思わなかったけど、終わらせるためにはやるしかない!終えるまで変な気持ちは抱かない事よ……)」
「(もう3日や。もう3日待てばこんな茶番聞かずにすむんやな!早く報酬もらって、良い物でも食べたいものやなぁ……)」
「(長かった旅もようやく終わるようですね……)」
開戦の日は着実に近づいている。ノーシュはこれを、被害最小限で、死者数ゼロで乗り越えなければならない。ただの引き渡しに死傷者が出るなど、あってはならない事だから。向こうもそれはわかっているが、肝心のゲルヴァを捕まえるまでこの大げさな演劇は続くのだ。
だから、シグマの再調査の旅は、シグマ自身の手で終わらせる。事が大きくならないために。
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