第5章:誰のために4

 レドナール紛争が解決してから数年後。

「なぁ、いいだろ?」

「ダメですよ……あなたにはご家族がいるじゃないですか……」

「最近妻は子育てばかりに熱心でな……。生活は安定しているが、なんていうか刺激が欲しいんだよ……。昔負傷していた時に看病してくれただろ?あの頃から良いなって思ってたんだ……」

「あら、嬉しい💗じゃあ、ちょっとだけ冒険しちゃおうかな。うふっ」

「男を教えてあげるよ……」


「……」


 ベリアルは、レドナール紛争を解決したその功績で首都の護衛を任せられるようになった。といっても普段の仕事はパトロールで、楽な仕事だ。実の所、本当の目的はあの時自分達とレドナールを捨てた今のノーシュがどうなっているか気になり、懇願に近い形で配属を変更させてもらったのだ。レドナールは現在盗賊などの荒らしの影響で絶賛封鎖中だしな。

「(この国、こんなに風紀が乱れていたか?)」

 だからこそ思う。あんな会話を堂々とする国だっただろうかと。本来気を使わなきゃいけないのは向こうの方で、こっちは城の広間で休んでいるだけなのに。絶対にないとは言い切れないだろうが、少なくとも自分は見かける事もそういう事があったという話も聞かなかった。

「(レドナールの事が終わって、久しぶりにレオネスクに配置されたらこれだ。恋愛はまだいい。しかし職権乱用で賄賂に部下に圧力をかけていただと?ふざけるな!久しぶりに城で働けているというのに、なぜ俺が城内浄化をしなければならないのだ……!もう誰かに謝るのはこりごりだぞ!)」

 戦国時代の影響はすさまじく、ゆっくり平和になっている事を自覚しつつも、 ノーシュはまだ色々混乱している状態だった。庶民から兵士がだらけているだの、態度が悪いだの、客への対応がなっていないだの。苦情の殆どが礼儀やちょっとした嫌がらせからくるものだった。正直学校じゃないのだから勘弁してほしい、と思っていたが、双方の意見を聞くと両方に納得してしまった。兵士は兵士でなんでこの程度で怒られるんだろうと思っていたらしい。戦国時代の影響で人が何かをやらかす事に敏感になっていると感じる。

「(幸いなことに、ウェイザー国王がきちんと働いている事と、友人やきちんと働いている兵士達がいる事か……)」


「いけません、ハイマール騎士団長!そのような事をされては、除隊どころじゃ済まなくなります!」

「?」

 その時だった。ベリアルが首都のパトロールをした意味があったと結論付ける象徴的な出来事が起きたのは。


「うるさい!皆好き勝手しているのだからいいではないか!大体、金を払うから罪を無しにしてくれなんて前時代的な事、何回も通用するものか!そうやっていざ自分がやった時に限って止めてきやがって!今までやって来た奴らはいったい何だというのだ!」

「私はきちんと止めました!しかし皆言う事を聞かず……」

「当たり前だ!やるにしても昔はひっそりと、少額だけだったんだ!手続きも合法な奴でだ!それがいつの間にか、他人にバレ、ずるいと皆がやっていたら高額になって隠しきれなくなったんだろうが!何もしらない国王は先程我々の給料削減を決めたばかりだ!これも独り占めしたい誰かの策略だと言われている!そんな事はさせるものか! 自分が痛い目を見ても、国としての名誉は守らなければ!」


 ハイマールという男、現在のノーシュの騎士団長を務めている男は、日々戦国時代の後片付けをするために奔走していた。戦場で戦ったこともあるが、今となってはその殆どが事務処理が中心で、面倒だなと思いつつも自分のような役職しかやれない仕事ばかりなのでよくため息をつきながらばたばたと働いているのを見かける。

 そんな男が、部下の秘書と一緒に、金について大声で会話しているのだ。聞かないわけがない。


「私が高額な賄賂をし、そしてお前が告発すれば、今までやって来た奴ら全員みちづれだ!これで丸く収まるじゃないか!」

「だからって自ら悪に染めなくても!それにハイマール騎士団長が説得すれば、ヒーローですよ!?」

「はんっ、それで収まるのなら最初からやっている。つい数年前のレドナール紛争で、人が何かを好き勝手やっていたらどうなるのかぐらいわからないのか?噂が噂をよび、混乱しているうちに本当の闇だけが逃げおおせるのだ。それだけはしてはならないのだ。既に悪に染まっているのなら、大きくならないうちに悪を滅ぼすのも一つの手……。私がいなくなっても別の誰かが騎士団長の座につくだけだ。なら騎士団長であるうちに、今までの事は清算しなくては」

 よく言われる。戦争は良い商売になると。ターゲット層は関わる人全員。商人にとっては生き残りさえすればいい時代だろう。騎士団長という役職上、国王や役人の話を聞く事がある。若い時はただただ戦場でバリバリ戦っていたハイマールは、自分がそういう履歴を持つ男だからこそ、今愛する国で起きている事が我慢ならなかった。

「今に見てろ。不倫している奴も、金をもらっている奴も、いずれ家族や友人にばれて、修羅場どころの騒ぎじゃなくなるのだ。勝手にした奴らの事なんかしるか……」


「おい、どういう事だ」

「べ、ベリアル!?まさか、今の聞いていたのか」


 しかし、そんな事情など若いベリアルは知らない。知るわけがない。自分が今とっている行動は正しく、自然なものだと当然とばかりに思っていた。実際に間違ってはいないのだが……。

「……たまたま声が聞こえただけだ」

「ほ、ほう?なら貴様もこいつのように俺を止めるのか?はっ、やってみろ!意地でも逃げてみせる!お前を攻撃してもだ!これで俺は家族と安定した老後を過ごせるのだ!」

「……お前は、この国の兵士達の罪を批判するくせに、自分がやっている同じ事は違うというのだな」

 今までそういう奴をたくさん見てきただけに、つい言葉に出てしまった。自分は確かに悪に堕ちたが、似たような事はどいつもやってると。戦国時代じゃなけりゃこんな事はしないと。そういう言い方だったからこそ理解できなかった。自分はその悪い事をせずきちんと戦後まで生き抜いているのだから。今の自分はなんだ?称賛されず元の日常に戻るだけか?そんなのありえないだろう。

「当たり前だ!愛国心を馬鹿にする奴らなど、ろくな奴じゃない!」

「ああ、それは俺も同じ気持ちだ。……だがなぜそんなに必死に逃げたいんだ?そいつの言うように堂々としていればいいではないか。はいそうです、私とこいつらがやったんだと。それではだめなのか?」

「……」

 ハイマール騎士団長は、ベリアルの言った言葉に、こいつでもそういう事を言うんだな、と思うような顔をしていた。つい思わずおっ、と思ってしまったのだ。ベリアルの活躍はよく聞いていたから。

「ふっ、お前も甘ちゃんだな……」

「何?」

 だからこそ思う。こいつもまだまだだなと。自分が体験してきたのは、戦争の事も含め、この程度じゃないのに。

「この国は、いや、この世界は新たな時代に突入しつつある。我々が生きているこの時代は、数十年昔の戦国時代の最後の清算の時代なのだ。その清算の最中……ウェイザー国王は仕事に奔走する中、賄賂を手に入れてしまった」

「何だと!?」

「そんな馬鹿な……」

 近くで話を聞いていた秘書も驚いている。

「私のような立場の人間にしか知られない事だ……。本人も今はまだあの糞の事を活動資金をくれたありがたい人だと思っているだろう。しかしあれは間違いなく賄賂。穢れた金なのだ。そんなのを国王に使わせるわけにはいかん」

「だからハイマール騎士団長が自ら?」

「…………」

 中々言えなかった。最後にひと花咲かせて散るとは。かっこつけるわけでもない、ただあの時代を過ごした者として、数年後引退する身として、片付けられる物は片付けておきたかった。結果的に派手に爆散する事になるのだが……。

「……賄賂を全て調査したら、一時的にだが財政が悪化して、結果として国民の生活に負担がでる。その過程で、今のこの騎士団にも責任が行き、半分改編という名の解体をするはずだ。私は二度とこの仕事につけないが、ウェイザー国王を守り仕事を辞めれる大義名分がある。しかし、我々の後始末をするのだ。組織の仕組み上、そうならざるをえない」


「――けるな」


「?」


 この、お前達の年代は、というキーワードが、ベリアルにとって地雷だった。ベリアルにとってこの言葉は、【レドナール紛争を解決したように、騎士団改編の事もよろしく(自分は逃げるけど)】という意味にとれたから。

「ふざけるな!俺は今まで書類とばかり目を通してきたんだぞ!それはお前達を生かすためにじゃない!自分のためだ!自分は逃げおおせて好き勝手生きるだと!?そんなことさせない!」

 もし、この二人が何かのきっかけで本音で話し合っていれば、こんな事は起きなかっただろう。ただ少し、お互いの事が理解できていなかっただけなのだ。戦争は無事に終わり、平和な時代になるというのに、その影響は長くしつこく残っていて、なんとしてでも孫の世代までに平和な世を実現したいと思っている還暦前の男と。若く立場が不利であろうと戦争に参加しなかった分バリバリ働いて、祖国に貢献しようと思った男は、戦後でよくあるすれ違いをした。


「プチッ——」


「はっ、じゃあどうするというのかね!?まさか私を殺すとでも——」


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 ズバババババッ!

 

 頭の中の何かの糸が切れて、衝動的に起こしたその行動。人を斬るというその行動は、あっという間に殺人という結果へとたどり着いた。ベリアルは、ハッピーエンドにはならなかった。皮肉な話だが、戦国時代の影響を一番受けたのは、少なくともノーシュの騎士の中ではこのベリアルだった。


「本当に……する奴がある……か…………」

「…………」


「は、ハイマール団長おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ハイマールは、ベリアルに斬られ死ぬ寸前、こういう結末か、と少し笑っていた。ばたんと倒れ、地面に血が広がっていく。

「ひっ、ひいいいいいいいいいいいい!?」

 秘書は、すぐ目の前にいるベリアルの顔を見たが、あまりの形相に本能的に逃げ出してしまった。もちろんこれには報告しなければならないという意味があるが、ベリアルが今までの怒りをハイマールの殺人に込めた事が他人である自分から見ても理解できたため、手出しできる状態ではなかったのだ。普段怒らない奴が、怒る時はどういう時か。それはその人自身で止められる事だろうか。こういうケースだと否なのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 目の前の、ただの死体になってしまったハイマールを見て、ベリアルは思う。

「(俺はいったい何を……。勢いで、やってしまったのか……)」

 全てが終わった後、冷静さを取り戻す。衝動的に何かするなんて、子供の時ぐらいだったのに。こういう事をしてはいけないと、散々厳しく教育されたはずなのに。気が付けばやってしまっていた。

「(は、はは……。国が少し良くない時代に、たまたま誰も良くしようとしない奴らが集まって、好き勝手やっていたら、そりゃこうなるな……。俺は誰かを裏切ったわけじゃない。少し血が上ってしまっただけ……。だが……もう、この国では生きていけないのだろうな……)」

 部下ならいいのか、というわけではないが、ハイマールの騎士団長という役職を、まだ普通の騎士に過ぎなかったベリアルが殺した事で空白になるという事件は、ノーシュにとって重大な意味を持つ大事件だった。誰かがしなきゃいけない=負担が増える、という単純な事実はもちろん、ハイマールが言っている汚職と賄賂の件が、本人のベリアルによる殺人で死亡という事実とともに広がってしまうから。そしてベリアルは騎士として、同じ組織の上司を殺したという重罪になる規定にそって、ただの殺人よりも重い判決が下る事になる。


 それはすなわち、国外追放処分という事だった。


「(せめて国王に……。ウェイザー国王に刃を向けなくて良かったと思うか……)」

 己の今後の運命を悟ったベリアルは、この日を境に、判決が下るまで、ノーシュに最後の別れを告げるため、何もせずゆっくり過ごすようになったという……。





「判決。ベリアル・ジャックを国外追放処分とする」


「やっぱりか……」

「元々は死刑だったらしいわよ……。今までの実績のおかげで大分軽くなったんだって……」

「それでも表向きは死刑なんだろ?前騎士団長を殺したんだもんな……。重く受け止めすぎだ……」

 ベリアルのハイマール殺人事件は、ノーシュでは有名で、傍聴客も多くいた。単純に、良き働きをしている騎士がこのような事をしてしまったという事実に皆驚いていた。そしてだからこそ、身が引き締まり、皮肉な話だが、この件を境にノーシュでは特に問題が起きなくなり、晴れて平和な時代が訪れたのだった。そんな時代で、ベリアルは一人、祖国を追放され、一人で孤独に生きなければならない。


「ベリアルよ。この事が広がらないうちに、さっさと消えるがいい」


「仰せのままに……」


「……涙?流石にあのベリアルさんでも、二度と母国に帰れないのは辛いんですね……」


 ベリアルが涙を流しながらノーシュを去っていったのを見届けたのは、たまたま近くで見ていたハイマールの秘書のみ。しかし本人は涙を流していた、とは後世の資料には書かれていなかった。


「——皆、よく聞いてほしい。前騎士団長ハイマールはこの通り、ベリアルの手で殺された。そしてハイマールは私の元に来るはずだった金を賄賂と知り、代わりに使ったらしい!こんな事をさせてしまった事は私の失政に他ならない!よって、今日よりこの国の体制を大胆に変える事を誓う!」

 ウェイザー国王は、良い働きをしていた若い騎士(ベリアル)が殺人をし国を去っていったこの件を重く受け止めていた。騎士団改編は前から決定事項だったとはいえ、戦国時代の影響がある今だからこそ、反省すべき事は今のうちに反省しておくべきだと思っていた。そのために、今後のノーシュはどうするのかを国民に行っておく必要があった。

「大胆にって……具体的に何を?」

「全賄賂を贈った者へ処罰。兵士を集める試験も変える」

「まぁ、それは当然だよな」


「そして私は軍事以外の政治に口を出さない」

「何っ!?」

 この話を聞いている誰もがウェイザー国王の発言に驚いていた。


「流石に国の在り方をどうするのかを言われたら色々ある。私にも譲れない事がある。しかしそんなに経済の事を発展させたいのならば好きにすればいい。しかし、個人の好き勝手に方向を決める事は許さない。賄賂に厳しく財政を取り締まり、忖度禁止法も作る。具体的にどうなるのかはわからないが、もう決めた事だ。明日にでも具体的な内容を決めて発表する。後の事は運営しながら変えていくつもりだ」

 

 このウェイザー国王の政策のおかげで、ノーシュは元々仕事の一つだった首都護衛を正式な部隊にし、再出発をする事ができた。シグマやメイ、そしてセレナの時代の者からは、戦国時代があったから昔と組織構造が違うと思われているが、そうじゃない。【ベリアルが上司であるハイマールを殺したから】、改編した(せざるをえなかった)のだ、実は。

 

 この事は、シグマ達3人はレドナール紛争を調べるついでで知る事になる。3人はそれぞれ教訓、同情、反省とする。


「この件はこれで以上だ」

「……は、はは……さすがウェイザー国王。全て片付ける気か……」

「でも何年かかるのかしら……。今でさえかなりハードに働いていると思うわよ……」

「長く生きる事を、祈るしかないな……」

「そ、そうね……」

 知っての通り、ウェイザー国王は戦国時代の後片付けをするために王になり、その解決ともに死亡した。本人は戦場にはあまり行かなかったがその壮絶さ、悲惨さは若い時から知っており、だからこそ猛烈に働く原因となった。平和になったからこそ、セレナは幼少期の頃に自分の父親がいない事を幼少期に不思議に思っていたが、実は必死に働いて手に入れたという事を、後々気づいていく事になる。

「……」

 この数年~十数年間の戦国時代の後片付けの時代に生きた者達は、後世に多大な影響を与えた。その一人であるハイマールの秘書は、定年退職するまで、亡きハイマールのように同じ過ちはしないように必死に働いたという。

 また、この時代既に生まれて数年が経っているランドルフは父親からこの事を言われ、騎士団の上層部の会議で正式に騎士団改編の使命を成人する前に与えられた。ミネアもワイトもバリウスも、本人の意思もあるが、裏で色々話し合いが行われたからこそスピアリアフォースに所属している。今のノーシュは、人から言われ、なるためになった国だった。

 同胞殺人などという、馬鹿な事をしないために……。








 数年前。

「……」

 ベアトリウス帝国で過ごしていたベリアルは、ダグラスの街道で休憩していた。

「(隣国に来て十数年……旅人生活も飽きたな……。生活は慣れたが、なんというか、これが本当の自分だったのかも知れない……)」

 孤独。とことん孤独。しかし孤独であるがゆえに、誰にも邪魔されない。ノーシュに帰れないのは残念だが、騎士の仕事には区切りがついた。幸いな事に貯金もいくらかあるので金にはさほど困っていない。

 ベリアルはノーシュの隣国、ベアトリウスでのんびり生活していた。昔、上司を殺害したとは思えないくらい。

「(過去の事は悲しい。だけどこのすがすがしい気持ちは何なのだろう……。今まで色んな所に行ってきたが、こんな事は初めてだ。ベアトリウス特有のものなのだろうか?)」

 レドナール紛争は解決した。ノーシュは改編された。ただ自分がいなくなっただけだ。自分は新しい人生の目標を探さなくてはならない。それが、数年経っても見つからないからこうしてぶらぶらしているのだが。そんな簡単に見つかるか、という話だ。


「おっ?珍しい奴がいんな。先人がいたのかよ」


「!」

「見かけない顔してんな。てことは旅人か。俺、エドガーっていうんだ。ここで修行してる。職業は盗賊だ」

 そんな時だ。エドガーと出会ったのは。出会った当初は、弟子と師匠の関係になるなんて思ってなかった。まぁ、自分はノーシュ人でベアトリウスに行った事なんてそれまで人生数回しかなかったのだから、当然であるが。

「盗賊だと?」

「なんだ、やろうってのか?」

 盗賊が自分から名乗ったりするだろうか。そう思ってベリアルは若いけど怪しい奴だとエドガーに対して思っていた。そういえば、聞いた事がある。ダグラスは治安が悪いと。少なくともノーシュよりベアトリウスの方がこういう盗賊のような奴が多く生きているのだ。

「……いや」

 ベリアルは説教しようと思ったが相手(エドガー)が怒りそうだったので辞めた。こういう奴と出会うような身分に堕ちたという事なのだ、自分は。ベリアルは自分が全く新しい人生を謳歌している事を、エドガーと出会い改めて認識していた。

「あんた、結構歳いってるよな?だったらちょっと訓練付き合ってくれよ。最近軍人が厳しくてよ、泥棒がうまくいってないんだ」

「泥棒をするために稽古をつけてほしいだと?なぜ生きる力はあるのに全うに生きようとしない?」

 ベリアルは悪に染まったが、心は善なのだ。ましてや年下の同姓。まっとうな道を進ませようとするのが、大人の役目だと思っていた。エドガーに対して自然に厳しく接しようとする。

「……説教なんて聞きたくないが、それがこの国の現状なのさ。隣国のノーシュなんかよりよっぽど厳しい所だぜ?」

「……」

 そんな事を言われたら黙るしかない。だって自分は亡命してきたノーシュ人だから。ベアトリウスの事は地名を把握している事ぐらいなのだ。下手に出ないといけないと悟ったベリアルは、エドガーの要求を呑む。


「いいだろう。受けてやる。しかし——」

 

 ズバババババッ。


「その程度では話にならん」


「い、今のなんだ!?全く見えなかった……」

 

 要求を吞んだ刹那。ベリアルはエドガーとの実力の差をわからせるべく、ノーシュ時代培った剣技を見せた。

「あ、あんた!いえ師匠!名前を教えてください!今のどういう技なんですか!なぜそんなに強いんですか!?」

「……(厄介な奴を拾ったなと思っている)」

 皮肉なものだ。ノーシュ生まれである自分がベアトリウス生まれであるこいつに技を教えているのだから。戦国時代、一緒に共通の敵と戦った事もあるが、ベアトリウスとはずっと仲が良いわけではない関係を続けている。なのにエドガーはこういう純粋な反応をするのだ。そりゃそうだろう、自分の事はベアトリウス人だと思っているだろうから。それが、ベリアルにとっては哀れだとも眩しいとも感じていた。

「色々経験してきたんだよ……」

「じゃあ俺も経験積んだらその技できるようになりますか!?」

「あ~……。かもな(面倒だが話を合わせておく)」

「そうですか!じゃあちょっと遠くまで行って、今まで倒した事ない魔物倒してきますね!あっ、師匠はそのままそこでゆっくりしてていいんで!後で一人で帰って来るんで!それじゃ!」

「……」

 この新しい風を、悪くないとベリアルは思っていた。


「お前もベアトリウスに来ていたんだな。ベリアル……」


「その姿……ゲルヴァか!?」

 エドガーとはすれ違いか。既にノーシュの騎士を辞めて行方をくらませていたゲルヴァがここで突如現れた。ベリアルの反応は当然である。

「お前もってゲルヴァも!?いつからなんだ!?」

「俺の方はかれこれ20年も前からだ。レドナールの事できちんと奇麗にやめて、それっきりだ。ベアトリウス以外の国も少し見て回ったが、そこまで金がほしいわけでもないしな。過ごせればいいって考えで、その場暮らしをしてるよ」

「そうか……」

「ベアトリウスは良いぞ。ノーシュと違って人を怪しまないからな」

「そうなのか?」

 この時、既にゲルヴァはノーシュへテロを起こす計画を考え中である。人を怪しまないからな、というのは無関心だから、である。なにも不思議に疑われる事なく、何年も隠居生活を続ける事が出来た。定期的にノーシュへはあの後どうなったのかが気になって調査をしに足を運んでいる。その事はベリアルは知らない。シグマ達が大火事事件を再調査しに城まで来た、あの日まで。

「ああ。だから割と堂々と生きれる。もちろん罪を犯したら牢屋に入れられるけどな……」

「お前が元気そうで何よりだよ……。知り合いが一人もいなくてな、ずっと何年もぶらぶらしていたんだ……」

「……」

 ゲルヴァは、自分に向けるベリアルのきらきらした目を見て、まだそういう顔ができるんだな、と思っていた。とっくに絶望している自分の事は全然気づいていないようだった。それもそうか。テロを起こす予定であるなんて言えるわけないからな。

「ベリアル、お前の正義はあの時と変わらないか?」

「それは……」

 ゲルヴァと出会うとほぼ必ずこういう話になる。出会いが出会いだから。

「俺は若干諦めている。どうしようもない奴をどうにかしようとするのは、かなり根気がいるし説得が必要だ。だが、カリスマで人格者で根性がある奴など、そうはいない。何かを貫き通すには、たくさんの時間と、説得力という名の出来事が必要だ。大抵の人は何かが起きてからじゃないと動かない。それに、どんなに愛国者であっても、それが報われなきゃただ国にとってありがたい存在でしかない。そして、ありがたいからこそ都合よく使われる。俺は、それではだめだと思っている」

「そうか……」

「だから俺は、自分なりの形で世界に訴える事にした。その第一歩として、ベアトリウスの軍部と交流し始めたよ」

「何、そうなのか!?」

 初耳だ。ただの傭兵として、冒険者として軍部と関わるなんて。何をどうしたらそのような事ができるのか。少しずつ近づいてなんとか得た信頼なのだろうか。ベリアルはそのように純粋に思っていた。実際は全然違うのに。

「だからお前も、いっその事ベアトリウス人になってみたらどうだ?その様子だと、ノーシュの騎士はやめたんだろ?」

「ま、まあな……」

 ベリアルも、まさか上司を殺してきた、とは言えない。ベリアルとゲルヴァは、お互いがお互いに隠し事をする友人関係になっていた。そしてそれは、戦争をきっかけに全て知る事になる。

「これからは愛国者ではなく、世界市民の時代だ。俺は一人の人間として、全ての人に伝わる言葉だけを、今後話していきたいと思ってる。お前も新しい世界で、新しい事を始めてみると良い。良い刺激になると思うぞ」

「ベアトリウスで……騎士ではなく軍人、か……考えた事も無かったな……」

 数少ない友人の一人であるゲルヴァにも出会い、ベリアルはベアトリウスに足をうずめようと思っていた。エドガーはこれからも自分を探し、関わってくるだろう。それなら、堂々とベアトリウス帝国にいた方がいいのだ。外に出なければ、自分が軍人をやっているなんてノーシュの皆には思われない。

「(ベアトリウスでは何が見える?過去の記憶しかない俺が、そこで何ができる?ふっ……それを探すだけでもわくわくしてくるな。今はまだしないが、頭の片隅にいれておこう……)」


「師匠ー!見てくださいよ!狼倒してきましたよ!どうです、早いでしょう!?」


「助かる。丁度飯にしたいと思っていたんだ」

 ゲルヴァは去り、エドガーが戻ってきた。とりあえずはご飯を食べた後にしよう。

「ですよね!一緒に食べましょう!」

「……所で、今までどういう風に育ってきたんだ?ずっとこんな生活してるのか?」

「それはですね——」

 ベリアルはこの2、3年後正式にベアトリウスの軍に配属される。エドガーが周囲の人間を見返すために、半分保護者として。ベリアルは、その実力が買われ、ベアトリウスの切り札的存在になっている。

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