第5章:誰のために3

「……」

 ベアトリウス城の2階のベランダにて。ベリアルは、一人、佇みながら物思いにふけっていた。

「(恥ずかしい思いをしたな……。こんな事になるのなら、ベアトリウスの軍人になどなるんじゃなかった……)」

 自分の過去の事だ。自分がノーシュを捨てるきっかけになった、あの忌まわしい事件。レドナール紛争。

「(それも最早遅いか……。エドガーを拾って育てて、何か意味があるのではと思ったが……。今はまだあいつが軍人としての権力を行使してるだけ。俺も成り行きとはいえ前の仕事に戻ってきてしまったしな……。ベアトリウスも国。国になど最早期待はしていないが、ノーシュを捨てて来たのは事実だ。現に今の俺はノーシュの今を何も知らない……。完全に外部の人間になってしまっている)」

 あの紛争はどうしようもなかった。いや、紛争が起きた事もそうだが、終わり方、終え方に問題があった。ありすぎた。なんだ、逃げ出した奴の方が得するって。そいつらのためになんとかしようと思って働いてきたのは、俺達騎士の方なのに。

「(捨てて来たのだから知らなくて当然だが、あいつら(シグマ達)はそうじゃないだろう……。ノーシュは昔も今も、良くも悪くもノーシュだ)」

 だから思う。シグマのような奴が現れた事がどういう意味を持つのか。俺やゲルヴァという存在がいるという事が、ノーシュにとってどういう意味を持つのか。知らないわけあるまい。

 誰かに騙されたかはどうでもいい。結果的に、どこの国も似たような失敗はしてきたのだ。それはノーシュも例外ではない。自国の誇りを持つ事は良い事だが、それはきちんと隠す事なく徹底的に歴史を学んでからだ。

「(あんな事が無ければ、俺もノーシュを好きなままでいられたのに……)」

 じゃないと自分のように、痛い目を見るのだから……。あんな奴らのために、こっちは騎士になったんじゃない。あんな事はもうこりごりだ……。





--------------------------

 30年前。

「はぁ……。今月で契約打ち切りか……」

「また仕事探さなきゃなんねぇ……」

 レドナール。ノーシュの南にある砂漠の町では、絶賛戦国時代の影響を受けている最中だった。戦争は既に終結済みだが、鉱山の発掘だの兵士の募集だので、色々騒乱があった。経済なんてその最もたる例で、一部の仕事以外ろくな仕事がなかった。需要がなかったのだ、戦争に関する事しか。元々観光と珍しい加工品、装飾品が中心だったレドナールにとって、戦国時代は町が衰退するには十分すぎる出来事だった。

「くそっ……!こんな給料でどうやって食ってけっていうんだ!仕事掛け持ちしてる奴だっているんだぞ!」

「昔はこんなに低くなかったらしいじゃねえか!くそっ、なんて嫌な時代なんだ……」

 レドナールだけじゃなく、ノーシュのレオネスク以外の町は、殆ど戦国時代その物が予想外の事だった。他の大陸から侵略しにやってきたとある国が好き勝手やろうとしてきたので、仕方なく迎撃しただけ。それもあまり仲が良いわけではないベアトリウス帝国と手を組んでだ。なぜ自分達がそんな事をしなくてはいけないのか。面倒くさいったらありゃしない。

 諸悪の根源は侵略してきた外国の方なので、こっちは全国民の力を合わせて立ち向かった。だからレドナールもこうなっているというのに……。ろくに支援はこない状況だった。


 

「(荒れてるな……)」

 レドナール担当騎士、ベリアル・ジャックは、そんなレドナールの町の様子を見て、かなり危機感を抱いていた。何か手を打たないと、廃れてしまうのが理解できた。

「(首都まで行って、騎士を増やして正解だったか……。一時的にとはいえ食料も不作で、うまく経済がまわっていない……。元々ノーシュの町の中では高い割合だった貧困層の支援が回っておらず、一部の人間にしか還元されていない現状……。つい数日前には経営者や富裕層の貴族を殺人する事件まで起きた。まぁ、そのせいで見張りとして警備の兵士が増えて今こうなっているわけで、当然の処置ではあるんだが……)」

 自分は騎士なので、戦争にも参加したのだ。だからこそ、このような迅速な対応ができる。なのだが……。

「(俺達ノーシュ騎士団の頑張りで、なんとかしてみせねばな。皆救わなければいけない大切な同胞だ)」


「あっ、おい!」

「へへーんだ!」


「どうした!?」

 何か市場の方で問題気が起きたようだ。

「また食料を盗まれたんですよ……。早く捕まえてください!」

「またか……」

 そもそも今のレドナールは、戦国時代前より3割、4割ぐらいしかいない状況だ。まるでちょっとした風邪が流行した学校みたいに人がいないゴーストタウンとかしているレドナールでは、いくら見張りの兵士がいようと、容易に盗む事ができた。しかもその盗む理由が、首都や他の町に行くための資金としてなので、追いかけた所で保護されるという、どうしようもない状態だ。

「なあなあ、食料どうにかなんないのか?これじゃあ盗まれるだけじゃねえか」

「そうは言っても、今現段階で既に他の町から運んできている状況だ。無料で配れる水や果物は渡しているが、商人用の物は流石に……」

「んな事は知ってんだよ!被害をどうするのか聞いてんだ!欲しい物が手に入らないせいで、盗賊団が物々交換(取引)しているとかいう変な状態になってんだぞ!」

「城には全てを話してきた。何かしらの支援が決断されるまで待つしかない……」

 自分だってやれるだけの事はやって、持ち場であるこの町に帰って来たのだ。上からの命令があれば柔軟に動けるが、特にああしろだとか言われていない。だから今まで通りここで騎士をしているのだ。でも肝心のレドナールの人々の反応は冷たく、今こそ危機的状況、という感じだった。だとしてどうすればいいのか。食料だって持ってこれるだけ持ってきたのだ。

「そうかい。だったら食料をもう少しよこせとだけ言っておくよ。増えるかどうかわかんねえけどな!」

「おい、そこまでしたら流石によそからの支援が打ち切りになるぞ!そうなったら本末転倒だ!」

 部下の兵士がやめろと叫ぶ。足りたいらしいが、そんな事はこっちも理解しているのだ。こっちもなぜ支持が来ないのか理解できずイライラしているというのに……。

「知るか!今が崖っぷちなんだよ!だから食料を中心に毎日盗まれてんだろうが!このまま放置していたらいずれ皆他の町で盗みをするんだよ!そっちの方が良いのか、ええ!?」

「それは……」


「あいつ……そのまんまの足で他の町に行ってるんじゃね?」


「!」


「可能性はあるな……。たとえ捕まっても食事だけは保証される。ここで生活しても悪あがきなのかも……」


「(まずい……)」




「おい、俺達も他の町に行こうぜ!レドナールはもうだめだ!」


「やめろ!ここで生まれ育ってきたんだろ!?大切じゃないのか!」

「知るか!こんなの町の運営の問題だろうが!なんで俺達が割を食わなけりゃならないんだよ!」

「だからって捕まって数年後外に出てどうなると思ってる!?ここでしばらく待っていればいつかは……」

「散々待った結果が今のこの状況だ!それともなにか、餓死者出てもいいってのか!?富裕層は自宅でずっと引きこもってんだぞ!一部の奴しか金がない状況でどうしろってんだ!」

「くっ……」

「そうだそうだ!盗ませろ!自由に生きさせろ!」


「ベリアルさん、どうします?」


 部下の兵士が相談してくる。ここ数日ずっとこんな状態だ。首都のレオネスクは、状況が状況なので他の町から避難してきた国民を保護する事を数か月前から決めていた。当然それはノーシュ全土に知れ渡っており、皆それ目当てでレオネスクにまで避難していた。この対応は、別に間違っちゃいない。死なない事が優先ならこうするべきだ。上の人間だって各町のそれぞれの状況は把握済みのはず。だからこそ、他の町が多少被害が出て衰退していようと、人さえ生きていればそれでいいという判断なのか、遠い町にはその分支援がなく、かつ遅れているという状況が頻発していた。戦国時代じゃなくただの災害なら、ここまで被害は甚大じゃなかっただろう。だが、戦争参加者とその家族を中心に、既にケアをしている状況の後で、他の町も余裕がないという状況を知ったのは、国としてかなりきつい。外敵がいないからこそ、きちんと体力を回復しなければならない。いわゆる争っている場合ではないのだ。なのに、このレドナールではこうだ。

「(このまま逃がしたら俺の責任だ……。城の奴らがレドナールの悪徳経営者や買収されている町長をどうにかしてくれるかどうか……。しかし自由にさせて野放しにした所で結局誰かが損するだけで国益は上がらん……)」

 ベリアルは悩んでいた。これ以上何をすればいいのかわからないが、少しでもかき集めて要求を満たすしかない。行動するという選択しか、自分にはなかった。

「……今いる兵士を全て集めろ。皆であらゆる支援物資を集めてくる。それしかあるまい。我々の活動資金は国が払ってくれるんだから」

「わかりました」

「(必要なのは金じゃない、物だ……)」

 ノーシュでは、騎士や兵士がきちんと仕事をしているので、給料や食事は上から与えられたものを受け取ればそれでだった。つまりお金が無くなるなんて考える必要がなかった。こういう状況の時は流石に違うが、こういう時が一番働いている時期でもあるので、楽している分文句を言う騎士は少ない。だからこそ自分が支持を出してもきちんと動いてくれる。素晴らしい事だ。

 だが、活動で結果が伴うはどうかは、別問題だ。





「なっ、これは!?おい、どういう事だ!説明しろ!」

 再び支援物資を集めてきた後。ベリアルは火事まみれになっているレドナールを見て、驚愕していた。真っ先に現場に残っていた部下に話を聞く。

「わ、我々が運んできた物資を、住民が片っ端から盗んでいったんですよ!それを止めていたらこんな交戦に……」

「馬鹿な……同胞争いだけは避けたかったのに……」

「全員黙らせないとまずいです!もう既に何人かは各地にちらばって好き勝手していると思います!被害を出さないためにもここは戦うしか……」

「くっ……!」

 ノーシュの他の町に泥棒が出てくると、他の同僚達の仕事の負担がますのはもちろん、渡すべき物資が一つの所に集まってしまう。既にレオネスクで城が貯蓄してあるものを使いながら支援している状況で、無駄な犯罪を見逃すわけにはいかなかった。




「はぁ……はぁ……」

 犯罪を犯すのはしょうがない状況だが、それを外に出していいという許可は出ていない。この場で制裁を加えるのが正解だ。

「(終わった……だが……見慣れない服装の奴もいるな……。やはり騒ぎを駆け付けやってきた他の地域の盗賊も混じっているのか……。被害が出てしまったものはしょうがない、少しずつ復興していかなければ……)」


「やあ」


「!来てくれたのか!」

 そんな時だった。一人の若い騎士が、レドナールに支援しに来てくれた。ベリアルは当然、ようやく上からの指示で追加の派遣が来たのか!と思っていた。手にはきちんと食料などの物資がある。だが、それは違った。

「ああ。状況が全然良くなっていないと聞いてね。今日付けで追加で派遣されてきたよ」

「助かる!さっそく傷を受けた者の手当てとテントを張るのを手伝ってくれ!」

「ああ、それは良いのだが……」

 この男、ベリアル同じくノーシュの騎士だった若いゲルヴァは、目の前のベリアルに対して、悲しい絶望を知らせるためにやって来たのだった。


「今回のこの事件、いったい誰が責任をとると思う?」


「誰ってそりゃあ……」

「そりゃあ?」

 当然の顔をするベリアルが理解できず、ゲルヴァはオウム返しをしてしまう。

「犯罪を犯した者と、町長と一部の貴族だ。きちんと調べれば証拠が出てくるはずだ」

「確かにそれはそうだな。一部は間違いなく公開処刑もかねて罰されるだろう。……しかし一部だけで、殆どの奴は責任なんかとらない。このレドナールが元通りになるのは少なくとも数年先だ」

「は?なぜ……」

 今絶賛支援している最中だ。被害の大きい小さいはあれど、ノーシュ中どこも。他の町では裁判をかけるべき事はしているというのに、なぜここレドナールだけ例外なのか、ベリアルは理解できず、ゲルヴァに質問をする。

「そりゃあ盗みを働いた奴は既にあらかた散らばったからさ。レドナールからたくさん泥棒が出たという情報を、ここにたどり着くまでに何度か見聞きしてな。……奴らは故郷を捨てた。捨てざるを得なかった。だから戻らない。こんな砂漠地帯を好きという奴はいるだろうがまれだ」

 ゲルヴァはベリアルに、淡々と説明した。自分が見てきた光景を。思いが否定される瞬間を。

「この町をなんとかするのは俺達騎士だ。そして騎士だからこそ、勝手にやった奴らが住む街を復興させるなど、馬鹿馬鹿しいと思いやる奴も段々いなくなる。今はもちろんいるけどな。そうなると……」

「——そんなの迅速にやって、きちんと誠実にやっていた事をアピールすればいいだけではないか!」

 今までがそうであったように、これからもそうである。……のはず。……そうであってほしい。そう、未来はいつだって願望でしかない。

「誰に?部下の兵士にか?捨てられる人間はあらかた捨てて逃げたんだぞ?」

「ぐっ……」

「この場にいるのは、お前達にやられた一部の泥棒と、そうする事も出来ない、なんとか飢えをしのいでいた貧困層だけだ」

 言ってゲルヴァは、何かを思い出して口を開けたまま少し停止する。

「……言うのが遅れたが、この場にいる貧困層は全員、レオネスクに移住して生活が安定するまで国が保護する事が先程決まった。もちろん永住したいなら好きにすればいい。そして当然、金を持っている奴は別荘でしばらく住む」

 後は言わなくてもわかるな?という顔をして、ゲルヴァはベリアルに結論を告げた。


「もう一度言うぞ。この悲惨な現状をどうにかするのは、。そして、するしかない。拒否しても別の誰かが高い金を払いするだけだ」


「そ、そんな……」

 がくり。自分はさっきまで何のためにあんなに必死に働いてきたのだ。あちこち駆け回って……野生の木の実や果物まで採取して……。人が足りないから人も物資も欲しいと言って帰って来たのに、ダメだっただと!?こんなの、最初から支援する方が馬鹿を見るじゃないか!こういう事になるなら最初から言ってくれればいいのに!こんな事になるなら、自分だって奔走なんてしなかった!

「……」

 手元にある食料のリンゴが馬鹿馬鹿しくなる。だが、もったいないので捨てるわけにはいかない。今更現実に裏切られても、進むしかないのだ。終わりが見えている状況で、今更投げ出すものか。

「それでも俺は……ノーシュを……。祖国を信じたい!」

「……お前には同情するよ。今まで頑張ったんだろう。他の兵士達も。お前達には報告が上がり次第、臨時ボーナスが支給されるだろう。まぁ、それを気にやめる奴は何人かいるだろうが。ちなみにその何人かの一人は俺だ。この後始末を終えたら、俺は騎士を辞めるつもりだ。ここに来るまで他の町を見て回ってきたが、酷いもんだよ。どいつもこいつもレドナールの奴らが泥棒していたんだからな。その事を上に報告したら、風評被害が出ないために数年間ここを俺達騎士などの一部の関係者以外立ち入り禁止にするそうだ。お前も騎士なら、この国の未来と正義についてゆっくり考えたらどうだ?今回のこのレドナールはそれを考える良い機会だぞ……」

「……」

 自分の状態は気にせず、言うべき事を淡々と言うゲルヴァ。そんなゲルヴァを見て、ベリアルは堂々としていてかっこいいとも、こっちの気持ちを考えてくれとも思っていた。


「——ああ、すまない。散々あれこれ言っておきながら自己紹介がまだだったな。ゲルヴァだ。ゲルヴァ・ハーニアム。お前は?」


「……」

 言われて、自己紹介をする。


「ベリアルだ。ベリアル・ジャック……」


「そうか。よろしくなベリアル。長い付き合いになるといいんだがな……」

 これが、ノーシュの騎士、【だった】二人の出会いである。戦国時代は、ノーシュでさえ、余裕がない時代として語り継がれている。ウェイザー国王の死がその象徴だった。ウェイザー国王は戦国時代の影響を娘のセレナの時代まで残す事が嫌だったため、必死で働いた。ゆえに、このレドナール紛争も、たった数年で無事に終わり、人々も戻った。

 しかし現場で対応してきた騎士からは不満で、一時的な退団が増えた。この一時的な退団で辞めた騎士の一人がゲルヴァと、レドナール紛争解決後から

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る