第5章:誰のために2

「あったあった、ここね!」

 ノーシュ城の一階。客をもてなしたり休憩するために用意してある部屋。そこに、シグマとメイがいる。

「シグマ、メイ!王女様が遊びに来たわよ!」

「えっ、セレナ王女……様?」

 メイは自分とあまり年が変わらないセレナを見て驚くと同時に親近感がわいた。しかし戸惑い、どう接していいかわからない。

「あなたがメイ?なぁに?そんな変な顔しちゃって。私が遊びに来たのがそんなに変?」

「いや、その……急に来たもので、そのぅ、なんというか……」

「そんな喋り方をしなくても大丈夫よ、ドッキリよドッキリ!ちょっと驚かせようと思っただけ!」

「ドッキリですか……」

「それであんたがシグマね!」

「あ、セレナ王女様、今はシグマに話しかけない方が……」

 セレナはいつもの明るく元気にメイとシグマに話しかけた。親が死んだばかりだというのに、この明るさは、正直言って異常に見えた。

「……あ…………王女様……」

「……」

 しかし明るくふるまっていたセレナも、シグマを見て流石に引いてしまった。思ったより酷かったからだ。

「……な、なにそんな顔してんのよ。私が遊びに来たのよ?もっと驚かないの?喜ばないの?」

「……別に……」

「そう……」

 通常の状態ならばシグマとメイも喜ぶのだ。しかしセレナは自分の母親などがバタバタ働いている様子を遠目からしか見ていない。だからこのような振る舞いになる。

「でもそっちがそうでもあたしはこの場を離れないわ!誰のために来たと思ってんのよ、表情を変えるまでここから動かないんだから!」

「…………」

 シグマはセレナの言動を見て流石にちょっと言い過ぎたかなと思っていた。この女の子に暗い空気は通じなかった。王女だからだろうか。


「セレナー!」


 そんな時だった。

「もう、ダメでしょ急に入ったりしちゃ。たとえ王女でもむやみやたらと部屋に入る権限なんてないのよ!」

「そうですよセレナ王女。あなただから柔らかく言っていますが、普通の家庭なら親に多少キツめに怒られても不思議じゃない事です、今回の事は。反省しましょう」

「来るの早……」

 自分が何故走ってシグマとメイの所に来たのか。それは面倒な相手をせずに先にコミュニケーションをとってアドバンテージを得たいからだった。ちょっとした悪戯である。

「は~い、反省しま~す」

 でも相手は自分の事を良く知っている大人なので、素直に従う。

「…………」

 シグマは流石に女王も来て驚いており、何か言おうと思うがつい数時間前まで絶望しきっていた最中なので気力が出ず言葉が出てこない。

「…………あ……あの――」

「――君がシグマ君ね」

「っ!」

 やっぱり、とシグマは思った。ナルセ女王が話しかけてきた。

「ごめんねぇ、うちのセレナが。親や友達を無くして辛いよね?寂しいよね?もう大丈夫だから安心してね」

「…………ぐすっ」

 今までセレナ王女達が来るまで誰かが自分に何かしらの言葉を言って慰められてはいた。しかしナルセ女王の言葉が、タイミングが良かった事もあって、この時のシグマに一番効いた。ウェイザー国王が死んだから、というのもあるかもしれない。


「それと、セレナとは仲良くしてね、これから人はセレナと一緒にここで過ごすんだから」


「……えっ?」

「そうなの!?」

「……。 」

 だが、そんなナルセ女王の言葉にシグマは驚き、絶望どころじゃなくなる。一緒に住むとはどういう事か。そこでふとメイの方を見てみれば、メイはさも当然かのように無言で頷いていた。それもそのはず、メイは先程母親に自分の考えを言い、自分の意志で騎士団に所属しに来たので知っているのだ。この、今起きたばかりの大火事事件の犯人を捕まえるために。シグマという自分よりも酷い存在がいた事もあり、メイは燃えに燃えていた。

「そうよ~、だからあなたも人の接し方というのをきちんとしないとダメよ。初めてのあなたのお友達なんだから」

「お、お友達……!な、なぁ~んだ。それならそうと早く行ってよお母さん!」

 普段城の中での生活をしているセレナにとって、目の前にいるシグマとメイという年が近い子供はありがたい存在だった。ずっと城下町で子供達が遊んでいるのを遠くから見ていたセレナは、境遇の事もあり、なんとかして自分を二人にとって大切な存在にしたいと思った。

「うん、決めた!」

 そして、また決意する。


「シグマ!あんた、私の弟になりなさい!」

「!?」

「え?弟?」

 ビシッ。仁王立ちで。片腕を腰に当て、もう片方でシグマの顔に指を差し自信満々な顔で笑うセレナ。この時、この日から、シグマとメイの人生は大きく変わり、そして始まったのだ。この、セレナ王女という存在によって。

「そうよ、弟。なんか文句あるの?」

「いや、別に……ないけど……」

「ならいいじゃない。あんた、家族いないんでしょ?あたしもお父さんがいなくて……まぁそれはあんたも知ってると思うけど、なんていうか男が周りにいないからさ。寂しくてさ。それにあんたも家族が急に無くなって寂しいんでしょ?ならおあいこって事で良いじゃない。あたしは男の家族がほしい。あんたは家族がいなくなって辛くて寂しい。お互いにメリットがあるでしょ?」

 セレナは少しもじもじしながら話始めた。これが一番言いたかった事なのだ。ミネア意外に相手をしてくれる人が増えてうれしいと。保護するために半ば強制的とはいえ、セレナにとっても環境が変わる出来事だった。それも良い意味で。

「それに、私が姉になるのよ?姉として色々面倒見てあげるわ。お風呂とか一緒に入って洗ってあげるし、寂しいなら一緒に寝てあげる。当然遊び相手にもなってあげる。良い事づくめじゃない!」

「(それは半分以上自分の方が嬉しいのでは……?)」

 ミネアはセレナの隠し切れないわくわくに関して呆れていた。そりゃそうである、暗い空気の中一人だけ本気で喜んでいるのだから。家族が増えると。友達が増えると。

「……」

「ね?だから、私の弟になりなさい!」

 ちょっとお願いしている感じでシグマとメイに言うセレナ。

「……」

「い、嫌なの?」

 あまりにシグマが表情を変えないので、セレナでも流石に悲しくなり始める。まずいと思ったのか、シグマはどうでもいい感じに自分の気持ちを喋り始めた。

「……セレナ王女が望むならそれでいいよ……。姉は別にならなくてもいいけど、寂しいのは事実だし……」

「ホント!?やったぁー!」

「良かったですね、王女様」

「うん!お母さん、家族が増えたよ!」

「そうね……」

 相手になってくれるなら、と投げやり気味だった。今はすごく仲がいいこの三人でさえ、初めはこんな感じだった。

「あ、あのっ!」

 そしてメイが、セレナのように今日決めた事を口にする。自分で言わないといけないのだ。騎士団に所属すると。

「あ、あたしも、その……兄弟にしてはくれないでしょうか!」

「……」

「……」

 先に事情を知っているナルセとミネアは空気を読んで黙っていた。

「も、もちろんよ!じゃあメイは妹ね!シグマと一緒で双子の兄妹って事で!」

「……うん!絶対に犯人を捕まえてやるんだ!そのために騎士になるんだもの!」

 これでいいのだ。メイは騎士になって大火事事件の事を追いかける。セレナは自分の相手が増えて嬉しい。そしてシグマは、城という特別な環境で、安全に、寂しくなく育つのだ。少なくとも、正常な大人になるために。国を挙げた気遣いは、なんとかうまく機能しそうだった。


「(そうか……シャラ……そういう事なんだね……)」


 シグマはここで初めて、メイのやる気に満ちた顔を見る。そこで思い出す。死んだシャラと死ぬ間際に交わした約束を。将来の夢を語らずに死んでいった彼女の言葉を。


【もっと強くなって……簡単には泣かない男になりなさい。それと、誰かのために心の底から手を差し伸べ助ける、優しい人に……なってほしいの】


【あともう1つ】


【あたしの分まで、生きて。幸せに、なりなさい……】




「いやぁ~、これから楽しくなるなぁ!まさか家族が増えちゃうなんて!」

「ミネア」

「はい。素晴らしい事です。セレナ王女が自分で何かをし始めたのですから。今日は記念日かも知れませんね」

「この大火事事件は辛い事だけど、この出会いがノーシュに新しい風を吹かせてくれる事を期待してるわ……」

 これが、シグマとメイのお城での生活の始まりである。セレナは喜び、スピアリアフォースは事件を調査。その後、シグマを経過観察しながら無念に終わった犯人捜しのリベンジを、シグマが成人した時に再調査として行うよう、ランドルフ騎士団長が計画していたのだった……。





 それは、大火事事件から6年後の事だった。


「やっ!たぁ!」

 シグマはいつものように鍛錬をしていた。シャラの約束を果たすために。メイに後押しされ、自分もいつか、大火事事件の再調査を行うために。

「はっ、やあ!」

 ようやく、精神が落ち着き、トラウマが癒えつつあった時の事だった。思春期を迎え、色んな事が変わり始める時期。ノーシュの騎士団の鍛錬にたまに参加するようになったシグマとメイは、セレナと一緒に育ちながら何年目かの城での生活を送っていた。

「ふぅ……」

「——ここで朝練とは感心するな、シグマ」

「あ、ランドルフさん!」

 ノーシュ城からすぐ近くにある、ちょっとしたスポット。太陽の光が当たり、鍛錬の邪魔になるようなものがあまりない広い場所で、シグマは通りすがりのランドルフ騎士団長に発見され、話しかけられた。

「誰もいないんですけど、もしかしてここって鍛錬の穴場なんですか?」

「いや。目立つから皆しないんだよ。人も練習するには狭いし、変なアピールになるからね」

「えぇ……」

「だが、癒される。噴水、川、花。人と秘密の会話をするのにはもってこいだ」

「そうですね……。だから選んだんです」

 シグマは一人で普通の人以上のメニューを勝手に組んで勝手に実践している。だからこの頃は、よく食べよく寝ていた。だからメイやセレナによく起こされていた。


「話が変わるんだが、昨日騎士団長になったよ」


「それはおめでとうございます」

「聞こえはいいが、ポストがあまりいなくてね。実は誰でもできるんだ。騎士団長っていうのは」

「そうなんですか?」

 自分はスピアリアフォースの仕組みを知らない。いずれ自分も所属するとはいえ、そんなに人手不足なのだろうか。シグマはそれが良くわからずランドルフに質問した。

「ああ。ミネアやバリウスがいるし、後コールマン家のワイトも最近入って来たからな。あくまで騎士の中で一番強い奴がなるだけに過ぎない」

「それでもすごい事じゃないですか」

「ああ、そうさ。すごい事なんだよ。だが、世界は広い。この程度で喜んでちゃいられないんだよ」

「世界、ねぇ……」

「……」

 城で生活せざるを得なくなったシグマにとって、世界とは気になるワードだった。どこかにいる大火事事件の犯人、色んな国、本にゃ話でしか見ない、未知の大地。行ってみたいという気持ちがないわけではなかった。そんなシグマを、やっぱりなと思いながらランドルフは見つめていた。

「城の生活もすっかり慣れて、成長期も来て、自分の部屋を持った。だからこそそんな今のお前に聞きたいんだが、なぜ今日一人で素振りをしようと思ったんだ?城の誰かに言えば手伝ってくれるだろうに」

「えっ?」

「単純に疑問に思ってな」

「それは……」

 シグマが今いる場所は、普段なら夜遅くにそろっと外に出てやる所なのである。裏でやっているからこその自主練なのに、誰かに見つかっては意味がないのだ。今こうして見つかっているが……。


「それは……約束したからです。シャラと……」


「約束?」


「ええ……。ここで別れるのは悲しいけど、あなたはあたしの分まで生きて、幸せになってほしいって。強く、人々を守れるような立派な人になりなさいって……」

「シャラっていうのは……」

「幼馴染です。大火事事件で死んだ……」

「ああ……」

 確か、とランドルフが言う前にシグマは答えた。シャラは六歳ながら、すごく大人びていた。それを亡き両親やシグマがよく口にしていたし、そんなシャラだったからこそシグマは彼女の事が好きでよく学ばせてもらっていた。そんなシャラから絶望するだろうシグマに、死ぬ間際生きる目標を与えたのだ。忘れるわけがない。ありがたすぎて毎日感謝しているぐらいだ。今自分がこうしていられるのは誰のおかげなのか。一番は当然スピアリアフォースやセレナ達なのだが、シャラも貢献度が大きいのだ。

「(良かった……俺達の成果がようやく実を結んだんだな……)」

 シグマはランドルフの裏の苦労を知らない。ランドルフ自身、必死に悟られないようにふるまっていた。シグマが遠慮しないで話しかけられるようにならなければ、十分癒やされたとは言えないから。


「ならシグマ。そのシャラとの約束、果たせるように、 俺が稽古をつけてやろう」


「いいんですか!?」

「ああ。その様子だと、成人しても城を出るつもりはないだろ?」

「あ~、えぇ~っと、まぁ……。セレナ王女やメイがいるし、今更一人で過ごしてもなぁっていう気持ちはありますね……」

 城での生活は一度終わるのだ。騎士団に所属したから弊社で過ごせるようになるだけで。義理の姉弟になったセレナとの生活と思い出は、そう簡単に手放せるものじゃない。そもそもまだあと6年あるのだ。ランドルフは先にやっておける事をとことんやっておくタイプだった。

「ならそのまま成人の儀を終えた後は騎士になるといい。騎士として過ごせば、その約束を果たすのにより近い環境にいられるはずだ。それにお前も、色んな世界が見てみたいだろ?」

「世界……」

 言われてシグマは考え込む。大人になってからどう生きるか。与えられた環境を捨てるべきか。成人したら旅に出るというのも悪くはないだろう。しかし。

「(……捜査が中止され、未解決に終わっている大火事事件……。シャラの仇じゃないけど、結果に納得していないんだよなぁ……)」

 あの日、あまりにも唐突すぎた事をよく覚えている。なぜうまくテロとして成功したのか、シグマはいまいち納得していなかった。どうすればあんな事できるのか。普通の日常で、怪しい人影なんて見張りの兵士達が誰もいなかったと口にしているのに……。

「はい!色々見て回りたいです!」

 だから、シグマも決意した。大火事事件の事を考えるといてもたってもいられなくなるからだ。……そういう奴だとはすでにランドルフ達に見抜かれており、だからこそランドルフは再調査計画を思いつき、実行に移そうとしているのだが、本人がそれに気づくのは大分後の話。

「そうと決まればやるしかないな。ほら、どこからでも掛かってこい!」

「はい!」



 城の窓に、穴場であるはず鍛錬場所のシグマを見つめるセレナとミネアがいた。ある日、セレナが夜トイレに行こうとした時に、シグマがこっそり外に出ているのを発見し、自分もこっそりシグマの後をつけていた時に発見した。それがあの鍛錬場所だ。セレナは本人のためを思って知らないふりをしていたが、途中からいつも毎日ああやって鍛錬しているのを知っている。それをミネアに言い、二人の秘密になっていた。

「いいわね……なんか」

「そうですね……」

 セレナは、すっかり弟分になったシグマが成長していくのを見るのが好きだった。小さい子供が大人になっていくのを近くで見てきたからか、セレナにとってシグマは女として一人の人間として、かっこいいとはなんなのかをわかりやすく教えてくれる存在だった。

「というか、シグマってシャラちゃんと最期に色々会話してたんですね。そりゃあ亡くなった後あのような状態にもなるはずです……」

 あの絶望しきった顔はスピアリアフォースやセレナ親子の間で話題だった。シグマ本人も恥ずかしくて言わない事だ。あの日の自分が嫌でシグマは鍛錬を始めたのだから。

「後で近くに住んでる民に話を聞いたけど、存命だった頃は結構仲が良かったらしいわよ。家族ぐるみで付き合いがあったとか」

「それがあの大火事事件をきっかけに自分だけ生き残った……。いつ聞いても理不尽というか、突然の不幸にしても、すさまじいですよね……。6歳ですからね、あの時まだシグマは……」

「本当、結果オーライよね。私達の頑張りがあったとはいえ、よくここまで持ち直したわ」

 セレナ自身、シグマの絶望した顔を見たからこそ、周りの大人達の言ってる事がなんなのか後から段々理解する事が出来た身だった。なぜあんなに必死に活動している(た)のか。当時はよくわからなかった。


「おや、セレナ王女。こんな所にいらっしゃったんですか……」


「しーっ!ワイト、見つかっちゃうでしょ!」

「これは失礼。私は仕事の最中に通りかかっただけなのでね……」

 シグマを見ているセレナとミネアを発見するワイト。遠くからこっそり見ているからこそいいのに、増えては意味がない。

「それで……シグマとランドルフさんが模擬戦?をしているようですが……珍しい事もあるんですねぇ」

「今良い所なんだから黙ってなさい!騎士団長と私達の結晶が戦ってるのよ!こんな組み合わせレアじゃないの!」

 セレナはランドルフの計画を知らずとも、シグマは皆で育て上げなければならない存在である事を理解していた。だからシグマの事を私達の結晶と呼ぶ。

「まぁ、全部私達が決めた事だから自作自演なんですけどね……。ランドルフを騎士団長にしたのも、シグマを育てる事にしたのも……」

 現騎士団の中でランドルフ騎士団長が一番強いのは本当。だから騎士団長にしたのも本当。しかしランドルフはウェイザー国王から直々に死ぬ間際に命令された事を忠実に守り、実現しなければならない立場にある。自分がやりきれなかった国家改造をぜひ君の手でやりきってほしいと。せっかく若い組織になったのだから、今のノーシュに合った特殊訓練を受けた部下が一人ぐらい必要だろう。そう思って実施したのがシグマを育て上げる事だった。言ってしまっては本人に悪いのだが、シグマは自分が学んだ騎士としてのテクニックやスキルをとことん覚えさせるのに都合がいい存在だった。ランドルフ自身、ただでさえ特殊な訓練を積んだ自分の教えをそのまま受け継ぐのかどうか、気になっていた。だからシグマは、自覚しないまま普通じゃない騎士になりつつある。どんな事が起きても情熱を保ち続けていられるように。一つの事をとことん諦めずやりきれるように。命令が全ての騎士団組織にとって、この方針はあまりにも珍しすぎた。だからこそあえて育ててみたのだ。特殊な育ちをしているのだから今更さらに特殊にした所で大した問題ではないのだ。

「申し訳ないのですがセレナ王女。ランドルフさんが勝つのは目に見えていますよ」

「そんな事私でもわかってるわよ!私はシグマの成長を見てるの!」

「そ、そうでしたか……」

 ワイトはつい真面目に答えてしまった。シグマがあまりにも真剣だったので、本気で勝つつもりでやっているのではと思っていたのだ。


「ランドルフ騎士団長。ここにいましたか」


「おっと。中止だシグマ。どうした」

 セレナとミネアのシグマの見守りにワイトが追加されたこの日。ちょっと斜め上にいる三人の存在なんか気にもせず、部下に居場所を聞いてやってきたバリウスが上司であるランドルフに仕事の報告をした。

「俺達の名前が決まりました。スピアリア・フォース。首都城護衛部隊です」

「結局普通にしたのか」

 名前の候補自体はいくつか上がっていたが、狙いすぎなものもあったのでこうなった。外国の人も来るかもしれない事を考えるとこういうわかりやすい名前が一番いいのだ。ダサいわけでもないから。

「まぁ、どちらかというと外向けの名前ですから。護衛部隊は昔からいますが、外部の者に認知されるのは現在4です」

「この場?」

 シグマはバリウスの4名という言葉に引っかかる。自分含めて3名しかおらず、スピアリアフォースは2名だけ。残り2名はどこにいるのか……。

「あ……」

「バリウスの奴……私達の事バラすなんて……」

「まぁまぁ。私達は割といましたから。バリウスからは丸見えだったのでしょう」

「長居しすぎたわね……」

 シグマはセレナ達を発見した。ずっと見られていたのだ。大分前から。

「あ、シグマ……皆。ここにいたんですね」

「メイ……」

 セレナが急いでシグマ達の元へ駆けつけてくる中、メイもシグマに用があったようで、セレナの目的地が自分の目的地だとセレナの様子から感じたメイは、数秒遅れてシグマ達の元へ来た。

「なんだ。結局皆集まってきてしまったな」

「そうですね……」

 こんな夜遅く、6人で何を集まっているのか。もちろん、シグマ以外はこの場所にいても意味はない。ただ、せっかく集まったのだから何か話がしたい。そう思っていたからこそ、バリウスの言葉はある意味ありがたかった。皆いるんだぞとシグマに伝えたから。

「ちょっとバリウス。温かく見守っていたのが台無しじゃない」

「申し訳ないですセレナ王女。ですがメイがシグマがどこにいるか知らないかと言われたのでね。案内しただけなんですよ」

「あら、そうなの?」

「あ、あはは……」

 そう、バリウスは最初からメイに頼まれてシグマがどこにいるのかを一緒に探し回っていた。バリウスはたまたまランドルフに用があったのでその仕事を先に済ませただけ。

「でもどうしてこんな時間にシグマに会いに?今日は二人とも自由行動のはず……」

 シグマとメイの城での生活は、段々騎士の訓練がスケジュールとして組まれ、増え始めるという少し特殊なものだった。シグマは休みの日は休んだり、今日のように鍛錬したりと、割と気分でやっていた。今日もその休みの日で、いつもの自主練をやっていたのだが、皆に見つかってしまったのである。


「それは、シグマとメイを成人後騎士団入りする事が今日付けで正式に決まったからですよ」


「そうなの!?」

「(既にそうとは決まっていて、後はいつ発表するかだったが、これはおそらくメイにも情報が入ったな……)」

「つい先ほど、ナルセ女王が決めた。王の座をセレナ王女に譲って久しいが、久しぶりに王として働いた形になる。まぁ、ご祝儀のようなものだ」

 ナルセ女王は娘のセレナにきちんというつもりでいた。しかし肝心のセレナ自身がこうやってシグマの様子を見に行ったのだから、伝えられないでいた。もちろん、多少遅くなろうが大した話じゃないのだが。結果的にナルセ女王が言わなくても知ったが、セレナ自身が驚くだけだ。

「改めてよろしくな、二人とも」

「はい!ここまで育ててくれてありがとうございます!皆さんこれからもよろしくお願いします!」

「皆さんと出会えて良かったです。セレナ王女とは兄弟関係が終わりましたが、今後も仲良くしていきたいです」

 騎士団に所属したら、セレナは王女してきちんと扱わなければならない。外国人に義理の姉弟です、なんて言ってどうするのか。しかし、一緒に育ってきたのは事実なので、あくまでしきたり的な扱いになる。セレナ自身シグマとメイの事はずっと弟、妹だと思っている。

「ふふん、大火事事件のシグマみたいに、妹になりたい時はいつでも言ってよね!」

「それより、シグマとの関係はどうなったんですか(小声)」

「ミネアさん!本人が目の前にいる状況でそれはっ!」

「クスクス」

「ニヤニヤ」

「?」

「……」

 既にばれているのだ。本人にはばれてはいないが。


「皆さん、そろそろ各持ち場にもどりましょう。私は仕事はまだ終わってませんよ」


「え~?今日はこのままここで朝までパーティーでもしましょうよ。我がノーシュに二名、騎士が追加された記念すべき日なんだから」

「それもいいですが、一応ナルセ女王にも報告しましょう。そのために結局1度戻る事になります。ランドルフさん、シグマ。稽古が終わってしまいますがそれでもいいですか?」

「ああ、問題ないぞ」

「では一緒に戻りましょう」

「僕も大丈夫です」

 ちょっとした記念パーティーは開催されるだろうが、果たして今日、今からできるだろうか。流石に難しいだろうなと皆思っていた。セレナもである。

「ふっ、皆一斉に謁見の間に戻るなんてことそうないからナルセ女王は驚くんだろうな」

「ですね」

「さっさとパーティーしたいわ。間違いなくお母さんなら許可してくれるはずだもの。こんなの最初から約束されたパーティーよ」

「まあまあ。物事には順序がありますから」

「ここに椅子とかなかったのがいけなかったわね……」

 そう、あればよかったのだ。城の改造がまた進んだ、とセレナは喜んでいた。

 そんなセレナ達を、一番後ろから歩きながら見ていたシグマは、なんかいいな、と自分が笑っている事に気づいた。今まであまり笑っていなかったから。笑えていなかったから。そう、シグマはこの日まで笑いたくてもあまり笑えなかったのである。だから笑えた事に驚き、笑った事を自覚した。

 そしてそれは、シグマにとって、両親とシャラが死んで、絶望したあの日の自分を克服したという神からのメッセージだった。だからシグマは……。

「シグマ……もう大丈夫?」

「うん……グスッ。大丈夫だよ……」

 泣いた。本当に良かったと。僕はまた笑えるようになった、皆のおかげで。僕の努力で。それが何より嬉しかった。6年掛かった。回復するまで。騎士になるのだって、初めはちょっとしたきっかけに過ぎなかった。城で暮らすのは割と退屈で、鍛錬は良い時間つぶしだった。会話のながらで当然のように騎士の訓練に参加するようになり、いつのまにかこの秘密の場所で鍛錬するのが日課になっていた。これでいいんだと。これが正しいんだと。自分に言い聞かせるように……。

 シャラと交わした約束は忘れない。あの大火事事件は忘れたくても忘れられない。だからこそ、セレナやメイ、ランドルフ騎士団長達と仲良くなれたこの日も忘れないし忘れたくないのだ。僕の、シグマの大切な思い出だから。

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