第5章:誰のために1(全体的にオススメ)

 12年前。シグマとメイが城に保護された後。3年間犯人(ゲルヴァ)を追いかける前。

 

「……」

 まだ6歳に過ぎなかったシグマは、両親が死に天涯孤独の身となった事に絶望して呆けていた。とても、人見せられる状態じゃないほどの。家族の元に行きたいと思えば思わず逝ってしまうような、そんな危うい状態だった。

「……」

 メイは、そんなシグマを気遣いながらなんとか話しかけようとするも、自分も父親が死に散々泣いたばかりなので、気持ちの整理がついていなかった。しかし、シグマと違って自分は母親は亡くなっていないので、そういう意味で自分が何とかしなきゃと思っていた。


「子供はこの二人のみか?」


「はい。被害者自体は老若男女問わず何人もいますが、家族を失ったのはこの人のみです。彼女……メイの方は母親は生存していますが、一時的に負傷で娘を育てる事が出来ず、彼女の意志を尊重し、彼と同じ保護という形で過ごさせる事にしました」

「彼女の意志?」

 まだ騎士になったばかりのランドルフとバリウスは、とんでもない事になったなぁと思いながら二人の対応をする。この2人がシグマとメイの育ての親のような存在で、兄でもあり上司でもあった。

「あんな火事を起こすなんて許せない。絶対に犯人を見つけてやる!との事です」

「ふっ、なるほど?頼もしいじゃないか……」

 メイの方は精神的に安定しているようでなによりだ。

 しかし……。


「でも問題は彼です」


「……」

 幼いシグマはランドルフとバリウスの存在には気づいていながらも、目も合わせず、何も考えられない状態だった。保護されたとして、自分はこれからどう生きていけばいいのか。そういう状態だった。

「……」

「彼……シグマ・アインセルクと言いますが……。彼は両親と幼馴染が死に、天涯孤独の身になってしまいました。私が彼に独りだと告げる前に全てを察して、それからずっとあのような放心状態が続いています……」

「(まだ6歳だ。何もかもを失って元気な方がおかしい。しかし……)」

「心のケアは全力でするつもりですが、果たして何年掛かるか……。周りの人間から厄介だと思われたら彼を追い詰める事になります」

「ふむ……城(国)に保護されたのは正解だったか……」

 大火事事件が起きてしまったのは、こうなってしまってはもはや仕方ないという状態だった。二人の幸せのためにも、どれだけ優しく接し人生の目標になるような事が得られるか。与えられるか。人としての人間性がノーシュ国の若き騎士に問われていた。これはランドルフとバリウスでさえ難しい問題だった。なぜなら自分達はいわゆる対応マニュアルを学んだだけで、まさか現場の方からやって来るとは思っていなかったから。

「やむをえまい。彼……シグマが成人になるまで、騎士という名目で育てるしかあるまい。一応護身術にもなる。無駄にはならないだろう」

 保護するといっても、どこに行く当てもないから城で預かるを得ないという状態になっているだけである。シグマの状態から察するに、他の人に面倒を見てもらったとしても、両親が死んだという事実が重くのしかかり、どこか暗いまま育つだろう。そうランドルフは思ったから、騎士にする事を決めた。まだこれから調査もしていないのだから。

「しかし、良いんですか?他の人達と違ってそんな特権階級みたいな待遇で……」

 バリウスが危惧している事を先輩に言う。

「何を今更。シグマは元々我々騎士が国を代表してなんとかしなければならない存在だし、他の被害者達も飯がもっとほしいという要望はあっても、城に住ませてほしいという要望はなかったぞ。シグマだけ天涯孤独の身と知ったら文句も無くなるだろうさ。 孤児院に入れようがどうせ我々が援助している事に変わりはないんだ、それなら堂々と自分達で育て上げるさ」

 急に火事が起きるとどうなるか、というのはやった犯人も理解しているので、必然的に思ったよりも被害は少ないといった状態が起きる。シグマとメイは運悪く死にやすい場所に家にいた。もちろん、二次被害の火傷が原因で今までできた事が出来なくなって利している被害者は二人以外にも多くいるのだが。

「それに、せっかくの次世代サンプルなんだ、有効活用しなければ意味がないだろう?」

「はぁ……。あなたも結構考えますねぇ、別に今でなくてもいいでしょうに。会議で少し出たばかりでしょう。国が自分の手で最高を騎士を生み出すプロジェクトを始動させるなんて」

「ふっ、俺は国家運営をウェイザー国王から直々に命じられているのでね。プロジェクトその物は気長にやっていくつもりだが、このシグマはその第1号だ。それに変わりはない。今決めた事だ」

「あなたがそう決めたのなら仕方ありません。こっちも騎士として責任は果たしますよ。今後どうなるのかは、彼も思っている事でしょうしね」

「……?」

 ランドルフとバリウスは、今自分達が話しているまだ幼い二人には通じない事を良い事に、国としての裏の事情を間近で話し始めた。と言ってもシグマとメイも当事者なのでいずれ知る事実である。シグマとメイは、国家改造中の騎士団に、これから半強制的に所属するのだ。一人は保護として、もう一人は志願として。これは、ウェイザー国王がスピアリアフォースに与えた、トップシークレットのミッションである。

「ああ。だがまずは彼の精神状態をなんとかしないと。今のままでは訓練どころじゃないぞ」

「わかってます。この事を報告したら、セレナ王女やナルセ女王が黙っていないはずです。彼女達が自らシグマとメイに関わってくるはずです」

「それでうまくいくと良いが、我々もバックアップしなければな。特にシグマには人との繋がりが必要なはずだ」

 最低限自分と同じ状態になっているのは自分だけではない事を教えてあげなければならない。なんで自分だけという感情はなるべく優先的に排除しなければならなかった。一度卑屈になると、普通に聞ける話も聞かなくなるから。

「そうですね……自分が独りなのはシグマ自身が自覚しているでしょうから。皆自分の味方だと心から思えて初めて、何かする余裕が生まれてくるでしょうね……」

「そこまでわかっているならさっさと行動に移すぞ。我々がやっているのは火事の後始末だけではないんだ」

「はい、早速ナルセ女王に報告してきます」

 バリウスは急いで謁見の間に行った。時に走り、時に早歩きをしながら。




「女王陛下、ご報告します。大火事事件の被害は数百名、死亡は37名、治療が必要な者は516名。そして、その内うち(城)で預けなければならない子供が2名。2人とも家族が死亡しており、1人は本人以外全員死亡。天涯孤独の身です」

「そう……。それで全てなのね?」

「はい、犯人捜索は既に兵士にやらせており、我々も仕事を終え次第するつもりです。家などを失った難民に対しキャンプを張り、食料が随時運ばれていっております」

「ご苦労。被害が大きくならずに済みそうでなによりだわ……」

 ナルセ女王は、夫のウェイザー国王が亡くなり大火事事件が起きた事に苛立っていた。頭を抱えながら、慣れない政治をする。娘のセレナは世話役やミネアがいるのでなんとかなるが、数々の歴史あるノーシュ国とはいえ、突然起きた事にどう対応すればいいのか。動くべき人間が動き、迅速に対応したのはこの目で見た。皆頑張っていた。ご苦労以外に何を言えばいいというのか。

 とにかく、問題はこれからだった。

「しかし、犯人はいったい誰なのでしょう!?我々をこんな目にあわせて……。はっ、もしやベアトリウス帝国の誰かが!?あの国はかなり国民性がやっかいだと聞きますし……」

「やめなさいミネア。証拠も無しにあれこれ考えてはなりません」

「しかし、想定をしないと捜索も何も!こんな大火事事件、愉快犯がやったとでも言うんですか!?」

「逃げたという時点で諦めるべきです。……少なくとも今は」

「~~~~~っ。くっ……」

 まだ十代半ばのミネアは、王女の侍女という事で特例で普通の人よりも早く騎士団に所属していた。既に三年騎士をしているミネアは、やっと口調が慣れてきたようで、素直な感情をあらわにしナルセ女王にぶつける。

「捜索の方はお任せください。どんな結果になろうとも、全力で探して見せます。ですが……シグマとメイ。二人の近況は、今のうちに決めた方が良いかと。彼ら人は我々の手でなんとかするしかありません」


 我々ノーシュ国は責められたのだ。どこかの誰かに。今はそれさえ受け止めればいいのだ。


「特にシグマは里親に引き取ってもらうなども無理です。本人はトラウマを抱えているとはいえ一部始終起きた事を記憶しており、忘れるのにも時間が掛かります。ならば我々の手で育てた方が効果的かと……」

「そう……」

 逃げようとはした。しかし逃げられなかった。シャラがいたから。これが現場報告である。シグマは両親が死んだ事にはもちろん泣いたが、シャラの焼死を燃えた木造建築の家の木々から連想し、あっという間に絶望していた。救助しに来た騎士に起きた事をありのまま言うしかなかった。

「ランドルフ。我々の手で育てなくてはならない同胞が出来てしまったのはこの国の不幸よ」

「はい。おっしゃる通りです」

「シグマはなんとしてでも回復させなさい。どういう風に回復するのか、後でスケジュール表を見せて頂戴。いいわね?」

「了解です」

 いわゆるカウンセリングとそれの経過報告である。自分達も今まで少なからず腹が立った事があったが、ここまでどこかにいるであろう犯人に怒りを覚えたのは初めてだった。しかし肝心のシグマには、その怒りを抑えて接さなければならない。彼には優しさが必要だ。それのなんたる難しい事か。


「……ねえねえお母さん。シグマとメイって誰?」


「ん~?いずれわかる事よ。楽しみにしていなさい」

 まだ自分が特権階級にいるという意識が抜けてない素直なセレナが、親であるナルセに質問をする。

「家族、亡くしちゃったの?」

「……」

 セレナには、生まれて数か月すぐに父親であるウェイザー国王が死んだので、死ぬという事がどういう事か大まかに伝えてある。だからセレナは、今自分が見聞きした空気を敏感に感じ取り、尋常じゃない事が起きているのは肌で理解できていた。しかしこれから絶望しているシグマを見に行き、嘆き悲しむという事はどういう事か身をもって経験する事になる。

「私とお母さんと同じなんだね。その、シグマとメイっていう人は……」

「そうね……」

 ナルセはセレナの言葉で思わず泣きそうになるのをぐっとこらえた。親として、女王として、強くあらなければならない場面だから。

「ねぇお母さん。お父さんはどうして亡くなったの?なんで隣にいないの?」

「それはね……」

「それは?」

「それはね……ノーシュの人達のために懸命に生きた結果、ちょっと無理しちゃって……。でもちょっと無理しただけだから……天国できっとお父さんは見守っていると思うから、安心してね」

「でも、そのせいでお母さんは女王になっちゃったんでしょ?今まではお父さんがやってたのに」

「……」

「辛く、ないの?」

 娘は素直に育ちすぎた。純粋すぎるがゆえに、痛い所をズバズバいう人間に育ちつつあった。王女してそれは強く活かされるだろうが、一人の可憐な娘としては、抑えてほしい所だった。いずれ誰かに嫁ぐためにも。

「辛い……のかもしれないわね。あまり感じていないだけで」

 娘の危険性とありがたみを感じたナルセは、セレナに一つ忠告とアドバイスをした。

「いい?セレナ。生きているとね、思いつかないような、とんでもない事がたまに起きるの。そして人はそれに影響されて、色んな道をたどってしまう……。それはしょうがない事だけど、今回みたいに、王族という人を導く存在がいる私やセレナのような人間は、いっぱい努力して人々を守らないといけないのよ……」

「……そっか。それでお父さんが死んじゃったんだね」

「そうよ」

 そう、今はそれだけわかってくれればいいのだ。話したい事はたくさんあるが、大人と子供では人生の経験値の差がありすぎる。

「……うん、決めた」

「決めた?」

 ナルセは突然娘が決意した事に驚き、内容が気になり質問をする。


「私、シグマとメイに話しかけてみるわ!お父さんのようになりたいもの!


「だから私、探してくる!」

「あっ、こら!……もう……」

「親の言う事を聞かないのはいただけないですが、ああなるともう手がつけられないでしょう。追いつく頃にはもうシグマとメイの人を見つけているはずです。セレナ王女はまだ幼いのにすばしっこいですから……」

「はぁ~。久々に歩くしかないわね……」

 シグマとメイは、もう少ししたら自然と会わせる予定だった。今会いに行っても、少し自己紹介をしてそれで終わりなのだ。遊ぶ時間をきちんととってからでも遅くはないのに……。

「いいんですか?私が代わりに行きますが」

「そうね。ミネアに任せてもいいんだけど、なんか自分が行かなくちゃって思って。母親の勘って奴よ」

「そうですか……。わかりました。では行きましょう、セレナ王女がなにかやらかして、怒る必要が出てしまってはなりませんから」

 こ(子)の恨みはいつか必ず晴らす。ノーシュの誰もが、大火事事件に対してこう思っていた。

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