第4章:それぞれの思惑6(完結)

 シグマ達は三か月ぐらいの旅をしてきて帰ってきた。ノーシュの町をめぐるのはそこまで時間を掛けなかったので、必然的にベアトリウスでの時間の方が長いのだが、ランドルフ達が言っていた通り、あの国での経験はシグマにとってとても考えさせるものだった。生き方が違かったから。

「ふう……。セレナ王女……シグマ、帰ってきました……」

 謁見の間にて。シグマは皆を連れ、セレナ王女の前に出る。

「あらシグマ、お帰り。それで……ベアトリウスはどうだった?」

 シグマの旅はノーシュの反省でもある。セレナ王女はシグマが何を体験してきたのか、さっそく聞こうとする。

「その前に、自己紹介をさせてもらえないかしら。ベアトリウスで何があったかというと、あたし達が仲間になったという事なわけだし」

「せやで、こっちは王女様と会えるのを楽しみにしてたんや」

「はは、確かに4人しかいなかった時を比べるとかなり増えているわね。いいわ、まずは自己紹介してもらおうかしら」

「んじゃ、わかりやすくシグマに協力した順番で行こうや」

 ランドルフ達も当然この謁見の間に集まっている。後々紹介するのも面倒なので、アリア達が自分達で自己紹介をした。

「わいはマルク。情報屋や。酒場でシグマに話しかけたら大火事事件の再調査をしてるって言われて面白そうだから乗っかったんや。当然、払ってくれるんやろ?」


「「……」」


「あれ、なんやこの反応?」

 マルクがおかしな事を言っただろうかと皆の顔を見比べる。

「現金な奴だなぁって思われてるだけよ。金のためにやってるのと、シグマのためにやってるのとじゃあ意味が違ってくるでしょ」

「なんや、城の奴はやけにシグマに味方してるんやな。協力者がいたとしてそいつが金のやり取りをせずボランティアでついて来るかとは思わないやろ。なんのために金を持たせたんや」

「あたしはそのボランティアなんだけどね」

「あんたは例外や。軍人辞めてるし」

 情報屋はいつの時代もグレーの存在である。本人の倫理次第で、何でも売り、取り扱う。そういう意味では出禁になりやすく、慎重に扱わなければならない存在だった。マルクは見ての通りの性格なので、警戒心は薄い。が、そういう風に振舞っていると捉える事もできるので、面倒事を避けるために固く接するのがお決まりだった。

「――初めまして、セレナ王女。あたしはアイカ・フェイスター。そしてこの二人がルーカスでアリア。あたしを含め全員ベアトリウス人です」

「へえ、そうなの」

 セレナはベアトリウスがうちに来るとはね、と以外という顔をしながらニヤニヤ笑う。

「当事者だから話しますけど、あの後ベアトリウスのマキナとはうまくいって、無事にベアトリウスの首都のアギスバベルに到着しました。途中、マルクを始め4人の協力者を得たのは嬉しかったです。アリアとルーカスはレバニアルという組織にいて、それは――」

「あ~、シグマ。それは言わなくていいわ」

「……いいんですか?」

 自分から説明し、何があったのかを話始めるシグマ。が、特殊な経歴だからか、アリアがストップをかけ、自己紹介同様に自分から語ろうとする。

「ええ。自分で言うし、もう役目は終わったんだから。あたしはアリア。ただのベアトリウス人よ。その方が面倒な事がなくてすむでしょう?」

「……わかりました。途中、アリアとルーカスは仲間と別れ、僕達に協力してくれました。ベアトリウス人なので、地名などを調査をするうえで色々役に立ってくれました」

「そう。……うちのシグマが世話になったようね、あなた達には後できちんと報酬をあげるわ」

「ありがとうございます、王女様」

「(この王女……やけに育ちが良いな……。素直に報酬をくれるとは……)」

「なんや、ベアトリウスには報酬確定なんか!?」

 ベアトリウス人にまさかの報酬が支払われる事が決まったので、マルクが憤慨してセレナに怒る。

「あら、あなた達って、マルクも含めて言ったつもりなんだけど。違う風に聞こえた?」

「すいませんでした王女様、なんでもありません」


「「(切り替えが早すぎる……)」」


「それで、シグマ。ベアトリウスはどうだったのよ。犯人は見つかった?真相に少しでも近づいたかしら?」

「シグマ……」

「……」

 セレナが話の本題に入った。シグマはグサッと刺されたような気持ちになりつつ、震えないように力を入れてはきはきと喋り始めた。


「……結論から申しますと、犯人はまだ見つけられていません」

「……」

 ランドルフはシグマの言葉を聞き、意味深な顔をする。予想外だったのか想定内だったのか、それは本人しかわからない。


「僕達はベアトリウスについた後、首都のアギスバベル、ダグラス、アレスハデス監獄所、レリクスに行きました。有用そうな情報はレリクスに住んでいるハイネさんという中年の退役軍人から聞いた、ゲルヴァという男の存在のみです」

「ゲルヴァ?」

 バリウスが聞いた事のない人の名前が挙がって首をかしげる。

「はい。ハイネさんがいうには、彼はノーシュ人で現在ベアトリウスのどこかにいる、と。ゲルヴァはベアトリウスの国の人間が皆知らないくらい隠居生活を徹底しているようです。話を聞く限り、向こうの国の人間と交流があり、怪しい人物ではあります。ただそれ以外の情報がわかりません」

「それで、ゲルヴァという男が知っていないか聞くために、一度ここに帰って来たと……」

「はい、その通りです」

 具体的に言うべき事は言い、端折るべき所は端折った。シグマは淡々と、セレナ達にベアトリウスでの出来事を話した。雑談ならゼルガの事も話せるが、大火事事件とは関係ないので今は話すわけにはいかない。

「……」

「皆、心当たりはありますか?」

「俺はないぞ。なかったら首をかしげてなんかいない」

「俺もだ。ただ……昔の文献にそのような名前があったようなないような……。勉強している時にちらっとみただけで、ゲルヴァという名前が乗っていたかどうかさえわからん」

「(ランドルフ騎士団長さえわからない……)」

 同胞が特定の同胞を知っているか。それがわかったら苦労はしない。が、流石のランドルフ達でも知らないという事は調査の意味では痛手だった。自分の上司が知らなかったらどうやって探せばいいのか。シグマ達は最初からゲルヴァの事なんて知らないので、ランドルフ達の方がシグマ達に協力しなければらならない立場にある。


「あと、そのゲルヴァという人はレドナール紛争の当事者だと言っていました」


「レドナール紛争だと!?」

「えっ?」

「おいシグマ、それは本当か!?」

「ほ、本当ですよ、ハイネさんから聞いたんですから!」

「その様子……何かあるな?」


 だからシグマは、ハイネから聞いた、二個目の情報を言った。反応は上々。若く成人したばかりのシグマにとって、当時の状況はわかるはずがない。生きていないのだから当然である。しかし、ランドルフは違う。立場上、詳しく調べたバリウスやワイトも、表情を変えた。

「ふふっ……なるほど……そういう事か……」

「えっ、え?どういう事ですか?流石についていけません……」

 ランドルフのパズルのピースがハマった顔を見て、困惑するマイニィ。一人で先に行かないでほしいという気持ちはよくわかる、とシグマは見てて思った。

「ごめんねぇ、マイニィちゃん」

「レドナールという地名は勉強したから当然知っているな?あそこは今から30年前、今のノーシュから考えてると、かなり荒れていたんだ」

 早急に言わなきゃないけないだろうと思ったのか、ランドルフがレドナールとこのノーシュという国の裏の事情について説明をし始める。


「……当時、その紛争を解決するために奔走していたのが、前国王である、セレナ王女の父上のウェイザー様だ」


「そ、そうだったんですか!?」

「段々繋がって来たわね……」

 30年前なのだから、実権を振るっているのは父親のウェイザーなのは当然ではある。

「知っての通り、ウェイザー様はセレナ王女を産んですぐ、17年前に亡くなられている。……理由はレドナール紛争の影響による多忙。つまり過労死だ。正確には、セレナ王女が生まれるのを見届けるくらいには健康だったのだが、解決するまでにかなり体を悪くし、結果寿命を縮めた。レドナール紛争を解決して数年後、自分の死期を悟ったウェイザー様は、自分の死後、セレナ王女が国を運営するよう城の体制を大胆に変えた」

 今の体制が出来たのはこのレドナール紛争がきっかけだ、と衝撃の事実を話すランドルフ。しかし体制が変わるのは別に大切な事じゃないという顔をして、語り続ける。


「それが今の俺達の首都護衛部隊スピアリア・フォースだ。セレナ王女が国王に就任したのはわずか6歳。大火事事件が起きる数か月前の事だからシグマ、お前も知っているはずだ」

「あ、あの時から……」

 ただの子供が王の座についているのはきちんと説明しているノーシュ国民は別に不思議に思っていない。しかし、情報を集めている他国、特にベアトリウスはこの件を知った時、急におままごとでも始めたのか、という目線でノーシュを見ていた。ノーシュがそんな変な事を考えもせずにするわけないというのは歴史からわかるのだが、まだ認識のずれがあるようである。

「セレナ王女が国王に就任するまで、この国を実質的に運営していたのは、妻で母親のあちらにおられるナルセ女王だ。大火事事件もその時に起きた」

「……ニコッ」

 ナルセは女王らしく優雅にお辞儀をする。

「6歳になったらセレナ王女が国王になるのはウェイザー様が決めたスケジュールだ。その時までに体制を整えろ。それがウェイザー様の最後の命令だった」

 わざわざ娘に継がせろと言ってきたのだから、部下はそれに従うしかない。当時まだ騎士になったばかりのランドルフも急だなぁとは思っていた。ランドルフはその後ウェイザー国王から直々にノーシュの改変計画を任せられるのだが、これはまた別のお話である。

「具体的にどう体制を変えたのかについては色々あるのであまり語りませんが、そのうちの1つは平均年齢の減少。つまり、新陳代謝を上げて動きやすい組織にした事です。見ての通り昔はわりとベテランがいましたが、今は数えるほどしかいません」

 我々を見てわかるでしょう?と語るワイト。あくまで若い人が強い権力を持っているだけで、目立たない仕事場では普通にベテランが仕事をしている。当然アドバイスをたまに聞いたり言ってくれたりもしている。しかし表向きにはとにかくベテランがいないように変えたのだった。それはなぜか?

「それで国がうまくいくのか、成人するまでナルセ女王が実権を担っていていいじゃないか、などの意見はあったが、長期的にはセレナ王女が新国王になるのは当然の流れ。だったら早い段階で王にした方が良い、そう決めて今の体制になった。皆ウェイザー国王が言うならしょうがないとしぶしぶやめていった」

「セレナ王女の就任後、ナルセ女王はセレナ王女のサポートに徹し、娘のセレナ王女の意見を尊重して就任後の実権は担わない事にしたんです」

「ようは、10年早い体制替え、という事だ。こういう風に国の運営の仕方を変えて良かったのかは、数十年後経たないとわからない。お前が気にする事じゃないぞ、シグマ」

「わかってます……」

 中年は色々言われる。更年期だの、権力乱用だの、頭が固いだの。若いというのはあくまで見る側の印象でしかなく、無能か有能かは全く関係ないのだが、ノーシュはセレナ王女に合わせて国家経営の体制もがらっと変えたのだった。ウェイザーは自分の手で、一つの時代の終わりと新しい時代の始まりをそれらしく作った。自分の娘に花を持たせるために。


「じゃあ、レドナール紛争の事を調べれば、自然とゲルヴァの事がわかるわね!」

「ああ、ベリアルとゲルヴァは30年前の取りこぼしや!あの時に色々あったせいであいつらはベアトリウスで過ごすようになったんや!」


 話を聞いて次にするべき事を決めるシグマ達。ランドルフの話は、レドナール紛争を調べるうえで重要な背景だった。その後から今につながるまでの。

「なるほどね、ベリアルという男もいるのか」

「知っているんですか、ランドルフさん」

「いや、知らない。だが当事者であるのは間違いないだろう。調べれば出てくるはずだ」

 ランドルフはさらっと言ったマルクの言葉を聞き逃さなかった。

「なぁ~んだ、思ったほど解決が近そうね。あたしも調べるのに協力するわ、レドナール紛争について詳しく知りたいもの!」

 ここまで話を聞いたら気になるでしょ、という顔で引き続きシグマ達に協力する事を表明するアイカ。

「あら、働いてくれるなんて嬉しいわ。シグマ、メイ。よく頑張ったわ。あなた達二人はしばらく休みなさい。かなり旅に出ていたんだから。もちろん、マイニィちゃんを始めとした協力者の皆さんもね!」

「流石王女様や、城で寝られるなんてありがたいことやで!」

「一応空きはあるけど、スペースは限られてるわよ?早い者勝ちだから、結局外で寝る事でなるかも」

「はっ、話が終わったらすぐ部屋確保するわ」

 ランドルフの話も終え、これからどうするかの話になり始める。マルク達協力者は後々の手続きもあるため、城に泊まる事になる。もちろん無理に泊まる必要はなく、宿屋なら宿屋でもいい。

「ふぅ~、これで流石に心が少し落ちつきますかねぇ……」

「イリーナさんもお疲れ様、かなり長い旅になっちゃいましたね」

「そうですねぇ、でも楽しかったから良かったですよ。何も前に進まないのだけが心配でしたから!」

「そうね……」

「なんだか、パーティー気分だな」

「ずっと少し休憩したら別の町へというのを繰り返していたんでしょう。明らかに話が進展する何かを掴んだのですから、ほっとして一息いれたくなるのも無理はないかと」

「しかし俺達の仕事はこれからだぞ。まだレドナール紛争について何も調べてないんだから」

 レドナール紛争を経験したゲルヴァとベリアル。この2人を調べなくてはいけない。ランドルフはこれからする自分の仕事をわくわくしつつも疲れるだろうなと思いながら部下の二人にはっぱをかける。

「それについてですが、流石にベテランや昔の人にも少し話を聞いた方が良いかと。レドナール紛争のせいで大火事事件が起きたなんて広まったら大変な事になりますよ」

「そうだな……流石に俺達が直接会いに行けば、あの人達だってどういう事か察してくれるはずだ……」

「(これから忙しくなるな……)」

 ワイトは事務を終わらせてこの件をじっくり掘り下げたいと、知的好奇心がうずうずしていた。

「セレナ様、ナルセ様……」

「わかっております、ミネア。状況次第では大胆な事もしないといけないかも知れません」

「……」

 セレナは自分が知らない父親の話を、どういう顔を聞いていいのかわからず、いつもどこか空虚な顔で聞いていた。シグマの話を聞くのは面白かったのに、話の流れで急にランドルフにバトンタッチしたせいで、途中から黙っているしかなかった。内容が内容なので、不満はない。

「わかっていますか、セレナ。これは私達の事なのかもしれないんですよ?」

「わ、わかっていますわ、母上……」

 その件を母のナルセから突っ込まれる。しかしどうしろというのか。あ、変わったとしか思っていなかった。話が終わったかと思えば、皆しばらくの間の休日をどう過ごそうかと考え始めているのだ。いつも城にいる自分はくつろぎたいという気持ちがよくわからない。かと言ってシグマみたいに旅に出る事を許可されてないので、どういう気持ちなのかは察するしかない。

 セレナはやっぱ母上に怒られたか、と思った。

「(俺達ベアトリウス組は外部から来ただけあってレドナール紛争についてはかなり興味がある。おそらく皆で一緒に調べるだろう、あのランドルフという奴が探してくれるはずだ。俺達ベアトリウス人はまだノーシュから完全には信頼を得られていないはずだ、だからあくまでシグマの味方だという事を明確しないとな。痛い目にあうのは避けたい……)」


 こうしてシグマ達は、自分の国に戻り、しばらく休みをセレナ王女からもらった。

 しかし、本人達の希望は、マキナ彼女の登場でうちひしがれる事になる……。







「はぁ……はぁ……!」

「うおっ!?」

「おい、お前、誰だ!?勝手に城に入って、あっこら、待て!」

 泣いて、ノーシュまで走って来る者がいる。ベアトリウスで大火事事件の犯人を知り、思わず伝えなくちゃと逃げてきた者である。


 さあ、始めよう。犯人との激突を。リアライズを。






「あら、外が騒がしいわね……」

 ドタドタバタバタ。セレナは二階から、一回の音が響いたので珍しい、荷物でも運んでいるのかしら、と思って外の町の景色を見ていた。

「おい、お前!勝手な行動は許さんぞ!」

「……騒がしいどころではないのではないか?」

 しかし、段々音が大きくなり、はっきりと声も聞こえてくるようになり、日常的な事ではない事を察する。

「ワイト」

「かしこまりました」

 ミネアがワイトに様子を見てきなさいと命令を出す。しかし、ワイトが見るより先にが謁見の間まで辿り着いてしまう。

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

「ま、マキナ!?なんでこんな所に!?」

「ベアトリウスがノーシュに宣戦布告をした!1週間後に攻めてくるぞ!」

「はぁ!?なんでそんな事になるのよ!?」

 辿り着くなり、手を膝の上に置いてぜーはーと息切れを整えようとするマキナ。ベアトリウスからここまではそれなりに距離があり、三日ぐらいじゃあ辿り着かないのだが、直った列車でも使ったのだろうか。急いできたのは理解できるので、体が動く限り移動してきたのは間違いない。よりにもよって、自分達が帰ってきた直後に来るなんて。自分達がベアトリウスを後にした時に何かあったのだろうか。

「お前達がベアトリウスを去った後、すぐにゲルヴァがやってきて……色々話をしていたら、奴が大火事事件をやったのは自分だと……。急に自白したんだ!」

「なんだって!?」

「そんな……あの人がまさか……」

「シグマ、どういう事!?出会ってたの?」

「セレナ王女、それは……」

 マイニィの言うあの人とはベアトリウスを去る時にすれ違った人間の事である。名前も聞く必要すら感じない、ただの通行人一般人。少なくとも殺意も警戒心も感じなかった。そもそも自分達はノーシュに戻った後、マキナ経由でベアトリウス全土の住民の大火事事件の調査をやるつもりだったので、ゲルヴァに会っていたとしてもただの時間差に過ぎない。それよりも、自白したせいでゲルヴァが犯人だと判明したのが問題だった。

「出会ったか、出会っていないかだけ言いなさい!」

「で、出会いました……。ただしすれ違いで、今のマキナの話を聞くまで本人だとは思わず……」

「結果的にだが、見逃したわけだな」

「はい……。でっ、でも、あの服装はベアトリウスだと普通なのかなと思ったし、ベアトリウスの民間人全てを疑うわけにもいかず、あの場面は民間人として話しかけないのが妥当だと思いまして、その……」

 言い訳ぐるしく聞こえるであろうシグマの言い分を、セレナはイライラしつつも黙って聞き入れた。シグマ自身、まさかあいつが、と思っている最中だから。責めるわけにはいかない。

「~~~~~~~~っ!はぁっ、いいわ……。今は反省している場合じゃない。——初めましてマキナ。現ノーシュ国王のセレナよ。あなたとシグマが今言った事は本当なのかしら?」

 セレナとマキナが対峙する。今は状況が状況なので、マキナがセレナに思う私情は表に出る事はない。

「すれ違ったのを見ていないからシグマ達の事はわからないが、少なくとも私はシグマ達が謁見の間を後にしてからもずっとあの場所にいた。城の中の窓からシグマ達がベアトリウスを去るのを見届けて、私も仕事に戻ろうとした。まさか仕事に気持ちを切り替えた時にゲルヴァと出会うとは思わなかったが。そしてその後はまぁ、当たり前の話だが、ゲルヴァと出会って話をしたから私は今ここにいるわけで、確認するまでもない」

 ゲルヴァもノーシュの騎士がベアトリウスなんて不思議に思わなかったのだ。仕事で何か行かなきゃいけない事があったんだろうと。、なんたる失態。

「それにしても信じられないわよ、なんで急にうちと戦争なんか……」

 王女としては聞きたい部分はそこだろう。戦国時代の名残を説明しなければならないのはマキナとしては不服だろう。

「すまない、というしかないが、一応表向きには列車の問題をちゃらにしたいと……」

 こんな事を言って納得しない事は、言っているマキナが一番理解している。

「はぁ!?それこそ意味不明じゃない、あれはベアトリウスの商人達が勝手にやった事でうちは土地を貸してるだけのはずよ!」

「そんな事私だってわかっている!おかしいからこうして来たんじゃないか、なんとかしてくれって!」

「どうやら、ただ事ではないようだな。ベアトリウスがどういう現状なのかは、また後で詳しく聞こう。しかし今は戦争の準備をした方が良いのでは?死傷者が出てはまずい」

 戦争と言っても、被害は大きく出るわけではないだろう。このマキナの行動自体、亡命に近い。被害が大きくなろうと失態を隠したいギウルと、そんな馬鹿馬鹿しい事はしないでさっさとやるべき事をやって終わりにしたいマキナの抵抗。大火事事件の犯人を捕まえるというだけの事に、ベアトリウスのいざこざがここで入り込んできた。急遽、協力してゲルヴァを捕まえなければならなくなった。

「……やむをえないわね。シグマ、メイ。それと協力者の皆さんも。良く聞いて。ノーシュは最悪の事を想定して戦争準備に入る。少ししか休憩できなくて申し訳ないんだけど、あなた達にも戦場に出てもらうわ」

 戦力増強のために、と付け加えるセレナ。これは体のいいカモフラージュである。シグマの旅に協力して、ベアトリウスまで行っている戦闘能力があるノーシュ人を、いちいち探すのは手間だ。向こうは既に準備しているであろう事から、セレナのこの判断は妥当に思える。

「やれやれ……騎士の協力をしたのが悪かったって事かいな。——わいはええで!全てをはっきりさせるチャンスやんか!」

「あ、マイニィちゃんは未成年だから戦争に行かなくても大丈夫よ。安心して」

「は、はぁ……」

「(今までの事を考えると、むしろ一緒に戦った方が良いかもね。そんな大規模な戦争じゃないだろうし)」

 最悪は想定しているが、今回はその最悪にそもそもならないようにする戦いでもある。こっちから先に仕掛ける事も想定している。だからマイニィがやられる可能性は低く、特別戦闘に出しても危険はないと思われる。が、ノーシュは基本的に未成年は戦場に出す規定はない。もしだしたら罰則もある。

「あたしも!……って、ここにいるベアトリウス人は皆シグマの味方よ。向こうが攻めてきたのならむしろ好都合よ」

「あいつら、戦争で全てを解決する気だな……」

 こんな結末、誰が予想しただろうか。大げさな事を言われると、万が一のためにその事に対して対応しなければならない。これがブラフであろう事は誰もが理解していた。しかし、関係ない部外者に知られるわけにはいかない。我々は今から、戦争だとは言わずかつ広めもせずに戦争をしなければならなかった。

「ランドルフさん、どうするんですか?まだレドナール紛争について何も調べてないのに……」

「戦争準備と同時進行で進めるしかあるまい!この戦争のきっかけはどう考えてもあのレドナール紛争が原因だ!調べなければある意味負ける!少なくとも、大火事事件の解決をしたいシグマや我々ノーシュ国にとって、犯人が戦場で待っているというのは嬉しい事だが、どういう意図かしっかり考えないといけない事だ。倒して勝って捕まえたらそれで終わりなのか、そもそもわからないからな」

 ゲルヴァとベリアルがどういう関係だったかはさておき、当時の人間関係を把握しているのは殆どいないだろう。向こうからわざわざやってくる事があらかじめわかっている以上、礼儀もかねてこっちも向こうの情報を集めておくのは当然だった。

「ゲルヴァがどういう奴か次第という事ですか……」

「我々も戦場に行くんだ。シグマ達がゲルヴァに勝つ事を祈るしかあるまい」

「くそっ……ベアトリウス帝国め、厄介な事をやってくれる!」

 自分達はギウル帝王を相手にしなければならない。そもそもゲルヴァと対峙するべきなのはシグマなので、自動的にこういう配置になる。

「再度確認しますが、ゲルヴァと出会った事と、ギウル帝王が戦争を仕掛けたのは事実なんですね?」

「ああ、しばらくベアトリウスに戻るつもりはない。私が証人だ、いくらでも話してやろう」

「……わかりました。女王、久々の大仕事になるかと」

 シグマの旅の終わりは、戦争準備の休日というゴールに辿り着いた。ゲルヴァと出会いどうなるかはわからない。とにかく捕まえるしかないのだ。自分のためにも。シャラのためにも。

「ギリギリまで一般人には伏せておきなさい。まだ兵士を使う時ではありません」

「承知しました」

「王女様……」

「わかってるわ、国民がシグマに矛先が向く事だけは避けないと……。後、大火事事件の再調査を国が後押しをしてやったのは事実なんだから、当然事が大きくなったら私達の責任になるわ。被害を最小限に抑えて勝つのは前提条件ね……」

 皆がいる。そういう意味では安心ではある。しかしそれは事前に役割分担などをしているからで、成人になったばかりのシグマとメイが戦場に行くのは少し重荷かなとセレナやランドルフ達は思った。しかしそれでもやらなきゃいけないのだ。

「ゲルヴァは確保できて、戦争には負けるなんて事はあって良いのですか?」

「良いわけないでしょ。最善を目指しなさい。向こうが全面的におかしいとはいえ、事が大きくなるかならないかは私達次第なんだから」

「かしこまりました。このミネア、久々に戦場で華麗に戦って見せましょう」

 普段セレナを守るのが仕事のミネアだが、ベアトリウス以外で攻めて来る存在も情勢的にありえないと判断し、彼女も戦場に行く事になる。まさかの事があってはならないので、ノーシュの主力戦力が戦場へ向かい準備万端の状態でベアトリウスと戦う事となる。

「(全てはこの時のため……?相手は50過ぎの男……。わからない、なんでこんな事をするの……」

「(二人に外の世界を見せないで大人しく平和に過ごしていたら今頃どうなっていたか。少なくともゲルヴァは逃げ切っていたのだろう……。ノーシュにずっといたら国の体制がウェイザー様の頃と違って変化していることぐらいわかるはず。しかし、おそらくゲルヴァはセレナ王女が就任した事を知らないな?知っていたら大火事事件の調査の仕方に疑問を抱くはずだ。くくく……これはもしかしたら勝機かもしれない……。なぜ12年も調査をせず放置していたのか、理解していないのだからな……)」

 ウェイザー前国王は10年間もレドナール紛争のために奔走していた。その最後しか自分は見ていないが、今となっては当時と今を繋げる唯一の生き証人になっている。ウェイザー前国王が託した事を、自分はしなければならないのだ。ノーシュ人だというゲルヴァも、もしウェイザー前国王が今も生きていたら、おそらくテロを起こしてはいないだろう。当時、ウェイザー前国王の体が衰えていくのを見て、国の行く末を心配していた者は少なからずいた。だからこそウェイザー前国王自身が先手を打ったのだが……そのまいた種が実を結ぶ時が来た。

「(当事者であるシグマにやらせるのはもちろんだが、それだけではない。レドナール紛争がきっかけならなおの事だ。時代を任された者としてきちんと役目を果たさなければ)」

「シグマさん……」

「……僕はやる。やるしかないんだ……」

「……」

「(シャラ……見ていてくれ……。ゲルヴァと会って全てを終わらせてくるよ……)」

 ベアトリウスの城での出来事から、この今の出来事がまるで昨日の今日のようだ。ただ故郷に帰って来ただけなのに、記憶にまさかの一ページが追加された。

 時間は待ってくれない。しばらくしたら、自分も進軍しゲルヴァに備えなくてはならない。だから、今のうちに覚悟した。旅が終わるのだ。ありがたい事に、向こうからわざわざやって来る事によって。

 しかし、ゲルヴァを殺してもいいのか、それとも捕まえるべきなのか、会議をする時間の余裕はなかった。会って話さなくてはならない。が、こういう事が起きた以上は話が通じるか不安だ。

 

 シグマは成人して初めて、大仕事をやる事となった。悲しみから始まった自分の人生は、こうして過去と今が繋がることで、報われようとしている。しかし、この件はシグマの騎士人生の始まりに過ぎなかった。


 このゲルヴァとの戦いを通じて、シグマは世界の闇を少しずつ見ていくようになる……。 

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