第4章:それぞれの思惑5
アギスバベルを後にし、ノーシュに帰りながら会話シグマ達。ひとまずの区切りがつき、歩きながら達成感を味わっていた。
「はぁ……。終わったなぁ……」
「とりあえずはまぁ、お疲れ。ようやった方やで」
ぽん、とシグマの肩を叩くマルク。
「あたしはこのままノーシュについて行くから安心して。今は完全フリーだし」
「わかりました」
「結局、ゲルヴァの居場所はわからなかったけど、関係は明らかになったわね」
ベアトリウス城の中で話した事。やはり効果はあった。しかし、後少しの所で引き返せなくなった。
「うん……ノーシュ人でベリアルやハイネさんと友人……」
「結構単独行動が好きな感じですよね。聞いた限りだと」
ゲルヴァの居場所。それはわからないまま、シグマ達はノーシュに帰らなくてはならなくなった。ゲルヴァとはハイネと同じく友人だと言うベリアルの事を報告するために。
「このまま城に戻るのはええけど、具体的にノーシュは何してくれんねん。ゲルヴァを探すっていう目的はあるけど、きちんと調査したからほぼ完全犯罪は立証されたようなもんやで?」
シグマ達がわざわざやった調査を人だけ増やしてもう一度するのかはわからない。しかし、数を増やさないと見つける確率も上がらず、同時に犯人にバレる確率も上がる。やるしかない状態ではある。
「それでもやれるだけやるしかないよ……ランドルフ騎士団長は3年かけて国内を探しても見つからなかったからこそ、ベアトリウスに行っても見つからないだろうと判断したんだし。結果的にそれは、犯人を逃す時間を与えたと向こうでは受け止められたみたいだけど」
「まぁ、俺達だってノーシュには行った事ないんだ。このまま旅行する気分で行こうじゃないか。その方が、人生楽しめられるしな」
「そうね。ファルペとかにも会えるし」
「そういえばそうでしたね……」
シグマ達がルンバ近くまで来た所。丁度橋を渡っていたシグマ達は、目の前に強引に横切って渡り始めたスカーフを巻いた男を目撃する。
「すまない、通らせてもらうよ」
「あ、どうぞ……」
「……」
男は必然的に、シグマ達とはすれ違い、ベアトリウス方面へと向かう事になる。
「ふんっ……」
そして男は、シグマ達が自分の事を怪しんでいないのを確認し、ゆっくりと歩く後ろ姿を見て、言った。
「(
シグマ達は今の今までよく調査をした。そして、惜しかった。今この瞬間まで本当に。
シグマ達はすれ違った男が
「(今の……誰だったんだろう。何か睨まれた感じがした……気のせいかな?)」
しかしシグマは鍛錬のおかげか、男から謎の気配を感じていた。だが、なぜそんな目をしているんだとは言わなかった。失礼だし、何もしてこなかったから。
「こんな時に、あたし達以外にも城に用がある人がいたなんて……」
「国とはそういう物でしょ。ベアトリウスについて勉強中とはいえ、ノーシュでも似たようなものでしょう?」
「まぁそうですけど……」
「ならあまり気にしない事よ。あの人は鎧を着てたけど、別に変ってわけじゃなかったし。警備とかそういう相談でしょ、きっと」
ゲルヴァはベアトリウス城を真っすぐ見ていた。だから、城にいる軍人や王に用があるのはすぐにわかった。武器も出さず、危険な臭いもしなかった。止める理由なんてなかった。
「ゲルヴァという人間を調べるのは良いけど、あたし達ベアトリウス人がどう思われているのかは気になるわね。あのベリアルという男の事もどうせノーシュに着いたら調べるんでしょう?」
「恐らく」
シグマはアリアに頷き返事をした。
「なら、あたしはノーシュの城の中でしばらくいさせてもらうわよ。ずっと気になっていたからね、今のベアトリウスに関しては」
「何、あんた。辞めても結構愛国心バリバリにあるのね」
「愛国心がなかったら騎士になんかならないわ!……って言いたい所だけど、自分優先にしたのは間違いないから同期の人には申し訳なくてね。せめてもの手伝いよ。大火事事件の調査にきちんと協力しなかったら何言われるかたまったものじゃないから」
「仲が良いのにピリピリしてるのね、あんた達って」
「軍人でもあるからね」
ベアトリウスの女軍人三人は比較的穏健だったのは幸いだった。しかし、調査に協力するかはこれからである。もしかしたらベアトリウスの事を勉強をするためしばらく城にこもりっきりかもしれない。後はランドルフ達次第な所もあった。
「ふふふ……中間報告したらどのくらい金くれるんやろか。今から楽しみやなぁ」
マルクはノーシュがくれる報奨金に期待していた。情報屋なので、取引が重要なので普通の人以上よりはほしいだろうなとシグマは見てて思った。
「報酬には期待しない方が良いんじゃない?一時金はもらえないと思うわよ?」
「は?なんでや」
「事が全て終わってから支払われるからに決まってるでしょ。それに、私達はマルクの事をしってるけど、セレナ王女達は情報屋のあんたの事は知らないもの」
「ちぇっ……つまらへんなぁ」
「大人しく、最後まで付き合う事ですね」
「はっ、元々そのつもりや」
メイとイリーナが淡々と支払いについて話す。その会話を聞いて、シグマはノーシュ組は相変わらずだと安心する。
「じゃあノーシュに戻ろうか。皆、ついたらゆっくりしていってくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
協力者を連れた帰還は、事実上の保護者であるセレナ王女やランドルフ達にとって、すごくほっとする事だろう。シグマは犯人を見つけられなかった事を悔しんだ事を話を終えるまでは絶対に表情には出さないと決意し、一歩一歩踏みしめながら故郷のレオネスクへと戻っていった。
一方、シグマ達がベアトリウスを後にした頃。大火事事件の犯人、ゲルヴァはベアトリウス城に入り謁見の間へと何も言わずに入って行った。
「……誰だお前は」
何も言わなかったので、当然近くにいるマキナに怪しまれる。ゲルヴァは心の中で、今はこんな奴が軍人をしているのだなと思っていた。
「……ゲルヴァだ……」
「ゲルヴァ、お前……!急に現れて!どんなタイミングで来たと思ってるんだ!」
「その様子だと、何かあったようだな……」
ベリアルは心の中で思っていた人間が目の前に現れたので、丁度良いと本音をぶつける。周囲からどう思われようと気にしていなかった。
「様子も何も、先程ノーシュの騎士達がきたばかりですよ。大火事事件の事を今更調べに来たってね。その過程で、ゲルヴァさん。あなたの事もベリアルから詳しく聞きました。あなたもノーシュ人で、しばらく顔を合わせなかったようですね。何しにここに来たんです?」
「おかしいな、ベアトリウスとはそこそこ交流をしていたはずなんだが……」
若い奴が多い。そのせいか、と心の中で思いながら、ここに来るのは初めてじゃないととぼけながらアピールをする。
「お前は世間話しかしなかっただろうが。ベアトリウスの事がそんなに知りたいのか?」
「父さん、ゲルヴァの事はあまり覚えていないはずでは……?」
「こうして再会して、今明確に思い出した」
「……」
シグマ達に言った事は何だったんだ、とあきれるジェイド。まぁ、たまに会った奴の事など詳しく覚えていないだろうが、にしてもそのばしのぎ感がありすぎた。今、はっきり説明されても遅いのだ。気になる存在そのものが今目の前にいるのだから。
「あの時はお前がベリアルと同じノーシュ人だという事しかわからなかったが、今なら何を目的にしていたかわかる。自分だけ過ごしやすい環境を作りやがって……」
国を捨てた、自分はノーシュ人だ、とわざわざ言わなくていい事を言ってきたのはゲルヴァ自身である。ギウル帝王はその事を怪しむぐらいはきちんと帝王をしていた。しかし、ノーシュとは長年の付き合いがあるとはいえ、たまにしか会っていない奴にこれからは友人としてよろしくと言われて仲良くする奴なんているだろうか。いくらなんでも馴れ馴れしすぎやしないか。ギウル帝王は当時からこのゲルヴァの事を怪しんでいた。こいつは俺達に何かを隠していると。大火事事件の再調査の事もあり、そりゃあノーシュやあの若い奴らは必死になるはずだと思った。
「しかし、俺を歓迎したのはギウル帝王、あなた自身ですよ。俺からしてみれば、何を今更という話だ」
「お前は確か、
「交流しに来たのは俺の方なのに、ギウル帝王の方から質問とは珍しい」
「いいから質問に答えろ。あの時も、そして今も、何をしに来た?交流が目的なのは事実だろうが、それが本当の目的ではないはずだ」
「……」
昔はそりゃあ歓迎していた。なんなら今もそうだ。しかしそれは人手不足だからであり、なんとかしてくれるなら誰でもいいわけじゃない。特にゲルヴァみたいに居場所さえ教えない奴になぜ役職を与えると思うのか。勝手にやってきて関係を築き上げようとしているのはそっちの事情だろう。自己紹介をしただけで去り数年ぶりに再会してきたこのゲルヴァという男を軍人に、なんてギウルはするつもりなどさらさらなかった。
「……ジェイドよ。大火事事件の調査をしに、ノーシュの奴らがここに来たんだな?」
「はい。……先程そう言ったはずですが」
「そうか……」
ようやくだ……と目をつむるゲルヴァ。
「(ふんっ、あいつらようやく俺を探し当てたのか……)」
今まで自分がなぜベアトリウスにいたのか。ギウルと会っていたのか。それは全て、このためだった。
ゲルヴァはベアトリウスの軍人達に、気になっている自分の目的を、包み隠さず堂々と言った。
「あの大火事事件を起こしたのはこの俺だ」
「「「「なっ!?なんだと!?」」」」
「お前っ……自分が何を言っているのかわかっているのか!」
マキナは震えながら、衝撃の一言を言ったゲルヴァの事を指さして激怒する。
「ああ、理解している。全て理解しているとも……」
「ならなぜ!?」
なぜか満足げな顔をしているゲルヴァの事が気味悪く見え、マキナの眉毛はどんどん八の字に近づいていく。
「……俺はこの件でノーシュと戦い、話したかった事があるんだ。ノーシュにも色々あったからな」
「答えになっていない、そのためにベアトリウスを巻き込んだというのか!」
人の都合で戦争を仕掛けられちゃたまったものじゃないのだ。ベアトリウスといえど。なぜなら戦国時代はもう過ぎたのだから。
「……いや。ベアトリウスを隠れ蓑にしたのは事実だが、お前達を巻き込むつもりはなかった。まさか、調査がこんなに長くなるとは思わなくてな……」
「……」
ゲルヴァでも、なぜ12年間も大火事事件の調査をしなかったのかは不思議だったらしい。
自分はわざわざベアトリウスまで逃げ、兵が追いかけてきていたのも把握していたのに、そこから先がなかったのだ。気がつけば、大火事事件の調査は打ち切ったというニュースをベアトリウスで知った。ベアトリウスにいたせいで、なぜそんな選択をしたのか理解できなかった。当然情報も集められなかった。大火事事件の調査をしている、なんて12年ぶりに言わなかったら、前のようにただの付き合いで終えれたのに。
ゲルヴァはノーシュから、タイムリミットを宣言されたのだとマキナ達に説明した。
「ゲルヴァアアアアアアアアアアッ!貴様、自分が何をしたのかわかっているのか!」
「全て理解していると先程言っただろう……」
ベリアルは友であり、
「ふざけるな!だとしたらなぜ俺と交流した!なぜベアトリウスで過ごせる手助けをした!俺はお前が牢屋に入る存在だとは思ってもいなかったんだぞ!」
「ああ、それはそうだな……。それは申し訳ない事をした……。こんな俺を、友人だと思ってくれる人がいたんだからな……」
予想外の事はあった。調査の打ち切りや、ベリアルについて。あの紛争がなければ、自分も普通のままでいられた。ゲルヴァはしみじみと過去を振り返りながら、こういう結果も悪くないと、ようやく物事が前に進んだ事に感謝した。
「だが、それは所詮茶番という物だ」
「茶番だと?」
「ああ、茶番さ」
そして、自分一人だけ、戦争モードに入る。ここから先は、大人の、世界や人や生き方に関する人としての大事なプライドの話になる、と一人で大将気分を勝手に味わっていた。
「12年前に犯行を実行した時点で、俺の運命は俺自身が決めている。ここまで隠せてこれたのは、ただ単にベアトリウスが大火事事件の犯人が俺だと知らなかったに過ぎない」
「そりゃあ、あなたは隠れていましたし……」
「肝心のノーシュは調査を途中で打ち切ったしね」
ゲルヴァはベアトリウスの軍人に全てを話し始めた。もう茶番は終わりだと。あの紛争の続きをしようじゃないかと。自分一人だけ、過去に縛られてしまった事をどうか謝らせてほしいと。
「こんな形で、自分の存在と目的を話す事になったのは不本意だが、真実を知ってくれてなによりだ。これで後はノーシュの奴らと戦うだけだ……」
他国に迷惑をかけるわけにはいかなかった。しかし、ノーシュで犯行を計画するわけにもいかなかった。だからずっと、ベアトリウスでひっそり暮らしていた。12年間調査がなかったので、ずっと隠居生活を続けざるを得なかっただけである。もう隠れる必要もないので、堂々としていられるのが嬉しいのだろう。しかしそれはゲルヴァだけが嬉しい事だった。
「おいてめぇ、勝手に話を進めるんじゃねえよ。お前のせいで国の責任問題に発展したんだぞ!」
エドガーは自分の師匠がキレたのを許す性格ではないので、今からでも戦おうかと思いながらゲルヴァを睨む。ほら、ノーシュ人にもこういう奴はいるだろ、という感じに。大分ベアトリウスに影響を受けたなとも思っているが。
「ああ、犯人がいたのに隠していたという事をノーシュに勘違いされたら、どうなるかわかったものじゃない。あんたはそれをわかってて今このタイミングでわざわざ告白したんだろう?責任はとってもらうぞ」
「ふんっ、自分の住んでいる国がどういう国かわからないくせによく言う」
「何ッ!?それはどういう……」
マキナはゲルヴァの発言が理解できなかった。いや、ゲルヴァがいかに外国人のなのにベアトリウスの事を知っているか、の方が正しい。
「……戦争だ」
「えっ?」
突如、後ろから不穏な言葉が聞こえた。マキナは思わず後ろに振り向く。
「ベアトリウスは1週間後にノーシュに攻め入る!列車の個人情報流出問題はチャラだ!」
「父さん!?自分が何をおっしゃっているのか、わかっているのですか!?」
「ククク……ギウルは親の教育が悪いせいで、こういう問題が発生した時は戦争でチャラにしようとする!そう父親のウーザンに教えられてきたもんなぁ!?そしてそれしか教えてこなかったはずだ!」
「……」
「こいつ、こうなる事をわかってて……」
ギウル帝王には常識が通用しない。好き勝手やれた父を見て、自分も好き勝手できると思っている。しかし、帝王の座に座って以来、それはできないと部下であるマキナ達に否定されてきた。だが、唯一今も根っこの部分でしつこく残っている概念がある。それが、戦争だった。今も強兵のためにゼルガを使って研究していたり、共和国にしない事や権力を手放さないのも、これのせい。本人の性格もあるが、元をたどれば、大半はそういう風に育てた親であるウーザンのせいだった。
「父さん、おやめください!国と国だけで話し合えば、穏便に話が終わらせられます!犯人が目の前にいるんですよ!?何をしているんですか!」
「……ジェイドよ、それは無理だ。大火事事件はシグマ以外にも数多く被害者がいる。知られた時点で終わりなのだ」
「だとしても、謝罪をすればすむ事です。なぜ戦争なんか……!」
ギウルの口ぶりが戦争モードのそれになる。それを見てジェイドはこの日、自分がなぜこんな時代に帝王の息子として生まれたのかを肌と心で理解した。祖父のウーザンがなぜ黙っているのか。それを父親である現帝王のギウルはなぜいつも睨んでいるのか。全ては、今更変えられない自分に全てをまかせた父に責任を取らせるためだった。そのためには、わざと長生きさせて生きてもらうのはもちろん、可能な限り影響を少なくして息子である自分に引き継がせなければならない。十代の頃からずっと謁見の間で権力をふるう姿を見てきたのも、こういう事をわかりやすく教えるためにあったのだ。
「そしてそれがむしろダメージを少なく終われるからだ。国のいざこざが起っているうちに、こいつ(ゲルヴァ)をノーシュに渡せばそれですむ。戦争を茶番にすればいい」
「父親から受けた教育がゴミみたいなものだと帝王になってから自覚したギウルは、後世には残さないと何としてでも結婚して子供を授かろうとした。それで生まれたのがジェイド、お前だ」
「……」
「歴史の勉強が足りんようだなぁ!自分がどういう理由で生まれたのかわからないとは!」
ジェイドはゲルヴァの話を黙って聞くしかなかった。そして、戦国時代がどれだけ壮絶だったのか、想像の何倍かはとんでもなかったらしいとゲルヴァの話し方を見て理解する。そして、一人、ノーシュがなぜノーシュとしてあり続けられるのか、こういう存在が騎士になっているからだと国の立場から思った。ベアトリウス人として、ノーシュ人がどういう人種なのか、ようやく肌で理解できたのだ。
マキナに続いて、ジェイドも体がぶるぶる震え始める。
「くそっ、くそっ……ゲルヴァ……。お前だけは、お前だけは絶対に許さんぞ!」
「……諦めろ、ベリアル。今は心も体もベアトリウス人でも、昔は俺もお前もノーシュ人。その事実は変わらない」
このゲルヴァの言葉は、ベリアルにとって、過去からは逃げられないという意味だった。
「俺は間違えてない……間違えてないんだ!」
あの日、自分がどんな目にあったのか。すごく悲劇的に言える。実際悲しい事だ。報われなかったのだから。
「全ては神の目が教えてくれる……。じゃあな、ベアトリウスの軍人共。戦場で会おう。楽しかったぞ、お前達と話すのは」
とことこと、笑って手を振り城を去って行こうとするゲルヴァ。去り際、ちらっ、とマキナの方を見る。自分が去った後、誰が何をするのか、そうしたらどんな事が起こるのか、目に浮かぶようだった。
「嘘だ……こんなバカげた事が起こる国では……」
「マキナ……」
ネールが友を心配そうに見つめる。
「こんな事になるのなら、もっと早くギウルを!ウーザンを!うわああああああああああああああああああ!」
「あっ、マキナ!」
マキナはゲルヴァが丁度城からいなくなったタイミングで声を上げて走って出て行った。今までどんな事があろうとこの国が好きだったのに。たった一言、戦争をする、だけで軍人と帝王の関係が壊滅的状態になった。
「き・さ・ま・らあああああああああああああ!絶対に許さないわよ!」
ネールは、アイカに引き続きマキナまで去って行ったのかと思い、周囲の人間に怒りをまき散らす。
「(ははっ……シグマとは喧嘩別れしたはずだが、まさかあいつに少しばかり同情する日がくるなんてな……。お前も所詮、俺のように大きな運命に巻き込まれた哀れな存在だったか)」
前へと進んでいると思っていたら、ずっとその場で停止していた。その事が判明した時、人は平気でいられるだろうか。いられる奴もいるだろう。しかし、国家経営だと話が違う。外国人、それもノーシュ人に、自国の帝王が哀れな存在だと見抜かれていたばかりか、12年間も調査をしなかったせいで、ここまで結果的に追い詰められた。大火事事件が無事にきちんと終わっていれば、こんな事は起きなかったのに。自分が何もできずに、何も言えずに、国として大切な事が進んでいくのだけは避けたかったのだ。あの時みたいに、誰かが決めた事を自分が責任取るのはたくさんだ。そう思って毎日必死に仕事をしてきたのに……。全てを否定された。
ゆえにマキナは泣きながら走って出て行ったのである。
「決断は覆らない。我がベアトリウス帝国はノーシュ国に1週間後、攻め入る!あいつらなら民間人に被害が出ず終えてくれるだろう!」
「(……俺が帝王に居座る日はそう遠くない……。そのうちに全てを清算するつもりなのですか、父さん……)」
戦国時代が終わった直後から、ずっとベアトリウスは今のマキナとギウルのような関係だった。たまにお互いに本音を言い争っては、どちらかが譲歩する。そして気がつけば、軍人が辞めている。だから必然的に人を集める。待遇を良くする。結果、軍人は好きに許可なく行動できるようになる。どうしろと。
ギウルにとって、ゲルヴァという存在はさっさと処理したい人間に過ぎなかった。深く話したわけじゃないし、友人でもない。向こうから急にやってきて、無理やり知りあいにまでさせられた、その程度の存在。死のうがどうでもいい存在。だから戦争をするという発言ができる。
昔と今は違うと、ギウルも頭では理解している。しかし心では理解できていない。だから戦争が出来る。今のノーシュの戦力がどのくらいか、この目で見る事が出来ると、一人戦国時代の気分になっていたギウルは、心の中でどうか自分の判断が間違っていないように、と神に祈っていた。
こてんぱんにやられれば、やり続けるなんてあほな判断は下さないだろうから。向こうもこちらの事情はある程度は理解しているはずだろうから。
こうして、あと一歩まで追い詰めた大火事事件の再調査は、犯人であるゲルヴァがベアトリウスの軍人達の前に現れ、犯行を自白する事で幕を閉じた。状況はこのまま、一気に戦争へと進んでいく。シグマ達はゲルヴァとは戦場で向かい合う事になる。
昔の事件が尾を引いて影響し、今の今まで事件が続いている。それを後世に残さないための戦いが始まろうとしていた。
ある意味可哀そうなゲルヴァだが、大火事事件の被害者であり当事者であるシグマ達には同情されない。死地ぐらい自分で選べる。彼の正義をシグマが人生を通して理解できるかは、現時点ではまだ未知数だった。
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